第6章②
「な……っ⁉」
レッドが驚きの声を上げ、その背後でレッドの動向を大人しく見守っていた他のジャスオダメンツにも動揺が走る。いまだに逃げずに私達の戦いを観戦していた一般ピーポー達も大きくどよめいた。
ふふふふ、さあ驚け、刮目せよ、そしてこのぷりちーを堪能するがいい!
「紹介するわ。私のかわいいご主人さ……んんっ、ゴホン、私のかわいいかわいい下僕ちゃん、ビースト・コーラルとビースト・パールよ!」
――なぁん!
――ふなぁお!
私の左右に現れたるは、巨大な子猫である。それこそ、成人男性を二人か三人は乗せても余裕そうな大きさの、それはそれは大きな子猫だ。
右の三毛の毛並みの猫は、顔に大きな珊瑚がつやめくハーフマスクをつけている。そして左の白の毛並みの猫は、同じく顔に、大きな真珠が輝くハーフマスクを。
どちらもふっかふかのもっふもふ、大きくなってもそのかわいさ、愛らしさ、愛おしさは何一つ変わらない、私の大切な家族――――そう、ビースト・コーラルがみたらし、ビースト・パールがしらたまだ。
なぜ、この子達が私の頼れる仲間としてなぜこうして出陣する流れになったのか。
それはまあ、これまた先日の柳みどり子ジャスオダ加入未遂案件がきっかけだった。あの時うっかりコスモスエナジーもといカオスエナジーのサプリメントを飲み込んでしまったみたらしとしらたまは、あろうことか巨大化した。
あの時は私を駅前に運んでくれたあたりで、そのサプリの効果が切れたらしく、元のサイズに戻ったけれど、何かしら後遺症がないとも限らなかった。なので、マスター・ディアマンと、ドクター・ベルンシュタインに、みたらしとしらたまをしっかり診てもらったのだ。
結論から言えば、問題なし。そもそもカオジュラの私達だって日常的にカオスエナジーを、それぞれの宝石を媒介にして身体に取り込んでいるし、ジャスオダもコスモスエナジーとか言いつつ実際はカオスエナジーであるサプリを常用しているのだ。身体強化に特化するように調整されたカオスエナジーは、人間にも猫にも、悪影響を及ぼすものではない、という判断が下された。
もうその結論が出るまでは生きた心地がしなかった。私のうっかりでみたらしとしらたまに何かあったら、私は大根で喉をついて死ぬ……とは言いすぎかもしれないけれど、とにかくみたらしとしらたまの健康面に問題はないことに安堵せずにはいられなかった。
そう、それで話が終わればよかったものを、あのアキンド・アメティストゥが余計な提案をしてくれやがったのである。
――その子猫達も、カオティックジュエラーに加入させたらどうでござんす?
――レディ・エスメラルダの護衛にちょうどいいでやんしょ。
まったくぜんぜんこれっぽっちもちょうどよくない。何が悲しくてみたらしとしらたまを戦地に送らねばならないのか。
もちろん大反対したのだけれど、カオスエナジーの研究をもっとしたいドクター・ベルンシュタインが「ジャスティスメイカーだっけ? そいつらにコスモスエナジーとやらのサプリが作れて、このボクに、カオスエナジーのサプリが作れないとでも? 冗談じゃないね、むしろみたらしとしらたまの健康を促進するものを作り上げてやるさ!」と意気込んでしまい、それを受けたマスター・ディアマンが「じゃあまあそうしようか。エスメラルダも最近大変そうだしね」とゴーサインを出してしまったのである。
かくしてみたらしとしらたま専用のカオスエナジーサプリ(まぐろ味)が完成し、ついでに二匹専用のカオスエナジー収集アイテムである珊瑚と真珠のハーフマスクも完成した。
そのまま二匹とも嫌がることなくそのハーフマスクを装着し、こうして今、私の両隣にいるというわけである。
カオジュラの秘密基地でおいしくカオスエナジーサプリという名のおやつを食べてきた二匹は、ご機嫌で私にすり寄ってくる。ああっ、小さい二匹もかわいいけれど、大きい二匹もたまらなくかわいい。大きな猫に埋もれるなんてそんな、そんな幸福が許されていいの……? この世のすべてがここにある……このままずっとこうしていたい……。
だがしかし、現実とは非情である。
「カオティックジュエラーは、動物に生体実験なんてそんな非道な真似までするのか⁉」
「動物を戦わせるなんて最低よ!」
「エスメラルダ様が女王様から猛獣使いにジョブチェンジ⁉ これはこれでアリですありがとうございます‼」
「ねっこねこにされたい……うらやましい……!」
「おねこさまとたわむれるょぅじょエスメちゃん……とうとい……」
はい、想定通り一般ピーポー達からは非難ごうごうです、本当にありがとうございました。
若干どころでなく不穏な発言が後半に混じっていたが、まあ大体予想通りの反応である。私だって好き好んでみたらしとしらたま、この場においてはコーラルとパールを戦わせるなんて真似はしたくない。というか、するつもりもない。そう、そんな必要はないのだ。
「コーラル! パール! 目障りなジャスティスオーダーズと、思う存分遊んであげなさい!」
――なぁお!
――ふなぁん!
バシコーン! と鞭で合図すると、コーラルとパールは地を蹴った。とんでもないスピードでジャスオダの目前まで迫った二匹……いやもう二頭と呼ぶべき子達は、そうして、前者はピンクとブルーにまとわりつきながらその顔を代わる代わるぺろぺろと舐め始め、後者は喉を鳴らしながらイエローとブラックの前でごろんと寝転がってお腹を見せた。
「ちょっ! ふふふっやだぁ! 待って待って、くすぐったいじゃない!」
「やめっ⁉ やめなさい! こらっ怒りますよ⁉ いくらかわいいからってカオティックジュエラーに僕は容赦なんてしな……っやめなさいこら!」
「え、これ撫でていいやつ? いいの? そんじゃ遠慮なく……っふわふわ……! もふもふ……! やばい今までで一番強敵じゃん」
「……レディ・エスメラルダめ、卑劣な真似をしてくれるものだな」
ピンクとブルーがコーラルに舐められながらなんとか抵抗しようとしているけれど、コーラルのかわいいご挨拶に完全に陥落しているし、イエローとブラックはパールのお腹に顔を埋めてご満悦である。
ブラックと呼ぶべきかエージェント・オニキスと呼ぶべきかいまだに迷う本名黒崎さんがそれらしいことをシリアスに言ってくれているけれど、はい、もっふもふしながら言われても何一つ説得力はありませんね!
「おーほほほ! ジャスティスオーダーズもざまはないわね! 私のコーラルとパールのかわいさの前にひれ伏すがいいわ!」
これほどまでに心地よい高笑いなんて、レディ・エスメラルダ史上、初めてかもしれない。あー気持ちいい。うちの子達世界一。いや宇宙一。
ジャスティスオーダーズがみたらしとしらたま、じゃなかった、コーラルとパールと戯れている姿に、今までとはまた異なる戸惑いが周囲の一般ピーポーにも広がっていく。
ぽつりと誰かが「うらやましい……」と呟いて、それに同意を示す頷きが各所で見られる。そうだろうそうだろう、さぞかしうらやましいことだろう! なにせコーラルもパールも最高にかわいこちゃん達ですからね‼
これはこれでなかなかの混沌と分類されるらしく、私の胸元のエメラルドの輝きがより一層増していく。よーしよしよし、カオスエナジーは順調に貯蓄されております!
……そうやって、すっかり油断していたのが悪かったのだろう。コーラルとパールの記念すべき初陣をなんとか画像や動画に収めたいだとか、そういう雑念のせいが入ったのが悪いというのも否めない。
「エスメラルダ!」
「え? きゃっ⁉」
気付けば目の前にレッドがいた。
コーラルとパールのかわいさをスルーして私のもとに来るなんて、視力は大丈夫なんだろうか。慌てて距離を取ろうにも、その前にがしりと両手を、手に持っていた鞭ごと掴まれる。
ぎゅ、と、決して痛くはないけれど、どうにもこうにも引き剥がせそうにない絶妙な力加減で握り締めてきたレッドは、顔を引きつらせている私をじっと見下ろしてきた。
「俺は、あなたが好きだ」
えっなんでこのタイミングで告白? これ告白っていいやつだよね? なんでこのタイミングで?(二回目)
周囲の視線がすっかりコーラルとパール、そしてその二頭にもてあそばれるジャスオダメンツに集まっているのをいいことに、レッドは私をじっと見下ろしてくる。
「あなたが、好きで。そばにいたくて。俺のせいで泣いてほしいんだ。俺のためだけに、泣いてほしい。俺が、あなたを泣かせたい」
「ひえ」
なんかめちゃくちゃ怖いこと言われている。なんだどうしたいきなり改まってなんでこういう流れになった⁉
誰だレッドもとい朱堂さんが優しいとか言ったやつ! ってあの人達だよジャスオダの皆さんだよ。優しいとかお人好しとか親切とか誰にでも優しいとか、あれ嘘でしょ。優しい人が泣いてほしいとか泣かせたいとか言わないでしょ。
ジャスオダの皆さんは朱堂さんについての認識をそろそろ改めた方がいい……って、アッ、私もだ。私も優しいって言ってしまっとるわ。あれ撤回してもいいだろうか。
「ちょ、あの、レッド、あんたいい加減に……っ!」
「だが」
してちょうだい! と叫ぼうとしたのに、その前にレッドの低い声によって遮られる。
あまりにもタイミングがよすぎて反射的に口を噤むと、彼は切なげに、途方に暮れたように、そのまま続けた。
「笑っていてほしいと、思う人が、できた。彼女を、俺は守りたい。俺のそばで、笑っていてほしいんだ」
「あらそれはおめでとう! これで私はお役ごめんってことね‼」
よっしゃあキタキタキタキタ――――‼
『レディ・エスメラルダ』への感情が恋だの愛だの惚れただの腫れただのとかいう感情なのかそうでなかったのかはもう知ったこっちゃない。
そう、そうだともレッド! そうですよ朱堂さん! レディ・エスメラルダに対するなんかこう変な感じにこじれた感情よりも、そっちの、どなたか知らない女性に対する想いこそを優先するべきだ。私の知らないところで新たな出会いがあったということだろう。何よりである。諸手を挙げて応援させていただく所存である。
思わず笑顔になって何度も頷く。両手が掴まれていなかったら、レッドの肩を激励を込めてバシバシ叩いていたところだ。
だが、しかし。
「違う」
「え」
何が。
そう問いかける間もなく、レッドはどうしようもなく困り果てた声とともに、ぎゅう、と私の手をだらに握り込んだ。
「あなたを泣かせたいのと思うのと同じくらい、彼女に笑っていてほしいと思っているんだ」
……おや? なんか雲行きが怪しくなってきたぞ。
めちゃくちゃ不穏な気配をビシバシ感じて後退りしたくなるのだけれど、手を掴まれたままではどうすることもできず、彼の顔を見上げることしかできない。
「エスメラルダ。俺は、どうしたらいいんだろう?」
「…………………………いやそれ私に訊く⁉」
んなもん知るか‼ という話である。大丈夫かこの人。
今のってナチュラルに二股発言じゃない? 正義の味方が二股? 新聞の三面記事にも雑誌のゴシップ欄にも載せられないぞ、くだらなさすぎて。
そう、こんなにもくだらないのに、当の本人であるレッドはどう見ても大真面目で、あろうことか私もまた当事者の一人なのだ。なんだこれ。
いや、落ち着け、落ち着くのよレディ・エスメラルダ。そして、柳みどり子。
このねじが二、三本吹っ飛んでいる男と真面目に相対するのが間違っている。あくまでも私はカオジュラの女幹部、そしてこの男はジャスオダのレッド。相容れるわけがない天敵同士なのだ。
と、いうわけで。
「コーラル! パール!」
私が大きく声を張り上げると、それまでさんざんレッドを除くジャスオダメンツにかわいがられていた二頭は、さっと態勢を整えて、私のもとに駆け寄ってくる。そのままレッドを跳ね飛ばしそうな勢いだったせいだろう、やっとレッドが私の手を開放してくれた。
流石私のかわいいご主人様達! うんもうご主人様でいいです猫の前では人間はみな下僕。
ザッと距離を取るレッドと、その背後で改めて武器を構える残りのジャスオダ四人を見つめてから、私は胸元から再び空間転移装置を取り出した。
「今日はここまでにしておいてあげるわ。その前にレッド、一言だけ言わせてもらうけれど」
「な、なんだ?」
「少しは女心を学んでから出直してちょうだい。二股宣言する野郎なんて、私は願い下げよ」
「‼」
まあ二股宣言されなくてもレッドも朱堂さんも私には論外なのだけれど、そこはそれ、ここでわざわざ付け足さなくてもいい話だ。いい加減察してほしいものである。
レッドが雷に打たれたようなショックを受けて凍り付くのを後目に、私は、ビースト・コーラルとビースト・パールごと、空間転移装置により、商店街から姿を消したのだった。
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