第6章 悪の組織の女幹部に恋をする余裕はない
第6章①
某月某日。本日久々の晴天なり。
見事なピーカン晴れである。お洗濯ものがとてもよく乾きそうだ。こんな時はマイスイートエンジェルな子猫ちゃんであるみたらしとしらたまと一緒に窓辺でひなたぼっこがしたくなる。天気予報によると今日はこのまますっきりとした晴れ模様が続くらしい。ベランダに布団を干してきてよかった。今日はゆっくり眠れそう。というか、眠りたい。
「おーほほほ。このレディ・エスメラルダの前にひれ伏しなさい、愚民ども」
バシコーン! と鞭で地面を打ち据えて、私こと柳みどり子……ではなく今は悪の組織たるカオティックジュエラーの女幹部、レディ・エスメラルダは、いつもの決め台詞を鞭のしなりとともにビシッと決めた。
先達ての『柳みどり子一時的ジャスオダ加入事件』における、ジャスティスブラックである黒崎玄磨さん……もとい、その正体はカオジュラからジャスオダに向けたスパイであるのだというエージェント・オニキスの特訓のおかげで、めきめきばりばりと私の鞭の腕前は上達した。
当然だが素直に喜べない。何が悲しくて鞭の扱いがうまくならなくてはいけないのか。普段の生活でまったく使わないんですけど。SMクラブの女王様のバイトの依頼が入ったら、それなりにやっていけそう、とか自分でも思えてしまうところがなんとも悲しい。
レディ・エスメラルダとして以外に鞭を使う職業とは。転職する時に得意なことは鞭です、なんて冗談でも書けない。間違いなく内定なんてもらえない。
考えれば考えるほど悲しみと切なさとやるせなさが込み上げてくるけれど、そんなあまりにもどうしようもない感情に蓋をして、私は再びバシコーン! と鞭をしならせる。
「いい気になって食べ歩きをしてる愚民ども! 食べ終わったからってポイ捨てするマナー違反の愚民には、このレディ・エスメラルダがお仕置きしてあげるわ。行きなさい、ストーンズ!」
そう、本日の舞台は、観光地としても名高い商店街である。アーケード街に多種多様な店舗が立ち並ぶ商店街は、休日ばかりではなく、平日であろうとも一般ピーポーがごった返している。
バシンと鞭を打ち据えて、空間転移装置でそれなりの数のストーンズを召喚し、一般ピーポー達を襲わせる。
まあ襲わせるというか、いつもと同じく、驚かす、という感じがメインで、ときに食べ歩き用のクレープだのからあげ棒だのを奪ったりする、くらいが限度ではあるけれど。とはいえ、全身グレーのタイツに身を包み、顔は白い無表情の仮面を着けた、性別もさだかでないストーンズにそんなことをされたら、普通に怖いだろう。ストーンズの開発者であるドクター・ベルンシュタインは、「経費削減で最低限の装飾しか施せなかっただけど、まあそれなりにいい出来でしょ。どうせ使い捨てだし」とストーンズのことを評している。
そうなのだ、ストーンズは基本使い捨てである。自意識は持ち合わせておらず、ただ私の胸元のエメラルド……ドクターの場合は琥珀、アキンド・アメティストゥの場合はアメシストに蓄積されているカオスエナジーによって動いているだけの人形なのだ。
つまり、浪費したらそれだけ始末書が増える。本来貯蓄しなくてはならないカオスエナジーの消費と、ストーンズそのものの無駄遣いについて、毎回毎回始末書がどんどこ増える、とは、前にも語ったことだったか。
ああ、一般ピーポー達が悲鳴を上げて逃げ惑っている。女性の絹を裂くような悲鳴や、泣き叫ぶ子供の声に心が痛まないわけでは決してないのだけれど、何分私も仕事なので。驚かすのが基本で怪我はさせないので安心してほしい。こっちはただ、この人々の混乱から生まれる混沌たるカオスエナジーが収集できればそれでいいのだから。
胸元の、カオスエナジー貯蓄アイテムである、その値段を考えたらあまりにも恐ろしいレベルに大きいエメラルドが怪しく輝いている。よしよし、本日の取れ高はそろそろ……と、私が鞭を地面に打ち、ストーンズを回収しようとした、その時だ。
「そこまでだ、レディ・エスメラルダ!」
「あんたの悪行もここまでよ!」
「罪のない子供まで泣かせるとは……許せませんね」
「オレ達が来たからには、もう誰にも手は出させねぇからな!」
「そろそろ覚悟を決めてもらいたいところだな」
ザッ! と勢ぞろいした、目に痛い原色パワースーツに、同色のフルマスクを被った五人組。言わずもがな正義の味方たるジャスティスオーダーズである。
ビシィッ‼ と彼らが五人でばっちり決めポーズを決めると、わっと周りから歓声が上がった。
「ジャスティスオーダーズ! 来てくれたのね!」
「レディ・エスメラルダなんてやっつけちまえ!」
「馬鹿言うな、エスメちゃんはただマナー違反の奴らを叱ってくれてるだけの一生懸命なよぅじょなんだぞ⁉」
「レッド様を惑わす痴女が偉そうにしてるだけでしょ‼」
……前半はともかく後半については色々と物申させていただきたい声援である。
私のことを幼女だの痴女だのと呼ぶ一般ピーポーも出現頻度が最近とみに高くなっている。どっちも違うんですけど⁉ と声を大にして言いたい。誰が幼女だ。こちとら立派な成人女性だわ。誰が痴女だ……とも言いたいのだけれど、このアホなセクシー衣装ではあまりにも説得力がない。
何度も衣装の変更を申請しているのだけれど、「予算がないんだってば。ウチはジャスティスオーダーズと違って一企業だからね、“上”からの支援があるわけじゃないことくらい知ってるでしょ。せめてオバサンがストーンズを無駄遣いしなかったらまだなんとかなるかもしれないけど……まあ無理でしょオバサンには」と、ストーンズの開発ばかりではなく、カオジュラの装備やアイテムの開発も担っているドクターから大変手厳しいお言葉を頂戴した。だからオバサンはやめてというのに。
経費や予算の管理も広報と一緒に担当しているアキンドにもかけあったのだけれど「給与から天引きになりますぜ? それでもよければ、まあ融通きかせるでござんすが」ととてもイイ笑顔で肩を叩かれた。あの悪徳商人、私がカツカツの給料でなんとか生活していることを知っているくせによくもまあ言ってくれたものである。あの人が持ってる株価、全部暴落すればいいのに。
話はずれたけれど、とにもかくにもジャスオダは、早速いつものようにストーンズに襲いかかった。正義の味方が襲いかかるとはこれいかに。いやでも本当にそんな感じなんだよなぁ。
ストーンズは、繰り返すが、自意識のない人形でしかないモブ構成員である。そんなストーンズが、コスモスエナジーと詐称されているカオスエナジーをその身に宿し、国家予算をつぎ込んだパワースーツをまとったジャスオダに敵うわけがないのだ。
ああほら、ばったばったとストーンズは叩きのめされ地面に積まれていく。同時に私の始末書も増えていく。ぽいずんぽいずんも一つおまけに特大のぽいずん。
始末書の書き方が日々上手になっていく自分の伸びしろが怖い。嬉しくない。
「レディ・エスメラルダ! 後はあなただけだ。頼む、投降してほしい。俺はあなたとは戦いたくないんだ」
レッドの、すがるような切ない声音に、うわ、と内心で思わず呟く。マジだ。ぼんやりしている間に、いつのまにかストーンズが全滅してる。なんてこったぱんなこった。
新たに呼び出すこともできるけど、今日はかなり多めに使ってしまったから、これ以上の無駄遣いは確実にカオジュラの各メンツからお叱りや嫌味をプレゼントされた挙句に始末書が増える。
いや、っていうかレッド、戦いたくないとか言うなら最初から出てこないでほしいんですけど。しっかりばっちりストーンズを一番たくさん潰しておいてその発言はずるくない? それは優しさではなくてエゴですよ〰〰とは、彼の正体である朱堂深赤さんにも思ったことだ。
このひと、確かにとても優しくて、優しすぎて、だからこそ貧乏くじを引いているのかもしれないけれど、それにしても同情できない。誰にでも優しいエゴイストって本当に手に負えないな⁉
「フ、フン! 甘っちょろいことを言わないでちょうだい。私の手札がストーンズだけだと思ったら大間違いよ!」
「エスメラルダ……!」
「気安く呼ばないでもらえる? さあいらっしゃい、私のかわいいご主人様……じゃなくて下僕ちゃん達!」
だめだめ、うっかり本音が出た。レディ・エスメラルダのキャラ的に、『ご主人様』はまずい。気持ちとしては本当に最高の『ご主人様』なのだけれど、ここは心を鬼にして、内心で血の涙を流しながら、無礼にも『下僕』と呼ばせていただく。
バシン、バシン、と、地面を二度打ち据え、胸元から新たな空間転移装置を取り出す。そう、このためにドクターに頼み込んで作ってもらった特別製だ。ボタンがピンク色の肉球になっているのはドクターの遊び心だろう。いつも大人びている小生意気なドクターは、ときどきこうやって、すごいかわいいことしてくれるんだよな。ちなみにお礼にはシフォンケーキを差し入れした、とは余談である。
とにもかくにも、そのピンクの肉球ボタンをポチッとな。
次の瞬間、私の両隣の空間が大きくぐるりと歪んで、そして。
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