第5章⑫

 まさかこのまま駅前まで⁉ どう説明すんの⁉

 フルマスクの下で真っ青になるしかなく、なんとかちょうどいい言い訳を探し、そう、そうやって、駅前まであと少し、というところだった。

 どんどん私を背に乗せているみたらしがゆっくりになっていく。隣を走っていたしらたまも同様だ。最終的に、ふにゃん、と小さな鳴き声を上げて、二匹のその身体のサイズが、いつもの愛らしいばかりのミニサイズに戻る。

 あ、これ、コスモスエナジーとやらの効果切れ? いやなんでもいいや、とにかく確保ォ!

 みたらしとしらたまを抱き上げて、ジャスティスオーダーズのジャスティスグリーン(だから仮あるいは暫定)に変身してもなお、パワースーツの下に存在するカオジュラとしての証であるエメラルドと連携している亜空間バッグに二匹を放り込み、不満の声を上げる二匹をなだめるように撫でさすって、そのまま駅前へと走る。

 悲鳴と混乱が入り混じる混沌たる騒ぎの中、大量のストーンズを操っているのは、おなじみドクター・ベルンシュタインと、アキンド・アメティストゥである。

 二人揃って出動とはずいぶん珍しい。

 ……もしかしてもしかしなくても、あの二人、まさか。

 

「オヤ、新手ですかい? なかなか素敵なボディラインでござんすねぇ」

「へえ、いかにもどんくさそうなオバサンを増やしたもんだね、ジャスティスオーダーズ」

 

 私の姿を捉えたアキンドとドクターが口を揃えた。あ、あいつら、私のことを物見雄山で今後のネタにするために出動しやがったな……⁉

 レディ・エスメラルダといい、好きでこんなことやってんじゃないんだぞ⁉ という鬱憤を込めて、腰に備え付けてあった長い鞭をしならせる。鞭は宙を切り、既にストーンズと混戦になっていたジャスオダメンバーと、そのストーンズとの間に割り込んだ。

 

「グリーン! 来てくれたのね!」

 

 桜ヶ丘さん、もといピンクが嬉しそうに笑ってくれるのが気配で解った。ついでに、ブラックが「訓練のたまものだな」と誇らしげに頷き、ブルーが「遅いんですよ」と肩を竦め、イエローが「いいとこどりはずりぃな、グリーン!」とサムズアップした。

 あれ、そういえばレッドがいないな? と首を捻るそばから、状況を見守っていた一般ピーポーがざわつき始める。

 

「グリーン?」

「まさか新メンバー⁉」

「うぉおおおお! 新規参入が女性メンバー! 胸アツ展開‼」

「今日はレッドがいないけど、その穴を埋めるのがあのグリーン……ってコト⁉」

 

 とかなんとか好き勝手なことを言ってくれる一般ピーポーを後目に、私はバチンバチンバチコーン! と鞭で次から次へとストーンズをなぎ倒す。

 うわ、これストレス解消にちょうどいいかもしれない。いけない世界に目覚めちゃいそう。

 

「……始末書が増えていくざんすね」

「エスメラルダに回すだけだよ」

「それもそうですなぁ」

 

 おいこら聞こえてんですよアキンド、ドクター‼

 あっなに? ここで私がストーンズを片付けたら、その分の始末書、私持ち⁉

 うそでしょ勘弁して、と思っても、ジャスオダと一般ピーポーの手前、手を抜いて戦うなんて器用な真似をできずに、バチンバチンバチコーン! と鞭が再び唸りを上げる。ああ、しばらく徹夜かも。

 そう内心で滂沱の涙を流していると、ざわりと周囲のざわめきが一層大きくなった。えっなに、とそちらを見遣ると、他のジャスオダメンバーもまたそちらを見て、マスク越しにでもそうと解るほど血相を変えていた。

 

「レッド⁉」

「この馬鹿、なんで来た⁉」

「ちょっとレッド⁉ あんた、まだ安静だって言われてんでしょ⁉」

「司令官から今日は出てくるなと命令が出ていたはずなんだが、自分の思い違いだったか?」

 

 ストーンズを情け容赦なくばったばったと叩きのめしながら、口々にそう言い連ねるジャスオダの視線の先には、朱堂深赤さん……ではなく、ジャスオダリーダーたるレッドが立っていた。


 

「……やなぎさ……いや、グリーンに手を出すな。彼女は、俺が守る!」


 

 いやあなたそんなふらっふらで言われましても‼ それで誰もが喜ぶと思うなよ⁉

 ああああああほら、アキンドとドクターが悪い顔してるじゃない! 「ここで潰しきますかい?」「そうしよ」っていう会話が聞こえてくるようだ。

 ふらふらになりながらも剣を振るうレッドのもとに、ストーンズがいっせいに大挙して押し寄せる。本当にアキンドもドクターも容赦がないし、それでもなんとか立ち向かおうとするレッドは大概馬鹿だ。何が「今のうちに逃げるんだグリーン!」だ。本当に馬鹿じゃないの。

 でも。


「〰〰〰〰あああああっ! もう‼」


 もっと馬鹿なのは、私だ。

 地を蹴り、鞭をしならせ、一気にレッドのもとに集まっていたストーンズと地面に叩きつける。私はコスモスエナジーを飲んでいないけど、この首から下げているエメラルドにより、カオスエナジーの供給は、求めるならば常にある状態だ。だからこそ、このくらいはやろうと思えばできるのである。

 私のあまりの勢いに驚いたのか、ジャスオダもカオジュラも、当然レッドも、誰もが硬直する。それをいいことに、レッドのもとに走り寄った私は、いったん鞭を腰に提げてから、彼の両頬を、両手で包み込んだ。

 

「レッドさん」

「あ、ああ」

「――――――――――でぇいっ‼」

「あだっ⁉」

 

 ぐいっと無理矢理レッドの顔を引き寄せて、そのまま彼の額に、自分の額を力いっぱい打ち付ける。伝家の宝刀ヘッドバッド。

 レッドは痛みのせいか驚きのせいか、その場にどさっと崩れ落ちる。そんな彼を見下ろして、私は続けた。

 

「いいから大人しく、あなたは私達に守られていてください」

「っ!」

 

 息を呑んだのは、誰だったのか。呆然とこちらを見上げてくるレッドを放置して、私は再び鞭を手に取った。

 はー、もー、おでこ痛い。伝家の宝刀とは諸刃の剣だ。二度とやりたくないな、と思いながら、レッドが黒服……ジャスティスメイカー構成員の皆様に回収されるのを見送って、ようやく正気を取り戻した他のジャスオダメンツと一緒にストーンズを相手取る。

 しばらくして、本日のカオスエナジーの取れ高がOKになったらしいドクターとアキンドが「今日はここまでにしておいてあげるよ」「また会えるのを楽しみにしてるでやんすよ、特にグリーン♡」と言い残して、転移装置でその姿を消した。ドクターはともかく、アキンドは完全に面白がっている。あのひとまじで一回くらい痛い目見てくれないかな。


 

 

 ――――かくして、ジャスティスグリーンデビュー戦は終わりを告げた。

 の、だが。


 

 

「……ええと、今、なんとおっしゃいました?」

「だからねぇ、みどり子ちゃん。あんたはクビ」

「…………はい?」

 

 ジャスティスグリーン初陣から三日後。

 ジャスティスメイカー総司令官にして私の大家さんである明通透子さんから呼び出されたと思ったら、いきなりこれである。

 唖然と固まる私に、透子さんは苦笑した。

 

「レッド……深赤坊たっての願いでね。グリーンの分まで自分が働くし、みどり子ちゃんのことは自分が守るから、柳みどり子を退職させてくれってさ。放っておいたら土下座を始めそうなもんだから、ねぇ。まったく困ったもんだよ」

「は、はあ……」

「ああ、心配しなくても、アパートはそのまま使ってくれて構わないよ。家賃を取るつもりもないから安心しな。あんたにゃ悪いが、監視されてるようなもんだと思ってくれて構わない。その分の慰謝料さ」

 

 ……というわけで、私、柳みどり子は、ジャスティスオーダーズをクビになりました。本当にありがとうございました。もちろんスマホとコスモスエナジーサプリは没収だ。

 朱堂さんが、ま〰〰〰〰たいらんこと考えてそうな感じはひしひしと感じたけれど、透子さんにその辺のことを聞く勇気はなかった。土下座ってなに。

 私はそこまでされるようなことしてないし、普通の状態でそんな真似するのなら、やはり朱堂さんはどこかしらねじが吹っ飛んでると思う。

 色々とツッコミどころはあるし、次にレッドとしての彼とも朱堂さんとしての彼とも顔を合わせるのが非常に恐ろしいのだけれど、何はともあれ、これで二足わらじからの解放である。となれば、もちろんしろくん、もといマスター・ディアマンに報告だ。

 そういそいそと、なんだか随分と久々な気がするNEWBORN本社の最上階へと急ぐ。

 

「柳です、失礼いたします」

「ああ、入って」

「はい、あのね、しろく……っ⁉」

 

 圧倒的ストレスからの解放のせいか、扉を開けるなり、ついいつもの口調でしろくんに話しかけてしまった私は、その場で凍り付いた。


「やあ、柳くん」

「黒崎さん⁉」


 そう、黒崎玄磨さんである。ジャスティスブラックであるあなたがなぜここに。

 えっなに、まじでなんで。

 見るからにうろたえる私のことを、黒崎さんはさも面白そうに見つめてくるし、そんな彼と私を、しろくんは彼らしくもなく大層珍しくも不思議そうに見比べて、「もしかして」と口火を切った。

 

「説明しなかったのかな?」

「その方が都合がいいかと思いまして。柳くんは隠し事が苦手とうかがっていたものですから」

「ああ、なるほど。……みどり子ちゃん、紹介するよ」

 

 ちらり、としろくんが黒崎さんに目配せする。黒崎さんは忠誠を誓う騎士のようにしろくんに一礼を返して、私のもとまで歩み寄ってきた。

 え、えええと? と戸惑う私に、彼はニヤリと笑いかけてくる。

 

「エージェント・オニキスだ。カオティックジュエラーのスパイとして、ジャスティスオーダーズに潜入している。主な活動としては、カオティックジュエラーの活動場所をあえてジャスティスオーダーズに流すこと、あちら側の動きをこちらに流し、いかに効率的にカオスエナジーを獲得するかの検討だな」

「……スパイ?」

「ああ」

「それって、もしかしてもしかしなくても、今回私がしろく……マスター・ディアマンに命じられてたアレだったりします?」

「すばらしい、その通りだ」

 

 ぱちぱちぱち、といつぞやと同じように拍手され、私は呆然としながらマスター・ディアマンへと視線を移動させた。

 彼はそのやわらかな美貌に、これまた珍しくも殊勝な表情を浮かべている。

 

「…………いや、てっきりエージェントが自分で説明しているかと思っていたのだけれど……うん、まあその、ごめんね?」

「〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰っ‼」

 

 その場に崩れ落ち、ダンッと床を殴りつけるしかない私は、たぶん今ばかりは世界で一番かわいそうだった。

 その後の説明により、実はコスモスエナジーとはカオスエナジーと同じものだと判明し、そのカオスエナジーの塊であるサプリを飲み込んだみたらしとしらたまが、今後レディ・エスメラルダのかわいい下僕……いやむしろご主人様として、ジャスオダと敵対してくれるようになる、なんてことは、この時の私は、まだ知る由もなかったのである。

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