第7話生贄花嫁は食べられたい4
「千代から会いたいと聞いて、来たのだが……」
恐る恐ると言った様子で、銀嶺が尋ねてきた。
銀嶺の向かいあう形で座っていた千代は恭しく頭を下げる。
「銀嶺様、大変お待たせいたしました」
「待たせる? いや、さほど待っていない。むしろ私がここに来るのを千代が待っていたような気がするが……」
「いえ、私はひと月もの間、銀嶺様を待たせておりましたでしょう? でも、今こうやって、やっと銀嶺様の前に来ることができました。さあ、どうぞ」
そう言って、千代は堂々と胸を張って両手を広げた。
どんとこいとでもいいそうな様子である。
しかし、相対する銀嶺にはあまり事情が飲み込めないようだ。
訝しげに眉根を寄せるばかり。
千代は少し挫けそうになったが、きっと目を釣り上げた。
「今の私は、いかがですか!?」
責め立てるようにそう言うと、銀嶺は目を見張る。
そしてまじまじと千代を見てから、恥ずかしそうに視線を逸らした。
「……美しくなった。いいや、元から美しくはあったが、さらに……」
「そうでしょう!? 琥珀さんのおかげで、髪の毛も肌もツヤッツヤです! 今こそ、食べごろではありませんか!?」
「食べごろ……?」
何の話だと言うように微かに首を傾げ、そしてしばらくしてハッと目を見開いた。
「それはもしや、性的な意味のことか……!?」
「食事的な意味です!」
このやりとり前もやったのでは!? と思いつつ千代は吠えついた。
「千代、食べてしまえば……そなたは死んでしまうのだぞ」
「承知の上です。前にも申し上げました。私は……龍神様の一部になれるのでしたら本望なのです」
「……それほど、慕っているのか?」
「え?」
なんの話かわからずそう聞き返すと、銀嶺は躊躇うように口を開く。
「初めに言っていただろう。龍神を、慕っていたのだと……」
銀嶺は小さくそうこぼす。
そのように説明していたことを思い出した千代は、「あ、はい、そうです」と相槌を打つと、銀嶺は重いため息を吐き出してから口を開いた。
「そうか。だが、悪いが、食べる気にはなれない」
食べる気になれない。銀嶺から言われた衝撃的な言葉に千代は目を丸くさせる。
「ど、どうして、ですか……!? まだ、私がご不満なのですか!?」
「不満とかそういう話ではなく、私は……」
と何かを言おうとして、言えずに口をつぐむ。
そして、千代に顔を背けた。
「それに、私は以前にすでに血肉を口にしている。……それでもう充分なのだ」
どこか申し訳なさそうに言う銀嶺の言葉に、千代は眉を吊り上げた。
(すでに血肉を口に……? それって、私という生贄がいながら他の人間を食べているということ……!?)
あまりのことに呆然としていると、銀嶺は立ち上がった。
「そろそろ部屋に戻る。今日は、一目でも会えて嬉しかった」
それだけ言うと銀嶺は去っていく。
千代は、止める言葉を見つけることもできずただただ呆然と見送ることしかできなかった。
どんよりとした気分で自室に戻る。
部屋には、にこにこの琥珀が待っていたが、戻ってきた千代のどんよりぶりをみると目を丸くさせた。
「え!? どうかなさいましたの!?」
「銀嶺様に、あまりお気に召していただけなかったみたいで……」
「え!? ちょ!? 何がありましたの!? 龍神様がそのように申しましたの!?」
「はい、その……私からお誘いしたのですが断られてしまいました」
さあ食べてと自分から言ったのに、結局銀嶺は食べてくれなかった。
それほど千代に食べ物としての魅力がないということだろう。
気分が滅入って仕方がない。
千代の言葉に、琥珀は驚きのあまりますます目を見開いた。
「誘うってまさか……千代様が!? やだ、千代様って結構積極的ですわね!? でも、なんと言われて断られたのですか?」
「それが、気分じゃないみたいなことを……」
正確には食べる気にはなれないと言われたが、似たようなものだろう。
「はあ!? 気分!? よりによって気分じゃないですって!? 何言ってんのアイツ!」
落ち込む千代の言葉に、琥珀の怒りが上がっていく。
「しかも……私以外の方が良いみたいで、私の知らないところで……」
千代を差し置いて、他の人の血肉をむさぼっている。
しかしそんな惨めなこと最後まで言えなくて、思わず口を閉じた。
最後まで口にできなかったが、最後まで言わずとも琥珀は色々察したようだ。あまりのことに唇をわなわな震わせはじめた。
「ああ、なんてこと! あの龍神! 許せませんわ! ああ、かわいそうな千代様……! もう我慢なりません! 私、あいつに一言物申してまいります!」
今にも立ち上がって、銀嶺を殴りかかりそうな勢いだったので、千代は彼女の袖を引っ張って止めた。
「いえ、良いんです。全部、魅力的でない私が悪いのですから……」
「そんなことありませんわ! 千代様は十分魅力的ですわよ! それをアイツ……!」
と再び怒りの表情を見せてから、ハッと何かを思い出したかのように思案気な表情を見せた。
「……でも、そうですわね、龍神様は最近ずっと遅くまで探し物をされているのです。それで疲れているのかもしれないですわ。それに千代様のことは大切にしたいが故に無闇に手を出さないのかもしれません」
「探しもの……」
探しものというのは、人の血肉のことだろう。
千代の知らぬところで、外に出ては千代以外のおいしそうな血肉を食べているのだ。
落ち込む千代だったが、そんなことを考えているとは知らない琥珀は良いことを思いついたとばかりに手を打った。
「そうですわ! 何か精のつく食べ物でも用意したらどうでしょうか!」
「精のつく、食べ物……?」
それこそ私のことでは? と言う言葉がでかかったが、千代はどうにか堪えた。
「そうですそうです。最近お疲れのようですし、鰻などをもらってこようかしら……」
「鰻……」
その言葉に千代は、ハッとひらめいた。
それだと思えた。
もうむしろそれしかない。
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