7. 異世界ほのぼの日記3 266~270


-266 躊躇の理由となった失敗-


 竜将軍(ドラグーン)へと昇格した証として(?)支給されたコックコートを着た友人の姿を改めて見たイャンダは少し違和感を感じていた、確かに自分と同じ立場になったのは分かるのだがどうしてなのだろうか。


イャンダ(当時)「それよりデル、その制服は誰に渡されたんだ?」

デルア(当時)「ん?これか?これは人事異動を見た後にここで飯食ってたらここで働いているって言うおばちゃんに貰ったんだけど。」

イャンダ(当時)「だったらそれなんだろうな・・・、でもどうしてお前のだけ黒なんだ?」

デルア(当時)「あれじゃねぇの?新任の所に「黒竜将軍(ブラックドラグーン)」って書いていたからじゃ無いの?それよりさ・・・、結構深刻な相談があるんだけど。」


 魔学校の経済学部で共に学んでいた時はデルアの方が成績優秀だったのでどちらかと言うとイャンダがデルアに相談する事が多かったのだが、今回は逆の様なのでどうかしたのだろうか。


イャンダ(当時)「珍しいな・・・、デルが俺に相談する様な事があるのか?」

デルア(当時)「いや・・・、学生時代の事を思い出してくれたら分かると思うんだけど俺は料理が全くダメなんだよ。」

イャンダ(当時)「確かにな、あの頃は割引の惣菜か俺が作った物ばかり食ってたもんな。」


 学生時代の2人は学費や生活費の足しにする為にアルバイトをしていたのだが、実は家賃を少しでも浮かす為に共同生活(シェアハウス)をしていたのだ。その時、大抵の食事は料理上手なイャンダが担当していた。ただ掃除や洗濯等、他の家事はからっきしだった為にデルアが行っていたらしい。


デルア(当時)「恥ずかしながら、この前も卵かけご飯を失敗しちゃってね。」

イャンダ(当時)「卵かけご飯って・・・、卵割って混ぜるだけだろ?まさか卵を割るのが苦手なのか?」


 きっと誰でもこうやって聞くであろう発言に開いた口が塞がらないイャンダ、ここは敢えて醤油とソースを間違えてしまったと言う方に1票入れてみようか。


デルア(当時)「いや、卵はちゃんと割れるんだよ。ただご飯を炊くのを忘れてさ、卵をお椀に割り入れて溶いたまでは良かったんだけど炊飯器の予約を入れるのを忘れてね。」

イャンダ(当時)「そっちか・・・、俺もよくやっちゃうんだよ。でも勿体ない事をしちゃったな。」

デルア(当時)「本当だよ、折角1個1500円もする卵を貰ったのにさ。」

イャンダ(当時)「1個1500円って・・・、まさかあのバラライ牧場で朝早くに採れたっていう噂の卵の事か?」


 鳥獣人族達が経営するバラライ牧場で牛の放牧が中心なのは有名だが、実は裏庭で数羽の鶏を飼っていて可能な限りストレスの無い環境で育てている為に採れた卵も濃厚で有名らしい。ただ余りにも数が限られているので1個1500円という高値で取引されている様だ。


イャンダ(当時)「でもどうしてあんな高級品を?」

デルア(当時)「実はうちの近所に住んでるおばちゃんが道端で倒れていたから病院に運んだんだよ、そのお礼にって。俺は「大した事はしていないから別に要らない」って言ったんだけど「命を救ってくれた恩人だから」って聞いて貰えなくてさ、それに個人的に食べてみたかったから素直に貰う事にしたんだよ。「卵の味を一番楽しむ方法と言えば卵かけご飯だよな」って食べようとしたら失敗しちゃったって訳。」

イャンダ(当時)「確かに俺もよくやっちゃう事だけど、それは失敗のうちに入らないんじゃないのか?卵なら工夫次第で何にでも出来るだろ?」

デルア(当時)「いや・・・、これ以上に酷い失敗をやらかしちゃった事もあったんだよ・・・。」


 ため息をついて頭を抱えながら自分がやらかした失敗を思い出そうとする黒竜将軍、ただそこまでしてしまう様な失敗ってどの様な事なのだろうか。


イャンダ(当時)「どうしたってんだよ、そんなに酷い事なのか?」

デルア(当時)「いや・・・、実はさ・・・。」


 口にしづらい失敗だったのだろうか、それなら無理に話す必要も無いと思う竜将軍。


イャンダ(当時)「そんなに引っ張る程酷い失敗なのか?もしそうなら相当だぞ。」

デルア(当時)「そうなのかな、実はこの前俺が異動になって最後になるかも知れないから同僚と呑みに行ったんだよ。」


 酒での失敗なら誰でもあるはずだ、でも今は関係無い様な・・・。


デルア(当時)「その後家でカップ麺食おうとした時にお湯の量間違えちゃったんだよ。」


-267 想いを募らせる-


 デルアの失敗談に笑いながらもイャンダは先程のアスパラガスとは別の鍋でボイルしていた大量のウインナーの水気を飛ばしてバットに並べていた、まさか王城にあるこの食堂の1番人気のおかずが「ボイルウインナー」とは誰もが思わなかっただろう。一般的に(?)ボイルウインナーと言えばケチャップで食べる人が多いかも知れないがここでは特製のマヨネーズをかけて提供していて意外とそれが好評の様だ。

 一先ずそれは置いといて、デルアがここで食事をしている光景をよく見かけていたイャンダはこの食堂について改めて説明する事にした。


イャンダ(当時)「デル、君もここをよく利用しているから分かっていると思うけどここでは種族関係なく楽しめる様に家庭料理を中心に提供する様にしているんだ。それとお客さんから要望(リクエスト)があればメニューに無い品物でも可能な限り作って答える、それが初代の店主が決めた伝統とも言える決まりで皆守る様にしているからそのつもりでいてくれ。一先ず食堂全体を案内するからついて来てくれるか?」

デルア(当時)「確かにな、皆ここで飯食ってる時笑顔だもんな。俺もその1人だけど。おっと、ちょっと待ってくれよ。」


 毎日の昼休みの光景を瞼の裏で思い出しながら自分も利用客の笑顔を守れる様になりたいと密かに願うデルア、ただイャンダが放ったとある単語が頭から離れなかった。


イャンダ(当時)「おいおい、今から仕事するのに寝ちゃった訳じゃ無いよな?」

デルア(当時)「ああ・・・、悪かった。ガキの頃に食った兄貴の料理が美味かった事を思い出してな。」

イャンダ(当時)「確か生き別れたお兄さんがいるって言ってたな、良かったらだけどどんなのを作ってくれていたんだ?」

デルア(当時)「よくある家庭料理だよ、ハンバーグオムライスとか。」

イャンダ(当時)「デル、それって別々の料理じゃねぇのか?」

デルア(当時)「いや、オムライスの中にハンバーグが入っていたんだよ。うちでは両方を兄貴特性のデミグラスソースで食う事が多かったからいっその事一緒にしようかって本人が作ったんだってさ。」


 食堂の全体を案内しながらデルアの昔話に聞き入るイャンダ、ただ1番肝心となるのはそこではない。


デルア(当時)「ただずっと兄貴が作ってたからさっきも言ったけど俺は料理が全くでさ、そんな俺にでも出来るかな?」

イャンダ(当時)「大丈夫だよ、すぐに慣れるって。それに・・・、そろそろかな。」


 食堂の入り口の方向に振り向きながら誰かを待っているかのような素振りを見せるイャンダ、招待客でもいるのだろうか。


デルア(当時)「「そろそろ」って何だよ。」

イャンダ(当時)「いや、後で分かる事だから気にしないでくれ。それにしても良いお兄さんだったんだな、一度会ってみたいな。」

デルア(当時)「今度イャンの事を兄貴に紹介しようと思っていたから会わせてやるよ、お前にも兄貴の料理を食わせてやりたくてよ。」

イャンダ(当時)「楽しみにしているよ、おっと・・・、おはようございます。」


 イャンダが会釈した方向にデルアが振り向くとそこには割烹着姿の男性がいた、バルファイ王国では見かけない顔に思えるのだが誰だろうか。


男性「おはよう、君が今日からここで働くって人か。実はさっきの話が聞こえて来てたんだけど、もしかしてナルリス君の弟君かい?」

デルア(当時)「はい、デルアです。デルア・ダルランです。どうして兄貴の事を?」

男性「実は君のお兄さんはね、新聞配達のバイトをしながら今俺の所で料理の勉強をしているんだよ。いつか家庭料理の店を出したいんだって。」

イャンダ(当時)「そうなんですか?御厨さん。」

御厨(当時)「ああ、やはり昔から料理をしているからセンスがあるみたいでね。教えがいがあったもんさ、腕が良いよ。俺もあいつの事をを推すね。」

デルア(当時)「やっぱり・・・、兄貴って凄いな。憧れちゃうわ。」

イャンダ(当時)「何言ってんだよ、お前も同様に御厨さんに教わるんだぞ。ここの料理の監修をしているのはこの人だからね、定期的に俺も教えて貰っているんだ。なかなか出来ない経験になると思うからしっかり勉強させて貰えよ。」


 それから数時間かけて基本となる出汁(スープ)の作り方や調理法、そして家庭料理を存分に学んだデルアは学習が進むにつれて「いつか兄と店を出したい(兄と働きたい)」と言う気持ちが湧いて来たそうだ。そして今、あれからまた数本もの煙草を燻らせていたデルアはゆっくりと目を開きながら一言。


デルア「兄貴は洋食屋で俺は拉麵屋だから無理かな、でも聞いてみる価値はあるか。」


-268 兄に会う為、話す為-


 デルアは兄の「妻・光の採れたて野菜を使った料理を出したい」という拘りを知っていたので連絡をするのに少し抵抗していた、「街の中心(一等地・好美のビルが建っている所)に店を出さないか」という王の提案を断った位だから流石に自分の提案が兄の邪魔になるのではないかと思っていたからだ。


デルア「でも昔から考えていた事だからな、ちゃんと兄貴に話さないと・・・。」


 拉麵屋の副店長は深くため息をつきながらキンキンに冷やしたはずのお茶を啜った、しかしぬるくなっていた上に味を全く感じなかった。

 お茶の入ったグラスを置いてナルリスに『念話』を送ろうとしたが、少し考える事があった様だ。


デルア「でもな・・・、こういう話って顔を合わせて直接話すべきだよな。」


 弟の様子を『察知』したのか、噂の兄の方から『念話』が。


ナルリス(念話)「デル、浮かない表情してどうかしたか?イャンダさんが心配してるから思わず『念話』しちゃったけど大丈夫か?」


 話の流れから察するにどうやら調理場の奥にある小部屋からなかなか出て来ようとしないデルアの事を心配したイャンダが『念話』を送っていた様だ、別に『察知』や『探知』を使った訳では無い様だが今はそれ所では無い。それにイャンダ自身にも思う事があった、デルアが不安に思っている原因は自分にあるという事だ。話を持ち出した好美(店のオーナー)は自宅で酒盛りをしていると言うのに・・・、何となく可哀想な気がする。


ナルリス(念話)「俺で良かったら話聞くぞ、話してみろよ。」

デルア(念話)「それは助かるけど、兄貴も今(AM11:00頃)仕事(仕込み)中だろ?邪魔する訳にはいかないよ。」

ナルリス(念話)「別に『念話』だから手を動かしながら出来るじゃないか、それにまだ光が収穫だから案外ゆっくり出来るんだよ。」


 ナルリスの最後の一言は余計だった、やはりこの「光の野菜を使う」という拘りは今でも変わらない様だ。言い方が悪いかも知れないがこの拘りが弟の夢を邪魔していた。


デルア「そうだよ、兄貴の事を悪く言う奴は誰だって許せねぇぞ。」


 あ・・・、聞こえてたんですね・・・。大変申し訳ございません。


ナルリス(念話)「どうした、いつもの「アイツ」か?また余計な事を?」

デルア(念話)「ああ、でも兄貴は気にしないでくれ(と言うより無かった事にして欲しい)。」


 「光の野菜を使う」という何よりの兄の拘りを守りながら自分も拉麵屋を続けるにはどうするべきか・・・、悩みに悩んだデルアは一先ず兄に提案してみる事に。


デルア(念話)「兄貴、今度兄貴の店に行って良いか?」

ナルリス(念話)「何だよ、兄弟なんだから余所余所しくすんなって。いつでも大歓迎だから来いよ、何なら俺が予約を入れておこうか?」

デルア(念話)「いや、久々に兄貴の料理も食べたいんだけどそれ以上に興味がある事があってね。」

ナルリス(念話)「ふーん・・・、分かったよ。じゃあ取り敢えず仕込みに戻るな。」

デルア(念話)「俺も戻るわ、イャンにこれ以上迷惑を掛けたくないし。」


 兄との『念話』を切ったデルアは腕まくりをして調理場に戻った、中では1升の米研ぎを終えたイャンダが醤油ダレに漬け込んでいた叉焼を切っていた。因みにこの「ビル下店」ではこの時に出た切り落としを炒飯に使う事が多い、これは好美のアイデアだという。ただ自分の肴に回す分が減るが良かったのだろうか、まぁ俺からすればどうでも良い話なんだけど。


イャンダ「デル・・・、もう大丈夫なのか?」

デルア「ああ、悪かったな。俺の事、兄貴に話してくれたんだって?」

イャンダ「俺が原因の1つでもあるからな、何か悪かったな。」

デルア「謝るなよ、寧ろイャンには感謝しているんだ。ただ今度有休を貰っても良いか?兄貴に会いに行こうと思って。」

イャンダ「別に良いけど、すぐ近くなんだからそこまでする必要は無いんじゃないか?」

デルア「念の為だよ、俺が休んでいると好美ちゃんが何を言い出すか分からないからさ。」

好美(念話)「何よ、私抜きで何コソコソ話してんの?給料下げるよ?」

デルア(念話)「え・・・、それはちょっと困るな・・・。」

イャンダ(念話)「好美ちゃん、流石にそれは上司の横暴だって・・・。」


-269 有給を取りづらい理由-


 結構本気に近いトーンで冗談をかました好美の事は置いといて、一先ずデルアはイャンダと共に昼間の営業に向けて仕込みを開始した(と言っても24時間営業なので客の姿がちらほらとあったのだが)。


イャンダ「デル、有給を使ってまでお兄さんの店に行きたいだなんてよっぽどの理由があるんじゃ無いのか?好美ちゃんの事以外に。」


 ハッキリ言って有給を取得するのに好美の機嫌について考慮する必要は無いと思うが、やはりこの世界でも日本と同様に働き方改革が進んでいるのでちゃんと消化していかなければと思うのも無理は無い。正直言って「暴徒の鱗 ビル下店」は人員不足という訳では無いと思われるので有給の取得はしやすい方だと思うがやはりそれなりの事情があるのだろうか。


デルア「でも大丈夫か?店自体は俺無しでも回す事が出来ると思うけど好美ちゃんの肴を用意する時に騒動が発生しないか?」

イャンダ「大丈夫だよ、デルの週休日にはいつも唐揚げと春巻きを送って何とかしてるからさ。」


 唐揚げと春巻きで何とかなっているなら良いのだが2品だけであの大食いが満足するとは思えないデルア、どうやら副店長の予感は当たっていた様で・・・。


好美(念話)「イャンは唐揚げと春巻きだけで私が満足していると思ってる訳?いつも腹二分目で済まされてるから苦労しているんですけど!!」


 2人の会話を『察知』していた好美からの『念話』、ただ二分目は言い過ぎな気がするが?


イャンダ(念話)「好美ちゃん、こっちは少ない経費で卸してもらっている材料で作っているんだから勘弁してよ。店のオーナーなんだから分かってくれているでしょ?」

好美(念話)「でも雇用契約書に書いたじゃん、ちゃんと私の食事は十分な量を用意するって。」


 まさか雇用契約書にそんな超個人的な事を書いていたとは、それに好美にとって十分な量ってどれ位なんだろうか。そんな事を考えていた2人に助け船がやって来た、好美より数時間遅れて家に帰って来た守だ。どうやら結愛と光明に捕まっていたらしい。


守(念話)「大丈夫ですよ、俺が何かしら作りますから。」


 好美と違って何でもホイホイ作ってしまう守の存在は2人にとって本当に有難かった、ただ黙っていないのが約1名。


好美(念話)「何安心してんのよ、私はデルアが作った麻婆豆腐が食べたいの!!」

デルア(念話)「好美ちゃん、それは嬉しいけど出来ない時だってあるんだよ・・・。」


 最近デルアが新作として店に出そうかと試行錯誤している麻婆豆腐の試食を頼まれていた好美はその試食を毎日の日課にしていた様だ、でもさっきまでずっと家にいなかったのにえらく横暴じゃないのか?


好美「ずっと食べて無かったから久々に食べたかったの、悪い?」


 いや、試食を頼んでいたのはデルア本人ですし楽しみがあるのは良い事なんで悪くないです・・・。


デルア(念話)「麻婆豆腐に入れる材料の研究に行くって考えといてよ、それにもしかしたら今以上に経費を抑える事が出来るかも知れないし。」


 「経費を抑える事が出来るかも知れない」、好美はこの言葉に犬の様に食らいついた。少しでも自分の収入が増えると思うとウキウキしてしまうからだ、しかし元々結構な財産を持っているはずなのにまだ稼ぐつもりなのだろうか。


好美(念話)「お金があり過ぎて困る事は無いからね、じゃあこの機会にちゃんと情報収集してくるのよ!!」

デルア(念話)「分かったよ、その間店の事は任せたよ。」

好美(念話)「うん、私も手伝いに行くから任せといて!!」

イャンダ(念話)「おいおい、俺1人では信用出来ないのかよ!!」


 従業員やオーナーから信用されていない店長って一体・・・。


デルア・好美(念話)「いや、偶にはイャンの事をおちょくっとかないと。」

イャンダ(念話)「どう言う意味だよ!!」


-270 女子達の朝-


 好美と楽し気にイャンダをおちょくってから数日後の午前8:00、やっとの思いで取得した有給休暇を迎えたデルアはいつも通りのモーニングルーティンを行った後にエレベーターで1階まで降りて街中まで繰り出した。いつもなら店の中から見るだけだった景色も視点が違うと新鮮だと思っていたデルアは少し上機嫌になりながら街を散策しつつ兄の店へと向かった、ただ朝早くに副店長が外出した事を知らなかったオーナーが店で大騒ぎしていた事を知らずに・・・。


好美「ねぇ!!デルアは何処に行ったのよ!!私の朝ごはんはどうなってんの?!」

イャンダ「ちょっと待ってよ、今魔力保冷庫(冷蔵庫)を確認してくるからさ。」


 自分の週休日はいつもどうしているのだろうかと頭を掻いて悩みながら冷蔵庫を開けたイャンダは庫内の中央に置かれていた皿に添付されていたメモ用紙を見つけた、書き方から見るにどうやら好美が先程の様な態度を取る事を予想していた様だ。


デルア(メモ)「好美ちゃんが朝来たらこれを温めて出して下さい、多分怒りも納まると思いますので。」


 イャンダがメモの通りに皿に盛られた料理を温めると好美は端のテーブル席で大人しく食事をしていた、正直言ってこれではイャンダとデルアのどちらが店長なのか分からなくなる。と言うよりイャンダが異動した際に週休日はどうするべきなのかが分からなくなるのがオチだ、まぁ残るのが好美の事を色々と知り尽くしているらしきデルアだから大丈夫と思うが、今からこれでは心配で仕方が無い。


イャンダ「いっその事、守君をうちで雇うか?いや待て・・・、本人にも職業選択の自由はあるんだからそんな事は言えない・・・。あぁ・・・、この店本当に大丈夫なのかな・・・。」


 店長が頭を抱えていた時、デルアは街の中心部から数々の露店が集まる場所を抜け出した後に暫く歩を進ませて兄の店へと到着した。やはり兄の拘りを最大限に活かせるように店は家と隣同士になっていて家の真横には家庭菜園が広がっていた、これ以上に新鮮な野菜を提供する方法など見つからないだろうなと感心していると家から慌てた様子のハーフ・ヴァンパイアの女子高生・ガルナスが出て来た(さり気に久々の登場だな)。


ガルナス「行って来まーす!!」


 デルアは家を出て全速力で走り出そうとしたその女子高生を全力で止めた、家の中から義姉の声が聞こえたからだ。


光「ガルナス!!あんた、またお弁当忘れてるよ!!」

デルア「おっと・・・、朝早くから騒がしい女の子だな。ほら、まだ間に合うから落ち着いて取っておいで。」

ガルナス「あれ?叔父さん、いらっしゃい。お母さん、ここまで持って来てくれる?」

光「あんたね、母親を家政婦みたいに使わないの!!・・・って、デル君じゃないの!!」

デルア「おはようございます、お義姉さん。取り敢えずお弁当をお願いします。」

光「はいはい、申し訳ないけどそこにいる犯人を取り押さえておいてくれる?」


 冗談交じりで自分の娘を「犯人」と呼ぶ光、どうやらこの家の住民は皆毎日楽しそうに過ごしている様だ。何となくだが自分もその一員になりたくなってくるが今はそれ所では無い、出発時間までまだ余裕があるはずなのにバス停まで全力走りしようとする犯人を取り押さえるのが先決だ。


デルア「分かりました・・・。ほらガルちゃん、まだ余裕があるからこれでも食べて待っていなよ。」


 『アイテムボックス』からバランス栄養食を取り出してガルナスに与えたデルア、本人の様子から見るに朝食を食べていない様に思えた。もしも目の前にいるのが好美だったらって思うと怖くなってしまったなんて本人の前では絶対に言えない。


ガルナス「助かる、いつもバス停横にある売店のおにぎりが数量限定で早い者勝ちだから急いで行かないと買えなかったのよね。今日はもう無理っぽいけどこれで何とかなりそう。」


 好美の所有するビルの真下にあるバス停に貝塚学園のバスが停まる様になってから、その真横で朝早くから通学する腹ペコ学生達の為にコノミーマートの従業員達が出店を出して納品されるおにぎりの一部を販売する様になった様だ。ここだけの話だが腹一杯食べて欲しいと言う気持ちから出店用のおにぎりは通常の物より大きく作られている、因みに一番人気はツナマヨだそうだ(運動部員の殆どが買うので発売5分後には無くなるらしい)。


ナルリス「ガル、そんなにツナマヨおにぎりが食べたいって言うならこれ持ってけ。」

ガルナス「パパありがとう、あのさ・・・、良かったら鮭おにぎりもくれない?」

ナルリス「相変わらず食いしん坊だな、全く・・・。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る