7. 異世界ほのぼの日記3 261~265


-261 真犯人-


 バハムートの証言により無罪放免となった森田亮吾、では誰がこの脱獄事件の真犯人だと言うのだろうか。やはり自ら「貝塚財閥の元株主」だと明かし、黒の制服に拘っていた清掃員の姿をした「50代のおっさん」が怪しくなってくる。しかし誰だと言うんだ、それにどうして死刑囚である義弘を世に解き放ったのだろうか。全くもって検討が付かなくなってしまっていた結愛はずっと頭を悩ませていた、「元株主」という事だったが犯人候補として一番に挙がった重岡では無いのが一番の理由だった。


結愛「一体誰だって言うんだよ、真希子(おば様)がやったとは思えないしな・・・。と言うか株をずっと保有しているから候補にも挙がらない、いや挙がらないで欲しい!!それに何でなんだよ!!どうしてくそ親父を・・・!!」


 するとティアマット達の傍らから聞き覚えのある男性の声が、最初に食らいついたのは勿論「あの人(いや龍)」だった。


男性「私だ、私は今でも君の様な馬鹿娘なんかより義弘様が貝塚財閥の社長に相応しいと考えているから社長の座を奪還してもらう為にここにいる龍達を利用してこの脱獄事件を起こしたんだ。」

ガーガイ「この声は・・・、理事長先生!!こいつですよ、俺を連れ去った清掃員!!」

結愛「何?!」


 結愛がバハムートの指差した方向へと振り向くとそこには通常とは違って真っ黒の制服に身を包んだ清掃員が姿を現わした、清掃員は社長の姿を見つけるとゆっくりと被っていたキャップ帽を脱いで顔を見せた。


結愛「お前は・・・、茂手木じゃねぇか!!どうしてここにいるんだ、お前はこことは別の世界に飛ばされたはずじゃ無いのか?!」

茂手木「馬鹿娘にしてはやけに私について詳しいじゃないか、特別に少しだけは社長に相応しいであろう人物として覚えておいてやろう。」

結愛「テメェまで俺の事を馬鹿娘と呼びやがって・・・、腹立たしくて仕方がねぇ!!」


 それにしてもどうしてこの世界にいるのだろうか、これに関して「ある説」を脳内に浮上させたビクターは拳を強く握った。


ビクター「貴様!!お前のいる世界の管轄の神からはお前に魔力は与えていないと聞いたぞ、まさかと思うが禁断の「あれ」を使ったと言うのか?!」

クォーツ「親父、禁断の「あれ」ってまさか「あれ」の事か?!」

茂手木「おいおい神様よ、楽しそうな話をしているじゃねぇか。もしかしてこれの事か?」


 茂手木は懐から小さな箱を取り出して神々に見せつけた、それを見たビクターは驚きを隠せなかった。


ビクター「やはりか・・・、どうして禁断の「転移魔法陣」を貴様が持ってるというのだ!!」

茂手木「金もなく、空腹だった上に全くもって何が何だか訳の分からないままただただ山ん中をフラフラと歩き回っていたら偶然見つけてよ。これを売った金で貝塚財閥の株を買い直そうと箱を開けたらこの世界に飛んで来ちまったからびっくりだぜ。そんで二度とないこのチャンスを活かそうとしただけだよ、何が悪い?」

ビクター「貴様・・・、我々神々が管轄となっている世界の中で別の神の世界へと移るのは禁忌となっているはずだ!!今すぐそれを返せ!!」

茂手木「嫌に決まってんだろ、これを売って貝塚財閥の株を買い直して俺が宝田真希子から全権を奪い去ってやるんだよ。どうしても返して欲しいなら無理矢理にでも取り返して見やがれ。」


 これは後からビクターが語っていた事なのだが、自分達が見守る世界の間で決して干渉や戦争があってはならないとした神々は「世界から世界への転移」を禁忌とした(結愛が能力で戻った元の世界は神々の管轄外なので禁忌となっていない)。そしてその転移を可能とする魔法陣の入った小さな宝箱を各々の世界で人々が決して行けない様な高山の山中や深海へと埋めて隠していたらしい。因みに時価で言うと数百億は下らない代物だとの事。


ビクター「畜生め、これでも返さぬか・・・。くらえ、『黒(ブラッディ)』・・・。」

トゥーチ「待て親父!!」

ビクター「トゥーチ、止めてくれるな!!今すぐにでもアイツに天罰を喰らわせてやる!!」

トゥーチ「馬鹿野郎!!あの宝箱に攻撃を加えたら全世界規模の爆発災害が起こるって言ってたのは親父自身じゃねぇか!!」


 親子が罵り合う中、焦りの表情を隠せないビクターにそっと近付いた好美が神の肩を指でちょんちょんした。おいおい、神様にそんな事して良いのかよ。


好美「あのビクター神様・・・、これですよね。アイツからパクって来たんでどうぞ。」

ビクター「あら、助かるよ好美ちゃん。良い子だね・・・、ってどうやったの?!」


-262 役に立った「つまみ食い」-


 茂手木は先程まで自分の手元にあったはずの宝箱をどうして好美が持っているのか分からず手元を再確認していた、しかしどうやって奪い取ったと言うのだろうか。


好美「簡単な事だよ、異空間から手だけを出して茂手木が油断している隙にひょいっと奪い取っただけって言えば良いのかな。」

ビクター「そうなのか・・・、別に好美ちゃんが盗賊になった訳じゃ無いんだよね。」

好美「し・・・、失礼な事を言わないで下さいよ!!私はちゃんとした社会人ですよ!!」

ビクター「そう・・・、だよな?疑って悪かったよ、今度ビールでも奢らせてくれ。」


 俺は個人的にビクターの言葉が嬉しくないと言えば嘘になるが、ここだけの話、好美は以前から使用していた盗賊系統のスキルである『掴み取り』を使用していた。と言うかいつの間にそんな厄介そうなスキルを取得しているんだよ。


好美「いや・・・、美味しそうな物があったらつまみ食いしたくなっちゃうのが人間の性じゃない?役に立つかなぁ・・・、と思ってさ。」

守「あのな、皆「いただきます」するまで我慢しているんだからつまみ食いはよせって前から言ってるだろ。」

好美「私は悪くないもん、守が作った物が美味しいのがいけないんだもん。」


 「美味しい事は罪」って事か、それにしても神々の前でイチャイチャするのはどうかと思うのだが・・・。


ビクター「ハハハ、まぁ一先ずだ、事件解決に役立ったから良しとするよ。」


 あ・・・、心の広いお方で助かりました。神様、作者としてお礼申し上げます。


ヌラル「警部さん・・・、俺達黒龍族を巻き込んでまで大事件を起こしやがったこの茂手木って奴はどうするんですか?」

ハラル「「脱獄ほう助」の罪でこの強制収容所に収監されると思います、それにしても思った以上にあっけなく解決しちゃったから我々が来た意味があったのか分かりませんね。」


 まさか好美の『掴み取り』で解決してしまうとは思わなかった一同、しかしよく考えればまだ茂手木を逮捕できた訳では無い・・・、と言いたかったのだが。


茂手木「い・・・、いつの間に!!」

好美「スッキリした、一度やってみたかったのよね!!」


 そう、再び好美の『掴み取り』が役に立った様でいつの間にか茂手木には手錠がかけられていたのだ。


ハラル「好美さん、我々の役割を取らないで頂けませんか?と言うかどうして手錠をお持ちなんですか・・・、ってあれ?」


 ハラルが自分の腰元を確認すると警察の人間として常備していた手錠が無くなっていた、まさかと思うがまた『あれ』を使ったんですか?


好美「何よ、人を盗人みたいに言わないでよ。ちょっと・・・、借りただけよ。」


 答えるのに躊躇うって事は少し後ろめたい気持ちがあったって事だよな、ほら、ちゃんと「ごめんなさい」しなさい。守も一緒に謝ってくれるはずだから。


守「おい!!俺を巻き込むなよ!!」


 お前な、彼女を守るのが彼氏の役割ってもんだろ。という事は一緒に謝るのも必須じゃねぇのか、え?


守「・・・、ったく・・・。仕方ねぇな、じゃあせーの!!ごめんなさい・・・、って何で俺だけなんだよ!!」

好美「私、悪い事してないもん。事件解決に協力した良い子だもん。」

守「でも好美、人から物を取るのはいけない事だろ。」


 折角事件解決の為に動いたのにこれでは好美が可哀想なので少し考えたハラルは気を利かせて好美を宥める事に。


ハラル「いや、好美さんは私が落としてしまった手錠を拾ってくれたんですよね?」


 こう言いながらハラルは好美にウィンクした、すると好美は調子に乗って・・・。


好美「そうですよ、警察の人が落とし物しちゃ駄目じゃないですか!!」


-263 解決しても解決しない-


 好美が悪戯心で取得した(いや『作成』した?)と思われるスキルにより大問題とされていた脱獄事件が思った以上に呆気なく解決してしまったので転生者達はポカンとしていた、特に幼少から憎んでいた相手が絡んでいたので長期戦を覚悟していた結愛はその場で立ちすくむしか出来なかったがこの事件で60話以上(約2カ月)程かかったんだから作者としてはこっちの身の苦労も考えて欲しいという気持ちもあったり無かったり・・・。


結愛「馬鹿野郎、ここに来るまであんたが脱線しまくったからこうなったんだろうがよ。何事も無く事件解決までちゃんと話を書いていればここまで引っ張る事は無かったと思うんだが?」


 そう言われてもよ、この事件の間に新たな登場人物やら関係性やらが出まくったから仕方が無いだろうが。と言うかそう言った裏事情をここで話させるんじゃねぇよ!!


結愛「今更何言ってんだ、この万年平社員が!!それにこうやって言い争っているのも勿体ねぇんじゃねぇのかよ!!」


 ・・・、確かにその通りだ・・・。天秤座のB型だからが故の性格が露呈してやがるぜ。仕方ねぇな・・・、一先ず話を進めるとするか。

 色々あったがやっとの思いで事件を解決した転生者達は一先ずネフェテルサ王国に戻る事にした、ただ好美が管理するマンションに戻った時には料理などする気力も無かったので1階にある「暴徒の鱗 ビル下店」へと向かう事に。店に入って好美の姿を見た瞬間、店長と副店長が留守番をしていた子供の様に抱き着いて来た。


デルア「好美ちゃん!!」

イャンダ「長い間店どころかビル自体を空けて何処に行っていたんだよ!!心配させてんじゃねぇよ!!」

好美「ごめんって、卒業旅行に行ってただけだし守が一緒だったから大丈夫でしょ。」

デルア「それが一番心配になる要素じゃねぇか!!」

イャンダ「そうだぞ、変態彼氏と一緒とか一番安心出来ねぇ!!俺達の大切な好美ちゃんに何かあったらと思うと・・・!!」

好美「あのさ・・・、そんなに心配しなくても・・・。」

イャンダ「馬鹿言うな、好美ちゃんは俺達の妹みたいなもんだぞ!!心配するに決まってんじゃねぇか!!」


 涙目になっていた様子から2人が家族以上によっぽど心配していた事が伺える、ただ「家族」と言えば1件片付けなければならない案件があった様な。


好美「そう言えばイャンダ、ベルディさんに会ったよ。」

イャンダ「ベルディって・・・、兄貴(あいつ)に?またどうして?」

好美「いや、偶然泊まった旅館にいたのよ。実はそれに関してちょっと話があってね。」

イャンダ「もしかして、兄貴の旅館に支店を出そうって話じゃないよな?」


 好美はビクッとしていた、本人はじわじわと話を近づけていくつもりだったがベルディ本人から既に連絡を受けていたのでその必要はなさそうだ。ただコロニー兄弟が不仲なので大丈夫なのかと心配していた好美はまずイャンダの意見を真正面から聞くつもりでいた。


好美「知っているのなら話は早いけど、イャンダ自身は良いの?」

イャンダ「別に何の支障も無いけど、どうして?」

好美「いや・・・、ベルディさんとの仲があんまりって聞いたからさ。」

イャンダ「まぁ、そういう事は時間が何とかしてくれるんじゃないかなと思うんだよ。」


 2人の間では話が上手く纏まりそうだが黙っていなかったのが約1名、この場にいて決して放っておいてはいけない大事な人員。


デルア「待てよ、イャンダがここから抜けるとしてここの店長は誰がするってんだよ。」

好美「そんなの1人しかいないに決まってんじゃない。」


 好美はデルアの目をじっと見て答えた、まさか・・・。


デルア「え・・・、俺?」

好美「うん、そろそろ良いかなと思ってさ。と言うか他に誰がいるってのよ。」


 確かに2人でずっと回して来たからそれなりに経験が豊富となって来たのは否めない、しかし「ビル下店」は2人がいるから成り立っていると言っても過言では無い。


イャンダ「俺は反対しないよ、でもデルアがまだ躊躇ってるみたいだから良いのかな。」


 店長は副店長の表情を見て新店への異動をどうしようか悩んでいた、例えオーナーの言う事だとしてもあまりにも急すぎる話だからデルアは中々首を縦には振れなかった。


-264 兄弟の幼少時代と相棒との出逢い-


 疲れが溜まっていた好美が最上階の自宅へと戻り、お手洗いに向かうと告げた店長が席を外した後に副店長は煙草を燻らせながらある事を思い出していた。

 実はデルアにはバルファイ王国軍にいた頃から夢があった、いつか生き別れた兄・ナルリスと共に料理店を出そうという夢。

 突然だが話はダルラン兄弟の幼少時代に遡る、これは「吸血鬼(ヴァンパイア)族には厳重に注意しろ、出逢ったとしても決して目を合わすな。目を合わすと体中の血を吸われて殺されるぞ。」という噂話が廃れ始めたが未だ山奥に追いやられひっそりと暮らしていた頃の事、因みにこの頃には既に吸血鬼達が血を決して吸う事は無くなっており、デルアに至っては血を見るだけでも吐き気を催してしまう位だった(本人曰く、今はマシになった様だが)。2人の息子達の養育費を少しでも稼ぐために山の麓にある家電量販店や居酒屋で朝早くから夜遅くまで働いていた母の代わりに弟思いのナルリスが炊事洗濯を進んで行っていた事があり(きっとその頃に兄は料理に目覚めたのだと思われる)、日曜日だったその日も母は居酒屋での仕事で遅くなっていた。ナルリスが洗濯物を取り込んでいた時、唐突にデルアの腹の虫が鳴った。


デルア(幼少)「兄ちゃん・・・、腹減った・・・。」


 どれだけ小さくてもデルアの声を決して聞き逃さなかったナルリスは洗濯物の最後の1枚を籠へと入れながら返事をした、少し困った様な表情をしていたのが否めない。


ナルリス(幼少)「おいおいデルア、さっきからそればっかじゃないか。家には俺達2人しかいないんだから偶には手伝ってくれても良いと思うんだけどな。」


 表面上は兄としてしっかりしなければという使命感があったからこうは言っていたものの心の中では決して怒っていた訳では無かった兄、寧ろ頼りにされている事がとても嬉しかったりもした。


ナルリス(幼少)「まぁ良いか、それで何が食べたい?」

デルア(幼少)「ハンバーグオムライス!!」

ナルリス(幼少)「お前はそればっかりだな、まだ昼前なんだから軽い物にしないか?」


 弟が気に入って仕方が無かったこのメニューをいつでも楽しめる様にと必ずと言って良い程に母親が冷蔵庫内へと材料を常備していた、その費用は決して安かった訳では無かったが子供達が寂しい想いをしなくても良い様にという母親の愛情の籠った一品でもあった。


デルア(幼少)「えへへ、だって美味しいんだもん。」

ナルリス(幼少)「まぁ素直にそう捉えておくよ、ありがとうな。」


 なかなか素直になれないナルリスは照れくさそうに顔を赤くしつつも内心はとても嬉しかった様だ、当時から家庭的な洋食メニューを中心とした料理にハマっていたナルリスはなけなしの小遣いで買って来たレシピ本を見ながらの調理をしながら裏で味のベースとなるフォンドボーやデミグラスソースを自作していたらしい。これはナルリス本人が後で語っていた事なのだが、弟の好物である先程のメニューにも本人自作のデミグラスソースを使用していたとの事。

 それから先程の噂をまだ信じ切っていた数名の者達による母親の殺害があった十数年後、母を殺した奴らへの復讐を誓ったデルアはバルファイ王城の軍隊へと入隊していた(その時既に生き別れていたナルリスは御厨板長の下での修業を始めていた)。ある日、当時この時の地位が「将軍長(アーク・ジェネラル)」で翌日に人事異動の発表を控えていたデルアは同僚と共に食堂で昼食を摂っていた、各席から様子を伺えていた調理場ではデルアより先に竜将軍(ドラグーン)兼調理場担当となっていたイャンダが包丁を握っていた。


同僚「デルア、今度竜将軍になるんだって?凄いじゃねぇか、なかなかなれねぇぞ。」

デルア(当時)「待てよ、まだ飽くまで噂だし俺なんかに務まるか分からねぇじゃねぇか。」

同僚「そうか?そうやって自分の事を卑下する事無いと思うぞ、お前みたいに闇魔法に精通する将軍長なんてなかなかいないから相応しい地位だし凄いと思うけどな。ほら、あそこにいるコロニーさんを見てみろよ、軍の訓練の時もそうだが堂々としているぜ。デルアも自信持てって。」

デルア(当時)「あの人は前から料理が好きで上手かったっていう話だったから堂々と、それに楽しそうにしているんだろ。俺は魔学校にいた頃も割引された弁当を買ってばっかりだったから料理なんて全くだぞ、そんな俺に出来る訳・・・。ただでさえ竜将軍って大変だろうなって思っていたんだぞ、俺はあの人と違って軍隊で働くのがやっとだよ。」


 少し弱気になっていたデルアが厨房の方を振り向くと中華鍋で炒飯を作っていたイャンダが本人に向かって少し微笑んだ気がした、これは何かの予兆なのだろうか。

 翌日、王城の掲示板へと貼りだされた人事異動を見たデルアは唖然としていた。


デルア(当時)「う・・・、嘘だろ・・・。お、俺が・・・?」


 そう、「デルア・ダルラン (旧任)将軍長➡(新任)厨房兼黒竜将軍」とあったのだ。


-265 再会の反応はまさかの・・・-


 人事異動をじっくりと眺めたデルアは1人喫煙所にいた、未だに自分は夢を見ているのではないかと思えて仕方無かったのだ。確かに数日前からの噂は自分も聞いていた、しかし「人の噂も七十五日」と言うので余り気にしない様にしていたがまさか本当になってしまうとは。

 気持ちが落ち着くまで数本に渡り喫煙していたつもりだったが動揺を隠しきれないデルアの下に同僚の将軍長(アーク・ジェネラル)がやって来た、一先ず煙草の先に火を点けながらゆっくりと席に着きながら吸った煙を一気に吐き出して一言。


同僚「デルア、良かったじゃねぇか。竜将軍(ドラグーン)なんてなかなかなれねぇもんだぞ、なのにどうしてそんな曇った表情をしているんだ。それにその本数、お前にしちゃあ異常だぞ」

デルア(当時)「そうか?さっきから1本しか吸ってないつもりなんだが。」


 嘘だ、本人はポカンとしたままだったので気付いてなかっただけかも知れないがデルアの前にある灰皿はもう既にシケモクが6本程・・・。


同僚「そうだよ、その銘柄を吸っているのはこの王城でお前しかいないから誰だって分かるさ。」


 この王城で働く従業員や国王軍合わせて数十名の喫煙者がいたがデルアと同じ銘柄を吸う者はいなかった、まぁそう言うのは好みの問題だから別に構わないのだが。

 実はと言うとデルアは心中で葛藤していた、確かに竜将軍は他の軍人と一線を画して前線で活躍する存在でなれれば名誉な事ではあるのだが自分より先に竜将軍として活躍するイャンダの姿をよく見ていたので「本当に自分に務まるだろうか」という気持ちがデルアを抵抗させていたのだ。


デルア(当時)「だってイャンダさんって器用で凄い人じゃん、俺あの人みたいに出来る気がしないんだよね。」

同僚「自身持てって、他の将軍長達もお前の活躍を認めているんだから大丈夫だよ。」

デルア(当時)「そうか?そう言ってくれるなら嬉しいんだけどさ。」

同僚「だけど・・・、何だよ。」


 この数年程前より(国王が認めた上における)正当防衛以外の戦闘行為が法律で禁じられるという知らせを受けた当時のバルファイ国王の命により、更なる技術向上を図って竜将軍まで上り詰めた者達が厨房を担当するという決まりが出来たのだがその決まりがデルアの頭を悩ませていた。


デルア(当時)「いやな、俺ガキの頃から料理なんてした事無くてよ。お前には話したと思うんだけど兄貴の作った料理が美味すぎて俺は手伝っても皿洗いとかばっかだったから全然なんだよ、一回試しに作ってみた目玉焼きまで失敗した事があるんだから正直無理って言いたいんだよ。」


 それから数本もの煙草を燻らせながら愚痴を溢してから数日後の朝7:55(因みに一応定時は9:00)、厨房担当としての初出勤日を迎えたデルアは一先ず使い慣れたロッカールームにて先日渡されたコックコートに着替えた後に恐る恐る厨房の扉を開いた。


デルア(当時)「お・・・、おはようございます・・・。」


 緊張感を隠しきれないデルアをその日のランチタイムへと向けて入念に仕込みをしていたイャンダが出迎えた、イャンダはデルアの姿を見るなり茹でた大量のアスパラガスの入った笊を置いて駆け寄った。


イャンダ(当時)「デル!!待ってたぜ!!」

デルア(当時)「イ・・・、イャンダさん・・・。お久しぶりです・・・。」

イャンダ(当時)「何だよ、余所余所しいな。俺達は学生時代に同じ釜の飯を食った仲間じゃねぇかよ!!」


 デルアがこうなってしまうのも無理は無い、イャンダ本人が言った通り魔学校に通っていた当時の2人は経済学部の同級生だったがつい数日前まで「竜将軍」と「将軍長」だったのでデルアにとってイャンダは言わば「上司」であり「憧れの存在」だったのだ。


イャンダ(当時)「あの時みたいに話しかけてくれよ、その方がお互いにやりやすいだろ?」

デルア(当時)「あ・・・、ああ・・・。そうだな・・・、イャン。これからもよろ・・・。」


 デルアの言葉を待つ事の無かったイャンダは勢いよく抱き着いた、デルアは周りに他の人がいなかった事が幸いだった気持ちでいた。


デルア(当時)「何だよ急に・・・、気持ち悪いからやめろって!!」

イャンダ(当時)「デル、今までずっと待たせやがって!!寂しかったんだぞ!!」

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