7. 異世界ほのぼの日記3 106~110


-106 2人の判断-


 突如男性が消えた事に目の前でプリンを一緒に食べていた女性や医者、そして希を含めた病院内の殆どの者達が騒然としていたが、転生者達がよく『瞬間移動』をするのですぐに騒ぎは収まってしまった。もうほぼ日常茶飯事と言っても過言では無い様な事なのだが、希はある事を思い出していた。


希「でもあの人ってこの世界の人じゃ無かったんだよな・・・。」


 ただこの世界も転生者(と言うより日本人)だらけになってしまっているので、もうどっちが異世界なのか分からなくなっていた。

 希は一先ず、男性が消えた病室で女性に直前までの事を覚えていないか尋ねてみる事にした。


希「あの・・・、宜しければ何があったか教えて頂けませんか?」


 いち警察署長として相手が話しやすく出来る様にやはりあくまで下手に出る希、そのお陰か女性は重い口をゆっくりと開いた。


女性「確か・・・、元の世界での私達の事を思い出そうとしていたんですが、本人の脳内に天から神様らしき声で「思い出してはならない、死んでないから元の世界に戻って貰う」と言われたらしく、次の瞬間に倒れてしまってそのまま・・・。」

希「そうですか・・・、すみません。貴重なお話を聞かせて頂いてありがとうございます。」


 一方、元の世界の中華居酒屋「松龍」で元恋人との思い出を含む記憶を取り戻して目覚めた男性に女将・王麗が大目玉を喰らわせていた頃、娘・美麗の歓迎会が続く吸血鬼の店では渚による回想話が続いていた。


パルライ(念話)「そうだ・・・、思い出しましたよ。ダンラルタ王国にもそろそろ支店を出してみないかとデカルト国王に相談されていたんですよ、その足掛かりとしてロラーシュ大臣に店での修業をさせて欲しいとのお達しが出ていたのを忘れていました。」


シューゴ・渚(念話)「パルライ・・・、あんたね・・・。」


 2人は拳を握りながら震えていた、相手が一国の国王であろうが関係無しだ。


シューゴ・渚(念話)「そう言うのは、先に言わんかい!!」

パルライ(念話)「す・・・、すみません・・・。」


 ただ渚の話の流れから、とある疑問を抱いていたのは光だった。


光「でもお母さん、何かおかしくない?」


 何がおかしいのかさっぱり分からない一同。


渚「何がおかしいって言うんだい。」

光「「店で修業する」って事はお母さんの屋台じゃなくて叔父さんか好美ちゃんの店で修業するって事じゃないの?」


 ただ光の疑問はすぐに解決した、とてもシンプルな答えによって。


渚「いやね、どうやら大臣自信が私の作った拉麵に惚れこんだってのが本当らしいんだよ。「どうしても渚さんの店で修業するんだ」ってしつこくてね、意志が固いのは分かるけど流石にこれだけは私の一存で首を縦に触れないじゃないか。」

光「それで?2人はどう言ってんの?」


 確かに2人の意見(と言うより判断)を聞くのが先決。


渚「2人共「やってみたらどうだ?」って言うのさ、でも私には荷が重過ぎやしないかい?」


 珍しく真面目に悩む渚に口を挟んだのは、べろべろに酔った好美だった。


好美「良いじゃないですか、渚さんって「暴徒の鱗」ではそこそこ大御所なんですから。」

渚「やだよ、この子ったら。私を年寄りみたいに言って。」


 いやいや、好美からしたら孫もいるあんたはお年寄りみたいなもんだって。


渚「あんたもだよ、失礼ったらありゃしない。」


 す・・・、すんません・・・。

 ただおか・・・、いや渚さん。店の方々があちらでお待ちですよ。


-107 裏ルールと店長の気遣い-


 渚は店の端の方で見覚えのある2人がしっぽりと呑んでいる事に気付いた、2号車の店主としての立場からすれば、時間帯的にレストラン内にいるはずのない2人だった気がしてならなかった。ただ折角のチャンスだと思い立ったのか、2人の方に近付いて声を掛ける事にした。


渚「あんた達、店はどうしたんだい?まさかサボっている訳じゃ無いだろうね。」


 お気付きの方もいると思うが、店の端で呑んでいたのはシューゴとパルライの2人。


シューゴ「何を言っているんですか、貴女こそ人の事言えないんじゃないですか?」

パルライ「そうです、ある意味「同じ穴の狢」という訳ですよ。仲良くしようじゃないですか。」


 修行で日本に行った時に覚えたと思われる難しい言葉を自慢げに使うパルライ、正直普段の会話で使った事も無いので少し驚かされてしまうのは俺だけだろうか。


渚「馬鹿な事言ってんじゃ無いよ、私はちゃんと有給届けを出してあったじゃないか。」


 一応、屋台含めて今ある店舗の店主の誰かに届け出を出せば有休を取得する事は可能だが、不正防止の為に店主として勤める者達は別の店舗の店主に届け出を提出するというのが「暴徒の鱗」での「裏ルール」(但し「ビル下店」のオーナーである好美は何故か対象外)となっていた。


パルライ「何処に出したって言うんです?私は聞いてませんけど。」

シューゴ「そうですよ、誰に提出したんですか?」


 店主が有休を取得した場合は念の為に全店舗の店主に連絡しておく、これも「裏ルール」として決まっていた。


渚「「誰」って、あの子に決まっているじゃないか。」


 渚は好美の方を手差ししていた、相手を不快な気持ちにさせない為の工夫だ。


パルライ「そりゃ私達が知らない訳ですよ・・・。」

シューゴ「渚さん、「ビル下店」で提出するなら好美ちゃんじゃなくてイャンダさんに言わないと。」


 シューゴの言葉が聞こえて来たのか、好美が3人の元へと近づいていた。ボキボキと指を鳴らしながら・・・。


好美「私が・・・、何だって・・・?」


 いち店舗のオーナーとして聞き捨てならない一言にイラっとしたのか、表情は「鬼の好美」の物になりかけていた。


シューゴ「やだな好美ちゃんは、以前から「ビル下店」での事はイャンダさんに一任するって事になっていたじゃないですか。」


 至って冷静に応答するシューゴ、ただ好美も後に引けなくなった様で・・・。


好美「私だって経営者だもん、ただのオーナーじゃないもん。」


 何となく一度は言ってみたい台詞に周囲の者達は若干引いていたらしい。


パルライ「じゃあ好美ちゃんを対象者の1人とするなら、ルール違反をしたのは好美ちゃんという事に・・・。」

好美「し・・・、知らなかっただけだもん・・・。」


 確かにこの「裏ルール」は好美が「ビル下店」のオーナーとして加入する前に決まった物だったので、伝わって無いのは無理もない。ただイャンダだけは知っていた様で・・・。


イャンダ(念話)「3人共すみません、俺が敢えて好美ちゃんに言ってなかったんです。王城やコンビニでの仕事との兼ね合いで大変になると思ったんでね。」


 どうやら必死に『念話』で謝る店長なりの気遣いだった様だが、それが裏目に出たらしく、好美は自分が仲間外れにされたみたいな感覚になっていた。


好美(念話)「嬉しいけど、何か酷い・・・。」

イャンダ(念話)「悪かったよ、今度のおつまみ多めにするから許してよ。」


-108 一応・・・-


 なかなか機嫌の直らないオーナーを物で釣るつもりの店長、ただ流石の好美でもそこまでは子供ではないと思われるが・・・。


好美(念話)「じゃあ・・・、春巻きと唐揚げをたっぷりね。」


 ・・・って、釣られるんかい!!まぁ・・・、事なきを得たならそれで良しとするか。


渚「それでね、例の「あの話」なんだけどやっぱり私には荷が重いよ。相手は一国の大臣なんだろ?」

パルライ「大丈夫ですよ、あの人も私達と同じで堅苦しいのが苦手ですから。」


 一応確認だが、ロラーシュって人じゃなくてミスリルリザードだよな。まぁ、気にする程の事でも無いから置いとくか・・・。


パルライ「ハハハ・・・、この世界に種族なんてあって無い様な物でしょ。」


 そりゃそうだな、王様の仰る通りです。ただ渚さん、お2人は採用する気満々ですよ。


渚「まぁ、あんた達がそう言うなら一先ず試用期間って事にしても良いかい?誰だって最初から何でも出来るとは言えないだろう?」

パルライ「それに関しては渚さんにお任せしますよ、でも一応は「修業」ですから渚さんにとっての全てを大臣にお伝え頂ければと思います。」

渚「でもさ、私は2人と違ってかえしもスープも作って貰ってから営業しているだろ、そこん所はどうすれば良いんだい?」


 渚は自分が1番考慮している疑問を2人にぶつけてみた、もしも「味の決め手」等を聞かれても、また基礎となるスープ等の作り方を聞かれてもどうする事も出来ないのだ。本人が一から全てを作っているとすれば「辛辛焼そば」で使うキムチ等の具材くらいなので当然と言えよう。


シューゴ「その場合は・・・、どうしましょうか。」

パルライ「ファクシミリか何かで送っておくという手は如何でしょうか。」


 スマホでのやりとりが中心と言えるこのご時世でまさか「ファクシミリ」という言葉を聞くとは、でもレシピ等を纏めて送るという意味では1番使える方法と言えるだろう。


渚「だったら申し訳ないけどメールにしてくれるかい?確かにこの店の事務所にファクシミリは1台置いてあるけど使った事が無いから分からないんだよ。」


 一国の王であるパルライにそこまでのお願いをするとは、俺だったら気が引けてしまう。ただしつこい様だがこの世界の国王達は腰がかなり低いので・・・。


パルライ「構いませんよ、確かに渚さんはここの家に住んでますけど店の仕事を手伝っている訳では無いですもんね。」


 何となく聞こえは悪いが、言っている事は間違いではない。


渚「何だい、それじゃ私が無職みたいじゃないか。」


 別に転生者達は神(ビクター・ラルー)に1京円貰っているので働く必要は無いのだが、周囲からどう見られているか気になってしまうのが大人というもの。


パルライ「すみません、私の言い方が悪かったです。では取り敢えずメールで全て教える事にしますね。」

渚「何だか悪いね、門外不出のレシピだったんじゃないかい?」

シューゴ「いずれはこうなるって分かっていたんで大丈夫ですよ、それに渚さんは信用できる人ですから。」

渚「何か責任重大だね、私に務まるかね。」


 今頃になってビビり出したのだろうか、渚の持っているグラスが小刻みに震えていた。

 一方その頃、別のテーブルでは美麗が働く貝塚運送の今後の方針を話し合っていた様だ。

 おいおい、そう言う話を酒の席でしても良いのか?しかも今日はお祝いだろ?仕事の話は無しにしようぜ。


美麗「別に良いじゃん、私が気になっていたんだから。」


 まぁ、今日の主役がそう言うなら良いって事にしておくか。


結愛「あ・・・、あのさ・・・。」


-109 結愛の方針・提案-


 結愛は美麗のこの世界での勤務先になる貝塚運送についての方針を一応決めていた様だ、社長の一存で決めて良い事だと思われるが美麗本人にちゃんと伝えておこうと思っていた。


結愛「実はなんだけどよ・・・、美麗にはドライバーとして働いてもらう予定ではあるけど主任になってもらう計画なんだが構わねぇか?」

美麗「えっ?!今何て?!」


 社長の突然の提案に持っていたスプーンを落としてしまった美麗、中には熱々のテールスープが・・・。


秀斗「あっちい!!」


 驚愕した恋人による被害を受けた秀斗、小籠包でも無い上にたったスプーン1杯分なのに大袈裟ではなかろうか。ただその光景を見て、社長は声高らかに笑っていた。


結愛「お前ら仲良くて羨ましいな、俺なんて光明と久しく飯なんて行ってねぇぞ。」


 家でもずっと仕事の話題で持ちきりの為、ちゃんとした2人の時間を取れていないのが現状の様だ。大企業の代表取締役社長と副社長だから仕方ない事なのだろうが・・・、何か・・・、可哀想・・・。


結愛「お前やめろよ、似合わねぇ事言ってんじゃねぇよ。」


 顔を赤らめながら持っていたビールを一気に煽った結愛は改めて美麗に今回の提案について聞き直す事にした、どんな事でも対象となる人物の了承を得てからというのが社長のやり方らしい。


結愛「どうだ?引き受けてくれるか?頼む、この通りだ。」


 読者モデルとして、そして元の世界で有名だった大企業の社長である結愛が自分に頭を下げてお願いして来ている。美麗はこの事が本人にとって大きな意味を持っている様な気がしてならなかった。


美麗「結愛の気持ちは嬉しいよ、でも本当に私で良いの?」


 未だに自分が相応しい人間かどうか悩んでしまっている美麗、その隣に座っている秀斗は不安で不安で仕方が無い事を本人の表情から読み取っていた。本当にこれで良いのかは分からなかったが、秀斗は自分なりに美麗の背中を押す事にした。


秀斗「やってみなよ、結愛直々の推薦なんだろ?」

美麗「軽く言わないでよ、入社してすぐに管理職だなんて・・・。」


 人の上に立つというのはやはり責任を問われる事だ、いくら結愛に言われたからって軽い気持ちでは受けたくない。


美麗「ねぇ、どうして私なんかを主任に推してくれたの?」


 結愛はもう一度ビールを煽ると、ゆっくりとグラスをテーブルに置いて一言。


結愛「勘だよ、長年社長をしているから何となくで分かるんだよ。」


 実は貝塚財閥関係の人事は結愛が自ら配置を決める事が多い、それが故に培った物が大きいので分かる事なんだろう。ただし、美麗はまだ信用していないらしい。


美麗「嘘言わないでよ、本当は別にそれなりの理由があるんじゃないの?」


 確かに「勘」という言葉だけで片付けても良い話ではない、どうやら美麗は結愛の嘘を見抜いていた様だ。ただ結愛の返事は意外な物だった。


結愛「そう返してくれると期待していたよ、今みたいにちゃんと冷静な判断が出来る人間主任をしてもらおうと思っていたんだ。俺の「勘」って言葉だけで素直に首を縦に振ったらどうしようか悩んでたんだが、必要無かったみたいだな。」


 ただまだ美麗は納得していない。


美麗「じゃあ本当は?どういう理由なの?」

結愛「元の世界での働きっぷりを見ていたんだよ、それにあのマンションで起こった火事の時の事も全部知っているんだぜ。俺が何も知らないで言ったと本当に思ったのか?」

美麗「やっぱりそうなんだ、結愛はそうでなくっちゃね。」


-110 憧れの人物に抱く「イメージ」-


 美麗はとにかく嬉しかった、元の世界にいた頃から憧れていた結愛が自分の事を見てくれていた事を。一番嬉しい形で努力が報われた瞬間、一生に一度来るかどうかも分からない瞬間。


結愛「美麗って優秀なデザイナーとしても活躍していたんだろ?実は読者モデルとして共演出来たら良いなって思っていたんだよ、会社でも管理職だったんだろ?十分主任として働いてもらえる根拠になるぜ。」


 過去、実家や喫茶店で会う事はあったが職場での話をしたのはあっただろうか。しかし着眼点はそこでは無い、実は美麗には密かに夢見ていた事があった。


美麗「結愛・・・、いつか私のデザインした服を着てみてくれる?気に入ってくれたら嬉しいんだけど。」


 美麗は少し緊張しながら憧れの結愛にお願いしてみた、内心では図々しいが故に断られるかと思っていたが。


結愛「願ったり叶ったりだ、もしもこの前トラックの改造を施した俺の秘書や社員たちの服もデザインしてくれるなら本社や学園でファッションショーの計画をしても良いぜ。」


 美麗の夢を最大限に応援しようとする社長、ただ今の結愛にはパンツスーツしか着ないイメージがあるのは俺だけだろうか。


結愛「うっせえよ、一応俺も女だぞ!!ファッションが好きじゃ駄目なのかよ!!」


 悪かったよ・・・、でもその口調に合う服なんてデザインしてくれんのか?


美麗「何よ、服のデザインに口調なんて・・・、関係・・・、無いもん・・・。」


 おいおい、何でそんなに弱弱しくなるんだよ。はっきりと言ってみろよ、やっぱり性格とかも考慮しちゃうんだろ?


美麗「正直言うとしたら・・・、うーん・・・。」

結愛「何だよ、ハッキリと言えよ。」


 少し言いづらい事でもあるのだろうか、ただ美麗はお力を借りる為に持っていたビールを一気に煽って口を開いた。


美麗「性格・・・、というより「その人らしさ」を大切にしたいんだよね。やっぱり「十人十色」って言うじゃん、私だけの考えかもしれないけど10人いれば10通り(若しくはそれ以上)のデザインがあると思うんだ。」

結愛「「その人らしさ」か、「俺らしさ」ねぇ・・・。美麗は俺にどんなイメージを持っているんだ?」

美麗「えっ?!ゆ・・・、結愛に?!」


 憧れの存在を自分から見たイメージ・・・、美麗の考える「結愛」という人間とはどんな人物なんだろうか。


美麗「そうだな・・・、やっぱりスカートよりパンツのイメージが強いんだよね。」

結愛「ああ・・・、イメージが強いというよりくそ親父から会社を奪い取ってからずっとこのスタイルなんだよな。」


 よく考えてみれば結愛が「社長令嬢の姿」をしていたのはあの「最悪の高校時代」だけだった気がするな。


結愛「思い出させんじゃねぇよ、吐き気がしてくるじゃねぇか。あれは義弘に「無理矢理」着せられてたんだ、お前が一番分かっている事だろうがよ。」


 確かにな、あの頃から性格がずっと「悪ガキ」だったのも原因は義弘だったか?


結愛「それ以外に理由なんかないだろ、あの頃は嫌々でアイツの事を「お父様」って呼んでたんだぞ。いつでも反抗できる様に自我を確立しておこうと温めておいたのが爆発したんだ、本当・・・、自分の好きな様に出来て清々するぜ。」

美麗「じゃあデザインはやっぱりパンツスタイルで描くね。」

結愛「良いな・・・、「二足の草鞋を履く」ってやつだ。デザイナーになって貰おう。」


 でも美麗は貝塚運送の主任なんだろ、兼任なんて良いのかよ。


結愛「良いに決まってんだろ、社長の俺が認めるんだからよ。」

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