7. 異世界ほのぼの日記3 101~105特別編
-101 特別編①・誘われた署長の前に-
宴へと向かう途中でとある人物の事を思い出した渚は、その人も誘ってみようかと『念話』を飛ばしてみた。
渚(念話)「林田ちゃん、今大丈夫かい?」
そう、拉麵屋のおか・・・、いやお姉さんが誘ったのはネフェテルサ王国警察署の署長を務める林田 希(のぞむ)だった。元の世界にいた頃からの良き友人をどうしても誘いたくなったらしい、そう言えば署長本人自体も暫く出て来てなかったから粋な事をしてくれるじゃないかと俺は個人的に思っていた(※ここからは「林田」ではなく「希」と表記します)。
渚「あんたまさか、私の可愛い林田ちゃんの事を忘れていたんじゃないだろうね。」
いやいや・・・、決してそんな事はない・・・、ですよ・・・(口笛)。ほらほら、ご友人がお待ちかねじゃないんですか?
渚「そう言えば返事が無いね、(念話)林田ちゃん?私の事をシカトするつもりかい?」
希(念話)「そんな訳無いじゃないですか、以前から渚さんにはお世話になりっぱなしだというのに返事しないなんて罰当たりな事出来ないですよ。」
渚(念話)「じゃあ今の今まで何をしていたって言うのさ、まさか私に言えない秘密でもあるんじゃないのかい?」
希(念話)「何を仰っているんですか、ただただ仕事の帰り支度をしていただけですよ。」
渚(念話)「ほう・・・、その「帰り支度」とやらには「ポテチを食べる」っていう作業も含まれているのかい?」
実は数分前から希の行動を『察知』していた渚は、飲食禁止になっている署内のロッカールームでこそこそとつまみ食いをしている事を指摘した。こんなのが署長で良いのだろうか。
渚「馬鹿な事言わないでくれるかい、林田ちゃんがいるからこの国は安全になっているんじゃないか。」
何か・・・、すんません・・・。
確かにパルライやエラノダ、そしてデカルトといった3国の王がいるからこの世界には何も起こる事無く平和が続いているが、警察署員達が「縁の下の力持ち」として安全を守っていると言っても過言では無い。
希(念話)「それで渚さん、今日はどうされたんです?」
渚(念話)「そうだそうだ・・・。」
おそらくだが、希に聞かれるまで用件を忘れていたであろうと推測できるのは俺だけだろうか。
渚「もう・・・、あんたが茶々入れて来るからだろう?全く話が進まないじゃないか。」
だからさっきから謝っているじゃないですか、許して下さいよ・・・。ほら、機嫌治してちゃんと用件を言わなきゃ。
渚「はいはい。(念話)実はね・・・、光の誕生日祝いのパーティーがあるからあんたも来ないかという誘いなんだ。酒もいっぱい出るはずだから一緒に呑もうじゃないか。」
希(念話)「良いですね、じゃあ荷物を置いたら向かいますね。」
渚(念話)「良かったら奥さんも誘っておくれよ、真希子が会いたがっていたからさ。」
希(念話)「分かりました、お任せください。」
希がルンルンしながら家までの道を歩いていると、道沿いのベンチにスーツ姿の男性が1人で座っていた。
希「この辺では見かけない顔だな、新たな転生者か?」
不器用な人物なのだろうか、表情はずっと強張っていた。俗に言う「コワモテ」というやつだろうか、ただ問題はそこでは無い。
希「ずっと頭を抱えているけど、何かあったのかな・・・。」
頭痛がするのか、男性は頭を抱えたままピクリとも動かなかった。少し心配になった希は男性に近付いて声を掛けた。
希「あの・・・、すみません・・・。大丈夫ですか?」
男性「いや・・・、何も覚えていなくて・・・。」
-102 特別編②・頭痛の再発-
渚に誘われた希は、長年ネフェテルサ王国に住んでいるがこの世界では初めて見る顔の男性に恐る恐る近づいて声を掛けた。
希「あの・・・、どうされました?宜しければお聞かせ願えますか?」
相手が話しやすい様にあくまでも下手に出て話す署長。
男性「何も覚えていないんです・・・、気付けばここに座っているしずっと頭が痛いしで・・・。」
希「そうですか・・・、病院には行かれましたか?」
男性「行ってないどころか、ここが何処か分からなくて・・・。」
「まさか」と思った希は渚に『念話』飛ばして事情を説明する事にした。
希(念話)「すみません渚さん、少し遅くなるんですがよろしいですか?」
ずっと希の行動を『察知』していたのか、拉麵屋台の店主は許さない訳が無かった。
渚(念話)「あんたって昔から放っておけない性格だったからね、その人の事頼んだよ。」
希(念話)「皆さんにご迷惑をお掛けしますが、申し訳ないとお伝えいただけますか?」
渚(念話)「何が迷惑なんだい、皆で助け合うのは当然の事じゃないか。」
希(念話)「そう仰って頂けると助かります、では後ほど。」
『念話』を切った希は未だに頭を抱える男性に再び質問した、嫌な予感が当たらないと良いのだが・・・。
希「あの・・・、お名前言えますか?」
男性「何も思い出せないんです、服のポケットを探ってはみたんですが自分の身分を証明出来る物が何も入って無くて・・・。」
希「良かったら病院までお連れしましょう、立ち上がれますか?」
希はゆっくりと立ち上がった男性と一緒にネフェテルサ王国警察署の横にある貝塚学園大学病院へと『瞬間移動』し、救急救命センターで診察を受けさせることにした。
男性「あの・・・、今のは何ですか?!」
男性の様子から分かった事だが、どうやらこの世界の住民では無い様だ。
医者「やはり記憶を失っている様ですね、脳に大きな外傷等は無いと思われますが余り刺激を与えない方がよろしいかと。」
希「「様子見」が一番でしょうか?」
医者「そうですね・・・、すぐに記憶は戻ると思われますが取り敢えずこちらで入院の手続きをしますので少し休ませてあげて下さい。」
希に連れられた男性は廊下の椅子に深く腰掛けた、医者が与えた薬が効いたのか頭痛はもう無い様だ。
男性「すみません・・・、何とお礼を申し上げれば良いか分からないです。」
希「お気になさらないで下さい、私こう見えても警察の人間ですから。」
男性「いっ・・・!!」
希の言葉で何かを思い出しかけたのか、男性は再び頭を抱え始めた。
希「だ・・・、大丈夫ですか?!」
男性「すみません・・・、何かを思い出せそうでしたが駄目でした。」
希「無理しちゃ駄目ですよ、今は脳に刺激を与えてはいけないって先生も仰っていたじゃないですか。」
男性「はい・・・、ではお言葉に甘えさせて頂きます。」
男性が椅子に深く座りなおしてため息をついた後に背もたれに体を委ねて休んでいると、少し離れた所から人間とエルフの女性達が歩いて来た。
エルフ「良かったですね、先生もすぐに良くなるだろうって言ってましたから。」
女性「助かります、右も左も分からない場所で不安だったんですよ。」
2人が談笑しながら男性の前を通った時、男性が目の前の女性の顔をチラッと見ると・・・。
男性「ぐっ・・・。」
エルフ「だ、大丈夫ですか?!誰か!!誰か!!男性の方が苦しそうにしています!!」
女性「ゆっくり深呼吸して、落ち着いて下さい・・・!!」
-103 特別編③・再発の理由-
女性達による懸命な呼びかけにより駆けつけた医者と希は、やはり刺激を与えてはいけないと思ってそっと頭を抱えていた男性に近づいた。
希「大丈夫ですか?何かありましたか?」
男性「あの・・・、先程と同様の頭痛がしてきまして・・・。」
エルフ「無理をなさらないで下さい、さぁ、こちらへ。」
エルフの手招きによりもう一度深く椅子に腰かけた男性はゆっくりと息を吐いていた。
男性「すみません・・・、1つお伺いしても宜しいでしょうか。」
自らの人生でまさか本当に会うと思わなかったエルフに対し、どうして自然な気持ちでいる事が出来たのか分からないまま男性は丁寧に声をかけた。
エルフ「私で宜しければ・・・、何でしょうか。」
初対面だというのに唐突に何を聞こうというのか、少し緊張してしまったエルフ。その緊張が表情に出ていたのか男性は目の前の女性に気を遣い始めた。
男性「あの・・・、大したことでは無いのですが。」
エルフ「大丈夫ですよ、何でも仰ってください。」
とても優しい声色の女性に安心感を得たのか、緊張が解けた男性は気になっていた質問を投げかけた。
男性「えっと・・・、先程貴女と一緒にいらっしゃった女性の方は?」
エルフ「えっ?!ご存知なんですか?!あの人の事をご存知なんですか?!」
本人の様子から見るに、エルフにとっては大した事だった様だ。
男性「知っていると言うより、昔会った事のある気がするんです。」
エルフ「「気がする」・・・、とは?」
男性の反応に不信感を抱くエルフに横から声を掛けたのは、男性をこの病院に連れて来た希だった。
希「ノーム、その人は記憶喪失なんだ。」
女性の診察に付いて来ていた希の息子である利通(としみち)の妻で冒険者ギルドの受付嬢をしている「エルフのドーラお姉さん」ことノーム・林田は義理の父の突然の声掛けにも冷静だった(※紛らわしいのでここからは「ノーム」と表記します)。
ノーム「お義父さん・・・、公共の場なのにその呼び方で話し合って良い訳?」
希「今はそれ所じゃないだろう、それで?その人は記憶喪失だが何かあったのか?」
経験している場数が違うからか、署長は至って冷静だった。
ノーム「私と一緒にいた女性の事を知っているかも知れないのよ、ただ「気がする」だけとも言ってて。」
希「仕方ないだろう、それと今は本人に余り刺激を与えない方が良い。」
ノーム「分かった、でもね・・・。」
希「でも・・・、何だ?」
義理の娘の発言に首を傾げる希。
ノーム「私が連れていた女性も記憶を失くしているみたいでね。」
希「そうか、じゃあさっきの頭痛はある意味奇跡と言っても過言では無いかも知れんな。因みにあの女性の方は何処の国の方なんだ?」
希はあくまで警察の人間の1人として質問した。
ノーム「身分証明書を一応見たんだけど、どうやら外界の人らしいの。」
希「じゃあ一先ず・・・。」
有る提案をしようとした希に医者が遠くから声を掛けて来た。
医者「林田さん、お待たせしました。入院の手続等が終わりましたのでこちらへ。」
ノーム「えっ?!お義父さん入院するの?!」
希「おいおい、この流れでどうしてそうなるんだよ・・・。」
-104 特別編④・互いが好きだった物-
希はノームの天然発言にツッコミを入れた後に、頭を抱える男性を連れて医者達により用意された病室へと入った。あまり刺激を与えないでという自分の忠告を守れる様にとの気遣いからか、部屋は個室で用意されていた。
男性「良いんですか?こんな私の為にこんな良い部屋を用意して頂いて・・・。」
希「何を仰っているんですか、今は甘えていて良いんですよ。」
医者「署長さんの仰る通りですよ、今はゆっくりと過ごして下さい。まぁ、ずっといられても困るんですけどね。」
医者による皮肉さたっぷりのジョークが飛び出した後、ノームが診察に連れていたあの女性が病室に入って来た。この世界で長く住んでいるはずの希でさえ余り見た事の無い青い薔薇の花束を抱えて・・・。
男性「貴女は・・・。」
女性の姿を見た男性は一言だけ漏らした後に涙を流し始めた、ただその横で女性はただ首を傾げていた。お互いが記憶喪失になっているので致し方ない事なんだが。
女性「あの・・・、私の事をご存知なんですか?」
必死に自分の事を思い出そうとするあまり、持っていた花束を落としてしまった女性はベッドの布団を強く握りしめて男性に訴えた。
女性「教えて下さい!!私は元の世界でどんな人間だったんですか?!名前も教えて欲しいんです、身分証明書にはこっちの世界で名乗っている仮の名前を記載しているので全く知らないんです!!」
女性の必死の訴えに答えようとする男性、しかし何も思い出せないのが悔しくて堪らなかった。ただ1つを除いて・・・。
男性は痛む頭をずっと抱えながら女性に語り掛けようとした。
男性「あの・・・。」
しかし男性の言葉は、入室して来た看護師により遮られた。はぁ・・・、何と空気の読めない看護師だ。
看護師「失礼しますねー、大丈夫ですか?あのですね、入院している間はこの入院着に着替えて下さいね。先生方が診察に来られた時にスムーズに進める為の物ですからお願いしますね。」
男性「は・・・、はぁ・・・。」
男性は手渡された緑色の入院着に着替えようとした。
女性「あの・・・、私売店で買い物をしてきますね。」
女性なりの男性に対する気遣いという奴だろうか。
女性「何か欲しい物は無いですか?食べたい物とか。」
男性「そうですね・・・。」
女性の顔をじっと見た男性は何かを思い出したかの様に女性に答えた。
男性「あの・・・、プリン・・・、プリンをお願い出来ますでしょうか?」
女性「はっ・・・!!」
「プリン」という言葉に異様な反応を見せた女性は嬉しそうに病室を飛び出していった。
女性「分かりました、待っていて下さいね!!」
勢いよく飛び出して行った女性の目には小粒の涙、何かを思い出したのだろうか。
男性「あの人の顔、やはり微かに何かを思い出せそうな気がしたんだよな。」
男性は入院着に着替えると再びベッドに身を委ねて数秒程窓から見える空を眺めた後に、元々着ていたスーツから煙草を取り出して火を点けようとした。すると・・・。
看護師「こら!!この病院内は全館禁煙です!!それに病人がご自分の体をより悪くする行動をしちゃ駄目でしょうが!!」
男性「あ・・・、す・・・、すみません!!」
-105 特別編⑤・嬉しかったはずなのにあれは夢だったのか-
看護師が用を済ませて病室を出てから数秒後、女性が意気揚々とした様子で病室に戻ってきた。手に提げたレジ袋の中には大きなプリンが2つと紙皿。
男性「すみません、会ってそんなに経っても無い方に図々しい事を押し付けてしまって。」
女性「良いですよ、私放っておけない性格なんで。」
そう言いながらベッドの上のテーブルに紙皿を2つ並べる女性、まるで誕生日パーティーでも始める準備をしている様だった。
男性「何か・・・、豪華ですね。」
女性「良いじゃないですか、雰囲気だけでも楽しんだって。」
大きくてシンプルなプリンを挟んで互いの方を向き合う2人、壁に立てかけられた時計の音からただただゆっくりとした時間が流れて行くのを感じていた。
女性「ふふふっ・・・。」
何処か不敵な笑みを浮かべる女性。
男性「何となくですけど、嬉しそうですね。」
女性「分かります?私甘い物には弱い者でして。」
やはりスイーツが嫌いな女性はいない、飽くまで男性の持論なのだが。
男性「蝋燭でも立てましょうか・・・、あったかな・・・。」
女性「何ですかそれ、誕生日か何かのお祝いですか?」
男性「今の雰囲気にただのプリンは素っ気ないと思っただけでして。」
男性の発言に頬を膨らませる女性。
女性「どういう意味ですか、折角買ってきたのに。」
特有の可愛さを醸し出す女性、怒っているのか拗ねているのか分からないのは気のせいだろうか。
男性「すみません、何となく雰囲気だけでも豪華なディナーみたいにしたかったんで。」
女性「ハハハ・・・、何ならちゃんと肉料理も出して下さいよ。」
やはり女性にとって「デザートは別腹」、ただそれまでの過程として(?)食事が無いと何処か味気ない気がする。
男性「じゃあ・・・、ナースコールで頼んでみますか?」
女性「馬鹿言わないで下さいよ、大事になっちゃいますよ。」
男性「実は入院食の残りの肉が残っているんじゃないんですか?」
残念ながら今日の入院患者の昼食・「常食A」は鯖の塩焼きで料金が上乗せになる「常食B」はキャベツのみの醬油ラーメン、残っていたとしても肉は皆無と言っても良い。
女性「来週来るときにでも適当に作ってきますね。」
男性「待って下さいよ、どれだけ俺をこの病院に縛り付けるつもりですか。」
優しさが溢れるツッコミにより病室が良い雰囲気に包まれる中、男性は何かを思いだしたかの様に女性に質問した。
男性「あの・・・、俺達何処かでお会いした事が有る気がするんですけど。」
互いに記憶を失っているのでこの様な質問が出てもおかしくはない。
女性「やっぱりですか、貴方に似た方を愛した記憶があるんです。」
どうやら男性の表情を見て微かだが元の世界での記憶を取り戻しかけている女性、これは良い傾向と言っても良い。ただその時、直接男性の脳内に声が流れ込んできた。
声「待て、それ以上は思い出してはならない。死んでないお前には元の世界に戻って貰う。」
一瞬目の前が暗くなった男性は、居酒屋の女将である中国人女性の側で目を覚ました。
男性「麗・・・。」
女将「何だい、あんた私の事を呼び捨てで呼ぶ程偉くなったのかい?」
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