第5話 「……拝読いたしました」
11月になると除霊部の一年生はそわそわし始める。バディが発表されるからだ。除霊の資格を得た一年生は、これから12ヶ月、二年生とバディを組んで除霊にあたる。
北村先輩に呼び出されたとき、いい予感はしなかった。
「潮田、お前、霧島と組めそう?」
拓海は目を丸くして、肩の力がストンと抜けた。予想外の、願ったりの話だった。あの男の除霊を間近で見られるなら、自分はすぐにもっと強くなれると思った。そうしたら就活でバカウケのスリリングな除霊エピソードも経験できるだろうし……!
「もちろんです! むしろありがたいお話です!」
「えーとね、霧島はだいぶ変わってる」
「受験指導のときに慣れました!」
「いや、性格の話じゃなくてね〜……あいつの除霊は変わってるの」
「え?」
「滅霊刀を使わない。霊を『読む』んだって」
「読む……?」
釈然としないまま、一旦は霧島と組んでみることになった。北村は「無理そうだったらいつでも言って〜」と軽い口調で言いつつ、不安そうである。
そういえば、霧島先輩のバディって今まで誰だったんだろう。まさか、誰も続かなかった、とか……?
不安を抱えたまま、拓海は除霊師デビューの日を迎えた。霧島も拓海も大学の近くに住んでいるから、待ち合わせて同じバスに乗った。
「おれが『読んで』除霊すること、聞いたか?」
バスの進行方向を向いて、目だけ拓海に向けて霧島は訊ねた。
「はい、でもそれ以上は何も」
「今日やって見せるから、それでおれと組むか決めて。あと名前で呼んでくれ。その方が戻ってきやすい」
「戻って……?」
「とにかく名前の方がいい。おれも拓海と呼ぶ」
「……青、さん……」
「『さん』か……同い年なんだけどな」
「……えぇっ!?」
「おれが現役合格二年生、拓海が一浪一年生なんだから当たり前だろ」
「確かに……仙人かと思ってました」
「はぁ? まあいい」
霧島は進行方向を見つめたままだったが、その横顔は確かに可笑しそうに笑っていた。初めておれの前で笑ったな、と拓海は思った。
今回の依頼主は、カフェを開こうと古民家を買い取って移住してきた夫婦だった。よくよく古民家を探索したら、納戸の隠し扉の裏から日本人形が出てきたそうだ。それ以来、古民家も夫婦の家も霊障が止まず、工事が先送りになるばかりで頭を抱えているとのことだった。
除霊部は、このような霊障の相談を承り、有資格者を派遣し、報酬を受け取る。その報酬は部活内の働きに応じてバイト代として分配される仕組みだ。
件の古民家に足を踏み入れると、あちらこちらから気配を感じる。
「多いですね」
「日本人形に集まって来ているだけの低級霊だ」
霧島は夫婦から受け取った間取り図を元にずんずん進み、躊躇なく納戸を開けた。その奥にわずかな凹みがあり、手をかけて横に引くと……。
「うっ……わぁ〜……」
叫び出すのはこらえたものの、拓海はその見た目に、心臓が喉までせり上がってきたかというくらいに
「拓海。おれに何かあったら、こいつはお前には無理だ。『封』も諦めて北村さんに連絡しろ」
「えっ!? えっ!?」
デビュー戦の相手のヤバさに、拓海の膝が震え出した。霧島がスッと正座をしたのでそれに
しゅるり。霧島が髪を束ねていた白い帯を解いた。そして帯で目を隠し、後ろで結んだ。一連の動作は丹念で、寸分の迷いもなく、すべてなされるべきようになされた様子だった。
「読ませていただきます」
霧島は両手をついて礼をし、日本人形を見上げた。
日本人形の目がカッと見開いた。口角の吊り上がった口から、黒い影が溢れ出して霧島を包んだ。
拓海の心臓は早鐘のように打った。本能は「逃げろ」と叫び立てる。だが、ますます濃くなる影の中で、霧島は背筋をぴんと伸ばして人形を見つめていた。目隠しをしているはずなのに、正確に人形と見つめあっていた。
だからこれが青さんの除霊なんだと信じて、縋るように終わりを待った。
ふっと黒い影が膨らんだ。拓海の目と鼻の先まで迫ってきて、思わず正座を崩して後ずさった。その直後、膨らんだ影はしゅるしゅるとしぼんで、霧島の顔のあたりに吸い込まれるようにして、消えた。
「拝読いたしました」
深く、しみじみと感情のにじんだ声で霧島は告げ、丁寧に礼をした。
人形は、ただの古びた日本人形の顔つきに戻っていた。
「青さん!」
「今のがおれの除霊。とりあえず報告が先だな」
何もなかったように立ち上がる霧島の声に、悲しみがにじんでいることを本人は知らないのだろうか。
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