第3話 除霊師5級は国家資格

 まず武道経験者と未経験者に振り分けられた。経験者はさっそく霊と戦えるのでは、と意気込んだのだが、待っていたのは座学だった。


「まずは除霊師5級を取得してもらうよ〜。これがないと外で活動できないからね〜」


 大学の講義を5限まで受けて、それからキツネ先輩、もとい北村先輩の講義を2時間みっちり受ける。ここで居眠りするわけにはいかない、最強のガクチカがおれを待っているんだから……!


 除霊師は国家資格だ。履歴書に書くだけでも箔がつく。そう思って食らいつこうとする拓海だったが、資格取得の壁は厚かった。除霊師5級は暗記科目なのだ。そして拓海が第一志望に落ちた理由は、暗記科目が最後まで伸びなかったから……。

 自分にぴったりのガクチカのはずが、こんなところで落ちるわけには……!


 5月。除霊師5級受験日の前日の模試で、拓海はギリギリ不合格の得点を叩き出してしまった。


「潮田くん、もう詰め込みしかないから!」


 タヌキ先輩、もとい大貫おおぬき先輩が発破をかける。


「う……頑張ります……」




 しかし案の定返ってきたのは「不合格」。同期のほとんどが合格し、不合格はほんの数人だった。拓海はままならなさと恥ずかしさで、部活を辞めてしまおうかと思った。


「また8月にチャンスあるから」


 落ち込んだ拓海に、北村先輩が声をかける。


「……はい。ありがとうございます」


 体育会系だし、正直大学の講義との両立もめちゃくちゃキツい。でもまだ先輩たちに期待されている気がして、辞めると決意できずにいた。


「8月受験組は、霧島が教えるから」

「霧島先輩が!?」


 拓海は前のめりに訊ねた。霧島あお。面接のときに会った長髪の男で、部員の中でも孤高の雰囲気を纏っている。

 霧島は拓海が勝手にライバル視している男だ。今まで接点はなかった。勉強を教わるのは悔しいが、あの男に近づけるなら……。

 拓海はもう少し除霊部に残ってみることにした。




 5月の不合格で辞めていった部員が多く、霧島と、拓海と、遠藤という女子だけの勉強会となった。

 霧島は空き教室の椅子に姿勢よく座って、片手間に本を読みながら二人の勉強を監視する。


「5級なんて暗記だけだ。ゴロで詰め込め」

「近道はない。暗記しろ。問題集キリキリ回せ」

「アプリに頼るな。100回書いて脳に刻み込め」


 無愛想な命令口調で、それでも霧島はちゃんと二人の勉強を監督する。


「「はいぃ〜〜」」


 情報量に追いつけず、拓海と遠藤はへにゃへにゃの返事をする。


「情けない声を出すな。潮田! 『封』の発動根拠その三は」

「えー……っと」

「問題集をキリキリ回せ!!」

「すみません〜……」


 霧島にこってり絞られた帰り道。暗くなったキャンパスを遠藤と歩く。


「霧島さん、頭いいよな」

「もっと上の大学に行きたかったらしいよ」

「えっ」


 あの男も第一志望不合格組なのか!?と拓海は一瞬親近感を感じた。


「でも、霧島家は除霊師の一家で、高卒で修行を始めろって言われたんだって。先輩はせめて大学は行きたかったから、化大バケダイにしたんだとさ」

「……そうなんだ〜……」


 一瞬身近に感じた自分がバカでした。日本で唯一、学生が部活動として除霊を学べる化大バケダイ。そこが唯一の選択肢で、本気出せばもっといいとこ行けたってことか〜……。

 除霊部があるから化大バケダイを選んだのはおれと同じ。でも霧島先輩の方が窮屈な事情で……。


「まー、がんばろうぜ」


 考え込んだ拓海の頭を遠藤がはたいた。




 霧島に絞られ、遠藤と励まし合う。そんな3ヶ月が過ぎ、2回目の受験日が巡ってきた。


「潮田」


 会場の外で聞き慣れた声をかけられた。


「霧島先輩!? 来てくれたんですか!?」

「落ちたらまた3ヶ月詰め込んでやる」


 ぶっきらぼうな低音で言って、拓海の肩を叩いて霧島は帰っていった。わざわざ会場まで……落ちたあとのことを言いにくることないだろ!! 絶対に合格してやる!!

 怒りでカッカしていた拓海だったが、会場に着席してから気づいた。あれって「2回落ちても見放さない。いくらでも勉強に付き合ってやる」って意味だ。


 拓海の心はふわっと包まれたように穏やかになった。自分は除霊部のお荷物なんだと、ずっと心のどこかで思っていた。そうじゃない。霧島先輩は、おれを見放さないでいてくれる。

 感情表現の薄い男だけど、懐は驚くほど深い人なんだ。霧島の心に触れて、拓海はほどよく落ち着いてきた。


 そして2週間後、合格者発表の中に拓海と遠藤の受験番号があった。季節はもう8月、真夏へと巡っていた。

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