第2話 長髪のあいつにおれは勝つ!

 古都の片隅にある化大バケダイにも春が訪れ、少し足を伸ばせば桜の写真を撮る観光客で賑わう。


 拓海の新居にも、掃除のために開けた窓からふわ、と桜が吹き込む。そんな春の日、たどり着いたのは「除霊部待機室」と張り紙がされた大教室だった。

 こんなに人気の部活なのか!? 拓海は教室のドアを開けて、驚きで目を見張った。何列もの座席が入会希望者で埋まっている。

 出遅れてしまった。拓海は歯噛みしたが、周囲の会話を聞く限りほとんどが記念受験らしい。そのためか面接の回転は非常に速く、待機列は順調に短くなっていく。


 大丈夫。おれなら合格できる。


 そして拓海の番が回ってきた。

 面接室は長机を横に置いて、男女の学生が拓海を出迎えた。男子の方は細い吊り目で面長で、なんだかキツネみたいだ。女子はタレ目で重そうなまぶたをした、タヌキを思わせる容姿だ。拓海は勝手に二人を「キツネ先輩」「タヌキ先輩」と呼ぶことにした。


「自己紹介をお願いします」

潮田しおだ拓海、経営学部1年です」


 キツネ先輩の目を見てハキハキ答えてから、壁際にさりげなく、予備のように置かれているパイプ椅子に視線を向けた。「視えてますよ」のアピールだ。


「何か見えますか〜?」


 キツネ先輩が穏やかに訊ねる。これが除霊部の入部試験だ!! 拓海の身体は緊張で張り詰めた。


「人型の霊が見えます……顔は黒くもやがかかっていて……黒の紋付袴を着ているようですが、家紋にももやがかかっています……」

「視えますか」

「視えます」


 これは合格なんじゃないか!? 拓海は緊張と興奮でごくりと唾を飲み込んだ。


「これはどうですか」


 タヌキ先輩がパイプ椅子の方を手で示す。


「服装が変わっています……えっと……赤っぽくて……狩衣かりぎぬみたいな……昔の貴族の服装です」

「素晴らしい!」


 タヌキ先輩はぽん、と両手を打った。


「合格でいいでしょう」

「ええ。合格にしない理由がない」

「うちは体育会系ですけど、大丈夫そうですね?」


 タヌキ先輩が訊ねる。話し方はほんわりしているが、彼女もきりりとした姿勢から体幹の強さが窺える。


「大丈夫です! 小学校から空手を続けて、高校では県大会に進出しました」


 拓海は膝の上で拳に力を込めて、キビキビと答えた。


「それは素晴らしい!」

「素晴らしいですねえ。ではこちらに連絡先を記入してください。新歓の連絡をお送りしますから……」


 拓海の心は興奮で震えた。拓海は子どもの頃から「視える」。だから、化大バケダイの除霊部を知ったときは「これがおれのガクチカだ!」と思ったのだ。その第一歩を、踏み出した。

 拓海がゾクゾクしながら連絡先を記入していたとき、面接室のドアが開いた。


「シフト代わりますよ。あ、失敬」


 入ってきた男は面接中だからと引き返しかけたが、キツネ先輩が立ち上がったのを見ると交代でパイプ椅子に腰掛けた。


 その男は強者のオーラを纏っていた。

 顔立ちはモデルにもなれそうなほど端正で、吊り目がちな瞳は鋭く拓海を見据えた。がっしりした身体つきで、身長は180センチ以上あるかもしれない。何気ない所作も隙がなく、戦士の風格がにじんでいる。


 そして長髪だった。黒髪を後頭部で結んで、ストンと腰まで下ろしている。結び目には白い帯を巻いている。髪飾りという風ではない。除霊に使うものとしか思えなかった。


 こいつが除霊部のボスかもしれない。おれは、この男に勝つ!

 拓海は名前も知らない男をライバル認定し、武者震いが背中を走り抜けた。


 おれはやるぞ。最強のガクチカを手に入れるために!!

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