書き出す理由

 小説を書くだなんて一言にいっても、筆者はずぶの素人であるし、当然だが主題も何も決まっていない。


 子どもの頃から目的がないと動き出すのが苦手な人間だった。


 しかし、それではどこにも往けぬだろうと思ったので一つ目標を立てた。




 コンテストに参加する。


 入賞するでも何でもない、ただそれだけ。

 それだけでも、目標は立った。


 参加先は、たまたま目に入った音声作品の原案だったかと思う。

 音声作品ならば環境に左右されないストーリーのほうが書きやすいと考え、目隠しで真夏の一室、彼女と二人きりといった設定から始めた。


 そこから生まれたのが『雄弁な影』である。


 本作、ならびに後の小説の主人公である「私」について名前も性別も表現しなかったのはこれがもとになっているからで、どれだけシリーズを書き続けても一貫して残したい要素だった。


 そして、新橋桜という人物。


 書き始めた当初は、歯車の歪んだいわゆる天才というようなイメージで、誰も近づけないのに魅了される雰囲気を表現したかった。

 私にとっての一つの理想形で、鈍く輝く雰囲気。


 しかし、『雄弁な影』を書き終えたころ、私の中で新橋桜のシルエットが揺らいで見えた。




 新橋桜という名の歪んだ天才。

 それを表現していたはずなのに、いつしか『新橋桜』を書きたいと思っていた。


 行動指針が明確という意味で、雄弁な影の頃の彼女の方がヒロイン像はくっきりと映るかもしれない。

 しかし、せっかく活き活きと想像できた新橋桜のシルエットをただの一作で終わらせたくはないと考えてしまった。




 『書いてみたい』が『書きたい』に変わった瞬間だった。


 主人公である私と新橋桜の大学生活四年間という話を書きたいと思った。

 そこから始めたのが、雄弁な影からなるシリーズ『私の春の夢』。


 今度はコンテストに参加するだとか、そういった目標は一切ない。

 四年という歳月で二人はどのように成長して、どのような結末へと向かっていくのだろうかと、見切り発車に駆け足で綴ることになった。

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