第32話「油断させて捕まえるぞ大作戦」

♢♢♢

「準備は良い?」

「もちろんよ!」

 天高く輝く満月に見守られながら、エトワナ家の愛されぽっちゃり双子ルシフォードとケイティベルは、頭から勢いよくシーツを被った。

 全員の反対意見を押し切り、二人は行動に出る。あの夜、自分達の代わりに命を落とした姉リリアンナを思い、絶対に同じ運命は辿らないと心に誓う。

 けれどそれは、他の誰であろうと変わらない。レオニルやエドモンドが傷付くところを見るのも嫌だ。記憶が残っているというアドバンテージを利用して、きっと全員無事に終わってみせると。

 以前の二人ならば、こんな風に勇気を出すことは出来なかった。姉以外の誰もが無条件に優しく、暖かな温室の中擦り傷のひとつさえ重病のように心配してもらえた。リリアンナは無表情で恐ろしく、関わり合いにはなりたくない。だっていつか、自分達を傷付けるかもしれないから。

 その誤解は、もうとっくの昔に土の中に埋めた。目に見えるものだけが真実ではないと学び、何かを守る為には強くならねばならないと決心した。

「今度こそシーツでぐるぐる巻きにならないよう、絶対に勝つわよルーシー!」

「うん、頑張るよベル!僕の側から離れちゃダメだからね!」

 怖くないと言えば嘘になるが、今夜は十歳の誕生日。本来ならば冬の到来を告げる木枯らしに身を震わせる時期だが、二人の邪魔をするまいと風はぴたりと止んでいる。空から降り注ぐ山吹色の光のおかげで、転ばずに済む。ぱりっと糊のきいたシーツは、体に纏わりつきにくい。それからリリアンナが焚いてくれたお香のおかげで、部屋まで迷わず進んでいける。まるで隣で手を握ってくれているかのようで、二人は心強さを感じていた。

 

「平気ですか?リリアンナ嬢」

「はい、エドモンド殿下」

 主役が消えたと騒がれないよう、リリアンナとエドモンドはホールの中心で注目を集めることに徹していた。本当は弟妹の側を離れたくなどないが、あの二人の中でリリアンナが刺された記憶がトラウマとなっている。


――あの子達が無事なら、私の命なんてどうなっても構わないのに。


 それを望まれていないと分かっていても、無意識のうちに視線が扉の方へ向いてしまう。もしも読みが外れていたら、もしも予期せぬ事態が起こってしまったらと、否定的な考えばかりが浮かびなかなか消えてくれない。

 彼女の華奢な体は小刻みに震え、もとより白い肌から一層血の気が失せている。その様子に気が付いているのは、隣に立つエドモンドだけ。

 婚約者レオニルの姿が見えないことに数人は疑問を抱いているが、二人の不仲は周知の事実。それよりも、鉄仮面リリアンナの様子がすっかり変わってしまったのはエドモンドとの出会いがきっかけではないかと、無粋な憶測で貴族達は色めき立っていた。

「リリアンナ嬢。僕と踊っていただけますか?」

 エドモンドは明るくにこりと微笑みながら、彼女に向かって手を伸ばす。ファーストダンスはすでにレオニルと済ませていたが、あくまで形式的なもの。家族以外の他の男性と踊った経験もなく、リリアンナは僅かに動揺する。が、エドモンドの様子を見てそろそろと彼の手を取った。

「殿下、謹んでお受けいたします」

 まるで大切な宝物でも扱うかのように彼女を優しくエスコートしながら、少しでも早く震えが治ればいいと心から願った。宮廷楽師達は、他国の王子がダンスを踊るのだからと一層演奏に力を入れ、その音色はエトワナの屋敷中に響き渡る。それこそ、他の部屋で多少の物音がしても誰も気付かないほどに。

 

 頭からシーツを被っているルシフォードとケイティベル。薄らぼんやりとではあるが、ちゃんと前が見えるようになっている。リリアンナが弟妹の為に手を加え、実は下方にこっそりと名前も刺繍されているのだが、それは愛ゆえについついとった行動である。

 双子命名「油断させて捕まえるぞ大作戦」は、果たして功を奏すのか否か。

 パーラーへと続く扉は、まるで二人を招くかのごとく微かに開いていた。二人は布越しに視線を交わし合うと、意を決して中へと足を踏み入れる。

「お姉様はここかしら?ねぇ、ルシフォード」

「さぁ、どうだろうケイティベル。もしかしたら違う部屋にいるのかも」

 わざと愛称を使わず、自分達が何者であるかをアピールする。隣から響いてくる音色に負けないよう、二人は声を張り上げた。

「でも考えてみれば、パーラーには来ないよ。ケイティベル。せっかく驚かそうと思ったのに」

「そうね、ルシフォード。今日はなんと言っても私達双子の誕生日だし、皆ホールで楽しんでいるものね」

 他愛ない会話を続けても、部屋からは物音ひとつ聞こえない。もしかすると犯人が潜伏しているのはここではないのかもしれないと、二人の胸に一抹の不安が広がる。シーツを被っていなければきっとこの緊張と恐怖には耐えられないだろうと思いながら、それぞれ必死に唇を噛み締めた。そして示し合わせたように、二人は同じ話題を口にする。

「それにしても、今日は朝から凄い数のプレゼントをもらったね。ケイティベル」

「毎年恒例じゃない、ルシフォード。たくさんのプレゼントに新しいドレス、豪華な食事とおいしいお菓子に囲まれて、大勢の人からおめでとうの言葉をもらう。でもそれって、当たり前よ」

 演技とはいえ、嫌な物言いをするのは憚られる。基本的に争いごとが嫌いな二人は、殺される恐怖よりも嘘を吐かなければならないことに心を痛めていた。


「だって私達は、満月の夜に産まれた男女の双生児ですもの。幸福と繁栄の象徴で、誰からも愛されて、なんでも願いを叶えてもらえるのよ」

「僕、前にこんな話を聞いたんだ。同じ男女の双子でも、体のどこかに痣を持って産まれてると忌み子になるって」

 ぺらぺらと饒舌に喋る二人の会話に割って入る者は誰もいない。いつものパーラーが、今夜だけはまったく違う雰囲気を纏っていた。

 本当はこんなこと、たとえ芝居でも言いたくない。いっそ部屋に誰もいなければいいのにと、ケイティベルは泣きたくなった。優しい彼女を気遣い、ルシフォードはきっと眉を吊り上げる。

「僕達はそうじゃなくて良かったね、ケイティベル。忌み子なんて大切にされないだろうし、酷い目に遭わされるかもしれない。それに家族にだって、きっと嫌われるよ。産まれてこなきゃ良かったのにって――」

 その瞬間、ルシフォードのシーツがはたはたと揺らめく。締め切られた窓が微かに音を立て、ベルシア自慢のカクトワールが一脚ごろりと絨毯に転がった。


「黙れ白豚共!!それ以上私達を侮辱するなぁ!!」

 ドレープカーテンの裏から飛び出したのは、痣持ちの双子オリビア。兄オリバーと同じシースナイフを逆手で振り上げ、シーツを被りしゃがみ込んでいるルシフォードを目掛けて思い切り振り下ろす。


――ガキィィィン!!

 

 それはどう聞いても、人間を刺した音ではなかった。金属と金属がぶつかり合い、押し負けたのはオリビアの方。怒りに任せた彼女は勢いを殺しきれず、手からナイフが飛んでいった。

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