第31話「痣持ち双子の幸せな談義」
――そこは、招かれざる客が密談するにはあまりにも煌びやか過ぎる空間だった。リリアンナの推測通り、痣持ちの双子はエトワナ家のパーラーに現れ、豪奢なアンティークチェアにゆったりと腰掛ける。
明かりの灯らない暗い部屋に差し込む満月の光が、二人の顔に広がる濃い痣をはっきりと照らしていた。
「ねぇ、オリバー。様子見だって言ってたけど、もう殺しちゃいましょうよ」
すらりとした長い脚を組み替えながら、ブロンドの長髪を高い位置で一括りにした美少女が苛立ったような声色を上げる。オリバーと呼ばれた青年は、長いブロンドの前髪から微かにのぞく橄欖色の瞳をぴくりとも動かさないまま、薄い唇を開いた。
「落ち着けオリビア、今夜はあくまで仕込みだ。万が一やるとしても俺達は手を汚さず、暗殺団のヤツらにやらせる手筈だろう」
シースナイフを武骨な指先でくるくると器用に回しながら、オリバーはすぐ間近で聞こえるオーケストラの演奏に耳を傾ける。眉を吊り上げたオリビアとは違い、彼は至極冷静だった。
部屋には昼間香が焚きしめられていたのか、慣れない臭いが鼻をつく。それが不快でたまらないオリビアは、しかめ面をしながら勢いよく立ち上がった。
「信用ならないわ。どうせ私達に脅されて仕方なく従ってるだけの連中だし」
「それでいいんだ、先から信用なんか期待するな」
「まぁ、そうだけど」
オリバーとは違い、オリビアはわざと顔の痣を目立たせている。スラム街の荒くれ者達は二人を蔑んだが、古の言い伝えを進行している下位貴族には効果覿面だった。彼女あからさまな脅しが効かなければ、次はオリバーの番。物静かな印象を受けるが、容赦がないのはいかなる時も彼の方だ。
二人の風貌や纒う雰囲気は、とてもエトワナ家の双子と同じ十歳には見えない。彼らには想像もつかないような劣悪環境を必死に生き抜いてきたオリバーとオリビアは、この立派な屋敷さえ憎悪の対象だった。
母親と姉を見殺しにし、あまつさえ痣持ちの双生児を迫害するよう仕向けた。自分達はまんまと私服を肥やし続け、出来上がったのは白豚と変わらない醜い双子。
彼らの親族は厄介ごとから逃れる為に、オリバーとオリビアに虚偽の真実を夜ごと話して聞かせた。まだ幼い二人はそれを信じ込み、そして復讐を誓う。
――世界一幸せな誕生日を、ぶち壊してやる。
年々酷くなる痣は、二人の心までをも蝕んでいく。逆恨みなどという言葉は、恵まれた者が使う為にある。善も常識も通用しない人生の中では、理不尽な復讐さえ貴重な生きる糧なのだ。
「……ようやく、ようやくこの瞬間がやって来たのよ!ああ、どれだけ待ち望んだことか!」
足音が鳴らぬよう、ブーツの靴底には藁が貼り付けられている。興奮を抑えきれないオリビアは、まるでダンスのステップを踏むように舞い踊った。もちろん、そんな教養や知識などまるでない。
「落ち着いて窓の外を見ろ、オリビア。素晴らしい月じゃないか。毎年必ず、この日は満月が輝いているんだ」
「ええ、そうねオリバー。痣持ちの私達とは違って、アイツらは神に愛された存在だもの。殴られたこともなければ泥水を啜ったこともないし、ましてや人を殺すなんて夢の中ですらあり得ない。綺麗なお屋敷で毎日新品のドレスを着て、おいしいお菓子をたくさん食べるのよ」
考えれば考えるほど、憎らしくて仕方ない。同じ日に産まれた男女の双生児であるのに、扱いの差は天国と地獄だった。街を散策するルシフォードとケイティベルを、何度盗み見たか分からない。
ふくよかな体型とだらしなく弛んだ頬は、自分達とは正反対。楽しそうに手を繋いで、欲しいものはなんだって手に入る。
「あの二人を殺して、この馬鹿げた言い伝えを終わりにするのよ!双子が双子を殺したなんて、忌々しい呪いを掛けてあげる!」
オリビアの心は、もう限界だった。どこへ行ってもエトワナ家の双子の話を持ち出され、お前達は欠陥品だと卑下される。兄オリバーと身を寄せ合いながら、絶えず与えられる理不尽に必死に耐えてきた。
残された時間は残り僅か。来年の誕生日までにはきっと、オリバーの身がもたないだろう。
「ごほ……っ、んん……」
彼が軽く咳払いをすると、口元を押さえていた手に血が付着する。オリビアはその手を取ると、汚れたそこをぺろりと舐めた。
「バカ、病が感染ったらどうする」
「いいわよ、私はオリバーのいない世界に興味ないから」
「……まったく」
呆れたように溜息を吐くオリバーの瞳は、双子の妹を見つめる時だけは優しげな光を灯す。
「一緒に地獄に堕ちようか、オリビア」
「そうね、それも楽しいかも」
ぎゅうっと手を握り合う二人の手は、ルシフォードとケイティベルのそれとは随分違っていた。
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