第29話「とても素敵な、愛の贈り物」

 エトワナ家の両親を納得させるのはさほど難しくはなかったが、やはりリリアンナに対しての厳しい態度は覆らなかった。

「お姉様はこんなに優しいのに!」と双子は憤ったが、こればかりはもう仕方がないとリリアンナは諦めている。特に母においては、第一子が女児であった為に理不尽に責められたらしいと知っている分、恨む気持ちは湧いてこない。

 彼女が感じているとすれば、それは寂しさ。一度くらいは「産まれてきてくれてありがとう」と抱き締められてみたかったが、それを憎しみに変える気はない。

 それよりも大切な弟妹をこの世に誕生させてくれたことに、感謝の念を抱いていた。

「私達は、いつまでもお姉様の味方だから!」

「そのままのお姉様が、ずっと大好きだよ!」

 ふかふかの毛布のような温かい体をいっぱいに広げて、ルシフォードとケイティベルは思いきり姉に抱きつく。リリアンナは二人の頭を撫でながら、どうかこの尊い存在に幸せが降り注ぐようにと、涙ながらに祈りを捧げた。

 その後は誕生日パーティーの準備でエトワナ家は忙しなく、リリアンナも積極的に表立って指揮を取った。母ベルシアとは何度か衝突しながらも、以前はそれさえなかったのだから大いなる進歩と言えるだろう。

 双子の記憶では、以前のリリアンナはパーティー当日ベルベットのドレスに身を包んでいた。普段露出を好まない彼女があえてこの日に派手な装いをしていたのは、おそらく自身をより悪役に見せる為だと、双子は推理する。

 婚約者の交換によりケイティベルに好奇の目が行かぬよう、わざと自分を目立たせたのだろうと。

 その証拠に、今回は三人お揃いのレモンイエローのドレスとスーツをあつらえた。リリアンナは頭の上にぽんぽんと花を咲かせながら喜び、そんな姉を見て二人は満面の笑みを浮かべて飛び跳ねた。

「一日早いけれど、私からの誕生日プレゼントよ」

 双子の子ども部屋に足を運んだリリアンナは、目の前に細やかな装飾が施されたジュエリーボックスを二つ置いた。ルシフォードとケイティベルはそれを開けた瞬間、空色の瞳がこぼれ落ちそうなほどに目を見開く。

「これ、お姉様からのプレゼントだったんだ……」

「通りで私達にぴったりだったはずだわ」

 妹にはイエローダイヤモンドのペンダント、弟には同じ宝石を加工した飾りボタンとカフス。あの時はそれぞれの枕元にそれらが置かれており、二人はてっきり両親からの贈り物だとばかり思っていた。


――宝石言葉は、永遠の絆。


「お姉様はずっと前から、たくさんの愛を贈ってくれていたのね……」

「もしあの夜を体験しなかったら、きっと誤解したままだった……」

 二人は姉からのプレゼントを胸に抱きながら、ぽろぽろと大粒の涙を流す。なぜ自分達があんなにも怖い思いをしなければならないのだろうと、マイナスにばかり捉えていた。けれど今こうしてリリアンナと分かり合えたことは、ルシフォードとケイティベルにとっては最大の幸福だった。それは、死の恐怖をも凌駕するほどに尊く大切な宝物。

「ま、まぁ!どうしたの二人とも!お腹が痛いの、それとも頭?ああ、可哀想に……」

 突然泣き出した弟妹を案じ、リリアンナはおろおろと慌てふためく。そんな彼女を見ながら、双子は目を見合わせて破顔する。

「違うよ、これは嬉し涙!」

「お姉様、ありがとう。ずっとずっと大切にするわ!」

 目に見えることだけが真実とは限らない。リリアンナがそうであったように、もしかしたら暗殺を企んだ犯人にも隠された何かがあるかもしれない。

 二人は互いのふっくらとした手をぎゅうっと握り締めながら、明日に迫った運命の日に思いを馳せる。きっと大丈夫、すべては上手くいく、そう信じようと。




♢♢♢

「ルシフォード、ケイティベル。お誕生日おめ……」

 いよいよ双子の十歳の誕生日当日、早朝。自身の支度もそこそこに真っ先に弟妹の寝室に突撃したリリアンナ。祝いの言葉を口にした彼女は、最後まで言い終わる前に背後からやって来た母ベルシアにぐい!っと体を押しのけられた。

「まぁまぁ二人とも!私の可愛い可愛い双子ちゃん!誕生日おめ……」

「おめでとう!」

 ベルシアは満面の笑みで我先にと喋り出すが、すかさず体勢を立て直したリリアンナに結局先を越された。

「ちょっとリリアンナ!邪魔をしないでちょうだい!」

「お言葉ですがお母様。私は愛する弟妹を、心から祝福したいのです」

 リリアンナは母に面と向かって口答えをするのは、今までならば考えられないことだった。自身についてどれだけ非難されようともまったく動じない彼女だが、二人への祝辞だけは誰よりも先に伝えたかったのだ。

「母である私が先に決まっているでしょう!」

「私はこの子達の姉です!」

「母が先よ!」

「いいえ姉です!」

 ぎゅうぎゅうと押し合いながら、双子の寝室にて譲れない女の戦いが繰り広げられている。本日の主役であるルシフォードとケイティベルは、朝早くから起こされてまだ夢の世界へ片足を突っ込んだまま。

 頭の隅の方で何やら母と姉が揉めているが、それが現実なのかいまいち区別がついていない。

「お母様……?それに、お姉様も……?」

「ううん……、僕まだ眠い……」

 いまだに同じ部屋で寝起きしている二人は、開かない瞼を手の甲でごしごしと擦る。膨れた髪はまるでふわふわのうさぎのようで、ゆらゆらと揺れている体は金の振り子時計に良く似ていた。と、これらはすべてリリアンナの脳内で繰り広げられている比喩であるが、ベルシアもさほど違いはなかった。

「おはよう、良い朝ね。今日は肌寒いけれど、すっきりとした快晴よ」

「きっと夜には、素晴らしい満月が空に浮かぶわ」

 母と姉は競って身を乗り出しながら、ベッドの上でいまだに微睡んでいるルシフォードとケイティベルに向かって声を掛ける。つまるところ、この二人は良く似ているということだ。

「お母様もお姉様も、仲良しなのね……」

 ケイティベルには言い争いが仲睦まじい掛け合いに見えているらしく、ふにゃりと微笑みながらそう口にする。

「誕生日の朝だから、素敵なサプライズかな……」

 同じく寝ぼけ眼のルシフォードも、ふっくらとした頬を膨らませて喜んでいる。事実ではないが愛する双子をがっかりさせたくはないと、リリアンナとベルシアは互いに頷き合ったのだった。

 その後無事に朝の支度を終えた二人は、子ども部屋の絨毯が見えないほどに埋め尽くされたプレゼントの海の中に、勢いよく飛び込む。

「ねぇ、ルーシー。このお人形、前に見たのとまったく同じだわ」

「こっちの箱の中身も、きっと帆船の模型だ」

 彼が蓋を開けると、言葉通りの品が顔を出す。側に控えていた乳母は首を傾げるが、リリアンナがさり気なく間に割って入った。

「凄く嬉しいけど、ちょっと複雑だな……」

「ええ、そうね。最初は何も知らなかったから、あんなにはしゃげたけれど」

 プレゼントをひとつ開けるごとに、二人の表情がだんだんと曇っていく。運命の分岐点は、もう間近に迫っていた。最悪の結末を変える為、ずっと嫌われていると思っていたリリアンナに助けを求めた。彼女は快く手を貸してくれ、迎え撃つ準備は万全に整っている。

 けれどもし、あれが自分達の変えられない未来であるならば。どんなに足掻いても、決まったルートを歩かされているのだとしたら。

 今日が産まれて十回目の誕生日であり、同時に命日となるかもしれない。だって、こんなにたくさんのプレゼントも全部、あの日の記憶とそっくり同じなのだから。

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