第27話「婚約者は、やや変わり者」
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誕生日の決戦も近付いたある日、リリアンナは婚約者レオニルに申し入れ席を設けてもらった。命のやり取りももちろん重要なのだが、そちらを気にかけるあまりにケイティベルの婚約者問題をすっかり後回しにしてしまっていた。
やはり外国には嫁ぎたくないという妹の為、何が最善なのかを延々と考えたリリアンナ。もちろん、婚約者を交換することはやぶさかではないが、ケイティベルの気持ちを無視するやり方はよろしくない。それにエドモンドは、すぐに腹をすかせる食いしん坊という点を除けばなかなかに素敵な男性ではないかと、リリアンナは感じている。
レオニルにしても、ケイティベルへの愛はこちらが一歩引いてしまうほどに重く、もしも結婚となればそれはもう大切にしてくれるだろうとも思う。
結局決めるのはケイティベルだが、誕生日パーティーでエドモンドとの婚約を発表してしまえば、覆すことは非常に困難を極める。両親は聞く耳を持たない為、直談判するより他に手段ない。
というわけで、とにかく話し合いの場を設けようと考えたのだった。もちろん、ルシフォードとケイティベルも一緒に。
「ききき、今日も一段とあああ、愛らしいな……」
顔を合わせるなり、レオニルはがばっと鼻を抑える。彼の気持ちが分かるのはただ一人リリアンナで、彼女も出掛け前にまったく同じ行動をとっていた。
エトワナ家の三人がお揃いの色に身を包むのは、すでに見慣れた光景となりつつある。ケイティベルは薄水色のふわふわとした可愛らしいドレス、ルシフォードも同じ色を着調としたコートとブリーチズパンツ、そしてリリアンナもしっかりと薄水色のリボンで髪を結い上げていた。
「さすが殿下、私の弟妹がいかに愛らしくただそこにいるだけで素晴らしい存在であるか、すぐにご理解いただけて恐縮でございます」
「ああ、リリアンナに礼を言おう。君が連れて来てくれなければ、僕は生涯この貴重な時間を過ごすことが出来なかっただろう」
ずっと不仲とされてきた二人だが、愛でる対象が一致していると気が付いてからは、互いにこれでもかと心を許している。といっても、そこに愛が生まれることは永遠になさそうだが。同志という表現が一番しっくりとくるような、実に奇妙な関係へと変化した。
レオニルはケイティベルへの気持ちを、一応は隠そうと努力している。いくらリリアンナが認めたからとはいえ、婚約者の妹に邪な感情を抱くなどあってはならないことだと。
「お姉様は、レオニル殿下よりもエドモンド殿下の方が似合っていると思います」
王宮の謁見室にて設けられたこの席にはレオニルとエトワナ弟姉妹だけではなく、しっかりとエドモンドの姿もある。彼は自分がこの場にふさわしくないのではとはらはらしながらも、リリアンナに会えたことを内心では喜んでいた。
話をどう切り出そうかリリアンナは迷っていたが、それを真っ二つにぶった斬ったのはケイティベルだ。
「ねぇ、ルーシー。貴方もそう思うでしょう?」
「えっ、ぼ、僕?僕は……どうだろう」
ずけずけと遠慮なく思ったことを口にするケイティベルとは対照的に、ルシフォードはおどおどと戸惑っている。国は違えど王子が二人、不敬に当たるような発言をすれば怒られてしまう、と。
「ケイティベル。これは私の話ではなく、貴女自身のことなのよ?外国へ嫁ぎたくないのならば、エドモンド殿下にそれをお伝えしなければ」
「分かってるわ、お姉様。でも私、この前二人が話しているのを見て凄くお似合いだと思ったの!お姉様はレオニル殿下の前ではいつも怖い顔ばかりしているのに、エドモンド殿下にはそうじゃなかったから」
二人の醸し出す空気感は素敵だったと、ケイティベルは両手を組みながら瞳をきらきらと輝かせる。世界一美しく優しい大好きな姉には、うんと幸せになってほしい。今の彼女の頭の中には、自身の嫁ぎ先よりもリリアンナが最優先だった。
「だ、だめだよベル!そんなこと言ったらレオニル殿下が傷付くよ!」
「あ……っ、ごめんなさい」
「まったく問題はない」
空色の瞳がうるうると輝いている様を見るだけで、レオニルは今にも倒れてしまいそうだった。これまでケイティベルとこんなにも距離が近付いたことはなく、いつも怯えられていた彼にとって、ケイティベルと同じ空間で呼吸が出来るだけで天に召されそうなほどの幸福を感じている。
先日双子に乗馬指導をした際にも、うっかり彼女に触れてしまいそうになったレオニルは一人パニックに陥り、自身の愛馬に「僕を蹴ってくれ」と懇願した。
いつでも冷静沈着な完璧王子の顔は微塵もなく、周囲は騒つくどころか一様に引いていたのだが、エトワナ家の双子だけは「お姉様みたい」と笑っていた。
とまぁ、憧れだか恋心だかを大いに捻じ曲げ拗らせているレオニルにとっては、たとえどんな言葉で罵倒されようともそれはご褒美にしかならないのだ。
側から見れば気色が悪いと取られても仕方ないが、彼はいたって真剣。同時に婚約者リリアンナに対して申し訳なさを感じ、彼女が幸せになる為ならばどんな手助けでもしようと決めている。愛という感情はなくとも、リリアンナも大切な存在であることには変わりないのだから。
「今日は折り入って、両殿下にお伺いしたいことがございます」
「畏まらずとも良い」
「僕も同じです」
レオニルはケイティベルの存在を意識してそわそわとしているし、エドモンドは腹を抑えて必死にリリアンナの方を見ないように努める。彼はこれまで剣一筋、兄を支える為必死に生きてきた為、恋などにうつつを抜かす余裕がなかった。ケイティベルとの婚約も、親族から薦められた縁にすぎない。
まさか彼女の姉に懸想しているなどそんな不誠実な話があってたまるかと、エドモンドはここ最近毎日のように己を叱責していた。
「これから口にするのは、大変な不敬に当たると自覚してのことです。ですが決してお二人を軽んじているわけではないと、それだけはご理解ください」
「ああ、構わない」
完璧な令嬢として生きてきたリリアンナは、誰かに逆らった経験がない。顔には出さないが、彼女は内心緊張の面持ちでゆっくりと口を開いた。
「どうか、私達を守っていただけないでしょうか?」
それは、予想外の言葉だった。レオニルは能面、エドモンドは林檎がまるまる入りそうなほどあんぐりと口を開けている。
「何かあったのか?」
「はい、そうです。予知夢とでも表現しましょうか、あまり現実的ではありませんが」
「よ、予知夢……」
俄かに信じられないのは分かっているが、痣持ちの双子の存在を明かしてしまえば、彼らの身の安全は保証出来ない。ルシフォードとケイティベルの望みは、あくまで死を回避するのみ。そして、件の二人を助けること。
「もともとは私達が言い出したんです!」
「そうです!お姉様は僕とベルを信じて力を貸してくれたんです!」
姉だけが責任を負わぬよう、双子は立ち上がり必死に弁明を繰り返す。レオニルとエドモンドはほとんど交流のない間柄だが、この時ばかりは親友のように目配せをし合った。
それからリリアンナは、実にシンプルに事の顛末を説明する。要は、悪夢を見てそれが現実になるかもしれないから両王家の護衛を貸してくれとそういう話。
普通ならば一蹴されるところを、啓示を受けた双子という点で無下には出来ない。ことセントラ王国においては、満月の夜に産まれた男女の双生児はそれほど特別な存在なのだ。
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