第26話「悲しい犯人の目星」
なんとか二人が落ち着いたところで、リリアンナは自身の考えを口にする。
「貴方達を傷付ける犯人が本当にいるなら、その双子だと思うわ」
まるで断言にも似た、きっぱりとした表情だった。
「ルシフォードとケイティベルが個人的に恨まれるなんて、あるわけがないもの」
弟妹大好きリリアンナは、それはもう自信たっぷりだった。二人が悪意を持って誰かを攻撃するなどあり得ないことは、最初から分かっている。だから彼女は逆恨みの線を主に調べていたのだけれど、それに該当するような人物は現れなかった。
――同じ夜に産まれた、痣持ち双子の話を聞くまでは。
「だけど、僕らと同い年ってことだよね?あんな恐ろしいことをしようとするかな……」
ルシフォードはふにゃりと眉を下げ、不安げな眼差しでリリアンナを見つめる。
「残念ながら、年齢は理由にならないわ。エマーニーの話から察するに、きっと想像を絶する人生を歩んできたのだろうから」
洗脳とは、それほどに恐ろしいものだ。痣を持つ双子を排斥する人間は、どんな手を使っても元凶を根絶やしにしようとするはず。そして、憎悪ほど利用しやすいものはない。心理を利用し金を巻き上げ、まだ力のない子どもにすら非道な行いをしても平然としている。
そんな彼らから見れば、ルシフォードとケイティベルはどれだけ羨望の的だっただろう。羨ましいという気持ちが、次第に憎しみへと変化していくのはそう難しいことではない。
――エトワナ家に産まれたあの双子が、お前達の幸福をすべて奪ったのだ。
たとえばそんな風に唆されたら。悪意のある大人達に囲まれて、まともな知識やまっとうに生きる術を誰も与えてくれなかったなら。地獄のような人生の中で、希望はたったひとつだけ。
「同じ双子同士でありながら、片方は忌み嫌われ片方は国の宝と言われる。彼らにとって、貴方達を憎むことこそが生きる糧だったのかもしれないわ」
「そんなことが、生きる糧だなんて……」
ずっと俯いていたケイティベルが、震える声でぽつりと漏らす。誰からも愛され大切にされてきた二人には、絶対に越えられない見えない線がある。生まれというものは、本人達にはどうすることも出来ない。
まだたった十歳の子どもだから、人を殺そうとは思わないはず。そんな常識は、闇の中では通用しない。
「現状、彼らだという証拠はないわ。もっと詳しく調べる必要はあるけれど、きっとあまり成果は得られないでしょう」
所詮はリリアンナも、侯爵令嬢として守られながら生きてきたに過ぎない。十年も身を隠して生きている相手を、たった数日で見つけ出すことは困難を極めるだろう。
「最も現実的な方法は、犯行の現場を押さえることだわ」
「つまり、誕生日パーティーの日?」
「ええ、そうよ」
神妙な面持ちで頷くリリアンナに、ルシフォードの瞳は大きく揺れる。出来るならば、あの夜が訪れる前に事態の収拾を図りたかった。思い出しただけで、双子の小さな体はがたがたと震えてしまう。
「殿下に申し入れをして、当日の警備体制を強化するわ。けれどわざと誘いこめるよう、ほんの少し綻びを残すの。こちらのテリトリーに引き込んで、絶対に取り逃さない為に」
もしも本当にその双子が犯行を計画しているのならば容赦はしないと、リリアンナの意志は固い。その境遇に同情はするが、だからといって無関係の人間を手に掛けようなど、決してあってはならないことだ。
「……その二人が捕まったら、どうなっちゃうのかしら」
ケイティベルの表情は硬いままだが、口調は先ほどよりもはっきりとしていた。空色の瞳に濁りはなく、きらきらと光を反射している。
「当然、ただでは済まされないでしょうね。けれどそれは、痣持ちかどうかは関係ないわ」
「で、でも!普通の人より酷い目に遭うわよね?」
「そう、かもしれない。断言は出来ないけれど」
元を辿れば、王家が扇動した忌まわしい風習。それを隠す為ならば、おそらく子どもだからと情状はされないだろう。
「……そんなの、間違ってるわ」
ケイティベルは立ち上がり、悲痛の声を上げる。そんな彼女を見たルシフォードも、寄り添うように傍に立った。
「きっと、大して関わりもない人を殺しても構わないと思うくらい、ずっと辛い思いをしてきたのよ!自分にはどうしようも出来ない理由で、家族まで奪われなきゃならないなんてあんまりだわ!」
「ケイティベル……」
確かに、腹が立って仕方がないという思いはある。殺されたくないし、大切な二人だって失いたくない。それでもケイティベルは、湧き上がる思いを止めることが出来なかった。
「なんとかして、彼らを救えないかな……」
「残念だけれど、それは……」
「だって、私達と同い年なのよ?まだこれから、たくさん楽しい経験が待っているはずなのに」
そうではないから犯行に及ぶのだと、リリアンナの口からは言えない。ケイティベルに続きルシフォードの瞳にも、先ほどの怯えたような色が一切消えていた。
「僕も、ベルと同じ気持ちだよ。まだ犯人が決まったわけじゃないけど、お姉様の話が本当だったら悲し過ぎるもの」
二人が世界中の誰よりも優しい性格であるということは知っていたが、まさか自分を殺すかもしれない相手に対しても、そんな風に思えるなんて。たとえそれが世間知らずの甘い考えだと言われようと、リリアンナは弟妹の意志を尊重したいと強く思った。
「顔も知らない誰かの為に、二人の身を危険に晒すのは気が進まないわ」
「リリアンナお姉様……」
彼女は立ち上がり、控えめに微笑む。
「それでも貴方達がそう決めたなら、反対はしない」
「それじゃあ……!」
双子は顔を見合わせ、瞬きを繰り返す。大変なことを口にしている自覚はあったが、どうしてもそうしたいと思ってしまったのだ。姉リリアンナはいつどんな時も、決して二人を否定しない。
「ただし、少しでも危険だと判断すれば私は容赦しない。貴方達の命だけは、何があっても守ってみせるから」
「ありがとう、お姉様!」
「ああ、本当にお姉様の妹に産まれて幸せだわ!」
どんどん!と飛びついてくる二人を受け止めながら、リリアンナは力が抜けたように小さな溜息を吐く。まったくなんてお人好しなのだろうと呆れながらも、そんなところも愛おしくて堪らない。
「大丈夫。きっと上手くいくわ」
エドモンドの言葉は、想像以上に彼女の心を軽くしていた。気を張り詰めてばかりいては、肝心な時に動けなくなってしまうかもしれない。頭の固いリリアンナには、このくらいの弛みが必要だった。
いつでもどこでも腹を鳴らしているような変わり者だが、意外と二人の相性は悪くないようだ。もっとも、リリアンナはまだそれに気が付いていないが。
「どちらにせよ、遂に犯人の正体が暴かれるわ」
「ものすごく屈強な大男で、刃も通らないような体だったらどうしよう……」
「その時は三人で走って逃げましょう!」
青い顔をするルシフォードを見て、女子二人はくすくすと笑う。
「脚力を鍛えておかなくちゃ」
「ええっ、今さら?」
ふにふにのマシュマロボディは実に愛らしいが、おおよそ運動には適していない。
「私が二人を抱えて逃げてあげる」
「じゃあ、お姉様はもっと食べて!」
「エドモンド殿下のように」
「あれは食べ過ぎね!」
ふんと鼻を鳴らしてみせるケイティベルは、あの食べっぷりを思い出し思わずしかめ面になる。ころころと表情を変える弟妹を抱き締めながら、リリアンナはこの幸せが永遠に続きますようにと、高い空に輝く太陽に向かって人知れず祈りを捧げたのだった。
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