第24話「零れ落ちる本当の気持ち」

♢♢♢

 愛する双子の誕生日まで、残り半月もない。いまだ明確な対策は出来ておらず、リリアンナの焦燥感は日に日に募るばかりだった。

「おーい、お姉様ぁ!」

「見てみて、上手く乗れたわ!」

 からりと晴れた青空の下、現在王宮内にある草原にて、ルシフォードとケイティベルと共に乗馬を楽しんでいる。二人の指導者には、第二王子であるがレオニル直々に当たっている。彼もリリアンナと同様随分と丸くなり、僅かではあるが感情を面に出すようになった。

 双子の温かな優しさと無邪気な笑顔は、見ているだけで幸せな気分にさせてくれる。彼女はこの穏やかな時間が永遠に続けば良いのにと思いながら、少し離れたベンチに座り二人に向かって手を振った。

 助産婦エマーニーの話は、本当に衝撃的だった。自分自身がどれだけ恵まれた境遇なのかを、改めて実感させられた。両親から疎まれることより、周囲から嫌われることより、苦しんでいる家族を救えないという絶望は、味わった者にしか分からない。

 もしもその双子が今も生きているとするならば、どれだけの業と哀しみを背負っているのだろうと、リリアンナは心を痛める。同時に、この先の未来がもしも本当にルシフォードとケイティベルの言う通りになったら、大切な弟妹にも同じ思いをさせることになってしまう。


――たとえこの命を投げ打ってでも、必ず二人を救ってみせる。


「……そんなものは、ただの自己満足でしかなかったのね」

 リリアンナは自らの愚かさを嘆くとともに、どこか勇気付けられるような気分にもなっていた。

 そんな風に考えられるほど、弟妹との距離が縮まっているのだと。これまでならば、きっと「私などいなくなったところで」と、卑屈な感情しか浮かばなかっただろうから。

「どうかされましたか?」

「エドモンド殿下」

 背後からぽんと肩を叩かれたリリアンナは、内心びくりと肩を振るわせる。相変わらず双子以外の前で鉄仮面は健在であるが、エドモンドはすでに彼女の本性を知っていた。立ち上がろうとするリリアンナを柔らかく目で制すると、彼はその隣に腰を下ろした。

「なんとなく、後姿に哀愁が漂っているように見えて」

「……ふふっ、そうですか」

 彼女もまた、エドモンドが素直で優しい人物だと分かっている。互いにかなりの変わり者ではあるが、だからこそ通ずるものもあるのだろう。

 本心を隠しながら生きてきた二人は、本当の自分を知られることが怖かった。けれど今は、なんとなく心が軽い。ルシフォードとケイティベルは意識せずすんなりと受け入れているが、臆病な人間にとってそれがどれだけ嬉しいことか。

「リリアンナ嬢は本当に、弟妹想いの素敵な方ですね」

「……いいえ。私などいつまで経っても、自分本位の不甲斐ない姉です」

 いざとなったら身を挺して……、などという考えこそが、あの二人を傷付ける大きな要因のひとつとなる。だからこそ、もっと真剣に考えなければ。

「僕と兄なんかは、些細なことでよく喧嘩をします。後から思えば、腹を立てるほどではなかったんですけれど、その時はどうしても引けなくて」

「喧嘩、ですか。少し憧れます」

「そうですか?やはり、貴女は変わっていらっしゃいますね」

 思わずそう口にして、エドモンドは慌てて口を押さえる。リリアンナにはばっちり聞こえていたが、特に気分を害したりはしない。

「それはお互い様でしょう?」

「ははっ、おっしゃる通りだ」

 王子らしい爽やかな笑みを浮かべる彼に、リリアンナは妙な気分を覚える。まるで二人目の弟が出来たような、そんな可愛らしさをエドモンドに感じた。


「ルシフォードとケイティベルを見ていれば、どれだけ貴女のことを慕っているのかよく分かります」

「でしたら、嬉しいのですけれど」

「だって、自分達の為に本気で泣いたり笑ったりしてくれる存在が、愛おしくないはずありませんから」

 彼の言葉は、リリアンナの心に素直に沁み込んでいく。間違いなく、弟妹を愛している。二人の為なら何を失おうとも惜しくはないが、それは自身の命を粗末に扱うことと同義ではない。

「ですがたまには、貴女自身のことをお考えになってもいいのではないでしょうか」

「私自身のこと……、ですか?」

「なんとなくですが、リリアンナ嬢はそれを罪のように感じている気がして」

 見た目とは裏腹にほんわかとした優しい男性というイメージだったが、エドモンドは案外聡い人物なのだと彼女は思う。初めて受けた指摘に戸惑いながらも、彼の言う通りだと認めざるを得ない。


――なぜ一番に女なんて産んでしまったのかしら!お前のせいで私は、いつも旦那様から辛く当たられる!


 母ベルシアから受けた言葉は、まるで呪いのようにリリアンナを縛り付けていた。当時の母の立場を慮れば、それも仕方なかったのだと理解はしている。それでもやはり、彼女の幼心は酷く傷付いていたのだ。

「僕はこの国の人間ではありませんし、貴女方との付き合いもまだ浅い。事情を知らない人間だからこそ、吐露出来ることもあるのでは?」

 エドモンドは、リリアンナを前にするといつも新鮮な気分だった。初対面とはがらりと印象が変わり、話すたびに新しい発見がある。その綺麗なロイヤルブルーの瞳に何がどんな風に映っているのか、もっと知りたいと思ってしまう。

 自分の婚約者となるべき人は、彼女ではなくケイティベルだというのに。

「私は……」

 これまで、自身の幸せなどあまり考えてこなかった。そんな余裕もなく、勇気もなく、叶えられるはずがないとただ怖がって目を背けていただけ。期待しない方が傷も浅くて済むからと、諦めた振りをした。

「ルシフォードとケイティベルと一緒に、幸せに生きていきたい……。誰かを死なせてしまうことも、自分がしんでしまうことも、どちらも嫌です……っ」

「リリアンナ嬢……」

「本当は、とても怖いのです。こんな私に大切な二人が守れるのか、もしも失敗してしまったらどうしようと、最悪の未来ばかり頭に浮かんで」

 ルシフォードとケイティベルには絶対にこんな姿は見られたくないと、リリアンナは怯えている。ずっと酷い態度を取ってきた自分を受け入れてくれた、優しくて純粋な弟妹。もう二度と、悲しませるような真似はしたくない。

 会ったばかりの彼に、なぜ本心を打ち明けているのだろう。リリアンナはそう思いながらも、先ほどの言葉を嬉しいと感じていた。可愛げのない悪役令嬢に寄り添ってくれた男性は、エドモンドが始めてだったから。

 それも、今までの彼女では素直に受け取ることは出来なかっただろう。ルシフォードとケイティベルがいなければ、リリアンナは永遠に殻に閉じ籠ったまま。

「本当に……、心から愛しているのです」

 美しいロイヤルブルーの瞳には、うっすらと涙さえ浮かんでいるように見える。常に冷静で気丈に振る舞う彼女の意外な表情を目にしたエドモンドは、ほんの一瞬も視線を逸らせなかった。

 こんなにも家族を大切に想うリリアンナの、一体どこが悪女というのだろう。誰にも弱味を見せず、ずっと一人で戦ってきた彼女は芯の強い女性だ。そう思うと同時に、こうしてほんの少しでも本音を吐露してくれたことが、想像していたよりも遥かに嬉しい。

 リリアンナ・エトワナという令嬢を知れば知るほどに膨れ上がっていく自身の感情を、エドモンド自身もコントロールすることが出来なくなりそうで、どこか怖かった。

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