第23話「運命の双子」
死闘の末エマーニーが無事取り上げた男女の双生児は、痣もなく五体満足の綺麗な体をしていた。これまで彼女が経験してきた中で、一番の難産だった。不潔な部屋、助手も医師もおらず、妊婦本人は産むことを嫌がり抵抗を繰り返す。
「見て、元気な双子の赤ちゃんよ……!」
それでも彼女は確かに、十月十日の間腹の中で二人を懸命に守ってきたのだ。口ではどれだけ否定しても、本当は誰よりも出産を望んでいたに違いない。
「私の、子ども達……」
なんとか一命は取り留めたが、母体はいまだ危険な状態。ここから先は自分の出る幕ではないと、医師を呼ぶ為すぐさま汚れた白衣を脱いだ。
「可愛い……、それにあったかい……」
娘もまた、母親と弟妹の為にエマーニーの指示に従い、懸命に働いた。それに何より、彼女があの場に来なければ、三人もろとも命を落としていたことだろう。
「ごめんなさい……、どうか私を許して……っ」
母親は息も絶え絶えに、小さな嗚咽を漏らしながら咽び泣く。それによりそう娘も、清潔とは言えない布に包まれた弟妹を何より大切そうに見つめながら静かに涙を流していた。
その光景にエマーニーも胸が締め付けられたが、とにかく早く医師を呼ぼうと部屋を飛び出す。赤ん坊の泣き声は随分と弱々しく、けれども確かに必死に生きようともがいていた。
「――そうして私は信頼出来る医師に頭を下げ、あの母親は無事に生き延びることが出来ました」
「そうなの……。良かったわ、本当に」
まるで自分自身もその場に立ち会っているかのような感覚で、リリアンナは緊張の面持ちでエマーニーの話に耳を傾けていた。
まさかこの国に、そんな恐ろしい風習があったとは。男子が尊重される風潮は強いが、それはどこも似たようなものだろうと、あまり深く考えたことがない。
大昔の国王がしでかした悪事とはいえ、彼女の話に登場する母親の様子からいまだにそれを信仰している人間もいる。そう思うと、リリアンナの背筋にぞくりと悪寒が走った。たかが痣ごときで、産まれたばかりの大切な命を粗末にしていいわけがないと。
「とにかく、皆さんが無事で本当に良かったです」
「……いいえ」
エマーニーの話は、これで終わらない。彼女は助産師として懸命に尽力し、三人の命目救われた。けれどそれは、あのお産では亡くならなかったというだけのことだった。
「その真実を聞いたのは、随分と時間が経ってからでした。力を貸してくださった医師が天寿をまっとうされる直前に、私に会いたいと連絡を」
静かに話すエマーニーの声色は暗く、時折何かを耐えるように膝の上に置かれた両手に力が込められる。リリアンナが自分を信用してくれたからこそ、この話を打ち明けようと決心した。それに何より、
――お願いします、どうか……!どうか私の母を、生まれてくる弟妹を助けてください!
弟妹を助けようとする彼女が、エマーニーの目にはどうしてもあの時の娘と重なって映ったのだ。
「……とても悲しいことですが、母親と長女はその後亡くなってしまったのです」
「そんな、なぜ……っ」
感情移入していたリリアンナは、思わず身を乗り出す。エマーニーも、当時の記憶が鮮明に甦り小刻みに手が震えていた。
「夫である男爵が産まれた双子を手に掛けようとした為口論となり、互いに刺し合ってしまったと」
「ですが、産まれた双子に痣はなかったのでは?」
「……それがどうやら、時間の経過とともにはっきりと現れたと聞きました」
なぜ、どうして、そんなにも酷いことが出来るのだろう。過去の過ちを認められない愚かな権力者のせいで、いったいどれだけ罪のない人間の血が流れたのか。
必死に家族を助けようとした娘と、命懸けで双子を産んだ母親。二人の気持ちを考えると、行き場のない虚しさが心を蝕んでいく。
「姉の手によって双子は逃がされ、彼女本人は自死を選びました。きっと、自分の口から弟妹の居場所が漏れることを恐れたのでしょう」
どんなに無念だったか、リリアンナはその姉の気持ちを想像することしか出来ない。ただ体に痣があるというそれだけで、大切な母親を奪われてしまったやるせなさ。それでも最後まで、自分を犠牲にして家族を守る決断を下した。
「……どうかお二人が、天国で安らかに過ごしていらっしゃいますように」
「そうですね、私も心からそう願います」
リリアンナとエマーニーはしばらく目を瞑り、黙祷を捧げた。下を向けば涙がこぼれ落ちそうだが、感情に浸っている時間はない。
「貴女様のおっしゃる件について、この話がどのように関係しているのか、それともまったくの杞憂なのか、私には分かりません。ただ、どうしても貴女に打ち明けたいとそう思ったのです」
「本当にありがとうございました」
リリアンナは深々と頭を下げ、ロイヤルブルーの瞳をまっすぐエマーニーに向ける。やはりあの時の娘によく似ていると、無意識の内に手を伸ばしていた。
「辛い話をしてしまって、申し訳ありません」
「いいえ、貴女のおかげでより強い覚悟を持てました」
「私でお役に立てるのなら、いつでもお力に」
しっかりと握られた両手から、エマーニーの温かさが流れ込んでくる。これまで数多の命を救ってきた彼女は、その小さな背中にどれだけの重みを背負っているのだろう。
「私は、貴女を心から尊敬します、エマーニー」
無感情だと囁かれるリリアンナの表情は、慈愛に満ち溢れている。最後には堪えきれなくなった涙がひと筋、エマーニーの目尻からぽろりとこぼれ落ちた。
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