第19話「会話の中に潜む、僅かな糸口」

「寡黙とは……?」

 もじもじと指を動かす様子は、前評判とはかけ離れている。それに理解を示したのは双子で、ぱあっと顔を輝かせながらリリアンナとエドモンドの交互に視線を送る。

「二人とも、すごくよく似てるね」

「本当、ルーシーの言う通りだわ!」

 悪役令嬢リリアンナは、蓋を開けてみれば強烈な弟妹愛の持ち主で、寡黙な剣聖エドモンドは恥ずかしがり屋の食いしん坊。双子は肯定的な意味合いでそう言ったのだが、当の本人達は「え……っ」と呟きながら相手を見つめる。

 どうやら互いに「この人よりはマシなんじゃ?」などと考えているようだ。納得いかないような気もするが、リリアンナとしてはルシフォードとケイティベルが笑っているならなんだって構わない。

「なにはともあれ、こうして殿下にお会いできたことは幸運でした」

「そ、そうでしょうか。僕としてはマイナス面をさらけ出してしまったと後悔していますが……」

「とんでもありません。噂に違わぬ誠実なお人柄だと、私達はそう感じます」

 普段滅多に笑うことのないリリアンナだが、弟妹の未来を守る為、そしてどこか憎めないエドモンドを好意的に感じ、ふわりと微笑む。

 するとエドモンドの動きがぴたりと止まり、息をしているのかと心配になるほど微動だにしなくなる。身を案じた三人が何か言葉をかけるより先に、ぐうぅぅ、ぎゅるる……と、彼の腹の虫が盛大に返事をした。

「も、申し訳ない。緊張すると腹にくる性分で……」

 まるで恋にでも落ちたかのようにぽっと可愛らしく頬を染める剣聖エドモンドの姿に、双子はもちろんリリアンナまでもが思わず声を上げて笑ったのだった。



 ♢♢♢

 リリアンナの婚約者であるレオニル、ケイティベルの婚約者となるはずだったエドモンド。この両者はどちらも容疑者から外れた。というより、想像以上の変わり者でそちらの方に驚いてしまったが、ルシフォードとケイティベルに悪意を持っているようには感じない。

 リリアンナはその後も何度も二人から話を聞いてみたが、これといって有力な情報は得られなかった。

「……というより。なぜエドモンド殿下がこちらに?」

 彼はあれから正式に許可を取り、セントラ王国に滞在している。リリアンナが婚約者に会いに王宮を訪れた際には、必ず彼も同席していた。

「リリアンナは今日も美しいな」

 レオニルは淡々とそう口にしながらも、視線は思いきりケイティベルに向いている。色気のある美男の瞳孔が開いた表情は非常に恐ろしく、彼女は思わず姉に抱きつく。

「はあぁぁ……」

 するとリリアンナからは恍惚とした溜息が漏れ、そんな彼女をちらちらと横目に映しながら、エドモンドはただひたすらにサンドイッチを口に運んでいた。

「も、申し訳ない。緊張すると腹が……」

 三者三様の変人が揃うと、もうどうにもこうにも手の施しようがない。愛されぽっちゃり双子のルシフォードとケイティベルは、やれやれといった様子で同時に肩をすくめた。


 調べていくうちにどうでもいいことばかりが明るみになり、肝心の犯人については目星が立たないまま。現状が濃過ぎて、時間が経つにつれ二人の中に「あれはただの夢だったのでは?」という感情が湧いてくるが、今思い出しても背筋が凍るような緊張感が体に走る。

「兄にもしょっちゅう呆れられているんです。近しい間柄の人達以外には知られないよう、普段は気を張っているのですが……」

 事情を知らないエドモンドの何気ない台詞を聞いたルシフォードが、はっとしたように目を見開く。

 

――無理よ兄さん、私もう我慢出来ない!今すぐこの手で、あの白豚双子を殺してやる!


――悪いな、子豚ちゃんたち。恨むならこの国を恨んでくれ。


「そういえばあの時、って言ってた……」

 ケイティベルはパニックに陥っていた為、あの時の記憶は曖昧だ。彼女だけでも必死に逃がそうとしていたルシフォードは、ずっと絡まっていた一本の糸がぴんと解けるような感覚を感じ、思わず立ち上がった。

「ルーシー?どうかした?」

「ベル、僕思い出したんだ!」

 言葉もままならない彼の気持ちを瞬時に察したケイティベルは、すぐに視線で姉に助けを求める。そんな二人を見て、リリアンナは即座に立ち上がった。

「両殿下、大変申し訳ございません。ルシフォードとケイティベルが揃って体調を崩したようですので、本日はこれにて失礼させていただきます」

「えっ、急にですか?」

「昔からよくあることなのです」

 得意の無表情と有無を言わせぬ口調で、彼女は弟妹の手を引く。二人の王子を前にしてこれほど強気な態度が取れる令嬢は、きっとリリアンナを置いて他にいないだろう。

 姉に連れられ返事すら待たず来賓室を後にした双子は、緊張の面持ちで溜息を吐いている。ルシフォードの雰囲気に当てられて、ケイティベルまでが泣きそうに眉を下げた。

「大丈夫よ、ルシフォード。ゆっくりで構わないから、落ち着いて話して」

 人気のない廊下の端にやって来たリリアンナは、二人の正面にしゃがみ込み視線を合わせると、落ち着かせるように静かに頷く。

「さっきエドモンド殿下が『兄さん』って呼んでるのを聞いて、僕思い出したんだ。そういえばあの時の女の子も、側にいた男の人を兄さんって呼んでたって」

 二人はシーツを被っていた為、犯人の顔をはっきりと見ていない。覚えがあるのは声と性別くらいで、それも時間と共に記憶から薄れつつある。

 甲高い金切り声には、明らかに悪意と憎しみが込められていたように思う。少なくとも、誰かに依頼されたからという雰囲気ではなかったのだ。

「これまで調べてきた限り、知り合いに思い当たる人物はいない。であればその兄妹は、私達とは面識のない可能性が高いわ」

「ずっと思い出せなくてごめんなさい」

「ルシフォードが謝る必要なんて何ひとつないのよ」

 悲しげに俯く弟を優しく抱き締め、ゆっくりと背中を撫でてやる。小刻みに震えていた体が、少しずつ落ち着きを取り戻していく。

「あのパーティーの参列者全員当たってみたけれど、それらしい者は見当たらなかった。けれどもう一度念の為、兄妹かそれに近しい間柄の男女に絞って調査してみるわ」

「ありがとう、お姉様」

「大切な二人の命は、私が絶対に守ってみせるから」

 ルシフォードとケイティベルの話では、双子を庇ってリリアンナ自身も殺されてしまう。けれど彼女の頭には、自身の身の安全など頭の隅にも浮かんでいなかった。

 これまで碌に姉らしいこともしてやれなかった、それを心から後悔している。やり直しのチャンスと言えば聞こえは悪いが、リリアンナにとっては神に感謝したいほどの幸運に他ならない。身命を賭してでも、二人の命を奪わせはしないと。

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