第18話「変わった人達の集い」

 まるで息を吸い込むように料理を口に運んでいくエドモンドを、三人はぽかんとした表情で見つめている。両親が外出中で良かったと思いながら、メイドに追加で料理を頼んだ。

「まさかあんなところで、エドモンド殿下に会えるなんて思わなかったわ」

「さっきはよく見えなかったけど、僕達の覚えてる顔と一緒だね」

 ルシフォードとケイティベルはあの夜の出来事を思い出しながら、こくりと頷き合う。二人が言うなら間違いないだろうと、姉馬鹿リリアンナも同じように頷いた。

 それになにより、本人が認めたのだ。まったくの偶然であるが、これは彼の人となりを知る大きなチャンスだと、彼女は気を引き締める。

 二人を酷い目に合わせた犯人、もしくは共犯者ではないかどうか。慎重に判断しなければならない。

「ああ、おいしい。生き返る、幸せだ、いつまでも食べていたい」

「……」

 まるでリスのように頬をぱんぱんに膨らませながら、至極幸せそうに食事をしている様子を見るに、とても人を殺すような人物には思えないが。

 テーブルいっぱいに並べられていた料理をあっという間に平らげたエドモンドは、満足そうに腹の辺りをさする。まるでルシフォードとケイティベルを見ているようだと、リリアンナは思わず口元を緩めた。

「本当にありがとうございました。貴女には命を救われました」

「そ、そんな。大げさ過ぎます」

 きらきらとした瞳で見つめられ、リリアンナはどぎまぎと口籠る。悪女として遠巻きに囁かれることはあっても、誰かに感謝されるなんて滅多にない。

 大好きな弟妹のおかげで少しずつ表情豊かにはなってきたが、まだまだ表情筋は死んでいるようなものだった。

 念の為食堂からコンサバトリーへ移動した四人は、使用人達にも聞かれないよう出来るだけ声をひそめる。街中で転びそうになったケイティベルを助けてくれた恩人としか、説明はしていない。

 まだエドモンドの顔を知る者は少ないだろうし、それにあんな豪快に料理を平らげている人物が王族とは、正直誰も思わないだろう。

 リリアンナとぶつかった時も正体を知られたくない様子だったので、とりあえず四人だけの秘密とすることにした。彼は街で出会った時のように、帽子を目深に被る。

「殿下のような高貴なお方を丁重にもてなせず、申し訳ございません」

「いえ、とんでもない!先ほども申し上げましたが、貴女は僕の命の恩人ですから」

「それはやめていただけますでしょうか」

 ぴしゃりと口にすると、エドモンドはたちまちしゅんと肩を落とす。そんなつもりはなかったのにと焦るリリアンナを見て、双子が助け舟を出そうと立ち上がった。

「殿下。姉は誤解されやすいですが、本当はとても優しくて素敵な人なんです!」

「悪女なんて噂は嘘っぱちで、人を傷付けるなんて絶対にしません!」

 リリアンナが双子信者であるように、今や二人も立派な姉信者と化している。急に泣き出した叫んだりするところも、もはや可愛らしいと。

 ふっくらもちもちの拳を突き上げながら、なんとも可愛らしい声が重なり合った。

「「僕(私)は、リリアンナお姉様のことが大好き!」」

 その瞬間、言われた当の本人はくらりと目眩を起こして後ろに倒れる。いち早く気付いたエドモンドが慌てて彼女を支えるが、ロイヤルブルーの瞳からはまるで滝のような涙が溢れ出していた。


「そんな……、そんな風に思ってくれているなんて……」

「だ、大丈夫ですか!?どこかぶつけたのでは」

「いえ、ただの嬉し涙ですからどうかお構いなく」

 すっと立ち上がったリリアンナは、ハンカチで鼻を抑えながら謝罪する。先ほどまできりりとしていた彼女が突然情緒不安定になったことに、エドモンドは驚きを隠せない。

「お姉様ったら、私達のことが好き過ぎるのよ」

「い、いつもこんな感じなのかい?」

「そうだね、大体は」

 すっかり慣れた様子の二人に感心しながら、思わずリリアンナをまじまじと見つめてしまう。

「こんなに綺麗で落ち着きのある女性なのに、本当に意外だなぁ」

「お言葉ですが、それは殿下も同じかと」

 気恥ずかしさもあり、ついちくりと嫌味を口にするリリアンナ。ルシフォードとケイティベルも先ほどのエドモンドの食いっぷりを思い出し、ついくすくすと笑ってしまった。


「いや、面目ない。普段は気を付けているのですが、慣れない土地でつい」

 腹を立てるでもなく、エドモンドは照れたように頭をかく。

「とにかく、本当に助かりました。あの場で正体が明るみになるのはさすがに避けたい事態ですので」

「お姉様、よく殿下だって気付いたね」

 それは全くの誤解で、リリアンナはただ声を掛けようとしただけ。彼女は「貴方が自爆しただけ」と言うべきか迷ったが、結局胸に納めておくことにした。

 さて、一国の王子がなぜたった一人で空腹だったのか。尋ねてもいいものかどうか考えていたリリアンナだが、先にエドモンドが事情を説明し始める。

「端的に言うと、僕の婚約者となる女性に一目会いたかったのです」

「ケ、ケイティベルに?」

「あとは、セントラ名物を食べたくて」

 三人全員が間髪入れずに「そっちがメインでは?」と内心突っ込みを入れた。

「あの、エドモンド殿下」

 先ほどは失態を犯したが、今度は同じ轍は踏まない。リリアンナはぐっと眉を吊り上げ、厳しい表情で彼に向き直る。

「不躾ですが、率直にお尋ねいたします。貴方様はこの婚約に、不満を持っていらっしゃるのでしょうか」

「不満、ですか?」

「たとえば、すでに心を通わせた相手が……などと」

 大切な弟妹のことを思うと、つい語尾がきつくなる。エドモンドは帽子の隙間から覗くブラックダイヤの瞳をまん丸にしながら、勢いよく首を左右に振った。

「まさか、そんな相手はいません!」

「本当ですか?たとえば嫉妬深くて、思わず相手を殺してしまうような甲高い声をした激しい女性など」

「ず、随分と具体的ですね」

 二人から聞いた暗殺者の特徴を並べるリリアンナと、何がなんだかという表情のエドモンド。嘘を吐いているようには見えないが、これが演技であれば大したものだと彼女は思う。

 聞いた話ではエドモンドは自国でも評判の人格者らしく、わざわざ刺客を放ってルシフォードとケイティベルを殺す理由もない。であれば彼の恋人が計略したのではと考えたリリアンナだが、この様子だとどうやら勘は外れたようだ。

「情けない話ですが、僕はあまり女性に慣れていないのです。兄に憧れ、少しでも役に立ちたいと剣の道を極めてきました。その成果あってか、剣聖と謳われた曽祖父の生まれ変わりと言われるまでにのし上がることが出来ました」

「それは、相当なご苦労をなされたことでしょう。研鑽に努めるその胆力に、心より尊敬の意を表します」

 まっすぐ伸びた背筋と逞しい体躯、膝の上に置かれた手は革手袋のように分厚く、古い傷から真新しいものまで代償さまざまに刻まれている。

 自信に満ちた眼差しも、長年培った努力の賜物と言える。そんな人物が姑息な手を使うとは考えられず、エドモンドは容疑者から外しても問題ないだろうと、リリアンナは内心安堵の溜息を吐いた。

 愛する弟妹の為ならばなんだって出来るが、常に人を疑わなければならないというのはやはり心苦しい。


「これまでに何度か婚約のお話はいただいていたのですが、どうしてもそちらに気が回りませんでした。この度ケイティベル嬢との婚約話が持ち上がり、失礼のないようにと……」

「それで、お忍びで様子を伺いに?」

「本当にお恥ずかしい限りです」

 なるほど、理解出来るような出来ないような。そんな理由でわざわざ海を渡ってやってくる時点で、かなりの変わり者であることには違いない。とはいえそれは彼なりの気遣いらしいので、優しいといえば優しい。

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