第17話「大変評判の良い美麗の王子様」

トレンヴェルド王国といえば、近隣国でも一、二を争うほどの繁栄国として名高い。どちらかというと閉鎖思考を持った国が多いのだが、トレンヴェルドは積極的に移民を歓迎する珍しい風土の国だ。その柔軟さで富を増やし、混乱を招かないよう統治を徹底する国王の手腕も見事だと称賛されている。

 二人の息子は父親の意志を受け継ぎ、それぞれが別分野で才能を開花させた。第二王子エドモンドは寡黙だが優しい性格で、剣の才能に恵まれた豪傑な美丈夫。特に銀の髪とブラックダイヤの瞳は珍しく、あらゆる国の令嬢から熱烈なアプローチを受けているのだとか。

 そんな彼はちょうどリリアンナと同じ十八歳で、ケイティベルとは九つ歳の差があるが、高位貴族間では特段珍しいことではない。エドモンドとの婚約はエトワナ侯爵家のみならず、このセントヴェルト王国の発展にも繋がる重要な縁と言える。

 ケイティベルが彼の相手に選ばれたことは、両親にとって最大の喜びだっただろう。エトワナ家の格を上げたいという野心もあるだろうが、可愛い我が子に地位と名誉を与えたいという純粋な親心も確か。たとえケイティベルが食事を摂れないほどに嫌がっても、将来きっと幸せになれると信じて疑わない。

 妹に心から寄り添ったのは、リリアンナとルシフォードだけ。姉のやり方が正しいとは断言出来ないが、精一杯寄り添おうとしてくれたその気持ちが、ケイティベルは嬉しくて堪らなかったのだ。

「お姉様、早く早く!」

「最近新しく出来たカフェのクリームケーキが絶品だって、お友達の間でウワサになってるの!」

 レオニルとの話し合いを終えた数日後、気分を変えようとリリアンナは双子を街へ誘った。実はこっそり誕生日に欲しいものを聞き出そうという思惑もあり、彼女は使命感に燃えている。大切な十歳の誕生日には、誰よりも素敵なプレゼントを贈りたいと。それから、絶対に死なせないという願掛けの意味も込めて。

 ちなみに、レオニルは非常に落ち込んだまま放置されている。リリアンナが慰めれば慰めるほど彼の罪悪感は膨らんでいくようなので、そっとしてやるのが一番だと判断した結果だ。レオニルはリリアンナに対し「君がそんなに感情的な性格だと思わなかった」と告げたが、彼女は至極冷静に「それはお互い様」だと返した。

「二人と出掛けられるなんて……」

「また泣いてる!」

「ほらハンカチ!」

 感極まってえぐえぐと嗚咽を漏らす姉の手を引きながら、ぽっちゃり双子はるんるんと街を散策する。浮かれているのは三人同じで、その様子を少し後ろから侍従が温かい眼差しで見つめていた。

 ウィンドウショッピング、カフェでお茶、木陰のベンチでのんびり。どれもこれも、双子にとっては日常だがリリアンナは初体験。

 小さな子どものようにロイヤルブルーの瞳をきらきらと輝かせては、恥ずかしそうに頬を染める可愛い姉に、ルシフォードとケイティベルは顔を見合わせて笑う。知れば知るほど、彼女のことがどんどん好きになっていった。

「次はあの雑貨屋さんに行きましょう!」

「その後は模型店に行きたいな」

「地球の果てでも喜んで付き合うわ」

 楽しい時間はあっという間に過ぎていき、夕暮れに差し掛かるとリリアンナの心は途端に物寂しさを感じる。姉としてあるまじきことだと思いながらも、この幸せが永遠に続けばいいのにと願わずにはいられない。

 情けない顔を二人に見られないようふいっと顔を逸らした先に、偶然小さな宝飾店が彼女の視界に映った。


――ネックレスやカフスボタンを二人に贈ったらどうかしら。


 エトワナ領は宝石鉱山を有している為、リリアンナも宝石についてはそれなりに詳しい。素敵な意味の込もった石を選んで、それを身につけられる宝飾品に加工してプレゼントしたら喜んでもらえるのではないかと、そんな考えに胸が躍った。

 二人が他の店を見ている間に少しだけ覗いてみようと、ふらふらと宝飾店へ向かう。頭の中は弟妹のことでいっぱいで注意散漫になっていた彼女は、その道すがらどんと誰かにぶつかる。

「申し訳ございません」

「いや、こちらこそ失礼いたしました」

 即座に謝罪したリリアンナの眼前には、帽子を目深に被った男性。口元しか見えない為よく分からなかったが、背格好から女性ではないことは明らかだった。

「お詫びをしたいところですが、急いでいるのでこれで」

 早急な口調でその場から立ち去った彼の背を見ながら、詫びをするのはこちらの方だったのにとリリアンナは思う。ふと足元に何かが落ちていることに気付き、それを拾い上げる。このセントラ王国では見慣れない紋章が刺繍された真っ白なハンカチを、彼女はまじまじと見つめた。

「これは確か、トレンヴェルド王家の紋章……」

 散々調べたのだから間違えるはずはない。先ほどぶつかった人物はもしかするとエドモンドと関わりがあるかもしれないと、慌てて後を追いかけた。

「すみません、落とし物をされています!」

 意外と体力のあるリリアンナは、あまり息を切らすこともなく彼を発見する。ぽんと背中を叩くと、大仰にびくりと反応された。

「ああ、ハンカチ。わざわざありがとうございます、では」

「不躾で申し訳ありませんが、もしかして貴方はエドモンド……」

「えっ!!なぜ僕だと分かったんですか!?」

 リリアンナは「エドモンド殿下とお知り合いですか」と尋ねようとしたのだが、どうやら知り合いどころの話ではなかったらしい。彼はまんまと嵌められた!というような表情で驚いている。そしてリリアンナは、そんなエドモンドを見てぱちぱちと瞬きを繰り返していた。

「お姉様こんなところにいた!」

「あれっ?その方はお友達?」

「ちょっとルーシー!お姉様にお友達はいないんだから、そんなこと言っちゃだめよ!」

「そうだった、ごめんなさいお姉様!」

 彼女に向かって、背後から双子が飛びついてくる。非常に失礼なことを言われているが、リリアンナにとってそれは重要ではない。可愛い可愛い弟妹に抱きつかれて、思わずうっとりと頬を染めた。

 と、今は呆けている場合ではない。目の前で正体がばれてあたふたしている男性――もといエドモンドに向かって、彼女は恭しく膝を折った。

「不躾な振る舞いをどうかお許しください、殿下」

「殿下!?」

「あっ、間違えました!」

 慌てて口を塞ぐリリアンナに、双子はぱちくりと顔を見合わせる。そしてエドモンドは、今度は急に腹を押さえてうずくまった。

「ど、どうかされましたか!?もしかして、誰かに奇襲を……っ!」

「い、いや。ほんの少し腹が……」

「まさか刺されて……!」

「腹が空いただけ、ですから」

 頓狂な台詞に一瞬空気が凍りついたが、ルシフォードとケイティベルが耐えられず盛大に噴き出してしまう。ふっくらした手が白パンに見えて、エドモンドは思わずそれを掴んだ。

「お姉様、どうしよう?」

「そ、そうね。とりあえず、エトワナ家のお屋敷へ」

 リリアンナはそう言うと、二人と一緒にエドモンドの腕を引っ張るようにして馬車へと向かう。空腹が極限に達していた彼の脳は正常な判断を失っており、小さな声で「白パンの妖精だ……」と呟きながらされるがままに引き摺られていくのだった。

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