第6話「愛されていると知った日に」
「止めなさい‼︎」
憎しみに満ちた金切り声とは違う、凛と澄んだ鈴のような音。双子の姉リリアンナはケイティベルの落としたシーツを拾うと、相手に向けて思い切り広げながら投げつけた。それが目眩しとなり、ルシフォードとケイティベルは一命を取り留める。
「リリアンナ、お姉様……?」
「私が来たからには、もう心配はいらないわ」
いつになく優しげな物言いでそんな台詞を口にすると、彼女はがたがたと震える弟妹達の体にシーツを巻き付けながら抱き締める。
真っ白だったそれは見る見るうちに赤く染まり、リリアンナの華奢な体から力が抜けていく。それでも愛する二人だけは絶対に守り抜くと、背中に刺さった短刀もそのままに彼女はただそれだけを考えていた。
「まぁ、評判最悪の悪役令嬢が白豚を庇ってるわ!」
リリアンナを刺した張本人の高らかな笑い声が、下品に響き渡る。それとは対照的にぼそぼそとした滑舌の悪い男が「気付かれるからあまり騒ぐな」と女を諌めていた。
「私の弟妹には、指一本……、触れさせない」
「死にかけのくせに、何が出来るの!」
ほんの一瞬の間に天変地異が起こったような感覚で、二人は満足に息も出来ない。脳がパニックを起こし、口内はからからで唇は開かない。それでも、姉が自分達を身を挺して庇ってくれたのだということだけは理解していた。
「もうすぐ人が来るわ、それまでの辛抱だから」
シーツ越しに響くリリアンナの声は、酷く弱々しい。
「お、ねぇさま、お姉様ぁ……っ‼︎」
「体を離して‼︎僕たちを庇ってたらお姉様が……っ‼︎」
空色の瞳からはぽろぽろと涙が溢れ落ち、今目の前が何色なのかも分からない。
「これくらい平気よ、なんともない」
少しでも安心させたくて、彼女はふんと気丈に鼻を鳴らしてみせた。
「離れろこの……っ、渋といったら‼︎」
「後はあいつらに任せろ。俺達の顔が割れるとまずい」
「今から全員殺すんだから、そんな心配いらないわ」
酷く幼い顔立ちをした女は、双子に抱き着いているリリアンナを引き剥がそうと、彼女に刺さっているナイフをぐりぐりと奥に押し込む。それでも嗚咽ひとつ漏らさないことに苛立ち、ちっと舌を打ち鳴らした。
「複数の足音だ、行くぞ」
「まだ白豚を殺してない!」
女は不満そうに奇声を上げたが、側付きの男が無理矢理に体を持ち上げる。聞くに耐えない罵声はだんだんと遠ざかり、それに比例するようにリリアンナの体からすべての力が抜けた。
役目を終えたかのようにずるずると地に伏し、ほとんど息を吸うことも出来ない。
「リリアンナお姉様‼︎」
「うそ、こんなことって……‼︎」
いつの間にか赤く染まりきったシーツを投げ捨て、二人は姉の体に縋りつく。涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、必死に叫び声を上げた。
「こ、こは……、危険だから……。早く、逃げなさい……」
「お姉様を置いていけないよ‼︎」
「そうよ、死んじゃうわ‼︎」
自身の死期が喉元まで迫っていることを感じているリリアンナは、最期の力を振り絞って喉を震わせる。
「大丈夫よ、貴方達は幸せに生きていける」
本当は、それをいつまでも側で見守りたかった。自分はいい姉ではなかったと、後悔の念だけが胸いっぱいに広がる。
――永遠に愛しているわ。ベル、ルーシー。
ちゃんと口に出せたのか、彼女がそれを知ることはもう二度とない。
「誰か、誰かぁ‼︎」
「死んじゃだめだよ‼︎」
十歳になったばかりの子どもが、凄惨な殺人現場を目の当たりにして冷静な判断など出来るはずもない。背後に迫った足音を聞いて、なんの疑いもなく助けだと期待した。
「悪いな、子豚ちゃんたち。恨むならこの国を恨んでくれ」
リリアンナの血液が染み付いたシーツで、再び視界を塞がれる。下卑た台詞と共に、双子は無理矢理引き離された。
「ベル‼︎だめだ、ベルを離せぇ……‼︎‼︎」
「いやぁ‼︎ルーシー……ッ‼︎‼︎」
白くて柔らかな二人の指先は、絡まることなく空を切る。リリアンナの命を賭けた願いも虚しく、双子の幸せな人生は十歳の誕生日を迎えたその日に幕を閉じたのだった。
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