兄妹と愛と余命と。

海ゅ

本編

「彼女の余命は残り三日です」



 医者から非情にも告げれれたその現実ことばに僕は頭が真っ白になる。人間、予想外の事を言われると頭が回らなくなるという。だからこそ、その例に漏れず僕は正常な思考ができなかった。

 

 あと三日だって? 昨日まではあんなに可愛い笑顔を振りまいていたじゃないか! そうだ、これは何かの嘘だ! ははは……。


 乾いた笑みしか出てこない。本当に何が何だかわからない。



「そして、綾人あやとさん。貴方の余命は五日です」



 もう、僕には医者の声が死神の囁きに聞こえる。僕ら兄妹が何をしたって言うんだ。悪いことは何もしてない。学校でも、成績優秀、品行方正。

 僕ら兄妹は両親とは離れて暮らしている。両親が海外への仕事で居ないため二人で過ごしているが、とても裕福な暮らしとは言えない。だけど、何ものにも変え難い幸せな毎日を過ごしていた。



「……あいの病名はなんですか!」

「彼女の病名は、『突発性肺がん』。約三日で肺にあるがん細胞が全身へまわるという恐ろしい病気です。世界中を見ても前例が極めて少ない病気です」

「……」



 その言葉に僕は今日何度目か分からない絶望と喪失感を味わう。そんな確率の低い病気になるなんて……。この世界は僕らに大してあまりにも厳しく、残酷だった。



「そして、綾人さんの病名は『共生型胃がん』人体の中のがん細胞が他のウイルス等の病原体と共生し、通常のがんよりも大幅に早く体に回りきって死に至ってしまう病気です。こちらも世界でも症例の少ない病気になります」



 僕は診察室を直ぐに飛び出したい欲をギリギリ抑え、医者の話を聞く。



「……励ましにもなりませんがこれらの病気は痛みや身体的損傷が少ないです。痛みなどで体を動かせないのは死に至る一時間程度前になります。なので、藍さんと綾人さんは五日間の外出許可を出します。ただし、藍さんの方が余命が少ないです。異変がある時は急行しますので直ちにご連絡ください」



 僕は医者の話を聞く前は膝の上で拳を力いっぱい握ることしか出来なかったが、話を聞き終わると少しの希望がもてた。

 医者は仕事の時のような無表情を崩し、辛そうな顔で言ってきた。



「すまないね、私達にできるのはこれくらいだ。これらの『がん』は治療法がまだ確立されていないから治そうにも治せないんだ。だから、せめて最後の時間を妹さんと過ごして欲しい」



 その話を聞き終わり、今度こそ話は終わりといった様子で僕は診察室をでて、藍に会いに病室へ向かう。

 この世界に神がいるとしたらそれは神ではなく、悪魔だろう。そう思ってしまうほどには僕は辛かった。



「兄さん、どうでした?」


 

 病室へはいるなりベッドの上で体を起こした藍が聞いてくる。

 その光を反射している白とは違う銀の髪はサラサラで、透き通っている。あおい目は藍の名前の元となった通り宝石のサファイアに本当に似ている。華奢きゃしゃな体に大きな胸がついているが、それは学校で男子の視線を釘付けにしているだろう。見ている男子を僕は許さない。

 その組み合わせは神秘的な何かを思わせるほどで、妹にも関わらず僕は見とれていた。 



「兄さん? どうしたの?」



 藍のその言葉で現実に引き戻される。その際、僕は真実を話すか一瞬迷った。

 藍には検査というていで病院に来てもらった。藍が、学校に行く時に体調不良を訴えたからだ。僕も体調不良が少しあったため検査を受けたのがこのザマだ。知りたくなかった、こんな事実。

 それらを思い、僕は嘘を伝えるのを決めた。



「……入院が決まったんだ。だけど、入院前に三日間だけ一緒にいれるように取り計らってもらった。どこかに遊びに行こう……!」

「……相変わらずですね、兄さんは」



 ドキッと、心臓が高鳴る。僕は昔から嘘をつくのが下手くそだと藍からも両親からも言われていたのがあだとなったみたいだ。



「兄さんは嘘をつくのが下手くそなのはみんなが知っている事です。正直に言ったらどうですか? 私は覚悟ができてます」



 その凛とした顔を見ると僕は自分が情けなくなってくる。そのかっこいい姿に僕は大きな勇気を貰い、覚悟を決めた。

 この病室には僕ら兄妹だけ。僕は妹の寝ているベッドの近くに椅子を置き、話始める。



「わかった、本当のことを言おう。現実を辛く感じてしまうかもしれない、取り乱すかもしれないが安心してくれ。藍には僕がいる、僕が着いている」

「分かってますよ」

「……まずは藍の結果から言おう。藍、お前は残りの余命が三日だそうだ」

「……」



 藍は窓の奥を見ていて表情は僕の位置からは見えない。だから、何を考えているかは僕には分からない。動揺していることは確かだろう。



「そういう肺がんだそうだ。そして、僕は余命が五日だそうだ。藍とは少し違うから二日伸びてるけど……僕にとってはどうでもいい」

「……そう。じゃあ、明日はデズニーランドに行きましょう!」



 いつもの明るい笑顔を浮かべながらこっちを見て提案してくる藍。僕からしたら強がっているようにしか見えない。



「三日間の外出は本当ですよね? 行きましょう! デズニーランド!」



 そんな藍の姿を見て僕は辛気臭く考えるのが馬鹿らしくなって藍に賛同する。



「そうだな、この三日間は藍の好きなことをいっぱいしよう。贅沢もしよう。こういう時こそお金の使い所だ!」



 僕らは話し合った。三日間の予定を。みっちり、しっかり。満足した計画を立てた僕らはお風呂などを終わらせて就寝する。

 真っ暗な病室、そこにいるのは僕と藍だけ。その事実に少しのくすぐったさを感じる。



「……兄さん、起きてる?」



 不意に藍から話しかけられる。こういった状況で藍の方から話しかけてきたことはあまりないためびっくりしたが、普通に返答をする。



「起きてるよ」

「そっちに行っても……いい?」



 珍しく甘えてくる藍。

 滅多に甘えてこないクールな藍とのギャップが僕は大好きだ。この八年間で甘えてきた回数は本当に片手で足りる程度。

 戸惑いながらも僕は許す。可愛い妹の頼みなのだから。



「もちろん」

「……失礼……します」



 顔を真っ赤にしながら僕の寝ているベッドに入ってきた藍。真っ赤にするなら来なければいいのにと思うが何せ人生があと三日だ。藍の望むことはできる限り叶えよう。


 ふと、藍の声がかすかに聞こえてくる。



「兄さん、なんで……私なの? なんで……なんで……うぅぅぅ……」



 藍に僕は胸を貸す。

 泣きたくもなる。何も言わずに胸を貸し、藍の頭を撫で続ける。三十分程で泣きやみ、今ではすやすやと眠っている。

 僕の可愛い可愛いたった一人の妹。たとえそれが、


 僕と藍の出会いは八年前に遡る。

 当時十歳程だった僕はシングルマザーの母親に育てられていた。生活は少し苦しかったが、嫌なことも無く、普通に生きていた。

 いきなりだった。母親が新しい父親を引き連れてやってきたのは。そのさいに、父方の連れ後が藍だった。

 そこから僕は藍に愛情をたっぷり使って共に生活した。妹という存在を持つとその事しか考えられなかった。それが日常生活において異常をきたすほどのシスコンだったとしても。

 今思うと、僕は藍に恋をしていたのかもしれない。世間一般でのシスコンの枠組みを超えて愛情を僕は注ぎ、藍はそれを拒否することなく受け入れた。

 

 僕は最後に藍に……。


 朝、僕は目を覚ます。

 時刻は五時三十分ほど、いつもこの時間に起きて、朝食を作っていてそれが習慣化してしまった結果がこれだ。案外役に立っている。

 藍はまだ寝ている。僕の右手を抱き枕替わりにして寝ている。空いた方の手で藍を撫でる。



「……ぅん?」


 

 すると目を覚ましてしまったようだ。罪悪感が芽生えるのでとっさに謝る。



「起こしちゃったか、ごめん、藍」

「……おはよ」



 今までで一番可愛い笑顔を見せられて僕の心臓はもう既に破裂寸前だ。少しずつ落ち着かせていきいつも通りに答える。



「おはよう。今日はデズニーランドに行くんだ。準備をしてきなさい」

「はーい」



 僕も僕で準備をする。お風呂に入り、服を着て、歯を磨きバッグに必要なものを入れて準備を終える。

 藍も準備を終えて僕の前まで来ると大人びていた。化粧をしているが、元の美貌を生かすメイクをしている。それにより普段よりも綺麗だ。そして、服。銀髪と同系統の色の白を基調としたワンピースを来ていてその上に一枚、白い上着を着ている。


 その全てが僕を魅了する。言葉が詰まる。だけど、絞り出す、その言葉を。



「……今まででいちばん可愛いよ。綺麗だ」

「……フフッ。ありがと」



 そうして医者に三日間の外出許可を貰い、病院を出る。

 

 余談だが愛しい我が妹、藍は病院の老若男女問わず全ての視線を集めていた。 その事に僕は嫉妬をしつつも無事に病院を出れた。



 東京デズニーランドは千葉にある。東京と付いているが東京では無い。おかしくも今更のことを気にする時点で僕は僕が思っている以上に今も尚、動揺しているのかもしれない。



 デズニーランドに入って一日中遊び回った。ジェットコースターを初めとした色んな場所を回った。とても一日じゃ遊びきれなかったけど僕も藍も満足していた。明日は明日の予定がある。少し早いが僕たちはデズニーランドを引き上げてホテルへと向かう。



「疲れたね……」

「……たね」

「だけど楽しかったな」

「うん! 兄さんと久々に遊びに行けて楽しかった!」



 僕は一生藍には頭が上がらないだろう。笑顔を出されるだけで何でもしてあげたくなってしまう。天性の妹属性だ。僕はこんないい妹に恋をしてしまったのか……。

 今日は昨日のように何もなく、寝るまで他愛のない会話をして終える。一旦落ち着けたようで僕としても少しは安心している。




 ■■■

 


 

「おはよう、兄さん」

「おはよう、藍」



 そうして今日も目を覚まし、僕らは残りの人生を謳歌する。


 今日は砂浜に行く予定。海を見てスッキリしたいからとの藍の意向があったからだ。僕としても反対案がある訳でもないし、藍の願いはできるだけ叶えたいので行くことにした。



「綺麗だね」

「うん、綺麗」



 僕らは砂浜に座り込んで海と太陽と地平線しか見えていない景色を眺め続ける。

 言葉は少ない。それは単に何も出てこない訳ではなく、何を話せばいいのか分からないだけだ。明日には死んでしまう。そんなことを言われても落ち着いた今ではあまり想像つかない。それは藍も同じようだ。


 だが、それらの静寂は藍の一言により終わりを告げる。



「あーあ、明日で終わりかー。恋人とか愛とか作ったり育んだりしたかったなー」



 素が出ている。藍は普段クールだが、家や僕の前だと素が出る。僕は素の方が好きだが。



「そうだね、僕もこの初恋を終わらせてみたかった……」



 僕らの年齢は十八歳。誕生月の違いから兄と妹が決まっている。藍に出会ってから早八年。この初恋が叶うことは無い。

 ……初恋は終わって初めて気づくと聞く。僕が終わる前に気づいた理由は……終わったのと同義だから。藍は明日死んでしまう……だから、この恋が叶うことは無いから初恋と気づけた。いや、気づいてしまった。


 僕の深い思考は藍の一言によって強制的に引き戻される。



「私、兄さんが好き」

「僕も、藍のことが好きだよ」

「……兄さんのことだからわかってないみたいだから言うけどね……」



 そういう藍の顔は真っ赤になっていた。羞恥によるものか憤怒によるものか……。僕は薄々勘づいていたが最後まで聞くことにした。



「私達が出会って早八年。そのうちの六年を一緒に過ごしたよね。そして、私の恋はその時に始まっていたんだなって」

「……僕にとって初恋ってのは終わらないものだった。叶わないものだった。血は繋がっていなくても兄妹だった僕達。だけど……」



 僕は今何を考えているのか自分でもよく分からない。八年間が報われているような気がして……。思考がオーバーヒートしている。

 僕は今、多分脳髄で会話してると思う。



「藍。僕は君が好きだ」

「兄さん、私は貴方が好き」



 ――そうして、僕らはキスをする。という感じに僕らは晴れて恋人(?)になった。だからと両親に余命のことも話すことにした。



「もしもし?」

『もしもし、綾人?』

「うん」

『何か用かしら』



 僕らは両親に連絡をすることがそうそうない。久しぶりの声を聞いて少し、落ち着く。……僕は電話をかけた今でも悩んでいたが、覚悟を決めて話し出す。



「……いまから言うことは全て本当だ。報告が遅くなったのは謝る。僕たちも受け入れられていない。そういう背景をまず最初に知っていて欲しい」

『ええ、わかったわ』

「……藍の余命が残り一日だ」

『……!』

「そして、僕の余命は残り三日。そういうがんらしい。それを知ったのが二日前、そこから少し話したり、遊んだりしたら心に整理が着いた。だからこうやって電話を……」



 ……電話が切れた。

 僕らにとって両親は大切な人間だが近しい人間では無い。この数年間一度も家に帰ってきていない。それが物語っている。僕らの関係性が新しくなったことについても言えていない。そう思っていたら……



「へぇ……こんなところにいたのね」



 僕と藍は体をビクッとさせる。

 この声は……我が母、楓華ふうかでは無いか。これはヤバイ……非常にまずい。


 やがて僕は振り向きながら微かにその言葉を絞り出すことに成功していた。



「わ、我が母……楓華様では無いですか……本日は……どのようで?」



 そこに居たのは真っ赤な髪と深紅の目。それらを持って生まれた天性の美貌を持つ我が母だ。

 ……いつもと口調が違うのは許して欲しい。



「……ようやくなのね」

「?」



 僕は母のその言葉を理解できなかった。母は正真正銘血の繋がっている母だ。一緒にいた時間は多くは無いが少なくもない。母のことは多少理解しているつもりだった。だけど、言葉の意味が分からなかったから僕は困惑していた。



「そうだよ、楓華さん」

「もう……お母さんと呼びなさいと何回も言っているでしょう……」



 藍は理解しているようだった。



「綾人。あれが女心というものだよ」

「……璃空りくさん……」



 そこに居たのは好青年に見える男性。黒髪黒目のよくいる日本人だ。顔も整っていてはいるが我が母に釣り合うかと世間に問えばNOと帰ってくるが事実、二人は結婚している。

 ――どこに引かれる要素があったのだろうか。こんな魔女に。



「……いえいえ滅相もない」



 母に睨まれた。

 我が母ながら勘が鋭いようで……。何も言われていないが謝ってしまったでは無いか。


 それらの話題を一通り終えたあとで璃空さんとの話の続きをする。



が女心ですか?」

「……たぶん、ね。何せぼくも分かっていない。あくまで憶測だよ」



 そういうものなのか。


 次は我が母が僕の元へきた。その代わり璃空さんは藍の元へ行っていた。親子の時間が不意にも来てしまったらしい。



「ごめんなさいね、家族の時間を取れなくて」



 ……。

 僕はこの人生を後悔していない。僕にとって母というのは誇るべき存在だ。母がいるからここまでやれた。感謝こそすれ、謝られるなどあるわけが無い。



「……母さんのおかげでここまで来れたんだ。謝ってもらっても困るよ……」

「あら、じゃあ謝罪は撤回するわね」

「……。そういうところだよ」



 僕らは普通の会話しかしない。それ以外は必要ない。僕らの特殊な関係の成れ果てがこれだ。だけど僕らの中で誰一人として後悔しているものは居ない。それが僕にとっては自慢の家族だった。

 僕は自販機で買ったカフェラテを飲んでいると……



「藍ちゃんとの関係が変化したみたいね。さしずめ、恋人同士と言ったところかしらね。アンタから告白する勇気はないだろうし、どうせ藍ちゃんからでしょ? 我が息子ながらヘタレね」

「………………さようで」



 このアマッ!

 だが、ままままままままだあわてるような時間じゃない。

 それよりも引っかかったことがあった。



「なんで僕が藍のことが好きって知ってたんだよ。たくさん会って話していたわけじゃないのにさ?」

「そりゃ、アンタの親よ。わからないとでも思った? ……強いて言うなら最初から好き好きオーラ満開だったわよ」



 おーまいがー。

 どうやら隠せてなかったらしい。じゃあもしかして……。今までずっと藍にはバレていたのでは? …………………………。死にたくなってきた。



「私たちは別に人の恋路にとやかく言わないの。義理の兄妹だったとしてもね。それがアンタの人生なんだから」



 そうして、一本懐からタバコを取り出し、吸った。



「……辞めたんじゃ?」

「今日だけね、今日だけ」

「……貰っていい?」

「……最後だしね、一本だけよ」



 僕は吸う。



「ケホッ、ケホッ!」


 

 むせる。

 初めてのタバコはむせると聞くが本当だったとは。目にもしみて少し、涙が出てくる。だけど、そんな状態が妙に心地いい。



「フッ、まだまだお子ちゃまね」

「……僕はまだまだ子供だよ」



 そこからの会話は無い。僕も母も無言でタバコを吸う。吸い終わると、母と璃空さんは支度を始める。



「もう帰るの?」

「ええ。仕事を色々とキャンセルしてきたから」



 最後まで忙しい親ですこと。



「……なんでここにいたの?」

「医者から電話があったのよ。だから、最後に話そうかなと」



 僕と母の間には少しの沈黙が流れるがそれを断ち切ったのは僕だった。


  

「……悲しくないの?」



 僕は聞いた。……否、聞いてしまった、言ってしまった。呪いにも似たその言葉を。だけど、母は冷静だったようで。



「もちろん悲しいわよ。もっと話したい、もっと語りたい。だけど、時間が圧倒的に足りない。私達的にもアンタ達的にも。だから私らはこれで終わり。恋人同士の時間を邪魔しても悪いしね」



 ウィンクをして、らしいセリフを吐く母。

 敵わないな。最後の最後に頭に浮かんだセリフがこれなのだから本当に敵わない。



「ありがとう、

 


 パチリと驚いた様子で瞬きをする母。屈託のない笑みを浮かべると手を振って母は車の運転席に乗り込む。残った璃空さんが僕の元まで来て話始める。



「すまない。私達が近くにいてやれなくて」

「べ、別に気にしてないですよ!」

「……それでも、仕事でかかりきりで全然話せていないことを恥じるばかりだよ。――君たちは恋人同士なんだろう? 兄妹だが、義理なんだ。やりようはいくらでもあるから、悔いのないように生きてくれ」

「……うん、分かってるよ、

「……ありがとう……!」



 父さんは泣いていた。あの状況で藍と話せるのか心配だったが無事話せたようだ。

 僕らは両親を見送ったが、途中から号泣していた。久しぶりに、そして最後に、親の温かさと

言うものに触れたから。僕らはホテルへと向かうのだった。




 ■■■




「強かったわね、あの子たち」

「そうだな、もうぼくたちが何かをするまでもなく大人だった。心配いらないな」

「そうね」



 楓華は嬉しさと悲しさを織り交ぜた声で璃空へと話しかける。同様に璃空も楓華へと気持ちを乗せた声で返す。



「あーあ、孫の顔くらいは見たかったんだけどなぁ」

「……しょうがないよ」

「……そうね」



 二人は藍と綾人のことを思って思い出に耽る。今までの時を振り返る。楓華は綾人との十八年間と藍との八年間、璃空は藍との十八年間と綾人との八年間。それは決して短くは無い時間の中で彼らは彼らなりの愛情を持って育てた。

 仕方がない、仕方がないのだ。



「ひと時でも幸せになって欲しいわね」

「……そうだな」




 ■■■




「はぁぁぁ、疲れたぁぁぁ!」



 藍はベットに身を投げながらため息とともに言葉を吐く。

 今日は砂浜に行っただけだったが、両親と話したことで精神面的に少し、疲れた。

 登場の仕方も悪かったこともあると思う。

 いきなり登場するから心臓にも悪かった。



「兄さん、お風呂に入ってきていいですか?」

「ん? ああ、入っていいよ」

「やった! 一番風呂だ!」



 そう喜ぶ姿も微笑ましい。


 藍が風呂に入っている間、僕は考える。

 何せ、明日で藍とはお別れになる。一切実感がわかないが医者に言われたことだ。ほぼ確定で間違えは無いと思う。

 ――考える。

 何について考えればいいか分からないけど、考えないとやっていけないと感じて。



「兄さん、あがりましたよ」

「ありがとう、僕が次は入ってくるから待っていてくれ」

「ええ、分かってますよ」



 藍の言葉に頷き、脱衣所に入る。

 鍵を閉めたことを確認して、僕は服を脱ぎ出す。

 鏡で自分の姿を確認するも何も変化はなかった。それも実感がないことに繋がっていることに関係があるんじゃないかな。


 ――あっという間に頭、顔、体を洗い終わったため、浴槽に浸かる。


 またしても――考えてしまう。

 全く回っていない頭を一生懸命使って考える。ぐるぐると思考がループするように感じるが一切考えていないのでそれは幻覚になるだろう。

 ――自分でも何を言っているかは分からない。


 風呂をあがり、浴衣を着る。

 浴衣と言うより、ホテルに備え付けられている寝間着と言った方が正しいかな?

 まあいい。


 そうして僕は、鍵を開けてベットルームに足を運ぶと――



「……!」



 ――天使がいた。


 艶やかな銀の髪と潤んでいる藍の目が美しく光を反射している。ホテルの備え付けの寝間着すらも着こなし、背中には白い羽根が幻覚で見えるくらいだ。


 そして、彼女は――あろうことか寝間着を脱いだ。

 中から見えたのは……白いネグリジェ。

 絹でできたような高級感漂う美しく、藍に似合う最適の衣装だった。



「に、兄さん! 何か言ってください! 私は少し、恥ずかしいです……!」

「……ごめん、綺麗すぎて見惚れてた」



 僕がそう言うと頬を赤らめながら満足した様子で頷く藍。

 そういうところも可愛らしい。



「……兄さん、私は兄さんと……そ、したいんだけど……?」



 敬語が取れるくらいの恥ずかし様だった。

 いままでで一番赤面しながら恥ずかしそうに聞いてくる藍が可愛すぎて、もう少し意地悪をすることにした。



「……そういうことって何?」

「もう! 兄さんのイジワル!」

「ははは、ごめんごめん。藍が可愛すぎてさ?」

「ま、まぁ、許してあげるわ」



 僕はベットまで歩いていくと同時、理性が暴走しそうになるが、辛うじて抑える。



「……藍」

「兄さん、来て?」



 その一言、それで僕の理性ははち切れた。

 愛する人に求められて、拒否できる人はいない。それも、数年来の気持ちを伝えられた直後となれば。




 ■■■




 そうして僕はいっぱい藍に好きという気持ちをぶつけた。

 数年間我慢してきた気持ちを、好きを、愛を、全て、ぶつけた。それに応じるように、藍も全てを受け入れてくれた。

 優しい藍の言葉だけが頭の中に入ってきて、幸せを謳歌している。

 死を目の前にした僕たちは悠久とも思える時を交わり、僕は藍の愛らしい身体を貪り、甘受した。

 悠久と思えた時間は――さして経っておらず、数時間程度だった。


 そうして、僕たちは満足するまで愛し合ったあとは、糸が切れるように眠りに落ちた。


 その後、起きた時間は十時ほど。

 スマホを確認すると連絡が来ており、医師からだった。

 僕は慌てて折り返しの連絡を入れる。



「もしもし?」

『もしもし?』

「綾人です」

『綾人くんか!! 朝早くにすまない!』



 医師から連絡が来ていたのは朝の四時半程度。僕たちは愛し合っていた途中で全然気づかなかった。



「どうされたんですか?」

『朗報だ!! 君と妹くんの病気の治療法が確立されたとの発表があったんだ!!』



 まだ、朧気だった僕の意識はその一言で強制的に覚醒する。



「本当ですか!?」

『ああ!! 今すぐに君と妹くんへの手術をしたい! 急いできてくれるかい!?』

「一時間だけください!」

『わかった、待っているよ!』



 ここまで喜んだのは人生で初めてだ。

 本当に――良かった!



「うぅん? 綾兄あやにぃ?」

「藍! 急で悪いが手術しに行くぞ! 急いで準備してくれ!」

「……手術?」

「ああ! 僕たちの病気が治るらしい!」



 藍もその一言で飛び起きる。



「嘘!?」

「本当だ、準備してくれ。タクシーで飛んでいくぞ!」




 ■■■




 僕らはタクシーで病院まで飛んでいき、医師の元をおとずれる。



「……! 来たか、綾人くん!」

「お願いします、藍の方からで!」

「もちろんだ! 準備は終わっている。今すぐ取り掛かる!」



 そうして、担架に載せられて藍は手術室へと消えていった。

 藍の手術の間、僕は祈っておくしかやることがなかった。



 ――数時間後。



「成功しました! 次は綾人くんの番だ!」

「……はい」



 僕は緊張して、担架に身を預け、麻酔により意識は暗闇へと消えた――。




 ■■■




 私が目を覚ましたのは綾兄が手術室に入って二時間後だった。それを聞いて私は綾兄の心配をする。

 どうか無事に終わってください。

 神様……どうか……!!

 私は綾兄が出てくるまで祈り続けるしか無かった。


 ――数時間後。


 私がいる病室へと綾兄が運ばれてくる。

 先生に思わず聞いてしまう。



「……先生! 綾兄は……綾人は無事ですか!?」



 先生は落ち着かせるような、心休まる笑顔で……


 

「ああ、妹くんと綾人君。両方合わせて成功したよ」



 その一言を告げた。

 よかっ……たぁ。

 人生で一番安堵している自分がいる。

 良かった、本当に――良かった。


 緊張の糸が切れた私は死人のように、寝てしまっていた。




 ■■■




「……知らない天井だ……」



 言ってみたかっただけである。

 

 目を覚ますとそこは病室であった。点滴などが僕に繋がれ、身体は横になっている。


 隣のベッドを見ると藍がいたため、手術は無事成功したようだ。――もっとも、成功と言われていたはずだが。



「……綾兄!? 綾兄!! 無事!?」



 藍は起きると直ぐに僕の方を見て、慌てて無事を確認してくる。

 そんな藍に僕は優しい声音こわねで囁く。



「大丈夫。僕は大丈夫だよ」



 そう言って僕は時計を確認しようとすると、病室の窓から日が差してきた。時間は五時三十分、ちょうど夜明けの時間だったみたいだ。

 ――つまり、藍は生きられたということ。僕は涙が出てきた。



「ハハッ、もう朝だってさ。じゃあ……おはよう、藍」

「私、生きてるんだよね? ……もう、朝は見れないと思ってた……から……嬉しい。……おはよう、綾兄」



 僕らは兄妹だ。


 だけど、愛し合っている。 

 だけど、病に犯され余命と戦った。

 ――今思うと僕は病に犯されて良かったのかもしれない。

 

 病気がなかったら僕らは気持ちを奥底に閉まっていたかもしれないから。

 病気がなかったら僕らは両親と打ち解けていなかったかもしれないから。

 病気がなかったら僕らは人生を楽しめていなかったかもしれないから。


 そうして僕らはキスしながら――



「藍、大好きだ」

「綾兄、大好きだよ」



 ――今日も愛を胸に抱き、好き合う。

 

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兄妹と愛と余命と。 海ゅ @umyu1756

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