第十七話 ヘスティリアとヴェルロイド、皇族になる

 ヘスティリアは悠然と帝宮内宮に現れた。


 前回は気後れしていたが、二回目であるし、このところ公爵邸だの侯爵邸だのに社交で出入りしまくっていたのでこういう大仰な雰囲気にも慣れたのだ。そもそも彼女は順応性が極めて高い。


 ヴェルロイドはヘスティリアをエスコートしながら内心で舌を巻いていた。ヴェルロイドはヘスティリアとまだ社交を共にした事がない。二人で揃って舞踏会などに出た事がなかったのだ。なので、ケーラなどから「リア様は今や社交界ではちょっとした顔なんですよ」と報告されてもいまいちピンとこないでいたのである。


 しかし、この堂々たる態度はどうだろう。流石は帝国女性貴族界で重要人物に成り上がったというだけの事はある。既に風格さえ漂わせているではないか。


 ヘスティリアは濃い青色の流麗なドレスを着ている。最新の流行を取り入れて作らせたものだ。既にヘスティリアのドレスは何十着もあるらしい。


 ヘスティリアのおかげでアッセーナス辺境伯家の財政にはかなりの余裕があるが、それにしてもドレスだけでなく宝飾品や香水、化粧品などもヘスティリアは遠慮なく買い込んでいた。安物を使うと社交で舐められるので、最高級のものばかりだ。


 これでは流石に辺境伯家の財政が圧迫されるのでは? と思われるのだが、その辺は根が商人のヘスティリアである。赤字が出るような真似はしなかった。


 ヘスティリアは帝都の商人を呼び付けると、自分と皇太子妃の関係をちらつかせた。元々皇族である事が商人達の間で噂されていたヘスティリアである。商人達は色めき立った。既に繋がりがあるヘスティリアが完全に皇族に迎え入れられれば、彼らは皇族の御用達という事になる。ヘスティリアの権威を利用して、他の商人より有利な商売を進める事が出来るようになるだろう。


 彼らは先を争ってヘスティリアに対する援助を申し出てきた。その額はヘスティリアが「真面目に商売をするのが嫌になるわね」と言ったほどの額に上った。


 他にもドレスや装飾品、あるいは家具や彫像。珍しい食品やワインなどもあり、一時は小さい辺境伯邸には収まり切らなくなったくらいである。その屋敷も用地や建築家を商人達が手配してくれたし、結婚式の準備や様々な手配も商人達が頼みもしないのにやってくれた。


 もちろん、商人達は後の見返りを期待してこのような贈り物をしてくれている訳だが、ヘスティリアとしては無事に目的を達成した暁にはキチンと商人達に報いるつもりである。ただ、商人達が儲かればアッセーナス辺境伯領も栄えるので、商人達に便宜を図るのは別にヘスティリアの私利私欲のためだけではないのである。


 贈り物は他の貴族に対する贈り物にも使えるし、場合によっては売ってお金に変えてもよい。資金援助と合わせて、ヘスティリアが湯水のようにお金を使っても、辺境伯家の貯蓄は逆にドンドン増えていったのである。ヴェルロイドにとってはいささか信じられないような話であった。


 ヘスティリアは豊富な資金を得るとこれを社交界における勢力拡大にも積極的に用いた。


 お茶会などで経済的な困窮が伝えられる家の婦人にこっそりと高価な品をお土産に持たせたり、または後日に使者を出して援助を申し出るなどした。これによってヘスティリアに恩を感じたその家はヘスティリアの熱心な支持者になった。


 あるいは陶器やガラス器、美術品などを収集している有力な貴族に、商人の伝手で手に入れた珍しい品々を贈って関係を深める。あるいは有力な軍人家系の貴族には鎧兜や馬。造園が趣味ならば南方や北方の珍しい植物を贈る。


 お茶会には商人に頼んで手に入れた珍しいお菓子や果物、お茶を持参して振る舞った。そして出席者の皆様には必ずお土産を渡す。


 このような事を、皇族で上位の立場であるヘスティリアがやれば、受け取った貴族達は恐縮するし感動もする。彼らもヘスティリアに贈り物を返し、それにまたヘスティリアが返礼する。贈り物をやり取りすることによって、ヘスティリアは貴族と親密な繋がりを形成していったのである。


 こういう贈答品の遣り取りによる関係の深め方というのは、上位の貴族令嬢から皇族になった皇太子妃には出来ない事だったし、田舎で最上位の元王族であったヴェルロイドにも想像すら出来ない事であった。多くの上位貴族にも無理だっただろう。


 貴族は上下関係を重んじる。贈り物は下位の者が一方的に上位に捧げるものなのだ。商人の娘であるヘスティリアだから上位でありながら下位の者に贈るという事が出来たのである。


 商人にとって、こういう贈り物の遣り取りによって人の繋がりを増やし、信用出来る相手を増やすというのは、商売を拡大するための必須の手法であり、ヘスティリアにはそれが自然と身に付いていたのである。


「金を払わない者は信用するな。贈り物を受け取って返さない者はもっと信用するな」


 とヘスティリアはオルフェウスから言い聞かせられて育ったのである。ヘスティリアはこうして商人の流儀を貴族世界に持ち込む事によって、もの凄い勢いで自分の派閥を拡大したのであった。


 接見のための応接室に通され、ヘスティリアとヴェルロイドは少し待たされた。前回は二人を待ち受けていた皇帝だが、今回は待たせたというのはこれが私的な面会ではなく公的な接見である事を示している。二人はお茶を飲みながら行儀良く待った。


 そしてドアが開き、皇帝と皇妃、それと皇太子が入室するとヴェルロイドとヘスティリアは立ち上がって、皇帝の前に跪いた。


「ご機嫌麗しゅう皇帝陛下。この度は接見の名誉を賜り、このアッセーナス辺境伯。恐悦至極に存じます」


「ああ。辺境伯。大義である」


 皇帝は二人の頭の上に聖印を切ると、二人に席を勧めた。


 ソファーにヘスティリアとヴェルロイド。そしてテーブルを挟んだ向かいに椅子が三つ置かれており、向かって左から皇太子、皇帝、皇妃が座った。


「もう其方達が帝都に入って二ヶ月になるか。どうだ。帝都には慣れたかね?」


 と皇帝は雑談から話を始めた。貴族の会話ならこれが普通で、前回いきなり本題から話し始めた事が如何に異例だったか、帝室の者達が突然の先帝の隠し子の出現にいかに慌てていたかを示している。今回は落ち着いて、普段通りの対応をすることで、帝室と貴族の間の上下関係をはっきりさせ、接見を思い通りに進めようという意図が窺える。


 ヴェルロイドもヘスティリアも社交笑顔を浮かべながら如才なく対応する。特にヘスティリアは皇帝の質問にユーモアを交えて答えた。


「ほう。結婚式は帝都大神殿で行うのか。盛大な式になりそうだな」


「あまり式場が大きくなり過ぎると、皆様から私のお顔が見えないのではないかと心配になるのですけど。ま、ヴェルロイドが大きいから私が何処にいるか分からなくなるような事はありませんでしょう」


 ヘスティリアはコロコロと笑いながら楽しそうに話をしている。皇帝も皇妃もうっかり引き入れられて一緒に笑ってしまっているが、皇太子にしてみれば、皇帝を前にして、緊張も気負いも無く雑談が出来るヘスティリアの胆力には驚きと警戒を覚えてしまう。あの気が強くて短気な皇太子妃が、ヘスティリアの前では借りてきた猫のように大人しいとは聞いていたが、これは無理もないかも知れぬ。


「……そうだな。其方達の結婚式の前にヘスティリアの皇族としての扱いを決めねばなるまいよ。どうしたいかは決めたかね?」


 ようやく皇帝が本題を振ると、ヘスティリアはまったく表情を変えずに即答した。


「私は新たな公爵家を興せないかと考えておりますわ」


 は? 皇太子は目が点になる。皇帝も皇妃も戸惑いを隠せない。


「どういう意味なのだ? それは」


「ですから、私はヴェルロイドの所にお嫁に入って、アッセーナス家の夫人になりますけど、そうしたらアッセーナス辺境伯家を公爵家に認定して欲しいのです」


 とんでもない事を言い出した! 皇太子は愕然とする。


 公爵家は現在、帝国に三家あるが、これらは傍系皇族と呼ばれる。臣下ではあるが皇族なのである。皇族であるので皇位継承権を保持し、帝室の直系が途切れれば公爵家から皇帝が出る場合もある。


 実は実例がつい最近あったのだ。現皇帝は先帝の弟だが、即位前にはロックブート公爵であった。先帝に子がないためにそこから皇帝になったのである。このように帝室から非常に近い血筋の者が公爵になり、何代か経て血筋が遠くなると、公爵は侯爵に位が下がって皇族ではなくただの貴族になる。


 その公爵に自分をしろ、というのだ。いや、ヘスティリアはアッセーナス辺境伯夫人になるのだから、公爵になるのはアッセーナス家の当主、つまりヴェルロイドになってしまう。それはいくら何でも認められないだろう。帝室の姫君が嫁入りすれば、公爵になれるなどという話はないのだから。


 皇帝がそう説明しても、ヘスティリアは納得しなかった。


「それはこれまで、帝室の姫が嫁ぐのが公爵家だったからでしょう?」


 それは確かにその通りで、帝室の姫が公爵家以外に嫁いだ例はほとんどない。そして例外としてあるのは、他国の王族に嫁いだ場合のみだった。西の隣国である聖王国に何代か前の姫が嫁いだことがある。


「聖王国に嫁いだ姫君は皇族の位のまま嫁がれ、そのために聖王国の王家は帝国では皇族として扱われる、と聞いております」


 元々それを意図しての嫁入りだったのだからこれも事実である。そうすれば、聖王国の王室で後継者争いなどが起きた時「親戚の事情である」として介入が可能になるからだ。


「その意味からいって、帝室の姫が嫁いだからこそ、公爵家は公爵家のままでいられるという事ではありませんか」


 公爵家の条件は、帝室に血筋が近いことだ。なので代を重ねて血筋が遠ざかった公爵家は侯爵家になって皇族ではなくなるのだが、そこに帝室の姫を入れると、血筋がまた近くなって侯爵落ちが遠のくのである。なので、帝室の姫が嫁入りした家には公爵になる権利があるはず、前例がないだけで。というヘスティリアの主張には説得力があるのだった。


 いやいやまてまて。うっかり納得しそうになった皇太子は首を振る。


「そんな話には前例が無いぞ。無理だ」


「あら、殿下。聖王国に嫁がれた姫君には前例があったとでも? 前例がなければ作れば良いのです」


 ヘスティリアは自信満々に言い放った。


「それに、ヴェルロイドは元々他国の王族ではありませんか。そこに嫁ぐのですから聖王国に嫁いだ姫君を前例とするので良いのではありませんか?」


 この発言には場の空気がピリッと緊張する。ヴェルロイドが元王族である事はこの場合、有利に働かない。皇帝や皇太子が懸念しているのは、ヴェルロイドがヘスティリアを娶る事で権威を高め、帝国の分離独立を企む事なのだから。


 しかし、ヴェルロイドは穏やかな表情のまま言った。


「なに、我が家が既に皇帝陛下の忠臣である事はお分かりの筈です。私としてはヘスティリアが血筋に相応しい待遇を与えられる事だけが願いでございます」


 皇太子はヴェルロイドを睨む。皇太子はヴェルロイドが家を継ぐため帝都に来訪した時に、彼と積極的に交流した。次代の皇帝として、北の護りを任されたヴェルロイドの忠誠心を繋ぎ止めておく事は大事だったからだ。その結果、ヴェルロイドは器が大きく武勇に優れている人物だが、野心は薄く朴訥な人物であると理解していた。独立を企むような人物では無いと考えていたのである。


 なので彼が帝国から離反する事は心配していなかったのだが、今のヴェルロイドの発言にあった「ヘスティリアの血筋に相応しい待遇」という部分は微妙だった。


 ヘスティリアは先帝の隠し子だ。勿論、庶子に帝位を継ぐ事など出来ない。しかしながら、先帝がもしも生前にヘスティリアを認知しており、自分の正式な子と認定した場合(その際は皇妃との養子として迎える事になっただろう)、十分に帝位継承の可能性があったのである。


 その彼女に相応しい待遇には、帝位まで含まれている可能性があるのだ。皇太子はゾッとする。帝国でも有数の軍事力を持ち、最近では経済力も付けているヴェルロイドが、多くの貴族婦人を籠絡しているヘスティリアと共に次代の帝位を要求してきた場合、これは深刻な問題になる。


 勿論、アッセーナス辺境伯家単独では他の帝国貴族全員と帝国軍を相手に勝てる訳がない。しかし、ヘスティリアのあの人気ぶりでは、彼女が帝位を目指すと言い出した時に味方をする貴族が皆無であるとは考え難いのである。まして、ヴェルロイドが軍を起こし帝都に迫った場合、貴族達がヴェルロイドに寝返らないとは断言出来ないだろう。


 皇太子はこの時点まで、自分に帝位を目指すライバルがいるなどとは全く考えていなかったが、ここで初めてヘスティリアが自分のライバルになり得る存在であると初めて認識したのであった。


 同じ事を皇帝も考えていた。そして皇帝の見るところ、ヘスティリアの才覚は非常に優れていると言わなければならなかった。帝都に入って僅か二ヶ月足らずで帝都女性貴族界を席巻し、一大派閥を作り上げてしまったのだから。そんな真似は皇太子には出来まい。その皇太子とヘスティリアが帝位を目指すライバル同士になってしまった場合、これは皇太子に不利な戦いになるだろうと考えたのである。


 皇太子はこれまで皇位継承者として実績も積んでいるし、皇帝の見るところそれほど才覚が劣る訳でも無いと思われる。彼を支持する貴族も多く、現状では間違い無くヘスティリアよりも皇太子の方が有利な立場にいるだろう。


 しかし、皇位継承までにはまだまだ時間がある。ヘスティリアが今の勢いで味方を増やして、夫であるヴェルロイドが後ろ盾になって軍事面で彼女を支えた場合、皇太子の立場はドンドン弱体化してしまう可能性があった。


 これは。皇帝としては考えなければならなかった。ヘスティリアが皇帝になる事など彼にとっては許されない事だった。兄である先帝が崩御してから、彼は突然帝位を継がされて必死で皇帝の職務を務めてきた。そうして今では立派な皇帝として敬愛される存在になっているのだ。彼としては苦労して確立したこの地位を、息子である皇太子に何としても継いで貰いたいのだ。今更出て来た兄の子供に継がせるなどとんでもない。


 こうなれば、皇帝の頭の中はヘスティリアを皇帝にしないためにはどうするか、という方向に動かざるを得ない。簡単に思い付くのは暗殺だ。ヘスティリアをサクッと殺してしまえば何もかも解決だ。


 しかし、ヘスティリアの隣にいる銀髪の大男。ヴェルロイドの問題がある。彼がヘスティリアを愛していることは、こうして同時に対面すれば明白だ。ヘスティリアを暗殺すればヴェルロイドは間違いなく怒り、皇帝への恨みを覚え、最悪帝国からの離反を企むだろう。


 では、ヴェルロイドも同時に暗殺すればよいのかというと、それも難しい。ヴェルロイドは領地に深く根を張った元王族だ。その彼を暗殺したらアッセーナス辺境伯領全体が撃発してしまうかもしれない。


 つまり、アッセーナス辺境伯領のことをなんとかしない限り、暗殺という安易な手段は取れないのである。


 ではどうするか。皇帝は頭を悩ませた。こんな事なら前回にヘスティリアが提案した、彼女を皇族と認めないという方法をとれば良かった。しかし、それも今となっては問題が多い方法だったと言わざるを得ない。いくら皇帝がヘスティリアを皇族と認めないと言っても、彼女の生みの母であるイラスターヤ伯爵夫人やその一族は、必ずヘスティリアの取り込みに動いただろう。皇帝が頑なにヘスティリアを皇族と認めなければ、最悪その派閥との対立を招き貴族界を二つに割りかねない。


 ではどうするか。既にヘスティリアの希望が出てしまった以上、これを容れるか却下するかという事になる。却下するなら別の提案をしなければならないが、それをヘスティリアが受け入れるかは分からない。


 今更ながら、皇帝は前回の面会でヘスティリアの処遇を決めておかなかった事を悔いた。あの時ならヘスティリア自身はほぼ帝都では無力な少女だったのだからどんな扱いにも出来たのだ。しかし、すっかり帝都に根を張り、貴族の間に影響力を持つようになってしまった今では、彼女の意に沿わぬ扱いはもう出来ない。


 結局、皇帝はこう言うしか無かった。


「分かった。アッセーナス辺境伯家にヘスティリアが嫁入りした場合、一代に限りアッセーナス家を皇族として取り扱う事にする」


 ヘスティリアは首を傾げる。


「一代に限り?」


「そうだ。其方の子の代からは、アッセーナス家は侯爵とする」


 つまり、次代には皇族としての地位を認めないという事だ。これは特に珍しい扱いではなく、皇帝の息子が多い場合、公爵家を興しても、次代にはすぐ侯爵とされる事も多いのだ。姫の降嫁であれば妥当な扱いだと言って良いだろう。


 これには皇帝にもメリットがあり、アッセーナス家を帝国貴族としては例外的に皇族に繋がらない辺境伯家から、普通の帝国貴族である侯爵として取り込むことが出来るのだ。一時的にでも皇族として扱うというのはかなりの厚遇であるから、ヴェルロイドやアッセーナス家、そして領民の帝国と帝室への心証の向上が期待出来るだろう。


 問題はヘスティリアが受け入れるかどうかである。ヘスティリアが一体何を企んでいるものか、皇帝には全く分からなかったからだ。


 しかし、ヘスティリアはニッコリと麗しく微笑んだ。


「分かりました。ではそのようにお願い致しますわ」


 ヘスティリアの返答に、皇帝も皇太子も胸を撫で下ろした。これでヘスティリアは皇族だが、公爵家を興すよりも一歩下がった扱いを受ける事になり、帝位から遠のくことになるからだ。呼び方としては一代公爵とでもなるだろうか。


 ほっとする皇帝とは対照的に、皇妃は眉の間に皺を寄せていた。彼女としては、このヘスティリアの扱いに少し懸念を覚えたからだ。


 というのは、これでヘスティリアは皇帝から「特別な」待遇を認められた事になるからだ。先帝の庶子であれば、どこかの既存の公爵家の養女になるのが普通の扱いであって、それをわざわざ婚家を皇族扱いにするという特別扱いをする必要はない筈だ。


 公爵家の娘としてなら侯爵家に嫁ぐ事はよくある事なのだし、そうすれば特別な前例を作らずに済んだ筈である。


 それをわざわざ前例の無い扱いにすることによって、ヘスティリアに「皇帝に格別配慮されている」という箔を与えてしまった。これでは、既にヘスティリアを支持している貴族達は喜んで一層の支持をヘスティリアに与える事になるだろう。


 そして、皇族扱いになるヴェルロイドの問題もある。ヘスティリアは女性であるので、帝国における政治力はどんなに頑張っても一定以上にはならない、政治はあくまでも男性貴族の役目だからである。女性貴族が政治力を発揮しようとするなら、どうしても夫を通さなければならないのだ。


 ヘスティリアの夫が、帝国政界には何の影響力も無い辺境伯である限り、ヘスティリアの支持力は大きく制限されるのだ。それこそ、支持者の夫人からその夫を通すという迂遠なルートを使う必要があるだろう。


 しかし、ヴェルロイドが皇族扱いを受ければ、彼が帝国の政界に直接影響力を振るうことが可能になる。彼は恐らく皇族に相応しい政治的役職を皇帝に要求する事だろう。そうなればヴェルロイド自身に政治力が備わる事になり、ヘスティリアの意向は格段に通り易くなる。


 そうなればヴェルロイドとヘスティリアを支持する者は更に増えて勢い付く事だろう。現状、政治力が実は皆無であるにも関わらず、女性貴族界で最大派閥を率いるまでになっているヘスティリアである。これに政治力が加わったら男性貴族からの支持も集まって手が付けられなくなるのではないか。


 皇妃はそう考えたのだ。彼女はヘスティリアをジッと見詰めた。するとヘスティリアは皇妃の視線に気が付いたか視線を返してきた。


 そして、ニーッと、口角を持ち上げて、笑ったのである。


 それを見て皇妃は、この接見において、全てがヘスティリアの思い通りに運んでしまった事を悟った。


 しかし、それに気がついてももう後の祭りというものなのである。

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