エピローグ:偽装彼女が彼女に変わる?




「……というわけで、富士山に三人で登ってきましたっ! 日本で一番高いところで、絆を深めてきました! これ、お土産です!」


 おばあちゃんに自信満々で報告をする私たちである。

 私たちは彼女の提示した「日本一の何か」をやり遂げたのだ。


「ふむ、富士登山ですか……。なるほど」


 おばあちゃんは私たちの報告を聞くと、目を閉じてうむむと唸る。

 「合格」とか「試練クリア」とか何でもいいからポジティブなことを言ってくれと心の中で手を合わせる。

 もし、これでアウトだったらグレちゃうよ、私。


「いいでしょう。合格とします」


「やった! やったぁああ!」


 はしたことないけど、思わずガッツポーズをする私。

 そりゃそうだよね、頑張りが認められて嬉しくないはずがないもの。


「恋愛脳、物欲、それに肉欲の三人、あなたたちの顔も良くなりましたね」


「あ、ありがとうございますっ!」


 三人は褒められたと思ったらしく、深々と頭を下げた。

 いや、あんたたち、とんでもないあだ名をつけられてるんだけど。

 花のJKをそんな呼び名で呼んでいいのか。


 何はともあれ、これで私の試練は終わり!

 三人とのややこしい関係も解消して、友達として過ごせるのだ。

 これまでみたいなぐーたら生活は改めるけど、悠々自適な一人ぐらしをスタートさせるよっ!


 



「うぅー、まだ筋肉痛がひどい」


 富士登山の次の日、私はものすごい筋肉痛に見舞われていた。

 正直、学校をさぼりたいほどの痛みで、動くのもキツイ。

 特に太ももがひどい。

 これで足が細くなってくれれば万々歳なのだけど。


 一学期の終業式も近い。

 これから夏休みだと思うと、少しは気分が晴れてくるってものだ。

 今年は日本中のかき氷とパフェを喰らいつくすと決めているのだから。

 富士登山を達成した私はいわば無敵状態である。

 なんなら47都道府県全制覇できる予感さえある。


「ねね子、ちょっと来て」


 昼休み、さぁ、これからご飯だぞっていうタイミングで香菜が私の腕を引っ張る。

 彼女にしてはちょっと強引な物言い。

 何か急用があったのだろうか。


「え、えーと、なんだろ?」


 彼女に連れてこられたのは、いつぞやの部室棟の裏だった。

 そう、関ケ原先輩とひと悶着あった場所である。


 こんなところに連れてきて、香菜は一体何の用事があるというのだろうか。

 私のお腹が悲鳴をあげそうだというのに。

 しょうがないのでポケットに入れておいた羊かんをかじる。


「ねね子、こないだ、おばあさんの一件が片付いたら、お願いがあるって言ってたじゃん?」 


「あぁ! あれね! もちろん、覚えてるよ! 香菜にはすごくお世話になったし!」


 私は先日、香菜とのデート(?)を思い出した。


「あ、あのね、ねね子、私……」


 香菜がもじもじしながら口を開く。

 いつものクールな彼女とは大違いで、ちょっとだけ嫌な予感がしてくる。

 お願いだから、この場でプロポーズとかしてきませんように!


「ちょぉっと待ったぁ!」


「御花畑君、抜け駆けは許さないよっ!」


 私が身構えたその時のこと、後ろの方から女の子が声をかけてくる。

 一人は那由、もう一人は関ケ原先輩だ。

 那由は私と同じように筋肉痛で動きがぎくしゃくしてるけど、関ケ原先輩は何も変わった様子がない。

 

「ええい、ねね子、話を聞いてくれ! 私は、ねね子が好きっ! 何回生まれ変わっても、ねね子のことが大好き! ずっとずっと好きだったの。死んでも好き! ねね子が死んだら、私も死ぬっ!」


「うぉ」


 香菜の口から飛び出したのは、私への告白だった。

 那由たちが現れたにも拘わらず、そんなことをするなんてすごい度胸。


 し、しかし、告白の中身がなぁ。

 香菜の告白がなんだかすごく重い女ぽくて、いかにも香菜って感じだった。

 私は来世とか信じるタイプじゃないけど、それでも香菜の言おうとしていることはわかる。

 彼女は私のことが本気で好きなのだ。

 香菜はぼろぼろと涙をこぼして、うつむいてしまう。

 勇気を振り絞ったのだろう。

 その姿に私は胸を打たれる。

 思わずもらい泣きしてしまいそうになるほど。 


「ねね子さん、私も、いや、私こそがねね子さんのこと一番、好きっ! お金とか、持ち物とか、そんなことより、ねね子さんそのものが好きなのっ! ねね子さんのこと、一生、食べさせてあげる! うちの味噌汁を一生、飲んでくれてええよ!」


「ひぇ」


 香菜に続いたのは那由だった。

 それはもう愛の告白みたいなもので、心がじわじわ温かくなる。

 家族思いで優しい那由の気持ちは十分に私の心に届いた。

 あの時に私の作ってくれた、あの家庭料理のおいしさもしっかり覚えているよ。


 いや、いかんぞ、私、これは単に餌付けされてるだけなのでは。

 でもでも、美味しかったんだよなぁ。

 タコと里芋の煮っ転がしとか素朴な味が大好きなんだよ、私。


「僕もねね子君のことが好きだっ! 今回の件を通じて、僕はねね子君に美味しく食べられたいって、そう思ったんだ! 愛するより、愛されたい! 食べるより、食べられたいっ! それが愛ってものだろう? ねね子君、僕を美味しく召し上がってくれっ!」


「そ、そっち!?」


 関ケ原先輩はこんな時でも関ケ原先輩だった。

 那由がお金なんか関係ないっていうから、先輩も同じノリで体なんて関係ないって言うのだと思っていた。

 しかし、彼女はむしろ肉欲の方向に振り切ってしまったのだ。


「僕は君が好きだっ! 君の体が好きすぎてつらい!」

 

 どこからどう聞いても変質者の言葉で、潔すぎる。

 ここまでくると、呆れを通り越して笑ってしまう。

 攻められると本当は弱いっていう所を知っているからだろうか。


「なんでお前らも告白するんだよ?」


「はぁ? 私はちゃんとねね子さんにお願いしてたし」


「僕だってそうさ!」


 告白が重なってしまったので、三人は再びいがみ合う。

 よし、いいぞ。このままケンカしてくれれば、うやむやになるかもしれないよね。

 正直、私は三人とは親友のままでいたいのだ。

 修羅場になるのは勘弁だけど、富士登山を経て、三人はもはやそこまで対立しなくなっている。


 香菜の気持ちもわかるし、那由の好意も嬉しい。

 関ケ原先輩のかわいさだって理解できる。

 でも、本当にここで自分にGOを出していいのかわからない。

 しかも、一人にOKを出したら、なし崩しで三人にOKをだす予感がしてくるし。


「いや、ちょい待ちぃや! そもそも、告白ってお願いとちゃうやん?」


「あ、言われてみればそうだな」


「僕らが勝手に盛り上がっただけだもんね」


 ヒートアップするかと思われた三人だったが、むしろ沈静化の兆しを見せる。


「ねね子さん、私のお願いはキスをしてもらうことですっ! だって、もう付き合ってるんだしっ!」


「キス!?」


 口火を切ったのは那由だった。

 彼女は例の「お願い」として、私にキスを要求する。

 う、うそ、えっと、私、まだ誰ともキスしたことないんだけど。


「那由、ズルいぞ! ねね子、私もキスしてほしい!」


「ふふっ、じゃあ、僕もキスしてもらおうかな。濃いのを」


 しかも、である。

 香菜と関ケ原先輩も便乗してきたのである。

 

「あ、あのぉ、皆様、ほっぺちゅーでいかがでしょうか? それなら、その、なんとかなると申しますか」


 私は敢えて策に出る。

 欧米ではほっぺたにキスをするのは挨拶みたいなもんである。

 それならば、私のファーストキスがなくなるわけじゃないよね。


「ダメです」


「口がいい!」


「糸を引くまでっ!」


 三人は口を尖らせて猛抗議だ。

 那由と香菜の言葉はまだわかるが、関ケ原先輩のはなんかエロくて無理。


「大丈夫ですよ、ねね子さん、じっとしてれば終わりますし」


「おい、抜け駆けすんなよ! 一番最初は私がもらう」


「痛くしないよ? 天井のシミでも数えてればいいんだよ?」


「ひ、ひぃいいい!?」


 三人は興奮状態に陥ったのか、私の方に迫ってくる。

 いつの間にか壁際に追いやられ、退路を断たれたことに気づく私。

 女の子三人の桃色の唇が迫る。


 やばいよ、これ!?

 私もそっちの道に行っちゃうの!?

 でも、それも悪くないかもっ!?

 流されやすい自分の性格が嫌になる。


「お嬢様がた、そこまでですっ!」


 ほとんど諦めた瞬間のこと、私に助け船が現れる。

 声の方向を見やると、そこには女の子が立っていた。

 よく見ると、それは燈子さんである。どこからどう見ても。

 うちの学校の制服、いや、中等部の制服を着ている。

 胸元には「3-A」とご丁寧に学年とクラス名まで入っていた。

 あの人、やっぱり私たちよりも年下だったんじゃん!


「騙されないでくださいっ! これはある意味、擬態です!」


「そ、そうなんですか……。あんまりに似合うんでてっきり……」

 

「文句ありますか?」


「な、ないです。あ、ええと、ここには何をしに来たんですか? 助かりましたけど」


 制服のことを詳しく聞こうとするも、燈子さんにぎらりと睨まれたので断念。

 『ある意味、擬態』ってどういう意味なんだろうか。

 文句あるかとか言って、拳を見せつけるのもやめてほしい。

 私、あんたの雇い主なんだけど、広義では。


「この度、ねね子お嬢様に会長からの言づてがございましたので、お持ちいたしました」


「言づて?」


 燈子さんはそういうとタブレットを操作する。

 するとそこにはおばあちゃんが映っていた。

 相変わらず、ちょっとITを活用するおばあちゃんなのである。


「ねね子さん、あなたの今回の手腕、感心しました。あなたには猫井澤家の開祖、猫井澤ねねの血が濃く流れているようです。どうせなら恋人を四人、五人と増やして、子孫を繫栄させなさい!」


 画面の中のおばあちゃんは、うむうむと力強くうなづく。

 いや、そういう問題じゃないでしょ。

 そもそも、どうせならって何? 女の子相手だし、子孫繁栄もへったくれもなくない?


 おばあちゃんの理解しがたい提案に首をかしげる私。

 私は普通に一対一の恋愛でいいのだが。

 それも別に同性である必要もないのだが。

 第一、私とあの三人の関係は友だちに戻ったはずであって。


「ちなみに、今回の件が嘘だった場合には、ねね子さん、わかってますよね? すぐにでも私の家に来てもらいますけれど」


 画面の中のおばあちゃんは満面の笑みで脅しをかけてきた。

 ひぃいい、バレてる!?

 いや、バレたら大変なことになる。


「が、頑張りましゅうぅ」


「期待していますよ!」


 力なく言う私に満足したのか、おばあちゃんはびっと親指を立てる。

 すると、タブレットの画面がぷつんと暗くなる。

 なんなんですか、あんたは。

 孫を脅してなんになるって言うんだ。


 うぅうう、困ったぞ。

 恋人がいるふりをしながら、高校生活を続けなくちゃいけなくなったじゃん。

 しかも、三人の存在をおばあちゃんが認めてしまった。

 冗談じゃないぞ、一族の長が認めてしまうなんて。

 これ、結構、詰んでる流れなんじゃないか。

 だって、どう考えても、三人は調子に乗るよね。親族公認だとか言って。


「ねね子、私、いつになったら猫井澤って名乗れるの? おばあさんも認めてくれてるみたいだし、そろそろ……じゃない?」


「あ、圧がすごいよ!? 一旦、落ち着けっ!」


 一部始終を見ていた香菜はきれいな笑顔でそんなことを尋ねてくる。 

 三年ほど付き合ってるのに、なかなか結婚の話をしてくれない男に業を煮やしたアラサー女子みたいな表情である。

 かわいいけれど、鬼気迫るものを感じる。圧がすごい。


「ねね子さん、これからご飯は全部私が作ります! それで食費が浮いた分を投資に回すのはいかがでしょうか! ねね子さんの食費、少なく見積もって50万円ぐらいを、ぶち込むんです! 最近はこの暗号通貨がおすすめですねん! アラブの大富豪の知り合いが開発に関わってて、なんと今年に入って急上昇して……」


 那由はグラフやらなにやらのついた資料みたいなのを渡してくる。

 投資がどうこうとか書かれてるけど、どう考えても、怪しい。

 この子、壮大な詐欺に引っかからないか、たいそう心配である。

 いや、おばあちゃんが那由のことを認めたからって、そういう怪しい投資を認めたわけじゃないからね!?


「ねね子君、やらないか?」


「やらないですっ! っていうか、なんで裸!?」


 関ケ原先輩の言葉はとてもシンプルだった。

 先輩は私に最高の笑顔を向けていた、下着姿で。なぜかベンチに腰掛けて、微妙に下を履いてるのか履いてないのか分からないようなスタイルで。


「安心したまえ、履いてないよ?」


「履いてくださいっ! 服着て下さいっ!」


 やるわけない、他の人もいるのに。

 いや、他の人がいなくたってやらないよ、外だし。

 いやいや、外とかじゃなくて、私はやらないのっ!

 この人、本当にいつか通報されると思う。私に。


「な、なんでこんなことになったんだぁ」

 

 三人の波状攻撃に疲れ切った私は荒い呼吸をするのだった。

 わかっている、私が悪いってことは。

 おばあちゃんに真実を伝えずに、騙し通してしまった報いなのだってことも。

 

 うぅう、三人とも友達だったら素晴らしいのに。

 よぉし、決めた。

 こいつらを友だちにしてやろうじゃないか。

 っていうか、香菜、あんた、私の幼馴染で親友だったろ、この間まで!


「ところで、お三方は何をされていらっしゃるのですか?」


 燈子さんは今更ながら、私を取り囲む三人に気づいて、けげんな表情をする。

 話の腰を折られた三人は不満そうな表情。


「何をされてるんですかじゃないわよっ! ねね子さんに告白をしてOKをもらったから、キスしようとしてたのに!」


「今、一番、いい所だったんだから」


「つまり、燈子さんはおじゃま虫ってやつだね! 僕は妊娠しそうなほど濃いのをもらうよっ!」


 私は告白にOKを出したつもりは微塵もないのだが、いつの間にかそうなっていた。

 あわわわ、新たな修羅場な予感。

 このままじゃ、流血沙汰になるかもしれない。


「お嬢様がた、ここは一つ、ねね子様の唇を奪うレースを初めてはいかがでしょうか。僭越ながら、私、駒走燈子も参加させていただきます。なぜ人は唇を奪うのか、そこに唇があるからにございます」


「いいねぇ! 僕もそう言おうと思っていたんだよ!」


 燈子さんがめちゃくちゃな提案をするも、関ケ原先輩と即座に賛成。

 つづいて、那由と香菜も「うちもやるわい」「やらいでか」などと言い出す。

 三人はまだ分かるけど、なんで燈子さんまで!?

 そもそも、あんた私の家のメイドでしょ。

 ここは諫める立場なのでは。

 

「ちょっと待った! 私、女の子のこと、好きってわけじゃないからっ! そういうのわかんないし、困るんだよぉおおお!」


 私はみんなを置いて、逃げ出すことにした。

 自分の気持ちもよくわかんないのに、キスなんかできるわけないじゃん!

 愛されてるのかもしれないけど、嫌いじゃないかもしれないけど、私は彼女なんかいらないっ!

 神様、私がこんなに女の子にモテるなんて聞いてないんですけどっ!?





【お嬢さまの体重】


 マイナス600g


______________________________


《作者より》


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