第29話 いよいよ、いよいよ、いよいよ頂上!?
「晴れてる! 晴れてるよぉ!」
「うわっ、眩しいっ!」
「ありがたいわ、ほんまに! うちらの勝利!」
「よぉっしゃ! 晴れたら僕は百人力だよ!」
次の日。空はしっかり晴れていた。
昨日は雨に降られてどうなることかと思ったが、なんとかなってよかった。
まぁ、少しの雨降りなら登ってたとは思うけどね。
山小屋で朝食を終えると、身支度を整えていざ出発。
あとは1時間ほど登るだけだとのことで、気分も少しは楽になる。
「最後まで気を引き締めていきますよ! 油断してると危ない場所もありますからね。雨に濡れて足元も滑りやすくなっていますので、十分に注意してください」
出発に当たって、燈子さんは歩き方と呼吸についてを再度レクチャー。
体力は十分に戻っているけど、ここで焦ってはいけないとのこと。
そうだよね、みんなで一緒に成し遂げることが大事なのだ。
脱落することなく登頂したい。
「それじゃあ、出発!」
私たちは山頂を目指して歩き出す。
もうご来光の時間は終わっているので、登山道は渋滞することもなく快適だった。
マイペースで登れるのはそれはそれでありたいことだよね。
一歩、一歩、足に力を入れる。
昨日の登山で太ももがだいぶ疲れているらしく、明らかに足の感覚が変だ。
足を踏み出すたびに感じる、鈍い痛み。
つらいし、きつい。
頂上を見上げれば、それはまだまだ遥か彼方に感じる。
まるでこの世には存在しない、幻の桃源郷に向かっているかのような気分。
「うぅ、小学生でも登ってるって言いだしたの誰よ」
「悪かったってば。しょうがないじゃん、ウェブニュースになってたんだし」
「それって珍しいからニュースなんでしょ?」
「まぁな、中学生の登山はニュースにならないよな」
「はぁ? それって登山失敗した私への当てつけやな?」
那由と香菜は朝から元気にやり合っている。
今さら、富士登山を成し遂げた小学生ってすごいなぁって心の中で尊敬する。
いや、富士登山をした全ての人を私は尊敬してしまう。
私たちを追い越していく集団の中には、おばあちゃんと言える年の人もいる。
すごすぎる。
どういう脚をしてるんだろうか。
「かなり急だよ」
山頂がようやく見えてきた辺りで、傾斜のキツイ岩場に到着。
正直、泣きたくなる。
こんなに辛いことを私は今まで経験したことがなかった。
勉強も運動もこんなに頑張ったことはなかった。
私にとって初めて本気で取り組んだ体験なのだと思う。
苦しいけど、爽快だった。
私だってやればできる、そんな風に思えたから。
「金ヶ森君、大丈夫かい?」
「大丈夫ですっ! 昨日、ちゃんと寝れましたし」
「いびきうるさかったもんな」
「んなぁ!? あんたこそ、ねね子、ねね子、寝言がうるさかったわよ!」
みんな励ましあって、時にはおしゃべりをして山頂を目指す。
あと少し、あと少しと思って山頂を眺めても、ちっとも近づいてこないんだけど。
「ねね子、ちゃんと水飲んでる?」
「あ、そだね。ちょっと飲まなきゃ」
心が焦りそうになったら、むしろ立ち止まることも大事。
喉の奥に染み渡っていく水はまるで命の水だ。
ゆっくり、ゆっくり、自分のペースで。
呼吸だけには気を付けて。
脚は痛いし、呼吸も苦しい。何より辛いし、泣きたい。
いや、目じりはすでに涙で滲んでいる。
だけど、私は登ってきた。
足元には素晴らしい風景が広がっている。
たなびく雲は私たちに頑張れと鼓舞するかのように美しいグラデーションを見せている。
ありがとう、富士山。
あなたのおかげで、私、頑張れるかも。
「あと少しだね、みんなで登るよ!」
ようやく頂上付近の鳥居が見え、私たちは最後の石段を登っていく。
これがまたしんどい。
岩場には岩場の階段には階段の辛さがある。
そして。
私たちの目の前に山頂の景色が現れた。
大きな鳥居と神社、それに沢山のたてもの。
富士山頂上と書かれた石碑を前に全身の力が抜けていくのを感じる。
しゃがみ込みたいけど、それ以上に嬉しくて飛び跳ねてしまう。
「つ、ついたぁああ!」
「やったじゃん!」
「やったぁああ!」
「ついたね!」
みんなで抱き合って喜んだ。
私たちは成し遂げたのだ。四人で富士山に登るって決めて、お金を用意して、トレーニングをして、登ってしまったのだ。
たくさんの人が登っているし、一つの観光の形でしかないこともわかってる。
だけど、すごくすごく誇らしい気持ちになっていた。
「それではお嬢様がた、私は休憩所を確保してまいりますので、神社を参拝されてください」
「はーい」
休憩もそこそこに神社へと入る。
外からの雨風を防ぐためなのか、立派な屋根がついている神社だった。
お賽銭を入れて、二礼二拍手一礼をする。
富士山に登るという目標は達成できたので、もはや何かをお願いすることはなかった。
だから私は心の中で念じる。
今日は登らせていただいてありがとうございました。
本当に素晴らしい体験をありがとうございました。
みんなの協力があってここまで来れました。
また、このメンバーで登らせてください。
そんなことを。
このメンバーが、富士山に登っている人が、いや、この地球にいる全ての人が幸せでありますようにと祈る。
今の私は欲しいものなんかなくて、あれだけあった食欲さえ忘れてしまっていた。
不思議なぐらいに充実しているのだ。
これって悟りの境地に近いのかもしれない。
ふふふ、今の私に煩悩など存在しないっ!
このまま普段の生活に戻ったら、ものすごい聖人として崇められるかもしれない。
思えば、おばあちゃんのお説教を受けた帰り道、私は道すがら神社でお願いをしたんだっけ。
恋人が欲しいって。
私の思っていた方向とはちょっと違ったけど、それでも、すごくいい「恋人」ができたことには感謝したい。
三人ともすごくいい子で、私なんかにはもったいない。
早く目を覚ましてくれればいいのだけど。
「金運上昇のお守り! 御朱印げっとやぁあ!」
「うへへ、恋愛成就! これでハワイアンウエディングまっしぐら」
「なんだかよくわかんないけど、お札買ってみた!」
三人をながめると、まだまだ煩悩に支配されているようである。
とりわけ那由の喜びようは凄まじい。
あの子、すごくモダンな雰囲気だけど、御朱印集めが趣味なのか。渋い。
そんな時である。
私のお腹が悲鳴を上げた。
ぐぎゅううううるぅううううう、などとヘンテコな音が神社の中で響き渡る。
他の登山客が何ごとかと驚き、周囲を見回す。
うふふ、私の煩悩が戻ってきたようですね。
「ねね子、今の音」
「な、なんだろね。あははー、それじゃ燈子さんのところに行こうか」
これはもうはぐらかすしかないっというわけで、ちょっとダッシュ気味に外に出るのだった。
もちろん、富士山の頂上でそんなことをしてはいけない。
私の心臓はすぐに悲鳴を上げて、思わずその場にしゃがみ込んでしまう。
よい子は真似したらダメだぞ。
「お、おいひぃいいい!」
その後、休憩所で食べた豚汁のおいしさ。
これを私は一生忘れないだろう。
頂上の冷たい空気の中だからこそ、際立っておいしく感じたってのもあるかもしれない。
なんせ真夏の七月にも関わらず、気温は6℃しかないのだ。
温かい豚汁が体中を駆け抜けて、私にパワーをくれる。
美味しさって料理の値段じゃないんだなって、その時、私は心底思い知ったのだった。
「お嬢様の目標は達成されましたので下山することも可能です。ただし、もし、元気があれば、お鉢めぐりといって、山頂をぐるっと一周することも可能です。いかがいたしますか?」
休憩後、燈子さんが言うには、お鉢めぐりのコースの中に日本で一番高いポイントがあるという。
いわゆる、海抜三千七百七十六メートルという地点である。
だったら、私たちの答えは決まってるよね。
「行きますっ!」
珍しく、四人とも声がかぶり、私たちは再スタートを切ったのだった。
豚汁を食べて気力も体力も十分に回復してたし、登山ほど辛くはない。
日本で一番高い所では写真を撮るための行列が出来ていた。
みんな考えることは同じなのだろう。
一瞬でもいいから、日本で一番高い場所に存在してみたいのだ。
浅はかだって笑うかもしれないけど、それでも楽しいからヨシ!
「すっごく高い所にいるんだね、私たち」
「なんせ日本一だからね! 僕も大会に向けて頑張らなきゃ」
全ての行程を終えた私たちは帰途に就くことにした。
視界が開けているのはすごく爽快で、ずっと奥の大地の果てまでも見渡せる。
これから私は富士山を見るたびに思うんだろう。
私は、いや、私たちはあの山に登ったんだって。
「さぁ、下山しますよ! 決して焦らないようにしましょう!」
燈子さんが先導して、私たちは下山ルートに入っていく。
下るのは楽とはいえ、それなりに大変で、那由の膝ががくがくがくし始めたり、駆け降りた関ケ原先輩が止まらなくなったりとハプニングはあった。
とはいえ、なんとかもとの登山口に到着。
かくして、私たちの富士山への挑戦は達成という形で幕を閉じたのだった。
ありがとう、みんな。
ありがとう、燈子さん。
ありがとう、富士山。
感謝。感謝。
【お嬢さまの体重】
マイナス500g
PS.
この後、みんなで温泉に入ったのだが、三人がなぜか修羅場になったのはまた別のお話。
三人がボクシングでいうところのクロスカウンターを放ち、トリプルノックアウトで沈んだのだ。
何やってんだか。
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