第28話 山小屋到着! 女子五人で密室で就寝。何も起きないはずがなく




「着いたぁあああ!」


 雨との格闘の末、私たちは雨に降られながらも山小屋に到着した。

 ヘロヘロの状態で、山小屋の縁側みたいなところに腰を下ろす。

 寒い、辛い、足が痛い、体が軋みを挙げているのがわかる。

 屋根付きの建物の中にいるだけで一安心だ。

 雨に降られると風雨をしのげるってことのありがたさをひしひしと感じる。

 山小屋はしっかりした作りで、よくぞこんなものを作ったものだと感心する。

 人々の富士登山への情熱の現れなんだろうか。


「ねね子君にはお世話になったね。本当に本当にありがとう」


「ほんとですよっ! でも、雨に濡れた先輩の顔、かわいかったなー」


「えぇえ、そ、そんなことないよ!? ぼ、僕はかわいくなんか……」


 フードを脱いだ先輩の顔は真っ赤になっていた。

 そう、彼女の弱点は「かわいい」と言われることなのだ。

 今までさんざん引っ掻き回された分を取り戻していかなきゃね。


「香菜、あと少し!」


「ありがと、助かった」 


 そうこうするうちに那由が香菜を励ましながら到着する。

 意外や意外、二人はもはや衝突することさえないようだ。

 あんなに仲違いしていたのが嘘のよう。


「べ、別に、苦しそうにしてたから放っておけなかっただけで!」


 からかうような視線を送ると、香菜はツンデレぎみに反論してきた。

 あぁ、いいなぁ。

 二人ともいい友達になってくれたのかな。


「お嬢様、それではこちらに個室を取ってございますので、ご案内差し上げます」


 燈子さんが手配してくれていた個室に私たちを案内してくれる。

 私たち5人で同じ部屋に眠れるとのこと。

 案内されたのはお布団がざざーっと敷いてあるお部屋。

 ふわふわのお布団がありがたい。

 疲労困憊している、お布団に埋もれてしまうと、そのまま眠っちゃいそうである。

 でも、今眠るわけにはいかないのだ。

 ご飯、ご飯を食べていないのである!


 私たちはとりあえず荷物を置くと、下の食堂へと向かう。

 そう、これから待ちに待ったお食事なのである。

 途中の山小屋でも食料補給はしたけれど、これを食べるためにやってきたのだ!

 富士山の頂上なんかより、正直、こっちのがお目当てという説もある。


「ひゃあっほぉおお! カレーだよぉ、ハンバーグ乗ってるよぉ! うぐぐ」


 大喜びしすぎた私の血圧は一気に上がり、心臓がばくばく言い始める。バカか私は。

 高地で騒ぐのは危険だってのに。

 

「おいひぃ、おいひぃよぉ」


 カレーを口に含むと、しっかりしたお味。

 疲れきった体が糖質・脂質・タンパク質を欲しがっているのがよくわかる。

 温かいものを食べられるって、本当にありがたい。

 これを作ってくれた山小屋のスタッフさんや、運んでくれた人や、材料を作ってくれた人たちに感謝。地球に感謝。

 私は未だかつて、こんな風に食べ物に感謝することはなかった。

 今までの私はただただ美味しいものを無謀に食べつくすモンスターだったのだ。

 これからはもっと感謝して食べ物を食べよう。

 これが分かっただけでも富士山に登って良かったと思う。


「おいしい。前来た時より、ちゃんと味がわかるかも」


 高山病を心配されていた那由であったが、今のところ、調子は悪くなさそうだ。

 顔色もいいし、頭痛や吐き気はないとのこと。

 唯一、気になることがあるとすれば、トイレに行くだけで動悸がするとのこと。

 それって、山小屋のトイレが有料(一回二百円)だからなのでは?


 とまぁ、お喋りをしながら食事を終える。

 夜はゆっくりと更けていく。

 晴れていれば満点の星を眺めることができたらしいけど、残念ながら外は雨。

 それもこちらまで雨音が聞こえるほどの強い雨だ。

 明日はどうなることやらと不安が増す。


「明日ですが、もしも、このまま雨足が強まって、登山に適さないと判断した場合には待機したのちに、下山いたします。お嬢様には申し訳ありませんが、三人の安全が一番大切です。安全管理は私に一任されておりますので、ご理解ください」


 就寝する前に私たちは最後のミーティングをする。

 燈子さんは真剣な表情で、私に確認を促した。

 すなわち、最悪の場合、登頂失敗の可能性もあるということだ。


「わかってます。お願いします」


 その言葉に反論することなんて、私にはできない。

 富士山に登れなくても死ぬわけではない。

 おばあちゃんの試練に成功しなくても死ぬわけではないのだ。

 この三人を巻き込む以上、安全だけは絶対に確保しなければならないのだから。


 それに私は思っていた。

 試練に挑戦することで、みんなをもっと知ることができたし、みんなとの絆をもっと深めることができた。

 失敗したとしても、私のした選択には悔いがないって。

 仲間を募って、アルバイトをして、勉強をして、体力づくりをした。

 食べ物のありがたみも、友だちのありがみも、骨の髄まで入りこんだ。

 この温かい気持ちが無駄なはずがない。

 得るものはあったのだ、結果は何であっても。


「ねね子、大丈夫、何があってもうまくいくよ」


「失敗したら私も一緒に謝ってあげますよ!」


「ねね子君、僕は土下座が上手なんだ。お手本を見せてあげるよ」


 三人は私の肩をぽんぽんっと叩いてくれる。

 いい友達、いや、いい恋人たちだと思う。

 この三人と一緒に来ることができて、本当に良かった。


「うふふ。それでは眠りましょう。酸素が薄いので、辛い時には上体を起こして休むといいですよ」


「はーい」


 私たちは布団に潜り込む。

 旅館なら枕を投げたりするんだろうけど、今日はもう脚も痛いし、クタクタだ。

 お布団がふわふわなのも幸いして、私はすっかり眠くなっていた。

 ご来光を見る人たちは夜中の2時とかそれぐらいに出発するというけど、すごい根性だね。

 もっとも、今の天気じゃ、朝日が見えるかどうかわからないとは思うけど。


「あ、私、化粧落とさないと眠れないんだ」


「それ私も」


「僕は汗を拭かないとだね」


 すっかり寝入ろうとしていた私とは対照的に、三人は色々やることがあるらしい。

 私もメイクはしていたのだが、日焼け止めの上に薄くした程度だったし、汗でけっこう流れていた。

 早い話、まぁ、いいやと割り切ったのだ。

 私って案外、図太い性格らしい。知ってたけど。


 登山の間、那由も香菜もばしばし写真撮ってたし、メイクはばっちりしていた。

 二人とも本当にキラキラ女子だなぁって思うよ。

 なんで私なんかのことを気にかけてるのかさっぱりわかんないけど。


「本当は洗顔したいけどなぁ」


「外の手洗いまで行くとか無理! 超寒くて凍ってまうで」


 二人はなんやかんやいいながらメイク落としシートで顔を拭いて、さっぱりした様子。

 っていうか、二人ともメイクしなくてもかわいい。目が大きい。うらやましい。  


「ふぅ、やっぱりこれだよねぇ」


 関ケ原先輩はというと、いきなり下着姿になって体をこしこし吹き始める。

 汗拭きシートのメンソールの香りがやけに爽やかだ。

 

「すごい、体っすね、先輩」


 アスリートらしくすっごく引き締まっている体である。

 腹筋がしっかり割れててすごい。

 下腹がぜんぜん、ふよんとしてない。

 その割に胸もけっこうあるし。

 この人、喋らなきゃ理想的な女の子なのかも。


「……もっと見るかい? ふふふ、ねね子君に視姦されるなんて興奮してきた」


「し、視姦なんてしてませんっ!」


 いや、ぜんぜん理想的じゃない。

 やっぱり変態は無理。


「ねね子もメイク落としなよ?」


「そうですよ! お肌に悪いですよ?」

 

「ふふ、ねね子君も拭いてあげよっか?」


 三人は私のところにやってくる。

 ひょっとして、物欲しそうな顔をしてたんだろうか。


「メイク落としはいいけど、体はムリ! ムリだからっ!」


 これには焦ってしまう。

 三人の前に私の体を晒すのははばかれる。

 羞恥心に火がついて、このまま燃えてしまいそうなのだから。


「いやいや、胸の下側とか汗をふかないとあせもになっちゃうよ?」


「よ、よくご存じで」


 関ケ原先輩はさすがに胸が大きいのもあって、私みたいな女子の悩みがよくわかっていた。

 そう、乳の下側は要注意なのである。

 気づいた時にはあせもができて、ひぃいいとなってしまう。

 しょうがないので、私は壁に向かってこしこしと拭くことにしたのだった。

 って、覗かないでよ!?

 めちゃくちゃ、恥ずかしいんだから。


「ねね子、背中を拭いてやるよ、幼馴染としてっ!」


「そんなん、手先の器用なうちの出番でしょ!」


「こらこら、がっつくんじゃない。こういうのは年長者に任せるものだ!」


「ひぎゃああ!?」


 三人にはデリカシーなんて文字はないらしく、私の傍ににじり寄ってくる。

 目をらんらんとさせて、正直、怖い。

 このままじゃ収まりがつかないので、一人十秒ずつ拭いてもらうことにした。


「ねね子の背中、かわいい」


 香菜は優しくまんべんなく拭き、


「はぁ、いいなぁ。このふにふに」


 那由は背中のお肉を攻撃し、


「たまらないねぇ、この肩甲骨! あぁ、最高だ」


 関ケ原先輩は新たな性癖を開花させていた。

 人の背中でよくぞそこまで興奮できるものである。


「お嬢様がた、仲良しはけっこうですが、そろそろ時間ですよ。ライトを消させていただきます」


 そんな私を救うのは燈子さんの一言。

 この人に案内してもらって本当に良かった。


「……明日も雨だったらかなわないね」


 ライトが消されて、真っ暗になった時、関ケ原先輩の不安そうな声が聞こえる。

 確かに耳をすませば、屋根に雨が当たっているのがわかる。まだ降っているのだ。


「大丈夫ですよ。雨が降っても、私が先輩の隣にいてあげますから」


 先輩のことがかわいそうになってしまった私は彼女の布団に入って、手を握ってあげる。

 その手はなんだか冷たくて、太陽のように明るい先輩のものだとは思えなかった。


「ねね子君、ありがとう。ひょっとして今から、始める気かい?」


「んな!? 何も始めませんよ!?」


「ふふ、冗談だよ。ありがとう。君はいつだって優しいね」


 先輩の意地悪な冗談に、優しくしてあげて損したと感じる。

 この人には基本、厳しく接しよう。


「それじゃ、みんなおやすみ」


 挨拶をして、ふぅっと息を吐く。

 酸素の薄さを感じるけど、寝れば少しは回復するはず。

 

 あぁ、神様、お願いします。

 どうか、明日は晴れますように。



【お嬢さまの体重】


 マイナス1キロ


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