第23話 高尾山ぐらいちょちょいのちょいですよ! この私にかかればね! さて、実際は?
「やっほー、二人ともかわいいねぇ!」
今日は高尾山登山と言うわけで、私たちは家の前に集合した。
香菜も那由も燈子さんが用意してくれた登山服に身を包んでいる。
それもこれもバイトを頑張った成果である。
すごく、かわいいです。
「ねね子君、僕も褒めてくれよっ! 今日の為に新調したんだ!」
ずずいと現れるのは関ケ原先輩である。
おへそが眩しい、いつぞやの陸上選手の服装だ。
あれ?
この人にも登山服を支給したんじゃないの?
「よく見てごらんよ、靴は登山靴さっ!」
「かわいいですけど」
陸上選手が登山靴を履いているという、目的のわかりにくい服装になってしまった。
「高尾山であればその服装でも問題はございません。それでは、みなさん、参りますよ。私は頂上でお待ちしておりますので」
燈子さんが運転してくれる車に乗って、私たちは一路高尾山を目指すのであった。
山頂ではお蕎麦&お団子パーティだね!
◇
「し、死ぬ、死んじゃうぅうう。たしゅけて、もうダメ」
登山開始から一時間後、私は生死の境をさまよっていた。
高尾山、こいつ、ものすごい坂なのである。
なんだこれ、ふざけんな。登山ってこんなに辛いのか。
そういや、小学校の遠足で山登りがあったけど、海外旅行に行ってさぼった気がする。
体が重い。
当社比3割マシなぐらい重い。
「ねね子君、だらしないぞっ! ほらほらっ、頑張ろう!」
小走り気味に現れるのが関ケ原先輩である。
太陽を浴びるだけで元気になるタイプの人間らしいが、私は逆だ。
照りつける太陽に体力を奪われていた。
「ねね子、日ごろの運動不足がたたってんぞ? 明日から、タクシー通学、禁止だからな」
「わ、わかってるよぉ、ぜぇぜぇぜぇ」
「まったく。ほら、肩を貸しな」
香菜は心配して私の肩を支えてくれるらしい。
口では厳しいけど、やっぱり優しい。香菜、すきぃいい。
私は香菜に体重を預けるようにして一歩一歩、進んでいく。
あんまり楽にならない。
高尾山の無慈悲な坂のせいだろうか。
私の体力がなさすぎるせいだろうか。
「あんた、何、どさくさに紛れて、ねね子さんの腕を腰に回させてんの?」
「ちっ」
那由の声で私は現実を理解する。
香菜は私の腕を恋人同士がやるみたいな感じで腰に巻き付けさせていたのだ。
ちっとも支えているはずもなく、楽になっているはずもなかった。
「よぉし、それじゃ僕が支えてあげよう。ねね子君はここが重いだろうからっ!」
「ひぇ」
関ケ原先輩がたったったったっと降りてきて、例の場所を支えようと手を伸ばしてくる。
うぅう、今の私は相当に疲弊していて、関ケ原先輩のセクハラから逃れるすべもない。
「ダメです! ねね子さんのお胸は持たせませんっ!」
「ふはは、それなら、育ち盛りのお尻はどうだっ!」
「あっち行ってろ、この変質者!」
そんな私を守ってくれたのが那由と香菜だった。
二人は私のナイトのごとく、前後から完璧なガードを見せる。
正直、お胸はともかくお尻を持ち上げてもらうのは助かる。
山頂まで支えて欲しいぐらいなのだが、ガードされている以上、自分から差し出すわけにはいかない。
「ね、ねぇ、あの集団、なにあれ……」
「みちゃダメよ……」
三人の異様な光景に、他の登山客から白い視線が飛んでくる。
私は関係ないんですと言いたいけれど、どう見ても当事者。
「僕はねね子君を純粋に心配してるんだよ! 今はばつんばつんでも、クーパー靭帯が伸びたらどう責任とってくれるんだい。さぁ、僕に任せるんだ!」
ほほを膨らませて怒りを表現する関ケ原先輩は周りの視線など一切解さない様子。
空中に私のそれを描きだし、両手で支える仕草をする。
「ママ、あの人」
「しっ、見ちゃいけませんっ!」
家族連れの登山客からそんな声が聞こえてきてしまい、この人を連れてきたことを心の底から後悔する私なのであった。
それにしても、高尾山がこんなにも辛かったなんて。
そう言えばお腹もすいてきた気がする。体が重い。
「ちょ、ちょっと休憩!」
私たちは道端に腰を下ろして、一旦、お茶を飲むことにした。
ひぃひぃ、疲れた。
こういう時は栄養補給である。
えへへ、昨日はこういう時のためにいろいろ調達しておいたのだ
「あのさ、ねね子のリュックって何が入ってんの? 大きすぎない?」
「いや、おやつとか? 小腹が空いた時のためのおにぎりとか? 羊かんとか?」
ここで怪訝な顔をするのが香菜である。
確かに私のリュックは他のみんなよりも大きかった。
関ケ原先輩に至っては水筒を持っているだけで、バッグすら持ってない。
この人、なんで何も食べないでピンピンしていられるんだろうか。
燃費が良すぎる体が羨ましい。
「……那由、ちょっとねね子のバッグ、持ってみて」
「うわっ、おもっ! 重たいですよ、これ! こんなの担いでたらそりゃあ、バテますよ!」
那由が私のリュックをもって、重い重いと悲鳴を上げる。
ここで私は自分だけが異様につかれていることに合点が行くのだ。
バッグの重さというものを考えずに登山をしてしまったらしい。
「富士山は途中途中で水も補給できるみたいだし、絶対に荷物減らしてよね」
「はぁい」
香菜にお小言を言われる私である。
私の計算では登山と下山の間に全部食べ切る予定だったのだが。
しょうがないので、一旦小休止だ。
とりあえず羊かんを取り出してキメることにした。
こっくりした甘さが口の中に広がる。おいひぃ。
「羊かんを切らずにいくスタイルなんですね」
「普通は高血糖で死ぬスタイル」
「たくさん食べる子は大好きだ!」
三人はお茶を飲みながら、私が食べるさまを観察していた。
そこまでおかしいことをしてるつもりはないのだが。
最近は羊かんをエナジーバー的に売り出しているところもあるし。
「よぉし、それじゃあこれは僕が持ってあげようじゃないか! あはは、重いなぁ! いいトレーニングになりそうだ」
休憩が終わると、関ケ原先輩が私のリュックを担いでくれるという。
何たる優しさであろうか。
この人を連れてきて本当に良かったと心の底から思う私なのであった。
よし、体も軽くなったし、これならやれるよっ!
しかし、私は知らなかった。
高尾山の登山にはまだまだトラブルがつきものであることを。
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