第22話 お嬢様、生まれて初めてバイトするよっ!




「お金、どうしよ」


 次の日のこと、私たちは神妙な面持ちで話し合う。

 私の計画のお金を調達するためである。

 香菜はモデルで稼いでるからいいとして、問題は私と関ケ原先輩、それに那由である。


 那由は自分のバイト代の一部を生活費に入れているらしい。

 そんな風にして稼いだお金を今回のプロジェクトに入れてもらうのは忍びない。

 できれば彼女の分も私たちが稼いであげたい。


「問題は短期でできるバイト先だよね」


 私たちに必要なお金は一人当たり五万円。

 それをあと二週間で稼ぐ必要があるのだ。

 不可能な数字じゃないとは思うのだが、どうやっていいのかわからない。


「僕の知り合いに人力車引いている人がいるけど、結構、いい稼ぎになるらしいよ! 走ることもできるし、一石二鳥だね!」


「一石二鳥はないと思うけど……」


「いや、誰かを乗せて走れるんだから、一石三鳥かぁ。うひひひ、いいなぁ、誰かの重さを感じながら走るんだよ、はぁはぁ」


 関ケ原先輩は浅草にいる人力車のバイトを紹介しながら一人で興奮する。

 人力車に観光客をのせて周辺をガイドするというお仕事だ。

 稼ぎはいいかもしれないけど、私はそんなに浅草に詳しくないし、そもそも、日差しの中を走りたくない。

 あれって、走れるからラッキーみたいな感覚でやってるわけじゃないと思うのだが。

 っていうか、人力車のシチュエーションで興奮できる人を初めて見た。


 スマホを凝視して、短期でがっぽり系のアルバイトを見るも、高校生は不可なものばかり。

 夏休みならともかく、高校生が集中的に働くって言うのは難しそうだ。


 そんな時、那由からメッセージが届く。


『ごめんなさい、バ先でインフルが流行ってて、今日は超忙しくて参加できませんっ!』


 どうやら、例の中華メイドカフェが忙しいらしい。

 あの時の彼女はかっこよかった。

 豪快に中華鍋を揺するのだから。


『お金は私も稼ぐから、絶対に行きます!』

 

 さらにメッセージが連投。

 それは私たちに釘を刺すような内容だった。

 彼女だって行きたいのだ、お金は大事なものだろうけど。


 香菜の気持ちに触れた私は心が熱くなるのを感じる。

 彼女の思いに応えるためにも、バイト先を探さなきゃいけないよね。


「そうだ! 金ヶ森君のバイト先で僕たちも働かせてもらえばいいじゃないか! インフルエンザなら1週間は来れないだろうし!」


「ナイスアイデアですね、先輩にしては」


 関ケ原先輩の提案は盲点だった。

 確かに、それが叶えば、ある程度の心強いことになるだろう。


 えーと、あそこの時給っていくらなんだろう。そもそも、バイト募集してるんだろうか。


 『中華メイドカフェ 好吃娘娘 アルバイト』で検索する私。


「行けますよ、これ! 臨時スタッフ募集! 短期OK! 時給もいい感じで、まかないつきっ! 高校生もOKだって!」


 これなら、富士登山までに五万円は稼げそうだし、何より「まかない付き」っていうのがいい。

 私と関ケ原先輩はここに面接に行ってみよう。

 

「よし、私もねね子と一緒に働く。モデルの仕事もあるし、全部の日程は無理だけど、私の分を那由に使ってもらえばいいから」


「香菜、あんた、偉いよ!」


 私たちの中で一番の稼ぎ頭である香菜は本来であれば、バイトなんかしなくてもよい立場だ。

 モデルの仕事は順調らしいし、普段は派手じゃないから貯金もあるだろうし。

 だから、ここで見せてくれた彼女の心意気に涙が出そうになる。

 いつもは衝突してるけど、香菜だって那由のことを大切に思ってるんだね。


「よし、それなら、僕たち三人で金ヶ森君の分を出し合おうじゃないか!」

 

「そうしましょう!」


「善は急げだ! 履歴書をもって、突撃するよっ!」


「はいっ!」


 というわけで、やたらやる気のある関ケ原先輩に率いられ、私たちは那由のバイト木に向かうのだった。

 ちなみに関ケ原先輩はバイトの面接に三回連続で落ちたことがあるらしい。

 さもありなんだし、フォローのしようがない。

 

 

「あぁ、いいよー。助かったよ、今日から入れる?」


 面接では那由と学校が同じだということを伝えると、履歴書なしで採用とのこと。

 生まれて初めての面接だったけど、こんなのでいいから。


「もぉおおお、そんなことしてくれなくてもいいのに! 香菜が言い出したんでしょ!」


「別に。って、おい泣くなよ!」


「はぁああ!? 泣いてないわよっ! って、なんであんたが泣いてるわけ!?」


「う、うるせぇ」


 那由は私たちがお金を出すというと、怒って見せる。

 だけど、その目尻には涙が浮かんでいた。

 ついでに香菜にも伝染したのか涙を浮かべていた。

 彼女たち、ダブルでツンデレなのである。


 あとは中華風のメイド服を着て、お料理を運んだりするということらしい。

 かわいい&セクシーなメイド服の競演。

 私の乙女心もきゅんきゅんするのだが、ここで問題が起こった。


「は、入らないじゃん……」


 支給された服に体が入らないのだ。

 引き締まった関ケ原先輩は当然のことだが、高身長の香菜も美しいチャイナ風メイドに変身した。

 しかし、私のメイド服は胸部分が小さすぎてダメだ。

 無理に閉じようとすると、ボタンがはじけ飛ぶと思う。

 あと、胸ばかりに意識が行くけど、お尻もなんかパツパツだ。

 しゃがんだら破裂する。

 自分の変な体型がつくづく嫌になる。

 っていうか、私、また太ってるよね、これ。


「ねね子君は下着にエプロンでいいんじゃないかな?」


「そういうお店じゃないですよ!」


「じゃ、裸じゃなくていいからエプロンつけて、胸でエプロンを挟んでくれないか?」


「嫌ですっ! ってか、なんなんですか。私だってそういうかわいいメイドになりたかったのに!」


 世の中の不平等をひしひしと感じる私。

 せめて、胸ぐらいは人並みの大きさがよかった。


「あ、そうだ! ねね子さんは店長の味見係をやってみたらどうかな?」


「味見係?」


「そう、店長って毎日、新メニューを作るんだけど、ご丁寧に一食分作るからみんな困ってるんだよね」


 ここで那由が素晴らしい提案をしてくる。

 なんだかよくわかんないけど、試作メニューを食べることが仕事らしい。


「やる! それをやらしていただきますっ!」


 かわいい服に身を包むことに憧れはある。

 お客様にちやほやされたい気持ちもある。

 しかし、人の役に立つことが最優先だ。

 これは別に私の食い意地が張っているからではないよ、断じて。

 人助けとして自分の特技を活かすだけで、天職に出会えたってものである



「はむはむはむ、ふぉお、こっちは塩気がちょっと足りないです。これはスパイス、効きすぎっすねぇ! むは、これはおいひぃですけど、黒酢と一緒に出すとさっぱりしてて最高かもです!」


 その後、私は厨房で味見係を担当した。

 店長さんが微妙に味を変えて作った料理を片っ端から試食。

 その中からもっとも美味しいと言えるものを選び出すという最高のお仕事だった。

 最高過ぎてお金を払いたいぐらいだ。


「ねね子、すごいね! あんた、いい舌持ってるよ!」


 店長さんにはすっごく褒められた。

 私、将来は食品関係の仕事につくのもいいかもしれない。毎日、試食できるなら。


「ニイハオー、いらっしゃいませー!」


 香菜たちの明るい声がホールから響いてくる。

 彼女たちもうまくやれそうだ。

 関ケ原先輩と香菜のメイド姿はたちまち評判になり、売上がめちゃくちゃ増えたのは後日談である。

 


「燈子さん、お金は何とかなりそうです!」


 バイトの帰り道、私はお金を稼ぐ当てがつきそうなことを燈子さんに伝える。

 他の三人にもわかりやすいように、ビデオ通話にしてある。


「資金確保ができそうとのこと、おめでとうございます! フードファイターで賞金稼ぎでもしたんですか?」


「飲食店でのアルバイトですっ! あ、そっか、フードファイターって言う手もあったか!」


「お嬢さま、冗談ですよ?」


 燈子さんの冗談は冗談になっていないと思う。

 大分、失礼である。


「あとはお嬢さまがたは登山できるように体力づくりをされることですね。例えば、タクシーを使わずに歩く、とかですかね」


 ここで燈子さんの瞳がぎらりと光る。

 明らかに私を狙い撃ちしにきている気がする。


 確かに私はタクシーをよく使う。

 最近ではアプリでぴってやるだけだから、いくらかかってるのかすらわかってない。


「あ、あはは、うちって、ほら、最寄り駅があんまりないからぁ」


「お嬢さまのマンションは徒歩5分圏内に3駅利用可能ですよ? 歩かれた方がダイエットにも効果的です」


「ぐぅ」


 ぐぅの音しか出せない正論であった。

 そりゃあわかってるよ、私だって歩いたほうが痩せるって言うのは。

 だけど、ついつい便利なものを利用しちゃうんだよね。


「体型のためにも体力づくりが次の課題ですね」


「た、体力づくりっすか」


 燈子さんの言葉がぐさりと刺さる。

 バイト先も基本的には座って試食するだけだし、このままじゃ太るのは間違いない。

 よし、体を動かして痩せることができたら、私もホールに出るようにしてもらおう。

 なんならチャイナ服を自前で用意してでも!


「体力づくりなら僕に任せてくれ! まずは吐くまで走る! そして、吐くまで走るんだっ!」


 ここでがぜんとやる気をだすのが関ケ原先輩である。

 体力づくりなんてワードをやすやすと出さないでほしい。

 

「関ケ原様、富士登山はゆっくりと進むのが一番。吐くまで走らなくても結構です。そうですね、前もって足を慣らすために高尾山でも登るなどはいかがしょうか」


 燈子さんの出したのは中々のアイデアだった。

 まずは低めの山で感覚を掴むってことだろう。

 しかし、それでも山登りは面倒くさそうだなぁ。

 別に富士山に一回登ればよくない?

 準備とかする必要ある?


「お嬢さま、高尾山の名物のお蕎麦は大変美味しいらしいですよ? お団子もあるそうです」


「行く! 行きます!」


 もちろん、私は快諾する。

 やはり前もって準備することって大事だよね。

 一見無駄に見えるかもだけど、そういうのこそ大事なのだ。


 と、いうわけで、資金調達の次は体力づくり!

 次回は高尾山に登っちゃおう!



【お嬢さまの体重】


 プラス1kg


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