第21話 富士登山の準備をしようっ! え、お金はどうするのかって?




「今日は富士登山について決めるよっ!」


 期末試験もクリアして、私たちはついに富士登山について具体的に話し合うことにした。

 場所は私の家である。


「何度来ても、ねね子君の家はいいなぁ。ねね子君のにおいがするよぉ。甘い甘い、パンケーキみたいな」


「うっそ、あれ、最新式のルンバ!? あれはイームズチェア!? あ、あれは草間彌生の花瓶やん」


「ねね子、借りてた本置いとくね」


 うちに来るのは二回目とあって、三人はそれほど挙動不審なことはしないかと思いきや、そんなことは全然なかった。

 関ケ原先輩はすんすんと鼻を鳴らして深呼吸を始めるし、那由は家電や家具を勝手に査定し始めるし、香菜は私が貸してもいないゼクシィを本棚に置く。

 ゼクシィは分厚いし大きいから、その本棚に入んないよ。


「あー、はいはい。とりあえず座って。ケンカしちゃダメだからね。今日は富士山の登り方について決めなきゃなんだから」


 慣れとは恐ろしいもので、こんなことで目くじらを立てる私ではなくなっていた。

 気分は三人のお姉さんである。

 私、いつの間にキャラ変したんだろう。

  

「ふふ、そんなの簡単だよ。ここからだって富士山が見えるんだし、あれに向かって突っ走っていけばいけばいいじゃないか!」


「簡単じゃないし、湖にはまりますよ、絶対」


「湖があったら泳げばいい!」


「泳げるかい!」


 関ケ原先輩が脳筋まるだしなことを言い、それに那由がツッコミをいれる。

 

「そういえば、那由が登った時はどんな感じだったの?」


 彼女はこの中で唯一、富士山に登った経験があるのだ。

 気分が悪くなったらしいけど、その時の話を聞いておくのもいいかもしれない。


「学校だし、普通にバスで行って帰って来ただけで。出発はえっとぉ、ここでした!」


 那由はそう言うと、スマホの写真を見せてくれる。

 中学時代の那由は今よりもさらに小さくてかわいい。


「那由、かわいい! 今もかわいいけど、超美少女!」


「えへへ~」

 

 メイクが薄いのもあって、より可憐な印象。ザ・妹って感じである。かわいい。

 しかし、そんな写真を効果的にディスる女がいるのである。


「お前、風景も撮れよ。お前の写真だけじゃん。うわ、キメ顔すぎ」


 そう、那由をもっとも警戒する女、香菜である。

 彼女の指摘通り、那由の写真は3分の2を那由の姿が占めていて、出発地点の様子はおろか、背景で何が起きているのかほとんどわからない。

 もっとも、山を登るにつれて疲弊したのか、後半の顔は青ざめ、山小屋の写真はなくなっていたけども。


「うっさいわね、あんたのインスタだって似たようなものでしょうが」


「ばーか、モデルは体のパーツを効果的に使うの。ほら」


「うわ、なにこのモデル以外に似合わないダサい服。逆にきもいわ、」


「那由、お前、表に出ろ」


「あんたたち、ケンカするなら出て行っていいよ?」


「「ご、ごめんなさいっ!」」」


 その後、那由と香菜のケンカが案の定、勃発。

 まぁ、結果は私の勝利だったわけだけど。


「大丈夫! とにかく山では上に進めばいいんだよっ! 上にあるのが頂上なんだから! びっくりするかもだけど、頂上は下にはないんだよっ!」


 二人の衝突など、どこ吹く風と言った感じで、関ケ原先輩はまくしたてる。

 ごく当然のことしか言ってないのに、えへんと胸を張る。

 どこにびっくりする要素があるのか。

 上に登れば頂上に着くだなんて、そんな知識で登れるのはこの人ぐらいだろう。

 私みたいな凡人はできるだけ安心安全なルートを調べたいわけだし。


「しょうがない、ちょっと待っててね、助っ人を呼ぶから」

 

 はぁと溜息をついて、私はスマホを手に取る。

 とある人物にメッセージを送るためだ。

 本当は私たちだけで富士山に登ってみたかったけれど、やはり詳しい人がいないと難しいかもしれない。

 そういうわけで、富士登山に詳しい人を見つけておいたのだ。



「お嬢様がた、お初にお目にかかります、ねね子様のメイドをしている、駒走燈子こまばしり とうこと申します」


 数分後、私の家に現れたのは眼鏡をかけた女性が現れた。

 その服装から見てもわかる通り、メイドさんである。

 

「……子ども?」


「……中学生?」


「……かわいい」


 香菜たち三人は燈子さんを見て、目を丸くする。

 それは目の前にメイドさんが現れたからだけではないだろう。

 燈子さんはなんというか、すごく背が小さいのである。

 那由より小さいのできっと140センチ台だろう。


「な、なんですか、この失礼な三人は!? お嬢様、殴っていいですか?」


「ひぃいい」


 子ども扱いされたことに烈火のごとく怒り出す燈子さん。

 三人の態度は失礼だったとは思うよ。

 でも、燈子さんはうちのメイドの中でもとびきり小さいんだよなぁ。

 メイド長の娘ってことは知ってるけど、実際、何歳なんだろう。中学生に見える。

 それと、いくらなんでも殴るとか言わないでほしい。

 普通にクビになると思うよ、そういうの。


「えっと、みんな、この人は本物のメイドさんですからね! 失礼がないように。えーと、その、怒らせると怖いし」


 私が火に油を注いでも仕方がないので、ここは穏便に済ませる。

 みんなは未だに納得していない表情だけど、しぶしぶ謝罪する。


「こちらの燈子さんは富士登山の経験が何度かあるみたいなので、急遽、ガイドに頼むことにしました。那由に頼むのも負担が大きいだろうし」


「お任せください。私は毎年、訓練で冬富士に登っております。今回はお嬢様がたを安全に山頂までお連れいたします」


 ぺこりとお辞儀をする燈子さんは優雅そのものである。

 背は小さいが彼女は我が猫井澤家の誇る万能メイドさんなのである。

 黒のロングスカート、純白のエプロン、そして、可憐なヘッドドレス。

 甘々な印象だし、物語の主人公みたいだが、彼女のメガネの奥の眼光は鋭い。

 彼女は大人なのである、きっと。


「もし、お嬢さまに万が一のことがありましたら、この駒走燈子、腹を斬りますのでご安心ください」


「ご安心できないんですが……」


 ここまで聞いてわかるように、この駒走燈子さん、責任の取り方が武士なのである。

 子どもっぽいのに、頭は封建時代なのかもしれない。


「それでは私から皆様に富士登山の流れをご説明さしあげます」


 私の危惧もそこそこに燈子さんは自宅のテレビでプレゼンを始める。

 この人、仕事はできるのだ。

 見た目が子供であることを除けば。


「まず、ねね子お嬢さまのリクエストに基づき、らくらくグルメ富士登山というのが今回のテーマです」


「らくらくグルメ登山? ラブラブグルメじゃなくて?」


「ねね子さんらしすぎる」


「いかにもだね」


 三人から苦笑っぽいものが飛んでくる気がする。

 ええい、いいでしょうが、楽々登って何が悪いのか。

 私は燈子さんに続きを促す。


「登山ルートは富士スバルラインの終着点から出発する吉田ルートとなりました。もっとも山小屋の数が多く、名物が楽しめますし、それでいて休憩もできる流れになっております」


 モニターには富士登山のルートが映し出される。

 なるほど、本来はいくつかあるルートから選ばなければならなかったらしい。

 そのうち、吉田ルートというのは最もポピュラーで、その分、グルメを堪能できるとのこと。


「富士登山は山小屋に一泊以上するのが通例です。そちらの手配はすべて、私が担当させていただきます。夕食はカレーなどが有名ですね」


 次に映し出されたのは、泊まる場所の候補である。

 夕食のカレーを見ていると、今からお腹が空いてくる。期待大だ。


「朝日を見ない場合にはゆっくりと出発して、頂上に到着。その後、富士山頂をこのようにぐるりと回って下山します。一泊二日の登山となります」


 次に映し出されたのは山頂へのルートだ。

 山頂には神社やお店などがあるらしい。

 ほほぉ、豚汁が美味しいのね、絶対に食べるよ。絶対に食べる。


「ふふん、一泊していくんなら余裕があるんじゃないかな。一日で登って降りることもできそうだけど」


 体力自慢の関ケ原先輩は簡単そうだと言い放つ。

 しかし、これには燈子さんが静かに首を振る。


「いいえ。富士山は日本で一番高い山。弾丸登山をすると高山病のリスクが跳ね上がります。いくら自信があっても初心者はしっかりと泊まることが大切です」


 燈子さんはきっぱりと言い放つ。

 彼女いわく、高山病になるのは体力や気力の問題だけではないとのこと。

 どんなに慣れている人でも高山病になる可能性があるらしい。


「そうなの! 私だってなりたくてなったんじゃないからねっ!?」


 那由は言い訳するように声をあげる。

 そりゃあ、高山病になりたくてなる人はあまりいないとは思うし、責める人はここにはいないけど。


「いいですか、夏の富士登山は観光地化していますが、登頂確率は登山未経験者の場合、7~8割です。5人に一人は脱落します」


「みんながみんな、登れるわけじゃないんだ」


「えぇ、天気が悪化すると、視界も不明瞭になって危険ですからね。雨が降ったら、過酷さが跳ねあがります」


 楽しく美味しく登れると思っていたが、燈子さんの言葉は気を引き締めるのに十分だった。

 

「雨かぁ。そりゃあきつそうだねぇ」


 関ケ原先輩が不安そうな声でぽつりと呟く。

 確かに、登山というのは自然相手のチャレンジで、天候に左右される。

 もし、ダメなら諦めて帰ることも必要だよね。


 今回、私は三人を巻き込んでしまっているのだ。

 安心と安全に気を配りながら登らなければ。

 私のわがままのためにみんなを危険にさらすことはできないわけで。

 つまり、今回のチャレンジ、私の運の良さが試されているって部分もある。


 ま、燈子さんはだいぶ詳しいみたいだし、大船に乗ったつもりでいるけど。


「それと、一点のみ、会長より注意を頂きました。この度の計画、つまり富士登山に関わる経費は自分たちで働いて調達すること、とのことです」


 燈子さんがいれば万事解決と思っていた矢先、とんでもない情報が飛び出してくる。


「経費を? じ、自分たちで?」


「えぇ、具体的には富士山までの往復の交通費・山小屋の宿泊費・山登りのための装備・食費、そのすべてにございます」


「へ、へぇ~。ぜ、全部でいくらぐらいなんでしょうね?」


「四人分ですので、二十万円程度を稼いで頂く必要がございます。ただし、予約などの都合上、手続きは私が先にさせていただきますので、ご安心ください」


 その返答は全然、ご安心できないものだった。

 だって、彼女は言ったのだ、「働いて稼ぐ」と。

 私のお小遣いから出すわけにはいかないわけで、これはやばい。


「あ、あの、私、モデルやってて貯金あるんで、みんなの分、出してもいいけど!」


「香菜っ! 香菜様っ、大好き!」


 香菜の優しい提案に思わず抱きつく。

 いざという時に頼りになる、これが私の親友なのだ。


「負担できるのはご自身の分のみとなります。申し訳ございませんが、経費を出せない場合には辞退していただくことも可能だということです」 


 香菜に抱き着いたまま、塩の柱となって消失しそうな私。 

 つまり、せっかくの香菜の好意も活かすことはできないということ。


 ええい、こうなったら私の服や靴やバッグを売りまくるしかない。

 そうだよ、一度も履いてない靴があったはず。

 あ、パパからもらった時計やアクセサリーを売るのもいいかも。

 高校生の私にはロレックスとか似合わないし。


「また、ねね子様に限っては不用品を売却した収益もカウントできないとのことです」


「詰んだ、詰んだよ、これ」


 私の発想の全てはおばあちゃんにお見通しの流れ。


「ねね子君、アルバイトをしようじゃないか! 僕もしたことはないけどねっ!」


 笑顔で肩をたたく関ケ原先輩。

 ぜんぜんっ、頼もしくないっ!

 かくして私は資金調達にも精を出さなければならなくなったのだった。

 今まで一回もバイトをしたことがないのにっ!?



【お嬢さまの体重】


 マイナス500g 



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