第24話 美少女たちが私の恋人を名乗って修羅と化す




「君たち、女子高生?」


「高尾山っていいよねー」


 荷物も軽くなったので、いざ出発と歩きだしたら、後ろから声をかけられた。

 見るからに軽そうなお兄さん三人組である。

 髪を染めてるし、大学生だろうか。少なくとも私たちより年上の雰囲気。


「へぇ、君たち、すごくかわいいじゃん」


「一緒に登らない? 荷物もってあげるよ」


「てか、なんで陸上部の服着てるの? うけるんだけど」


 なんということでしょう。

 それはナンパなのであった。

 街中で声をかけられたことはあるけど、大抵、香菜がブロックするし、高校に入ってからは初めてである。


「俺らは大学生なんだけど、高校生だよね?」


 彼らの視線は香菜、那由、関ケ原先輩と泳いで、最後は私に行きついた。

 1対3で私が話しかけられている状態だ。

 私にはこの理由がよぉく分かる。

 連中は三人と話すのがちょっと怖いのである。


 そりゃそうだ、現役でモデルやってる香菜はいざ知らず、那由はいかにも男を騙しそうな小悪魔系の美少女なのである。絶対に自分とはレベルの違う男が後ろについてそうだ。

 関ケ原先輩については言わずもがなである。陸上部のへそ出し服の女には話しかけづらい。

 結果、最も普通っぽい私が受け皿となってしまうのだった。消去法である。

 スクールカーストで上下をつけるなら、私の立ち位置は中の中って感じだものね。

 くぅうう、積極的に選ばれてるわけじゃないってわかるのは結構つらい。


「いや、大丈夫です。自分たちのペースで登るんで。お先にどうぞ!」


 とはいえ、彼らと合同で登るつもりは毛頭ない。

 体力の有り余っている男の人と登るのは無理がある。


「いいじゃん、俺と登ろうよ、名前なんて言うの? 高校一年生とかでしょ?」


「うわ!?」


 きっぱり断ったはずなのだが、三人組の中の髪の毛の明るい男の人が私の肩をぐいっと引っ張る。

 うぉ、これが強引なスキンシップってやつなのだろうか。

 ちょっとだけ感心してしまう私。

 だけど、何ていうか、恐怖みたいなのも感じていて。


「おい、その汚い手を放さんかい、じゃりがぁ!」


 しかしである、次の瞬間。

 もんのすごくドスの効いた声が聞こえてきた。

 まるで暴力で仕事をする人みたいな声を那由が発しているではないか。

 じゃ、じゃりって何!?


「ねね子君が嫌がっているだろう、彼女の手は僕のものだ。悪い子にはお仕置きが必要だね」


「いでででで!?」


 さらには関ケ原先輩まで怒りだして、茶髪男子の腕を捻じ曲げる。

 その顔にはいつもの爽やかな笑みではなく、凶暴さがにじみ出ていた。

 まるで肉食獣のごとしである。


「こいつら、ねね子の胸を見てたよね? ここで死んでくれる? いいよね?」


 一番まともなじゃいキレっぷりを披露したのは香菜だった。

 彼女はお弁当用のフォーク(ミッフィーちゃんのかわいいやつ)を取り出して、その先端をぺろりと舐めた。

 ひぃいい、それ、サイコパスがするやつ!


 やばいよ、この三人組。

 いつの間にか修羅に変化しちゃってるじゃん!?

 ここは私が手綱を握らないと、明日の朝刊を私たちの記事が飾ることになる。

 『男子大学生、高尾山で変死。遺体の一部が損壊』って。


「う」


「ぐ」


「あ」


 そんな時である。

 三人組が一斉に倒れこむではないか。


「私じゃない、私じゃない、違うの、私じゃないの。あいつらが悪いの、私じゃないの、むしゃくしゃしてただけで」


 香菜は手元にあるフォークを掴んでぶるぶると震えていた。顔面蒼白だ。

 まさか香菜が先手を打ったのかと思ったが、フォークから鮮血が滴っているわけではない。

 紛らわしいことを言わないでほしい、それ、犯人が言うやつだからね。


 じゃあ、一体何が起きたんだろうか。


「お嬢さま、申し訳ございません! まさか道中で虫が出るとは思わず、警備が不十分でした! 私の落ち度にございます!」


「うひゃああ!?」


 すると、草むらから突然、燈子さんが現れた。

 ジャンプして土下座というスタイルである。やめてくれ、周りの人の目が怖い。


「こ、この人たち、燈子さんがやったの!?」


「えぇ。ねね子様は猫井澤家の宝にございます。このような有象無象に触れさせるとはあってはならないこと。証拠の残らない薬(やく)で眠らせております」


「や、やく!?」


「大丈夫です。死にませんので、記憶の混濁はあるでしょうが、小一時間で目が覚めます」


「そういうの、やめてください!? みんなびっくりするでしょ!」


「大丈夫です。目撃者が出ないよう、死角から急所に針を飛ばしましたので。こちらが吹き矢です。すごいでしょう」


 燈子さんはそう言うと、筒状のものを見せてふんすと鼻息を慣らした。

 ほとんどボーダーを超えた犯罪なんじゃないかな、なんで得意げなんだ。


 突然のバイオレンスな光景にびっくりしてしまったが、とりあえず男の人たちを道端に寝かせておくことにした。

 胸元にはしっかりと「睡眠中。起こさないでね」と書いたプラカードを持たせることにした。ごめんね、お兄さんたち、絡んだ相手が悪かったね。


「それでは、お嬢さま、ご出発なさってください。今度はきちんと陰から見守っておりますので、ご安心くださいね。近づく虫は一網打尽にしますので」


 燈子さんはそう言うと、再び草むらの中に飛び込んでいき、吹き矢だけをこちらに向けた。

 あそこから凶器が飛んでくると思うと、ぜんっぜん、ご安心できないんですが。


「あの人、いつか警察沙汰を起こすんじゃないかい?」


「ほんまやで! 今時、吹き矢とかえぐいって!」


 関ケ原先輩と那由は燈子さんの行動を問題視している。

 気持ちはよくわかるのだが、言わせてほしい。

 あんたらも、同じサイドなんだよと。

 関ケ原先輩は性犯罪、那由は詐欺や金融犯罪で捕まらないようにしてほしい。


「そっか……証拠が残らなきゃいいのか」


 香菜は寝転ぶ男性諸君をながめながら、ぽつりと怖いことを呟いた。

 いやいやいや、まさかね。私の幼馴染がそんなサイコでパスなことを言うはずがない。

 ちょっとしたジョークだよね。


「ほらほら、そろそろ出発するよっ! 頂上でお蕎麦が待ってるんだからっ!」


 三人の空気をかえるべく、私は空元気を出す。

 こんなところでひるんでいたら、富士山に登れっこないのだから。

 アクシデントになんか負けてられない。


 しかし、次なる課題に直面するのは、その30分後だった。

 その課題は他ならぬ、私の体が生み出したものだったのだ。



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