第18話 いざ、おばあちゃんとの面談ッ!




「……と、いうわけで、この三人とお付き合いしておりましゅ。えへへ」


 ところは東京、麻布十番、おりしも昼下がり、私はおばあちゃんに三人を紹介していた。

 三十畳はあろうかという和室で正座をする私。

 冷や汗ダラダラ。正直、キツイ。


「ふーん、この三人がねね子さんとねぇ」


 おばあちゃんは値踏みするような目で三人を眺める。

 彼女は我が猫井澤家を統括する女である。

 その眼力でもって数々の成功を勝ち取ってきたと言われている。


 だが!

 私だって猫井澤の血を引く女である。

 こちらも準備は万端。

 三人にはいちおう、台本通りに挨拶を終えた。

 だから怪しまれることはないはずである、おそらく!


「怪しいわね」


「ひ」


 おばあちゃんの一言で背筋がひゅんっとなる。

 ここで動揺してはいけない。

 目の前に座るのはただの70代の女性ではないのだ。

 この人は鷹の目を持つ女、きっと前世は新鮮組あたりの剣豪。油断したら斬られる。


「まずはその服装です。どうして、関ケ原さんは運動部の服を着ていらっしゃるんですか? あまりにも場をわきまえていないように思うのですが」


「ぐは」


 私が詰められたのは、関ケ原先輩の服装についてだった。

 面談は無難に制服を着て来ようと伝えていたのだ。

 それなのに、彼女はなぜか女子陸上部が大会で着ているへそ出しルックで現れたのだ。

 割れた腹筋は羨ましいけど、人に挨拶するための服装じゃない。

 どうしてくれようと思ったのだが、時間がなかったのでしょうがなく連れてきたのだ。

 うぅう、私の服を渡すか、帰ってもらえばよかった。


「お言葉ですが、人を見た目で判断しないでくださいっ! この服は僕の勝負着なんです! この服を着ていると、ぐんぐん力が湧いてくるんです」


 しかし、関ケ原先輩には彼女なりのまっとうな思いがあったらしい。

 彼女はインターハイはあれを身に着けて、全国三位の成績を収めたらしい。

 その説得力は中々のものであった。


「僕は人前でおへそを出すだけで勇気が湧いてきて、人に僕の裸体がもてあそば、ぐひ、もがっ!?」


 だんだん話がおかしい方向に行きそうだったので、慌てて彼女の口をふさぐ。

 この人、露出癖もあるのかもしれない。

 変態コンボの数が多すぎてもはや計測不能だ。


「ふぅ、まぁ、服装のことは置いておきましょう。しかし、ねね子さん、やはり私は怪しいと思ってしまいます」


 先輩のことは不問に付すということになった。

 これで一安心と行きたいところだが、おばあちゃんの疑いが晴れたわけではなかった。


「怪しいって、えへへ、何がですかね? 三人ともちゃんと好きだし、尊敬してますよ?」


 こうなったら愛想で斬り返そう。

 おばあちゃんに真っ正面からぶつかるのは危険だ。


「そうです! 僕たちの何が悪いって言うんですかっ!」


「わ、私は真剣ですっ!」


「私、プロポーズされましたっ!」


 私に続いて援護射撃をしてくれる三人。

 力強い言葉は嬉しいけれど、香菜のそれはちょっと違うかなぁ。


「そもそも、なんで三人なんですか? 一人で十分では?」


 おばあちゃんの言葉は灯台下暗しみたいな指摘だった。

 なんで恋人が三人もいるのか。

 そりゃあ、そうだよね、一番気になるのはそこだよね。

 私もそう思ってた、気にしないようにしてただけで。


「いやぁ、てへへ。そのぉ、三人とも大好きで、甲乙つけがたくそうろうと申しますかぁ。ほら、何ていうか、私、甲斐性があるのでぇ」


 私だって望んで三人とつきあっているわけではない。

 気づいたら、三人になっていただけである。

 だが、そこを見透かされるわけにはいかない。

 私は人間的な魅力にあふれているので、簡単に三人ぐらい恋人になったという感じを即興で演出する。届いてくれ、この思い!


「あなたにそんな甲斐性はありません! あなたなどゼロ、いやマイナスですよ! マイナス甲斐性です!」


「全否定っ!?」


「おおかた一人と付き合うフリをすることにしたら、他の二人も便乗してきたんじゃないのですか?」


「ぐ、ぐぬぉ!?」


 おばあちゃんはお見通しでござったのだった。

 まんま今回の経緯と同じことを言ってのける。

 ひょっとして探偵でも雇って監視していたんじゃないだろうか。


「そ、そ、そ、そんなことないよ!? おばあちゃんは邪推し過ぎだよぉ! ほらぁ、時代は令和なんだからっ! 恋人が三人だってこともあるよっ!」


 そこで私は伝家の宝刀、「時代は令和」カードをドローすることにした。

 このカードは相手に「え? 私って時代遅れなの?」と感じさせて、判断を甘くすることができる。

 しかも、ターンエンドする前に味方カードを三人召喚できるのだっ!


「ねね子の言うとおりです! 三人でも正妻は私ですっ!」


 香菜がいきなりのスタンドプレーである。

 ここでそういう正妻とか言い出すのやめて欲しい、終わりなき序列闘争が始まりそうだから。


「財産分与についてもしっかり話し合ってるんです! 私に五割って決まりました! これから投資の計画についても話し合ってます」


 さらには那由がわけのわからない論理をぶち込む。

 当然、そんなこと話し合ってもないし、決まってもない。


「おばあさん、僕は清い純愛です。体の関係はこれからです! でも、ねね子君の指はもが」


 関ケ原先輩は問答無用で却下である。

 体の関係とか余計なことすぎる。

 正直、うわぁあって叫びたいのだが、とりあえず口を塞ぐ。


「なるほど、真剣交際ってことかしら。ふぅむ、女同士のことはよくわかりませんが、これも時代かしらね」


 おばあちゃんはしばし瞑目して顎に手を置く。

 関ケ原先輩のはどう見ても、清い交際には思えないのだがスルーしてくれたのだろうか。

 ここまで説得してアウトだったら、目も当てられないんですけどっ!


「ま、いいでしょう。むしろ、ハードルがあがったとも言えますからね」


「は、はぁ」


「ねね子さん、それではこの三人と一緒に試練をクリアしなさい。あなたの次の誕生日までになにか日本一のことを成し遂げるのですっ!」


 少々気がかりなことを言いながら、おばあちゃんは私にOKをしてくれる。

 つまり、私は一歩、前進したのである!

 もっとも、おばあちゃんの言う「日本一のなにがしか」がさっぱりではあるが。


「お、おばあ様、その件について私にアイデアがあります!」


 心の中で次の難関に思いをはせていると、香菜がおもむろに手を挙げる。

 おぉ、何かいい考えがあるらしいぞ。

 

「私、ねね子と一緒にいられるだけで最高に幸せなんです! そのぉ、私が日本一、幸せな花嫁さんになるっていうのじゃだめですか? 結婚式はハワイであげます!」


「ダメ」


「ふぐひ」


 にべもなく却下される香菜である。

 そりゃそうだ、日本一幸せだなんて、「それはあなたの感想ですよね?」と論破されてしまう。

 それにしても、ハワイアンウェディングかぁ、香菜ってバブル脳な乙女だよなぁ。

 ハネムーンはモルディブに行きたいとかいいそう。


「わかりました! こういうのはどうでしょうか!」


 次に手を挙げるのは那由だ。

 彼女はあぁ見えて堅実な女。

 夢見がちな香菜よりはまともな案をだしてくれるだろう。


「日本一、いや、世界一ハイリスクハイリターンな仮想通貨があるんですけど、これにねね子さんのウーバー代をつぎ込むっていうのじゃだめですか? あ、ちゃんとぎりぎり合法です!」


「脚下」


「なんでやぁ」


 もちろん、こんなものでOKがでるはずがない。

 っていうか、出る方がおかしい。

 「ちゃんとぎりぎり合法」って、どう考えても法の抜け穴を活用した怪しいやつである。

 那由は儲けたい気持ちが先走って騙されたりしないか心配になる。

 オレオレ詐欺には引っかからないけど、還付金詐欺には引っ掛かりそう。


「僕にとっておきの案があるよ!」


 颯爽と手を挙げるのは関ケ原先輩だ。

 びしっと挙げられたその左腕、ピンと伸びた背筋。

 どこからどう見ても、美しい。


 しかし、この人はどうせセクシャルでハラスメントなことを言うんだろうなぁ。


「僕がインターハイで日本一になって、ねね子君に勝利をプレゼントしようじゃないか!」


 心の中でクソでか溜息をついた私はあっさり裏切られることになる。

 先輩の案はもっとも確実そうなことだったのだ。

 いいアイデアじゃん!

 私はインターハイの様子を想像する。


 フィールドで決勝戦に臨む関ケ原先輩。

 先輩の額に輝く汗。

 固唾をのんで見守る私。

 一瞬、時が止まったかのような静寂。

 そして、先輩は最後の最後の土壇場で逆転勝利を収める!

 大歓声の中、抱き合う関ケ原先輩と私。


 私の中で、一つの物語が完結した。

 いけるっ、これならいけるよっ!


「関ケ原さん、インターハイはいつから始まるのかしら?」


「7月23日からです!」


「じゃ、ダメね。期日はねね子の誕生日の7月20日までだから」


「あはは! なら仕方ないですね!」


 先輩は腕を広げて、笑顔で降参といった表情。

 一方の私は「うにゃああああ」と叫びながら床に突っ伏す。

 そりゃそうだ、一番、確実そうな提案だったのだ。

 私はただ応援してるだけでよかったし。


「ねね子さん、恋人が三人もできたのですから、三人が三人で活躍できるものにしなければなりません。一人でも欠けてはいけませんし、三人を平等に愛さなければなりませんよ」


「は、はい……」


 ここで私は気づく。

 おばあちゃんがさきほど、「ハードルがあがった」と言った理由が。

 恋人が三人もいるってことは、三人とも満足する目標でなくてはならないのだ。

 このバラバラの三人を同時に満足させられる目標なんてあるのだろうか。


 ど、どーすんのよ、これ。

 私は頭を抱えながら、おばあちゃんの実家を後にするのだった。


「いやぁ、楽勝だったねぇ! 僕らの気持ちが届いたってわけだね」


「本当ですよ、私の投資の話もさせていただけましたし」


「ハネムーン! ハネムーン! ゼクシィ買わなきゃ」


 一報の三人は明らかに私とは異なるテンションで盛り上がっていた。

 こいつら、人の話を聞かない生き物なのか?




【お嬢さまの体重】


 マイナス1kg



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