第17話 挨拶に行く前に口裏合わせとかなきゃダメっすよね




「よぉし、とりあえず、おばあちゃんに挨拶に行こう!」


 放課後、クラスメイトの殆どがいなくなった教室で、私は三人に切り出した。

 三人とのデートを終え、それぞれの魅力に気づいた私である。

 ここまで来たら、やることは決まっている。

 いよいよ、三人をおばあちゃんに紹介するのだ。

 

「ねね子のおばあさんかぁ。私、会ったことないし、緊張しそうだな」


「そだね、うちの親には会ったことあるのにね」


 香菜は私の幼馴染で、過去に何度か家に来たこともある。

 彼女のさっぱりした性格はうちの家族にも受けが良かったのを覚えている。


「当日はドレスを着て行ったほうがいいかな? やっぱり着物?」


「いや、普通の私服とか制服でいいと思うけど」


「最初が肝心だし、本家に挨拶に行くって、もう結婚秒読みってことだし。まずは結納とかだよね? うちの親も連れて行く?」


 香菜は腕組みをして、何やら考え始める。

 どうやら結婚を意識しているらしいが、私にはそのつもりはこれっぽっちもない。

 後から気づいたことだが、香菜は結構、重い女だ。

 付き合うイコール結婚みたいに考えてるっぽい。


「っていうか、いきなり結婚なんかしないよ!? お孫さんを嫁に下さいとか言わないでよね?」


 釘を刺す私。

 初対面の女の子に土下座されるとか、いくらおばあちゃんでも倒れてしまうと思う。


「大丈夫だよ。私は、その、もらわれる側だし……」


 香菜は突然、乙女スイッチが入ったらしく、くねくねし始める。

 いや、どう反応していいかわかんないよ、あんた。


「乙女脳は放っといて、対策を練らなきゃですよね! うふふ、少し怖いけど、楽しみでもあるかも!」


 那由は思ったよりも緊張していないようだ。

 人当たりも良く肝っ玉の太い彼女なら、そつなく面談をこなせるだろう。


 もっとも下手に本性を出されると困ってしまう。

 おばあちゃんちの金屛風や高そうなツボを見て、ニマニマされたら困る。

 あと、嘘が嫌いな人である。

 適当なことを言って取り繕おうとすると大目玉が飛んでくる。


「うちのおばあちゃん、ちょっと怖いから覚悟してね。那由もきちんとしてもらわないといけないし」


「大丈夫! 備えあれば患いなしですよ!」


「えらい!」


 恋愛妄想の世界に旅立っている香菜と違って、那由はさすがに現実が見えている。

 そうなのだ、やはりきちんと準備することが何よりも大事なのだ。


「ねね子さんのご実家についてはきちんと調べ上げてますから! まず、ご住所は港区元麻布で坪単価が少なくとも300万以上だから、資産価値は……」


「でぇええ、怖いよ、あんた。そういうきちんとじゃなくてさぁ」


 那由の準備はなんて言うか、えぐいものだった。

 恋人の実家の不動産の価値を把握するとかナシの方向でいきたい。

 私だって知らないのに。


「でもぉ、恋人のことは全部知りたいじゃないですか? 私、尽くす女だし!」


 目をうるうるさせる那由。

 その体格と相まって小動物みが出てしまい、私の庇護欲みたいなものを刺激する。

 そうだよねぇ、好きになった人のことは何でも知りたくなっちゃうよねぇ。


「資産状況、投資状況、銀行口座の残高および、外貨預金まで全部知りたいですぅ! できれば暗証番号のヒントだけでも! 家族全員の生年月日とか!」


 那由の瞳の中に円、ドル、ユーロの記号がうつる。

 かわいい顔してやべぇやつだ、こいつ。

 

「ねね子、こいつ、やばいよ。結婚したら家を乗っ取るタイプの女だぞ?」


「何言ってんのよ? 私がねね子さんの家に入ったら、増収増益間違いなしよ! 類いまれなビジネスセンスを持ってるはずだし! 料理もできるし!」


「お前みたいな馬の骨が入ってくると、お家騒動が勃発して、たいていの名家は沈むんだわ」


「はぁあああ? それ、あんたみたいに色香だけで乗りこむ女のことじゃないの?」


「何言ってんだ、ねね子が死んだら、私だって死ねる自信があるからな?」


「はーいはいはい、メンヘラちゃん、お疲れさまー」


「黙れ、この炒飯野郎」


「「ぬがぁあああ」」


 そして、再び始まる二人の大戦争。

 一日に平均5回は衝突するのでもはや慣れた。

 それにしても、雄たけびと顔のギャップがひどい。

 教室に人がいなかったからよかったものの、こんなの見られたら二人の株が爆下がりすると思う。


「やめたまえ、君たち! せっかくご親族にご挨拶をするんだから、品のないことをしちゃいけないよ!」


 二人をいさめるのは関ケ原先輩だった。

 この人の言動に品があるかどうかは置いといて、しごく真っ当なことを言った。


「人間、何事も挨拶が肝心だ。そんなんじゃ、ねね子君のおばあ様に正体を見破られてしまうんじゃないかい?」


「ぐ……」


「む……」


 関ケ原先輩のお説教にケンカ中の二人はばつの悪そうな顔をする。

 くねくねもじもじする香菜と、目を円マークにする那由。

 確かにそんな状態じゃ、私たちの関係を疑われても仕方がない。


「よし、それじゃ、僕が先輩として挨拶のお手本を見せてあげようじゃないか」


 先輩はきりっと瞳を輝かせる。

 いかにもできる女って感じである。

 さすが、学内屈指のスポーツウーマン、礼儀作法にも厳しいはずだ。

 頼りになる!


「初めまして! ねね子君と肉体関係にある関ケ原こむぎと申します! 僕はねね子君の胸を初めて揉んだときから」


「すとぉおおおおっぷ! 何言ってくれてんですか!? 揉んでないでしょ、そもそも!」


 凛とした表情からとんでもないことを言い出す関ケ原先輩。

 第一、私たちは肉体関係にない!

 しかも、あんた、その後、何を言おうとした!?


「え? 乳の柔らかさに魅せられて、お付き合いすることになったってことだよ。そして、ねね子君の尻のボリュームが僕を包み込んだとき」


「だめ! ぜったい! それ、絶対にアウトですからっ! 叩きだされる! 警察呼ばれる!」


 関ケ原先輩は空中でなにがしかを揉む仕草をしながら、説明してくれる。

 やめろ、もむな、エアでもわかるし、セクハラだし!


「え? ダメなのかい? 僕は正直に自分を表現したつもりだけど」


 先輩のきょとんとした表情からも、冗談でそんなことを言ってないことがわかる。

 やばいよ、この人。

 香菜よりも、那由よりも、数段、アウトだよ。犯罪方向のアウトだよ。

 こんなの連れて行ったら、私、出禁にされてしまう。いや、勘当されるかもしれない。


「な、なるほど、逆に自分を晒してしまえばいいのか……。この際、ねね子の内縁の妻だって言えば」


「私も難しく考えすぎちゃったのかも。よし、ねね子さんの資産を私に預けてくださいって言ってみよう」


 焦りまくる私のことなどお構いなしに、香菜と那由の二人も勝手なことを言い出す。

 どうやら、先輩に感化されたらしいが、絶対にまずいことになる。


「三人ともっ! 台本は私が用意しますから、それを暗記してきて!」


 打開策というわけではないが、やつらに勝手なことをさせないために台本を作ることにした。

 いくら三人がアレでも、話すことが決まってるなら何とかなるはず。

 私はさっそくスマホに入力して、三人に送信する。

 さぁどうだ、これなら勝手なことはできまい。



「はじめまして、御花畑香菜と申します。本日はお日柄も良く、このようなめでたき日に両家の」


「香菜、途中から結婚式のスピーチになってる」


「はじめまして、金ヶ森那由と申します。お子様の将来のために、もっとお金が必要ですよね? そこで、今日は素晴らしいご提案がありまして、中国の奥地で発見されたレアメタルなんですけど」


「那由、途中から怪しいビジネスの勧誘になってる」


「はじめましてぇぇええ! せきがっはらっ、こむぎぃいいいっと、もぉおおしまぁあああ!」


「関ケ原先輩、応援団みたいになってます」


 三人に簡単なテキストを送信して渡すも、即興アレンジがひどい。

 関ケ原先輩はまじめにやってるみたいだけど、声量大きすぎて耳が痛い。


 私はとりあえず、自動販売機でいちごみるくを買ってきて、三人にも手渡す。

 いったん休憩でリセットしよう。

 

「まず、普通に考えると、そもそも三人が恋人って言うこと自体が疑われると思うんだよね。女の子同士だし、三人ともかわいいし、私なんかの恋人って言うのも変だというか」


 雑談をしながら、空気を和ませることにした。

 とはいえ、あまり上手くいっていないからか、どうしても愚痴っぽくなってしまう。

 

「異議あり!」


 香菜はばばっと手を上げる。

 なぜか伊達眼鏡をかけていた。


「令和だから大丈夫だと思う!」


「そうね、令和だから大丈夫よ、ねね子さん」


「ふふ、時代は令和だからね、僕もそう思うな」


「令和だから?」


「「「そう」」」


 三人は同性同士で付き合うことを、令和だからの一点張りで突破しようとしているらしい。

 別に同性同士でつっつくのは昭和でも平成でもアリだとは思うのだが、まぁ、新しい時代だから価値観もアップデートしなきゃねみたいなノリなんだろうか。

 あの鉄面皮のおばあちゃんに効くかはわからない。

 だが、それぐらいしか押し切れる要素はない。


「私も異議あり!」


「他にもあんの?」


 次に手を挙げたのは那由だった。

 私の意見のどこに意義があるって言うのだろうか。


「私なんかって言わないでください! ねね子さんはすごくかわいいですよ?」


「そうだよ、か、かわいいよ? 私なんかよりずっと……」


「ふふ、ねね子君はふくふくしてて食べごろだぞーって感じだものね」


 さらっと嬉しいことを言ってくれる那由と、もじもじくねくねし始める香菜。関ケ原先輩の話は聞こえなかったことにする。うぅう、私、ふくふくしてるんだ。


 関ケ原先輩の言葉はともかく、嬉しい言葉であることに違いはない。

 JKって十秒に一回はかわいいって言ってしまう生き物だし、ハダカデバネズミにだってかわいいと連呼する。

 今回のも社交辞令だとわかっているけど。


「三人の情報をすり合わせて行かなきゃいけないよね。ほら、おばあちゃんに質問されて、しどろもどろになったら困るでしょ?」


「まじで、それあるわ! ねね子、かしこい!」


「えへへ~」


 香菜は私の指摘に納得したようで、私の頭をなでなでしてくれる。

 褒められるのに飢えているので結構嬉しい。

 那由がその様子を両親の仇を見るみたいな目で睨んでいたのは見なかったことにする。

 関ケ原先輩は「なるほど、髪か」と感心した声を出す。なんか怖い。


「私が思うに、どうして私が二人のことを好きになったのかとか、そういうのはしっかり設定しとかなきゃ行けないって思うんだよね。私、アドリブに弱いし」


 私が議題に載せたのは、おばあちゃんにどんな質問をされても打ち返せるようにしておこうってことである。

 幼馴染の香菜はともかく、那由と関ケ原先輩に至ってはつい最近、知り合ったばかりなのである。

 三人の良いところをしっかりと把握しておきたい。


「それじゃ、まずは香菜から。香菜はやっぱり頼りになるところかな。私のミスを見越して準備してくれてたりとか、幼馴染ならではの思いやりと言うか。案外、子供っぽくて意地っ張りな所もあるけど、やっぱりキレイだし、すごくいい子で……って感じで、私は香菜のことを恋人にしたってことにするから」


 私はつらつらと香菜の長所を挙げていく。

 現役モデルなので、敢えて外見のことは言いたくはないが、それでも惹かれるっていう設定にしておいた。

 正直、本心では嫉妬の感情の方が強い気もする。

 香菜と一緒に鏡の前に立つと自分のタヌキみたいな顔が嫌になる。


「ねね子、今の、ぷ、ぷろぽーず? ドレス、見に行っていい? 化粧直しは2回でいいかな?」


「よくないよ? あんた、話聞いてた?」


 香菜はふるふると体を震わせて、涙ぐんでいた。

 この子の思い込みの激しさはかなりやばいんじゃないか。

 ここにおいて私はやっと彼女の異常性に気づき始めたのだった。


「え、えーと、次は那由の長所ね。那由の良いところはお料理が得意で頑張りやな所かな。バイトのパフォーマンスもすごかったし、かわいいのに根性あるよね。それに弟とか妹さんにご飯作ってるってのもすごく素敵。私、そんなことやったことないし、家族思いで偉い……って感じかな」


 次の長所は那由だ。

 彼女はお金にうるさい性格だけど、これは弟妹との生活を守るための防衛本能みたいなものだと私は思っている。

 何よりしっかり勉強もして、バイトもして、本当に偉い。マジでリスペクト。

  

「うっうっ、うちのこと、そんなん言うてくれた人、初めてやぁ。いわば、ねね子さんに初めてを奪われたようなもん、これはもう責任とってもらわなあきまへんわ、せめて慰謝料請求せな」


「奪ってないからねっ!?」


 不穏なことを言いながら泣き出す那由。

 嬉しいのはいいけど、もうちょっと言い方をどうにかできないのか。

 こんなことで慰謝料なんか払いたくないし。


「大丈夫だよ、次第によくなっていくものだから。初めは痛いけど、すぐに快感がすべてを塗り替えていくんだよ」


 関ケ原先輩は那由の背中をよしよしとさする。

 温かみのある光景だけど、あんた、経験ないって言ってたじゃん。


「ごほんっ! それじゃ、最後は関ケ原先輩の長所。先輩はすっきりした性格で、爽やかなところかな。危ない所で私を助けてくれたり、そういう勇気があるところもすごいなって思います。それに、部活の仲間にも慕われてるみたいだし、人望があるし。でも、実はかわいいところもあるところに惹かれました……こんな感じで」


 私の言ったことに嘘はない。

 関ケ原先輩は性欲に忠実過ぎるということを除けば、すごくすごく尊敬できる人なのだ。

 我が女子高の人気ナンバーワン女子といえば、関ケ原先輩を推す人も多いと聞く。

 人懐っこい、爽やかな笑みにはどんな人もイチコロだろう。

 

「おぉっ! 僕をそんな風に見てくれていたのかい。これは嬉しいな! ねね子君、ありがとう!」


 関ケ原先輩は私の手を取って、目をキラキラさせて喜んでくれる。

 反応が普通である。

 普通過ぎて怪しいぐらい、普通だ。


 いや、そんなのは邪推なのかもしれない。

 彼女だって勇気を出して告白してくれた一人なのだ。

 私への思いは本物なのだろう。

 胸の中にじーんと温かいものが広がっていく。


「あぁ、ねね子君の手はいいなぁ。ぷくぷくしてて、最高だ。うふふ、これで色んな所を触ってもらうと思うと、僕は心中、穏やかじゃいられないよ」


「ぬわぁああああ!?」


 私がじぃんとしている傍で、関ケ原先輩は変態行動を発動させていた。

 うわ言みたいなことを言いながら、私の手で頬ずりしていたのだ。いや、唇でちゅーちゅーしてるぞ、この生き物は。

 まるで別世界の吸血鬼かなんかである。

 背筋がぞぞぞっとして、思わず先輩の手を払いのける。

 

「そうか、手か……」


「手もありなのね……」


 香菜と那由は神妙な面持ち。

 関ケ原先輩の行動にインスピレーションを感じるの、本当にやめて欲しいんですけど。


「それじゃ次の土曜日、ねね子の実家に行こう!」


「なにわの女の底力、みせたるわぁ!」


「努力! 劣情! 勝利だよっ!」

 

 三人はなんだかよくわかんないけど、えいえいおーと腕を振り上げる。

 本当に大丈夫なんだろうかと胸中穏やかではいられない。

 

 だけど、ここは冒険するときなのである。

 私のぐーたらライフを守るために!



 お嬢様の体重:変わらず!


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