第16話 デートorダイ! こむぎの場合

 



「こむぎせんぱーいっ!」


「ゴーゴー関ケ原、いけぇええ!」


 関ケ原先輩とのデートの日、私は学校の体育館にいた。

 と、いうのも、先輩が急遽、バスケット部の助っ人として練習試合に参加することになったのだ。

 体育館の中に飛び交うのは黄色い声援。

 それはコートの中で縦横無尽に活躍する関ケ原先輩に向けてのものだった。


 自慢じゃないが私はスポーツ全般が苦手である。

 バスケットでパスなど受けようものなら、一瞬で挙動不審に陥り動けなくなってあらぬ方向にボールを投げるやつである。香菜いわく、6人目の敵。

 そんな運動音痴の私でも先輩のすごさはよくわかる。

 沢山の人に邪魔されても、彼女はどんどん点数を積み上げていくのだ。

 陸上部なのに球技もできるなんて、あの人、ものすごい。


「関ケ原先輩、かっこいいーっ!」


「こむぎ様ぁーっ!」


 関ケ原先輩はまさしく私の高校の王子様と言っていいだろう。

 応援の女子生徒たちの瞳は先輩に釘付けだし、それに見事に応えてしまうのだから。

 こうやって観客席から見ていると、先輩と私は住む世界が違うってことがよくわかる。

 私はただの普通の凡人で、先輩は光り輝くスターなのだ。

 先輩とご縁をもらえたことを感謝すべきなのかもしれない、本当は。


 試合が終わると、関ケ原先輩の周りには女子たちが大挙してタオルをもっていっていた。

 爽やかにそれを受け取る先輩はすごく絵になっている。

 私もタオルを持ってきたけど、どうやら出番はないようだ。



「ごめんね、せっかくのデートだったのに」


「いえいえ! すごくかっこよかったです!」


 しばらくして先輩は校門のところに現れる。

 あんなに激しく動いたっていうのに、疲れた様子は一切見せないきらきらの笑顔。

 それはまさしく王子様が現れたっていう感じだった。


「それじゃ、いこっか! 今日は映画を見るんだよね」


「はい! 私のおすすめのやつなんです!」


「すごく楽しみだよ、ありがとう」


 先輩はそう言って、私の手をぎゅっとつないでくる。

 恋人同士という設定なら当然っていうわけなのだが、やはりまだまだ緊張する。

 先輩から少しだけ制汗剤の香りがしてきて、不覚にもドキドキしてしまう。


 関ケ原先輩は変な人だとは思う。

 性的な話をさらっと持ち込んでくるので、思考が凍ることもしばしば。


 だけど、それ以上にかっこいい要素が多すぎる。

 スポーツ万能だし、スタイルいいし、笑顔が素敵だし。

 顔だって満場一致で美人なのだ。

 メイクなんてほとんどしてなさそうなのに、まつ毛長いし、肌もキレイだし。

 一度、陸上部の大会の写真を見せてもらったけど、腹筋割れてたし。すげぇ。


「ねね子君、僕の隣にいるのに考え事は関心しないな?」


「ひゃあっ!?」


 関ケ原先輩は私の脇腹に腕を回して、ぐにっと揉む。

 一番の弱点を触られた私は思わず悲鳴を上げてしまうのだった。

 この人はやっぱり油断できない。



「ひぃっ、うわっ、これっ、ひゃあっ、どうしてマカロニが!?」


 私の選んだ映画は恐怖のパスタモンスター2というもので、人間に食べられ続けたパスタが軍団を成して復讐するというコメディだった。

 劇中に出てくるパスタは多種多様。

 スパゲッティを初めとして、フィットチーネ、ラビオリ、ラザニアにくわえて、フジッリまでもが恐怖のモンスターと化す。

 怪物たちの擬態する料理がやたらと美味しそうで、お腹がぐぅと鳴ってしまうのだが、関ケ原先輩にとっては違ったようだ。


「あ、あうぅ、なんでそんなところにクスクスが」


 モンスターのいかにもC級映画的な動きをこれでもかと恐ろしがるのだ。

 本当は笑う所の捕食シーンにも目を背けて、ぶるぶる震える始末。

 恋人同士が見る映画じゃなかったことに気づき、後悔してしまう。

 こうなったら座席を立ってしまうしかないだろう。

 私は先輩に小声で話しかける。


「先輩、出ますか? 変な映画を選んで本当にごめんなさいっ」


「い、いいや、ダメだ。せっかくねね子君が選んでくれたんだ。そんなわけにはいかないよっ、ひっ、どうしてラザニアまで巨大化するんだ」


 殊勝なことを言うけれど、先輩の声は今にも泣き出しそう。

 こちらに気を使ってくれているのはわかるけど、それはそれでいたたまれない。

 どうにかして、先輩を勇気づけられないだろうか。


「先輩、手を貸してください」


「手を? ひゃっ」


 私は先輩の差し出してくれた手をぎゅっと握るのだった。

 恐怖のせいなのか、それはだいぶひんやりとしていた。

 彼女は本気で怖がっていたのだ。

 かわいそうではあるけれど、同時にかわいいって思ってしまう私がいて。


「これなら、少しはマシですよね?」


「う、うん……ありがとう……」


 私がしているのは指と指をからめたいわゆる恋人つなぎっていう手のつなぎ方である。

 ちょっと大胆過ぎたかなという気もしてくるけど、この方がリラックスできるかなって思ったのだ。


「ひっ、ふっ、ひゃっ、あっ、そこでラビオリ!?」


 先輩は小さい悲鳴と共に私の手をぎゅっぎゅっと握るのだ。 

 なんだか先輩の体とダイレクトにつながってる気がして、すごく恥ずかしくなってくる。 変な想像をしてるわけじゃないよ?

 本当だからね?

 なんだか先輩と付き合ってると、こっちまで思考パターンが変になりそう。


「お、お、面白かったね! ありがとう、ねね子君のおかげで新しい世界が開けたよ」


 映画にあまり集中できないまま、あっという間の2時間だった。

 ラストは人間とパスタが和解するという感動の結末だったみたいだけど。

 

「それにしても、関ケ原先輩ってホラーに弱いなんて、かわいいところもあるんだなって思いました先輩ってスポーツ万能でかっこいいってイメージだったので」


 映画が終わった後、私たちはカフェに移動する。

 そして、私は思い切って先輩へのイメージが変わったことを伝えるのだ。


「かわいいだなんて言われるとなんか困っちゃうね。……でも、実際、僕は昔からスポーツが得意だったわけじゃないんだ」


「そうなんですか?」


 関ケ原先輩の言葉は意外な気がした。

 だって、私が知っている範囲では、ずーっとスポーツ万能の有名人だったから。

 それこそ中学生の時から知られてたと思うし。


「ちょっと話は長くなるんだけど、僕は小学生からずっと病弱でね。登校しても、気分が悪くなることもよくあって。いつも保健室で休んでいたんだ」


 先輩は自分の体が弱かったころの話をし始める。

 うちの学校のスターの誰も知らない真実を話してもらえるみたいだ。


「体育のクラスなんかすごく嫌だったんだ。僕はいっつもビリでみんなの足を引っ張ってばかりだったから。体育のある日はいつも保健室で休んでた。でもね、ある女の子との出会いが僕を変えたんだ」


「女の子ですか?」


「その子は保健室にたまたまいたんだと思うんだけど、僕の名前を聞いて、一言、『小麦って名前おいしそうだね』って言ったんだ。あ、これが当時の僕。髪が長くて、なんか全然違うよね」


「これ!? あ、あはは、そうですね! 違いますねっ!」


 私は思わず顔が引きつってしまう。

 先輩が差し出したスマホに写る髪が長くて肌の白い女の子に私は見覚えがあるのだ。

 そう、あれは私がご飯を食べ過ぎて眠くなったので、仮病で保健室で休ませてもらった時のことだ。

 小一時間眠った私は、隣のベッドにいた女の子に話しかけたのだが、それがまさか関ケ原先輩だったなんて。

 しかも、相手の名前に「美味しそう」って言っちゃうなんて!

 過去の私、失礼にもほどがある。


「え、えーと、その子が先輩を変えたんですか?」


 正直、この話はもうおしまいにして欲しかったのだが、気になるのも事実。

 私は恐る恐る話の続きを促す。


「そうなんだよ! 僕は美味しそうなんだっ、この子に食べられちゃうんだって思ったら、すごく勇気が湧いてきたんだ。ぞくぞくっとね。それで、せっかく食べられるなら、ちゃんと美味しくならなきゃって思って、スポーツに打ち込むことにしたのさ!」


「は、ははは、ソウナンデスネー!」


 先輩はかっこいいし、かわいいけど、やっぱり変態だった。

 「美味しそうな名前」から、そういう風に発想が飛躍するなんて。

 そもそも、美味しそうってそういう意味じゃないと思うし。

 もっとパンとかパスタとかラーメンとかの小麦の食品をイメージしてると思うのだが。


「あぁ、あの子、かわいかったなぁ、今はどこで何をしているか気になるよ。おっと、ごめん、ごめん、デート中に他の子の話をするなんて」


「いえっ、いいんですよっ、アハハー!」


 いや、先輩、その子、私です。

 先輩の性癖を歪めてしまったのは私です。

 その子は先輩の目の前にいて、思いっきり引いてますよ?

 そんなことを言えるはずもなく、私は愛想笑いをする。


「今ではスポーツも好きになったし、風邪をひくこともなくなったし、頑張った甲斐があるってものさ。ねね子君もスポーツをやるなら、僕にぜひ、指導させてくれ」


 先輩はきらりと白い歯を見せて笑う。

 あっけらかんと笑ってはいるけど、かなりの努力をしてきたんだと思う。

 先輩は変態だけど、その部分は素直に尊敬できる。


「ねね子君、今回の件が無事に落ち着いたら、僕にご褒美をくれないか?」


「ご褒美?」


 先輩は私の手を取って、真剣なまなざしで尋ねてくる。

 ご褒美という言葉になんだかちょっと胸騒ぎもしてくる。

 だけど、私が一方的に協力してもらうだけでは割にあわないのも事実だよね。


「……いいですけど。変なことはダメですからね?」


「もちろんさ、君の嫌がることはしないよ。それじゃいこっか!」


 先輩は私の手を握って、次の目的地へと進む。

 強引だとは思うけど、それに私はウキウキするのを感じてしまう。

 何もかもお任せにしたら楽しいことが起こるんだろうなと感じるぐらいに。


 って、これは危険な考え方だ。

 変態先輩にお任せしたら、変な方向に流れるに決まってる!


「ねね子君、デート中に考え事はよくないよ?」


「うひゃあああっ!?」


 いつの間にか私の腰に手を回していた先輩に、私は脇腹をくにっとされる。

 本日二度目の羞恥!

 衝撃と恥ずかしさで私は飛び上がってしまうのだった。

 やめてください、そう言うの、恥ずか死ぬからっ!


【お嬢さまの体重】


 マイナス800g



◇ こむぎの気持ち


 笑う君の隣で、僕は昔話をしてみせた。

 君はあの時の僕のことを覚えているだろうか。

 あの時の痩せた病弱な女の子は僕だったんだよ。

 ついついそう口走ってしまいたくなる。

 きっと忘れてしまってるだろうから、それ以上は何も言えなくなるけど。


 君にとっては保健室のあの出来事は、何のことはないおしゃべりだったかもしれない。

 だけど、僕にとっては違った。

 病弱で、友達もできづらくて、誰かと話すのさえ嫌いだった。

 家の方針で友達付き合いにも口を出されていたし、何より、僕は内気だったし。

 そんな僕に君は満面の笑みで話しかけてくれた。

 花が咲いたみたいに、いい笑顔だった。

 かわいいな、この子みたいになりたいなって思ってしまった。


 たぶんそれは一目ぼれだったんだろう。

 僕は君のことが好きになったのだ。

 もっと話していたいって思った。

 だけど、勇気のない僕はそれができなかった。

 距離を置かれるのが怖かったから。


 君を振り向かせたい一心で、僕はスポーツを頑張った。

 目立てば、君から話しかけてくれるんじゃないかって思ったから。

 だけど、そんなはずもなく、三年間僕たちは会話することもなかった。

 全校生徒の前で表彰されるとき、君が僕を見ているのが見えた。

 心が躍った。

 だけど、いつも君の横にはあの背の高い女の子がいて。

 その位置は僕じゃないんだろうなって諦めていた。


 君が高校一年生になった時、僕は自分の気持ちに踏ん切りをつけようと思った。

 これ以上、グダグダしていてもしょうがない。

 諦めて、陸上だけに集中しようって思ったんだ。


 だけど、だけど、だけど。

 君には親密な友だちが二人もできたって言うじゃないか。

 一人はあの背の高い、幼馴染の女の子。はっとするような美人。

 そして、もう一人は背の小さい女の子で、ため息が出るほどかわいらしい容姿。

 ショックのあまり、僕は泣いてしまった。

 僕じゃない誰かと君がくっつくなんて許せないって思ってしまったのだ。

 それでも、勇気がでない。

 僕は心底自分の意気地のなさを呪った。


 だけど、君が猫を助けて街路樹に突っこみそうになった時、体が急に動いてしまった。

 気づいた時には君のことを抱えてしまっていて。

 ただ君が無事であってくれることだけを願っての行動だったから、自分でもわけがわからなかった。


 それから僕たちは友達になった。

 すごく、楽しい。嬉しい。

 だけど、これだけじゃ満足できない。

 きちんと思いを伝えたい。


 君の体はもちろん好き。

 だけど、君のことはぜんぶ好きなんだ。

 

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