第15話 デートorダイ! 香菜の場合




「香菜、お待たせっ!」


 待ち合わせ場所に現れた、ねね子は今日もねね子だった。

 中学生のころから差がつき始めた身長差はいまや10センチ近くになっている。

 小学生の時は私の方が小さいこともあったのに。


「それじゃ行こう。今日は映えスポットめぐりっ!」


 私はねね子の腕を取って、意気揚々と歩き出す。

 今日の私は黒パーカーに、黒のパンツ、それに帽子。

 ラフな服装だけど、こういうのが一番楽だ。

 

「おぉっし、モデルの本気を見せてくれっ! さぞかし美味しい所に連れてってくれるんでしょうね」


 ねね子はうししと笑うが、これまたすごくかわいい。

 ねね子は自分を過小評価しすぎていると私はつくづく思う。

 事実、道行く男どもはすれ違うたびにねね子をちらちら見てくるのだ。

 そのほとんどが彼女の胸を見ているのはご察しの通りだけど。


 私みたいな高身長な女は男の子から奇異の目で見られることはあっても、性的な目で見られることはあまりないように思う。

 一方、ねね子みたいな「ちょうどいい」身長の「すごくいい」体型の女の子はあからさまな視線に晒される。

 さっきのオッサンなんか、じろーって見てたものね。

 頭に来たから私が前に出てやった。ざまぁみろ。


「ひへへへ、クレープにパンケーキにワッフルに、締めはパフェとラーメンはいかがでしょうねぇ」


 もっともねね子はそんなことお構いなし。

 持ち前の鈍感力でそういった視線には気づかずに過ごしているようだ。

 本当は気づいているのかもしれないが、嫌がっている様子は微塵もない。

 まるで大型犬みたいな性分。

 そういう所が好きなのかもしれない。


 カフェに到着し、お菓子を食べて、お茶を飲む。

 昔からしていることで、そんなに特別なことじゃない。

 だけど、デートだと思ったら顔に血流が流れ込むのを感じる。

 そう、私はデートをしている。

 好きだった相手と、好きな街で。

 嬉しくて嬉しくて、幼馴染の顔を直視できない自分がいる。


「あ、あれ見て、懐かしい! こいつ好きだったんだよねぇ」


 ねね子は雑貨のお店で好きなキャラクターを見つけて高い声をあげる。

 その姿はそれこそ子供のころから何も変わらない気がする。


「ねね子は昔から、それが好きだよなぁ。買ってやろうか」


「悪いよぉ、そんなの」


「私、ねね子と違って稼いでますから」


「へへー、香菜様! お言葉に甘えます!」


 ねね子は小さなぬいぐるみつきキーホルダー、770円に顔をほころばせる。

 彼女の笑顔に嬉しくなる一方で、私は胸が痛むのを感じる。

 変わってしまったのは、私だけなんだなって気づいてしまうから。

 私だけがいつからか、彼女を意識し始めたのだ。

 幼馴染の私が、同性の私が、彼女のことを好きになってしまうのはおかしいことだとはわかっている。


 ねね子が私の気持ちをどう思っているのか、本当のところはわからない。

 デートをしてくれているのだから気持ち悪く思っているわけじゃないとは思う。

 だけど、あくまでも私たちの関係は恋人のふり。

 ねね子のおばあさんとの一件が終わったら、もとの友達に戻ってしまうのかもしれない。

 逆に距離を置かれたらどうしようか。

 そんなことを考えるだけで涙腺がずきずきする。

 

「おぉっ、香菜にはこれを買ってあげよう! メキシコの激辛イモムシ!」


「いらんわ! 何考えてんの!?」


 私の涙腺のことなどつゆ知らず、ねね子は奇特な食品を発見して大喜びだ。

 こいつ、昔から何も変わっていないんだ。

 太陽のような陽気さにため息の一つもつきたくなる。

 これからもずっとこんな馬鹿みたいなことをやっていられるのかなという期待と、いつかはねね子も男の子とくっつくんじゃないかっていう不安。

 その両者が入り混じって、私の胸はずっと苦しいままだ


 それに金ヶ森那由に関ケ原こむぎ、という二人の女子の存在も大きい。

 彼女たちは私よりも遥かに強いアプローチをねね子にしてくるのだ。

 私だけがねね子の魅力を知っていると思っていたのに、これは大きな誤算だった。

 男の子に持っていかれるだけでも腹立たしいのに、まさか同性の、しかも同じ高校の女子に持っていかれるなんて、想像しただけでも倒れてしまいそうだ。

 だって、私は、ずっとずっと我慢してきたのだから。

 私の方が先に好きだったのだ。本当に。


 ライバルたちに差をつけたいっていう気持ちがどうしても出てくる。

 焦っているのかもしれないけど。

 

「ねね子、一緒に写真撮ったの、私のインスタにあげていい?」


「えー、それって香菜の公式のやつでしょ? 絶対やだ! 比べられるし、私、変な顔してんじゃん!」


「大丈夫だよ、私のフォロワー、みんなお行儀がいいし」


「女の子のファンの方が怖いんだよ? 『誰、この一緒に写ってる女? 友達選んだ方がいいよー』とかって絶対になるもん。『一般人と写ってると美しさが際立ちますね』とか、絶対言われる。いや、私が言うよ!」


 私はねね子にとある提案をするも即座に却下。

 彼女の言うとおり、SNSは怖い場所だ。

 私が誰かと親し気にしているだけでプチ炎上する可能性は否めない。

 それでも諦めきれない私は彼女に変な提案をしてしまう。


「だったら、手だけでいいからっ! 顔は写らなくてもいいし! 女友達と遊んでますってのは「いいね!」をもらいやすいから」


「むー、しょうがない、協力してあげる」


 そんなわけで私のお仕事がスタートする。

 笑顔の私と、ねね子の手、腕、肩、スカートのすそが絶妙に写った写真を撮影。

 向こう側に誰かいるんだろうなって想像するのが楽しいよね。


 私はさっそく何枚かをアップする。


「って、香菜! なんなのよ、このハッシュタグ! 『#女友達とデート』って言うのはいいけど、『#におわせ』『#いっそこのまま』とかって危うくない!?」


「あからさまに言うのがいいんじゃん。本当ににおわせてる人は『#におわせ』なんてやんないよ?」


「そ、それもそうか……。いやぁ、インスタには疎くてねぇ。私の99%、食べ物しか写ってないし」


 ねね子は自分のインスタを見せてくれるが、完全に食べ物日記アカウントだった。

 ハンバーガーから高級フレンチまでありとあらゆる料理が並ぶ。

 それもまたねね子らしいって私は思う。

 私は変わってしまったけど、ねね子のそういうところは変わらないで欲しい。

 ちなみにねね子のアカウントは解放されていて、フォロワーが3万人もいる。

 かなり多いけど、たぶん、スイーツも食べるおっさんだと思われてそう。肉やラーメンの比率が高いし。


「あ、那由から「ふざけんな、まじで」ってコメント来てる。即行、削除っと」


「ほらぁ! 変なタグつけるからだよ!」


 インスタを更新してから数分後、那由のアカウントから暴言が届いていた。

 どうやら私の「におわせ」が効いたらしい。  

 自分の性格の悪さを実感するけど、ねね子ばかりは譲れない。

 指をくわえてみてなさいって。



 夕暮れも近くなってきたので、私たちはここでお開きにすることにした。

 ねね子はタクシーで帰るというので、途中まで乗せてもらえるとのこと。

 青山通りは楽しい所だけど、終末は車が渋滞していて、タクシーはなかなか見つかりそうにない。


「お姉さん、モデルでしょ? もしよかったら、いいアルバイトあるんだけど。六本木の高級ラウンジで」


 そんな時、後ろから私に声をかける男がいた。

 振り返ると、いかにも水商売をやってます、みたいな人相の男が二人。

 体を鍛えているのか、いかつい雰囲気。


 私をナンパしにくる男は少ないけど、その代わり、こういう男が声をかけてくることが多い。

 女を金儲けの手段としてしか見てない男。

 はぁとため息が出てしまう。


「興味ないです。私、未成年ですから!」


 せっかくのデートを邪魔された気がして、私はその場からいなくなろうとする。

 本当にうざい、大っ嫌い。


「またまたぁ。女子大生でしょ? かなり割のいいバイトだよ?」


「ねぇねぇ、話だけでも」


 振り返ると更にもう一人、男が増えていた。

 気づいたら三人の男に囲まれている始末。

 普通に犯罪なんじゃないの、こんなの。

 こうなったら、ぶつかってでも出てやろうか。


「ごめんなさいっ、その子、私の彼女なんでっ! 香菜、走るよっ!」


 ねね子が私の手をぐいっと引っ張る。

 前につんのめりそうになりながらも、私は走る。

 ねね子は相手の意表を突くつもりなのか、私のことを「彼女」だなんて呼んでくれた。

 嘘だってわかっているけど、それがすごく嬉しくて。

 私は胸がおかしいぐらいに高鳴るのを感じる。

 

「いやー、困っちゃうね。あぁいうの、ぜはー、ぜはー、ひゅーふぐぅ」


 息を切らしながら、ねね子は微笑む。

 運動は苦手なくせに、ムリしてくれたのがすごく嬉しい。

 そういえば、ねね子は昔から私がピンチに陥ると助けに来てくれた。

 気の弱かった私をいつだって守ってくれたし、気にかけてくれた。

 幼稚園の時も、小学生の時も、中学生の時も、ずっと。

 モデルの仕事を始めた頃、陰口を叩いていた女子たちに面と向かって注意してくれたことも知っている。

 ねね子はやっぱり、私にとってのヒーロー。

 好きすぎる。好きすぎて辛い。

 

「ありがとっ、ねね子!」

 

「うわっ、ちょっとぉ、大げさすぎるよっ!?」


 嬉しくてうれしくて思わず抱き着いてしまう私。

 ねね子に私の思いをもっと真っ正面から伝えられたら、どれだけ楽だろう。

 でもそれは心地よい幼馴染の関係を本格的に終わらせることになるわけで。

 腕の中のこの温かさを手放すなんてことはできなくて。

 

 でも、そんなぬるま湯が長続きしないことを私は知っている。

 あの邪悪なライバルたちの登場によって、ねね子の隣は私じゃなくても良くなってきている。

  

 私はふぅっと息を吐く。

 決めた。

 ねね子にちゃんと告白する。

 偽の恋人じゃなく、本当の恋人になりたいんだって。


「ねね子、今回のが無事に終わったら、お願いがあるんだけど」


「えっ、香菜も? まぁ、いいけど」


 ねね子から不穏な返事が返ってくるけど、あっさりOKをもらう。

 私もってことは、那由もお願いごとをするつもりのようだ。

 まぁ、あいつのことだから、きっとしょうもないことだとは思うのだけど。

 きっと、ねね子さんの家に居候させてほしいとかそんなのでしょ。


「ふふっ、ありがとっ!」


「ちょっと、香菜! 近いよっ!? ちょっと、脇腹だめっ!」


「ほらぁ、ちょっとぷにってるじゃん! やっぱりダイエットしなってば!」


「えー、やだよー! 私、ここらでドロンさせていただきます」


 笑いながら逃げるねね子。それを追いかける私。

 この関係を誰かに譲ることはできない、絶対に。

 そして、いつかは結ばれるのだ、私とねね子は!




 香菜と並んで歩くのは楽しい。

 子供のころから一緒で気心の知れた関係だからだろうか。

 身長の差が10センチ近くになっても、私はずっとこのままの関係が続くんだろうと思っていた。

 でも、高校入学以来、彼女を取り巻く世界は少しずつ私の知っている世界とはズレ始めた。

 中学三年生の時にモデル事務所に所属した香菜は着実に、『普通じゃない女子』の階段を上り始めたのだ。

 

 私の良く知っている香菜が違う人物になっていく。

 いつも一緒に帰っていた道を一人で歩くようになる。

 正直、さびしい。

 だけど、香菜の夢を応援したいって私はいつだって思っている。

 それに親友が有名なモデルになるのって、すごく誇らしいことだと思うし。


 そんな彼女は私のことを「好き」らしい。

 友だちとしての好きじゃないということもわかっている。

 だけど、今日のデートの香菜はすごくすごく親友の香菜だった。

 百点満点中、二百点満点の親友だった。


 この関係がいいなって思う。

 冗談を言って、笑いあって、つらい時には慰め合って。

 キスだとか、それ以上だとかを想像してしまうと、なんていうか、頭がわーってなってしまうのだ。

 語彙力がなくて悪いけど、わーってなる。

 たぶんこれは恋とかそういうのじゃない……はず。



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