第14話 デートorダイ! 那由の場合



「なんですって、ねね子さんと風呂に入ったことがある!?」


「聞捨てならないね、それは」


「私はねね子の幼馴染だって言ってるだろうが! 子どものころの話だよ」


 那由のバイト先に潜入したことで少しは仲良しになったと思ったのだが、今日も今日とていがみ合う三人である。

 このままじゃ、恋人だっていう方が無理があるのでは?

 そんな疑問符が頭に浮かぶ。

 そもそも、香菜以外の二人については私はあまりよく知らないというのが実情だ。

 那由は外部生だし、付き合いは短い。

 関ケ原先輩は存在は知ってたけど、雲の上の人だったし。今では地の底にある痴女の国の住人だけど。


 このまま三人でおばあちゃんに挨拶に行っても、速攻でバレて試練終了となりかねない。

 どうしたもんか、である。


「そうだ! お互いのことをもっと知るためにデートすればいいじゃないか」


「それいいですね!」


「賛成!」


 ここでアイデアを出したのは関ケ原先輩だった。

 彼女にしてはなかなかのアイデア。

 那由と香菜の二人もそれに賛成の意を示す。


「うーん、デートですかぁ」


 ちょっとしたコンプレックスだが、私はこれまでデートをしたことがない。

 よって、何していいかさっぱりなのである。

 妹と原宿辺りをぶらついてだらだらするのを冗談めかしてデートだなんていうことはあった。だけど、ガチで女の子とデートするなんて想像してなかった。

 デートって何かもっと甘酸っぱいイメージなんよね。

 二人で手をつないで、クレープを五種類ぐらい食べたりとか。


「ねね子、一対一で向き合うからこそ、相手のことがよくわかるんだよ。よし、じゃんけんで勝負しようっ!」


「望むところだ! 僕は絶対に負けないっ!」


「私も! 絶対に一番目がいい!」


 三人はデートが既定路線であるかのように、勝手に順番を決め始める。

 これまではツッコミ役だった香菜でさえ、今日はテンション高い。


「やった! うちが一番目!」


「ま、二番目でもいっか」


「ふふっ、僕がアンカーってわけだね。任せてくれたまえ」


 そんなこんなで、私は三人とデートすることになった。

 那由、香菜、関ケ原先輩の順番である。

 アンカーは関係ないと思う、リレーじゃないし。

 




「お待たせぇ! ねね子さん、今日もかわいい!」


 というわけでデートである。

 待ち合わせ場所に現れたのは、私の恋人(のふりをしている)、金ヶ森那由なのだが、とんでもなくかわいかった。

 もう一度言う、かわいかった。

 これでもかというぐらいの甘めなファッションにきちんとセットされた髪。

 てててっと駆けてくる様子はまるで仔猫とか、そういう類い。

 あまりにもかわいいので、男の人たちどころか女の人まで振り向く、振り向く。


 正直、自分が同じ女子のカテゴリーに入れられるのかわからないぐらいである。

 劣等感はんぱない。

 

「いやぁ、たはは、ありがとう」


 私のことを褒めてくれるとか、性格だって素晴らしい。

 もっとも著しい格差を感じている私は苦笑するほかないのだが。


 那由はかわいい。

 この子がお金目当てだとしても、許してしまいそうな私がいる。

 かわいいは正義である。

 そもそも、那由は努力家なのだ。

 髪の毛もメイクもきちんと手入れしているのがわかるし、この間のバイト先だってすごく頑張ってた。


「それじゃっ、出かけましょう! 今日は業務スーパーと肉のハナマサ、OKストアを回りますよっ! お約束通り、ねね子さんに美味しいものをご馳走しますっ!」


「やったぁ!」


 那由の選んだデートコースはまさかのまさかスーパーめぐりだった。

 しかも、私の知っているスーパーとは雰囲気が違う。

 明治屋とか紀伊国屋とかそういうのじゃないみたいである。

 初めて入るスーパーマーケットってドキドキするから、きっと楽しいこと間違いなし。


 彼女と一緒に食材を買ったら、私の家でお料理をするのだ。

 那由をうちに案内するのは初めてとなるわけで、どんな反応をするのか楽しみ。


 そう思っていた矢先、那由がスマホの画面を見て「うそっ」と呟く。


「ごめんなさいっ、ちょっと電話してもいいですか?」


「もちろん、大丈夫だよ」


「ありがとうございます! ……あ、うん、どう調子は? うっそぉ、さっきまでピンピンしてたのに? いや、大丈夫じゃないでしょ?」


 どうやらトラブルが発生した様子。

 那由はスマホの向こうの相手に二言三言話して、電話を切る。

  

「何かあったの? トラブルとか?」 

 

「弟が熱を出したみたいで。それで、母も仕事に行かなきゃいけなくなって……、うちは片親で、それで、その、今日のお料理は……」


 那由は悲痛な表情になっていた。

 私は今回のデートおよびご馳走をすごく楽しみにしていたのだ。

 それがキャンセルとなってしまって、申し訳ないっていう気持ちなのだろう。


「大丈夫だよ! それよりも何か熱にいいものを買って、お粥でも作ったらいいかも。できれば、私も那由のお家にお見舞に行ってもいい?」


「あ、う、うん! ありがとう、ねね子さんっ!」


 那由は弟君が熱を出して心配しているに決まっているのだ。

 それなのに私がお料理を食べたいなんてごねるわけにはいかない。

 デート終了としてもいいとは思うのだが、せっかくならできるだけ一緒にいたいな、なんて思ってしまったわけで。


 私の気持ちが通じたのか、彼女は私にがばっと抱きついてくる。

 邪気のない抱擁はすごく温かい。

 もっとも、数秒もすると、彼女の細さに私は愕然とするのだが。

 うっそ、なんでなんで細いのに柔らかいの?



「あ、お姉ちゃん! なんで帰ってきてん? って、うわ、かわいい人連れてきてはるし! えーとぉ、妹の奈乃なのって言います! えへへ、ようこそ、金ヶ森家へ!」


「あ、お邪魔いたします。猫井澤ねね子と申します」


 件の那由のお家に戻ると、妹さんと思わしき人物が出迎えてくれた。 

 彼女は礼儀正しく、自己紹介をしてくれた。

 奈乃ちゃんは那由とそっくりの顔立ちだった。

 おそらくは中学生だろうけど、ロングの髪の毛がすごくサラサラである。

 顔っ、小さいっすねぇ。

 お顔がっ、小さいっすよ。


「奈乃、なつきは? 大丈夫なの?」


「あー、普通にゲームしてる」


「はぁ? だって熱があるんでしょ?」


「サッカーは休んだけど、元気はあるとか言って、あのバカ」


「わかった。なぁああつぅううきぃいいい!」


 会話が終わるや否や、那由はだだだっと家の中に入っていく。

 もはや、叫びながらと言ってもいいぐらいの大声をあげながら。


「ひ。お姉ちゃん!? なんで帰ってきてん? 熱はあるけど、7度台やし、白人の平熱やで?」


「言いたいことはそれだけかい? おぉ、お前の扁平な顔のどこに白人の要素があるんじゃ、このボケ。望み通り、メリハリのある顔にしたるわ」


「ひぃいい、寝るからっ! 寝るから壊さんといて!」


 那由のどすのきいた声と、弟君の悲鳴。

 あぁ、那由の家ってこんな感じなんだなぁと私は微笑ましく思う。

 ちょっと怖いけどね。

 

「あははー、ごめんねぇ。弟がちょっと変なやつで。……その、引いたでしょ?」

 

「全然だよ。うちも妹とは似たようなもんだし。ははは」


「そ、そうなの? あはは、ちょっと親近感かも」


 私の返事に那由は照れたように笑う。

 兄弟姉妹というものはどうしても衝突してしまうものだ。

 もっとも私の場合、妹に怒られてばかりだったのだが、それは秘密にしておく。


「それじゃ弟君におかゆでも作ってあげよっか。それぐらいなら私でもできるし」


「え、ねね子さんにそんなことさせたら悪いよ! 私も作るからっ」


 その後は弟君のためにお料理を作って、食べさせてあげることにした。

 那由の弟さんの名前は夏樹というらしい。


「なつきくーん、お粥食べられる? 作ってきたけど」


「誰っすか!? え、お姉ちゃんのお友達!? おじや? 食べますけど」


「なつき、あんた、顔、赤いわよ?」


「そんなことないわい! いや、熱が上がってきたんとちゃうか」


 私がおかゆをもっていくと、弟君は恥ずかしいのかお布団に戻ってしまう。

 まだまだ小学生で生意気盛りって感じである。

 男の子もこれぐらいの年だと、かわいいなぁ。


「ねね子さん、お昼ご飯作るね。 有り合わせのもので悪いけど」


「んーん、那由が作ってくれるものなら、何でもウェルカムだよっ! どうせなら、私も協力するよっ!」


「だーめ、ねね子さんはお客様なんだからっ! 奈乃、おもてなしするよっ!」


 那由と奈乃ちゃんは二人ともエプロンをして台所に立つ。

 いかにも手慣れた手つきでどんどんお料理を作る。

 美味しい香りにお腹がぐぅと鳴りそう。


「はぁい、どうぞっ!」


「うわ、すごぉい!」


 那由たちの出してくれたのは、いかにも家庭料理というものだった。

 野菜のおひたしやタコと里芋の煮っ転がし、それに唐揚げ。

 やばいぐらいに美味しそうである。

 白いご飯がほかほかの水蒸気をあげて、こりゃあもうたまらんですわ。


「美味しぃ、美味しぃよぉ」


「ねね子さん、この煮物作り過ぎたからもってってくれる?」


「ありがとぉおお!」

 

 料理に舌鼓を打ちながら涙を流す私。

 那由は家族思いで、お料理上手で、すごくいい子である。

 しかも、私の為に夕食のお土産までくれるという。

 完全に餌付けされている気もするけど、甘んじて受け入れる覚悟だ。


「ねね子さん、ちょっと聞きたいことがあるんやけど、いいですか?」


「うん、いいよ。何でも聞いて」


 一緒にご飯を食べていた奈乃ちゃんが私に尋ねてくる。

 彼女はただいま中学二年生らしいけど、受け答えがすごくしっかりしている。

 那由も真面目な性格らしいけど、姉妹で似てるんだろうか。


「あのぉ、どうやったらそんなにおっぱい大きくなるんです?」


「はぶっ」


 なんてことを聞いてくるんだ、この子は。

 思わず、味噌汁を吹き出しそうになってしまった。

 

「何言い出すねん! セクハラ発言はお姉ちゃん、許さへんで?」


「別にそういうのじゃなくて、素直な気持ちやん? こんなん反則やし、できることなら、うちも大きくなりたいし? いや、あの大きなお胸もむしろ尋ねて欲しいって言ってるんちゃう?」


 奈乃ちゃんは手を使って、私の胸を表現する。

 前にどかんと、ビッグボリュームである。

 いやいや、そんなに大きくないよ?

 見てみればわかると思うけど、案外、普通だからね? いや、見せないけど。


「……うちも気になるな。聞いておかな礼儀知らずかもな。触れない方が失礼っていうか、巨乳だけに。それに、ねね子さんも言うてたしな、ナンデモキイテエエヨーって」


「ほな、ねね子さん、どうぞっ!」


 那由はいつの間にか妹ちゃんサイドに寝返りを決めていた。

 どうぞって言われても、私のは勝手に育っただけである。

 ほっといたらこうなったのだ、何か工夫をしたわけじゃないし。

 しかし、この妹ちゃん、乗せ方がすごい。ペースを完全に掴まれた。


「あ、えーと、よく食べて、よく寝ること、かなぁ? これと言って、別に特別なことはしてないかもですね、へへへ」


 苦し紛れに何の参考にもならないことを伝えておく。

 まぁ栄養と睡眠は体にとって欠かすことができないものだし、多少は貢献しているだろう。


「あー、なるほど。……奈乃、あきらめようや。人間、持ってるカードで勝負せなあかんねん」


「えぇええ、なんでやねん!? うちら、望み薄なん!?」


 那由は何かに納得したらしく、奈乃ちゃんの肩をぽんっと叩く。

 奈乃ちゃんは全然納得してないみたいだけど、まぁ、いいか、那由が納得したんなら。




「帰り、送っていきます!」


 帰り際、那由は私を家まで送っていくという。

 タクシーだから大丈夫だと伝えても、大きな道までは一緒に歩きたいとのこと。


「ねね子さん、今回のおばあさまの試練、上手くいくといいですね」


「そうだね。那由も協力してくれるし、きっと上手くいくと思うよ」


 もうすっかり夕暮れになった街を歩く。

 隣に那由が歩いているのが、なんだかすごく新鮮。

 今まで香菜や関ケ原先輩と衝突する那由しか見てなかったから、彼女の新しい一面を知ることができた。

 二人きりでいるのって、全然違うんだなって実感する。


「あ、あの! ねね子さん、今回の件が上手くいったら、お、お願いがあるんやけどっ!」


「お願い?」


 那由が突然、立ち止まって、私の手を引く。

 そう言われてみれば、なるほど確かにその通りだ。

 今回の件は私が一方的に協力を取り付けているだけにしか過ぎないわけで。

 お礼をしなきゃいけないよね。


「へ、変なことじゃなくて! 普通のお願いです!」


「普通のお願い……、ま、それならいいかな」


 普通のお願いっていうのがどんなものかは私にはわからない。

 けれど、普通に考えたら、今度こそちゃんとしたデートをしたいとか、そういうのだろう。

 今日は那由のお家にいけて楽しかったけど、やっぱり街歩きとかもしたいものね。

 

「ありがとうございます! 私、頑張ります!」


 那由はそのまま私の腕にひしっとしがみついてくる!

 その様子があまりにもかわいくて、あぁ、私が男の子だったらイチコロだったろうと思ってしまう。

 いや、女でも危ういか。

 なんなんですか、那由さん、いいにおいがするんですけど。

 美少女って普通の女とは違うんですかね。

 ええい、変なことを考えるな、私。


 顔がなんだか熱くなってきた私は、那由の腕を振り解いてタクシーに乗りこむ。

 これ以上、一緒にいるとなんだかおかしな気持ちになりそうだったし。



◇ 那由ビジョン



 今日、ねね子さんがうちにやって来た。

 正直、恥ずかしかった。

 だって私の家は普通のアパートだし、いかにもお金がなさそうに見えるだろうし。

 

 だけど、ねね子さんはそんなことを微塵も思ってはいないようだった。

 妹にも弟にもすごく楽しげに接してくれて。

 ねね子さんの家がお金持ちっていうのを度外視しても、ねね子さんはすごく魅力的な人なんだなって思う。

 特に私の何の変哲もない地味な料理を美味しいって食べてくれたのにはキュンとした。

 キラキラの笑顔で食べてくれるのだ、残り残さず。

 あぁいいなぁ。

 こんな風に喜んで食べてくれるって、すごく嬉しい。


「里芋美味しいよねぇ!」


 満面の笑みで芋の煮っ転がしを頬張るねね子さん。

 その里芋なんて特売で一山128円で買ったものなのに。

 彼女が勢いよく食べる様を見ていると、背筋がぞくぞくする。

 私、たくさん食べる人が好きなのかも。


 いつかの夢がなかった気分だった。

 毎朝、私の味噌汁を飲んで欲しいって言いたくなった。

 こんなことは恥ずかしくて、よう言われへんけど。



 私は決めた。

 今回の件が終わったら、もう一度、彼女に告白しようと。

 そして、ねね子さんと最高のキスをする。絶対に。




【お嬢さまの体重】


 +500g


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