第2章 偽装恋人たちをおばあちゃんに会わせよう!
第13話 那由の怪しいバイト先でひと悶着の予感
「今日の放課後、みんなでスタバ寄っていこうよ~」
関ケ原先輩も加わり、私たちのグループはなぜか四人になってしまった。
本当は恋人役が一人でもいれば十分だったはず。
それなのに、那由が加わり、関ケ原先輩まで加わった。
なんでこうなったんだろうか。
現状に疑問を感じないわけではないが、人気者の三人である。
友達として付き合うのは楽しいに決まっている。
「ちょっとぉ、香菜、あんた、もっと向こうに行ってよね。無駄にでかいんだから」
「あれ? 那由、こんなところにいたの? 小さくて見えなかったぁ」
「香菜君、那由はこう見えても、お尻はしっかりボリュームあるんだよ。胸はないのに尻はある。これもまた理想的だ。香菜君も見習った方がいい」
「那由、とりあえず、この変態の口をふさいで縄で縛っておこうぜ」
「珍しく気が合うわね」
「ふふふ、さながら僕が君たちの恋のキューピッドってとこだね?」
私の恋人たちは、というと。
三人集まれば文殊の知恵どころか、さっそくいがみ合いを始めている。
私の言葉など聞いちゃいないらしい。
香菜と那由だけでも仲が悪くて大概なのに、関ケ原先輩が入るとカオスな空気が加速する。
もはや修羅場っていうよりも、混沌っていう方があっている気もする。
「三人とも話をきいてくれないと、今回の恋人ごっこは白紙に戻すからねっ!」
「「「ひぃいいいい!?」」」
三人は仲良く悲鳴を上げる。
これぐらい気が合えばいいのだが。
私たちの関係はあくまでも恋人のフリなのである。
ある程度、仲を深めておかないとおばあちゃんの前でボロを出しかねない。
そういうわけでスタバに行って、打ち合わせをしたかったのだが。
「ごめん! 今日は私、バイトなんだ。また今度誘ってね!」
ここで手を合わせて辞退するのは那由だった。
三人そろわないと意味がないので、打ち合わせはまたの機会にしよう。
「そう言えば那由ってどんなバイトしてるの?」
「え!? いや、別に普通の? 飲食系の普通のやつ? あ、そろそろ昼休み終わる時間だから行くね!」
軽く聞いてみたのだが、那由は歯切れの悪い返事をしていなくなってしまった。
目も泳いでいるし、明らかに怪しい。
「怪しいよね、今の」
「怪しいな、絶対」
「ふむ、人には言えないバイトみたいだね」
関ケ原先輩の瞳がきらりと光る。
私たちJKにとって人には言えないバイト……と言えば、P活だ。
父親じゃないパパにねだってあれやこれや買ってもらうとかいうやつ。
しかし、那由みたいにプライドの高い女子がそんなことをするだろうか。
彼女いわく、彼女の家はシングルマザーで弟妹がいるらしいし、決して裕福とは言えないらしい。
だけど、だからと言ってそういうバイトをするとは考えづらいのだが。
「いやいや、えっちなことはしなくたって、お茶だけでお金を頂いているのかもしれないよ? 金ヶ森君は一年生でも指折りの美少女だ、僕ならお金を払うね」
「頂き女子ってやつか? 那由のずる賢さなら、あり得るかも」
関ケ原先輩と香菜はあーだこーだと邪推をし始める。
確かに、那由はお金にがめつい女の子ではある。
しかし、それイコールP活っていうのは想像できないんだよなぁ。
彼女は筋が一本とおっている女だと思うんだよね、たまに怪しい投資を勧めてくるけど。
「ねね子、あいつをつけるっきゃないよ」
「そうだね」
「もし、道を踏み外してたら、どこまでするのか見ておこう。後学の為に」
「道を踏み外してたら、止めます!」
私たちは那由を追いかけることにした。
那由は色んな所がおかしいけれど、私の大事な友人だ。
女子高生がそういうことをするのは良くないと思うし、万が一、おかしなことが起きそうなら私は決死の覚悟で止めようと思うのだった。
◇
「行くよ!」
放課後、私たちは那由の後をつける。
あんまり褒められたことじゃないことはわかっている。
だけど、彼女の身が心配なのだ。
詐欺で捕まる前に引き留めたい。
那由は学校から直でバイト先に向かうのかと思っていたが、向かった先は意外なところだった。
2階建てのアパートに入っていったのだ。
「お家なのかな?」
「そうじゃない? あ、子どもさんが出迎えてる」
「弟さんとかかな?」
外からこっそり眺めていると、那由はドアの向こうから現れた男の子と接触。
あれが話に出ていた、弟なんだろうか。
五分ほど待つと、彼女は私服姿になって現れる。
パーカーにショートパンツと少しラフな服装。
どうやら制服から着替えるために家に戻ったらしい。
「怪しいね。やっぱり、大人の男性と会うために、制服を脱いだんじゃないかい?」
「さすがに制服で密会するのは色々言われるだろうからな」
邪推に邪推を重ねる二人。
しかし、私が思うにそういう時にはスカートやワンピースみたいな女子っぽい服装をするんじゃないだろうか。
今の服装はどうみても動きやすそうな感じだし。
そういうのが好きな男の人がいるっていうのもわかるけど。
「あいつ、自転車に乗ったぞ!」
「よし、僕が走って追いかけよう!」
そうこうするうちに那由はママチャリに乗ってアパートの敷地を出る。
いつもの女の子然とした那由からは想像もできない力強い動き。
先輩はその後ろをダッシュでついていく。
さすがは陸上部、体力が違う。
「私たちはタクシーで追いかけよっか」
ちょうどいいタイミングでタクシーが後ろからやってくる。
私と香菜はそれに乗りこんで、運転手さんに言うのだ。
「運転手さん、前のあの自転車を追ってください」
昨今の刑事や探偵ドラマでもいうことのないセリフであろう。
運転手さんは「へいっ、任しといてください」と二つ返事で了承。
この人も役に入っているつもりなのだろうか。
しばらく車を走らせると、那由が自転車を停めて、雑居ビルに入っていくのを確認する。
私たちも慌ててタクシーを降りる。
あとは現場を押さえるだけ、だよね。
「やぁ、金ヶ森君はこのビルだよっ! エレベーターは3階に止まったみたいだ」
関ケ原先輩は私たちよりも早く到着して、さらには階数まで確認していた。
1キロは走ったはずなのに息切れしていないってのは逆に怖い。
「好吃娘娘? これ、何て読むの?」
「中国語みたいだな」
「字面からしてもうエロい! どエロだよ! 娘っていう字が二つも入ってる! 娘同士でにゃんにゃんするんだろ、これ!」
関ケ原先輩の解説は置いといて、3階のお店の名前は怪しい雰囲気がびんびん伝わって来た。
なんせ、「好き」という言葉に「娘」という言葉が組み合わさっているのだ。
いかにも怪しい。
「ひょっとしたら、那由があんなことやこんなことをしてるのかも」
「ぼ、僕らの知らない秘密の花園じゃないか! ぜひ、行ってみたい! いくらなんだろう? 三千円で足りるだろうか」
神妙な顔の香菜とワクワク顔の関ケ原先輩。
いや、そんな問題じゃなくて、ここはもう止めに入らないとまずいでしょう。
怖い人が出てくるかもしれないけど、ここで友達を見放すなんてできないし。
なんとなくだけど、三千円じゃ足りないと思う。
「私、那由を連れ戻してくる!」
「私もついていくよ!」
「僕も行くよっ! 身代わりになってもいい!」
そういうわけでエレベーターに乗りこむ。
一応、何かあった時の為に警報が鳴るようにはしておく。
とにかく、那由の無事だけが一番の気がかりだよ。
うぃいいいんっとエレベーターが開き、私たちは好吃娘娘のドアを開いた。
「ニイハオー! いらっしゃいませー、ご主人! ひぇ、ねね子さん!?」
「うわ、那由!?」
入ってみると、そこは……コンカフェだった。
応対してくれたのはチャイナ風のメイド服に身を包んだ那由だったわけで。
「ど、ど、ど、どうしてここに!?」
「違うの! えっと、偶然、美味しそうなお店だなーって思って入ったら、偶然、那由がいただけで! 違うからっ!」
実際は尾行していたら那由がいたっていうわけなのであるが、本当のことを言えるはずもない。
それにしても、こういう時にどうして「違うの」って言っちゃうんだろう。
「そうそう。ほら、食べログでも話題になってたし」
「偶然、道を走ってたら、偶然、入っちゃったんだ! 出会って3秒で入店さ!」
間髪入れずに香菜と関ケ原先輩もフォローを入れる。
関ケ原先輩のそれがフォローになっているかは謎だけど。
「そ、そっかぁ。うわー、恥ずかしいところ見られちゃった。えっと、店長、知り合いが来たんでちょっといいですか? 五分だけ!」
那由は奥の方にいる、同じくメイド服姿の女の人に許可をもらう。
どうやら、私たちの為にちょっとだけ時間を作ってくれるらしい。
かたじけない。
「那由、すっごくかわいいじゃん! いやぁ、那由がメイドさんなんて超驚いたよ!」
「ありがとう、うわ、すごく恥ずかしい……。バイト先に現れるなんてキツイですよぉ」
私が彼女の姿を褒めたたえると、頬を赤らめて喜ぶ。
こういう甘い系の服装はすごく似合う。
タイト目のチャイナドレスには長めのスリットが入っていて、すごくかっこいい。
髪はお団子にしていて、カバーまでついている。
嫉妬する余地もないほど、完璧にかわいい。
うはぁ、私なんかが恋人ですみません。
「こんなにかわいいのなら秘密にしなくてもいいんじゃないかな? 僕らはてっきり三十分三千円の怪しいむが」
関ケ原先輩が余計なことを言いだしそうだったので、慌てて口を押える。
危ない、危ない。
何を言い出すんだ、この人は。
「あ、あんまり人に見せたいわけじゃないっていうか、なんていうか、実際はかわいくはないというか……」
しかし、那由は微妙な表情。
こんなにかわいいメイドさんはなかなかいないというのに。
周りのテーブルにいる男子たちも、さっきから那由のことをチラチラ見ているし。
「ゆなゆな、そろそろお願いします!」
そうこうするうちに、他のメイドさんが那由のことを呼びに来る。
「ゆなゆな」は彼女のメイドネームみたいだ。
あらら、きっと他のお客様から指名とかが入ったんだろうか。
人気があるのも頷けるけれども。
「それじゃ、何か食べて帰ろうよ! さっきからすごく美味しそうなにおいがするし!」
「あぁ、食欲をそそる匂いだね」
話の途中でもあり、このまま帰るというわけにも行かないので、私たちは食べ物を注文しようということになった。
先ほどから気づいてたのだが、このメイドカフェ、すごくいい香りがするのだ。
それも甘いパンケーキやオムライスのようなキッチュな香りではない。
なんていうか、そう、ごま油の香りがする。
まんま中華料理屋さんのの香りなのである。
「あれ? 那由がエプロンしてでてきたぞ? なんだあの帽子?」
「ほんとだ、まるでコックさんみたい」
私がメニューブックを開こうとした矢先、お店の中央に那由が現れる。
お店のスタッフさんたちが臨時のキッチンを設置したらしい。
「料理するのかな?」
「危ないわけじゃないよね?」
「すごい火だ!」
彼女の前にはごうごうと火を噴くガスコンロと、中華鍋。
テーブルの上にはお野菜などが置いてある。
中鍋はよく育っているのか、黒々とした光沢を放っている。
あれって、まさか。
「それでは我らがゆなゆなによる、最強火力の伝説炒飯を作ります! さぁ、みなさん、ご一緒に、ゆーな、ゆーな! 味の王者、ゆーな!」
そのまさかだった。
那由は客の前で中華鍋パフォーマンスをするというのだ。
中華鍋での調理は火力が強く、食材の扱いもものすごく派手である。
ぶるんぶるんと鍋を振るうさまは一種の曲芸のような部分がある。
香港や上海のホテルで、私は同じようなパフォーマンスを目にしたことがある。
腕利きの料理人が炎を操りながら、短時間で料理を作っていた。
しかし、女の子がやるのは生まれて初めてだ。
メイドさんたちのコールが始まると、テーブル席の男の人たちも一緒に声をあげる。
凄まじい一体感のなか、那由は具材を鍋に投入!
油のはじける音がすると、素晴らしい香りがあたりに充満!
時折上がる火柱に、香菜も関ケ原先輩も歓声を上げる。
真っ黒な中華鍋を自在に操り、食材が空中に踊る。
那由はオレンジ色の炎を飼いならす、炎の番人のようだ。
「はいっ、伝説炒飯できあがりっ!」
那由がそう言った瞬間、中華風の銅鑼がドジャーンと鳴った。
那由の前にはいかにも美味しそうなチャーハンが盛られていた。
炒飯の肝は強い火力によって、米粒を焙ることにある。
きっとあの炒飯は素晴らしく美味しいに違いない。
や、やばい、食べたい。
「さぁ、ゆなゆなの炒飯が欲しい人は手を挙げて! はい、みんなでじゃんけんぽんっ!」
「うにゃあああ!?」
勝手にじゃんけん大会が始まり、思わず挙手した私は見事、敗退する。
那由がみんなの前で作ってくれた炒飯、絶対に食べたかったのに。
「……そちらのテーブルのキレイなお姉さんの勝利! おめでとぉ!」
メイドさんが指さすので振り返ると、香菜がじゃんけんに勝利していた。
彼女も参加してくれていたのだ。
「香菜、ありがとぉおおっ!」
運ばれてきた炒飯はそれこそパラパラで、一粒一粒にしっかり油と味が乗っていた。
卵、ネギ、チャーシュー、それにレタス。
それぞれの具がお互いを高め合っていて、最高の中華である。
これなら他の料理も期待できるに違いないと思って、私は色んなメニューを注文するのだった。
もちろん、どれもこれも美味しかった。
恐るべし、中国半万年。
「那由、すごいじゃん! 尊敬しちゃったよ!」
「あ、ありがとう。でも、そのぉ、変だったでしょ? なんか本格的過ぎるというか」
オーダーを運んできた那由に声をかける。
さっきの料理パフォーマンスが彼女としては恥ずかしかったらしい。
「そこがいいんじゃないか! すごく凛々しかったよ」
「あぁ、かっこよかった!」
普段は衝突しがちな関ケ原先輩と香菜も大絶賛だ。
二人ともいいものはいいと言える気持ちがあってよかった。
那由いわく、パフォーマンスをすると時給が上がるので必死に覚えたらしい。
制服でこの店にこないのは、どうしても中華料理のにおいが服につくからとのこと。
私としてはくっついててくれて構わないし、むしろウェルカムだけど、那由的には嫌なのだそう。女の子って複雑だ。
とにかく、一言。
那由、あんたは偉いよっ!
【お嬢さまの体重】
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