第12話 偽装彼女の修羅場、本格化。もはやカオスでは?
「そこまでだ、関ケ原
「変態にねね子は渡しまへんで!」
絶体絶命のピンチに助け船がやってきた。
それは私の恋人(仮)の香菜と那由である。
二人は私と先輩の間に割って入って、なんとか助け出してくれる。
香菜はどうやら「せんぱい」と「へんたい」で韻をふんだらしい。どうでもいいけど。
「変態だって? 僕を侮辱するつもりかい? 僕はただ魅力的なものに吸い寄せられただけだ! それに、こう見えても僕は処女だぞっ、清いんだ、清い心を持ってるんだっ!」
しかし、先輩はいい所を邪魔されたって感じでご立腹である。
聞かれてもないのに、経験はないとか言い出してるし。
ふぅむ、関ケ原先輩は純粋に私のことを好きってことなのだろうか。
それはそれで胸に来るものがある。
「そんな清い僕がねね子を、ねね子君のあれをくふふふふ」
「持ってないよ、あんた!」
「持ってへんわ! この痴女!」
先輩は清い心なんか持ってなかった。
空中で私の何かを揉む仕草をするのとか無理である。
やめて、それ絶対にアレじゃん。
いや、そこまで大きく……なくない?
思わず自分の胸元に手を置いてしまう私。いや、案外、あれぐらいのサイズか?
ええい、そんなことやってる場合じゃない。
私の偽装彼女たちが先輩とケンカをしそうな勢いなのだ。
どうにかして止めなきゃいけない。
正直、「私のためにケンカは止めて」とか悲劇のヒロインぶりたいわけじゃないが、事を荒立てて学校で変に有名になるのは勘弁願いたい。
しかし、である。
三人は衝突するかと思いきや、舌戦を始めたのだ。
「痴女呼ばわりするとは聞き捨てならないね。だいたい、君たちだってねね子君とつきあってるってことは、体に興味があるんだろう?」
「そ、そんなこと!?」
「この人、開き直ってこっちに弾を飛ばしてきたで!?」
関ケ原先輩はあんまり口が達者な方には見えないが、それでも勝算があるのだろうか。
やたらと勝ち誇ったような顔をしている。
素でそういう顔なのかもしれないけど。
「ねね子君は胸も大きいぞ、とある筋から頂いた情報ではHはあるとのことだっ! 君たちだって埋もれてみたいだろ、ドスケベなねね
「んなぁあああああ!? なぜそれを」
三人の視線が私の胸に集中。
思わず胸元を抑えてしまう私。
どこから情報が漏れたのか知らんが、私のブラのサイズは当たっていた。
それにしても、ねねHって響きはやたら卑猥な感じがする。
そもそも、えっちカップじゃなくて、えいちカップでしょ!?
「え、えいち!? ねねはエッチだった……!?」
「ねね子さん、食べたら胸に栄養が行く戦闘民族だったんだ……。絶対に地球人じゃないよね」
先輩からの暴露を受けて、香菜も那由も放心状態である。なんでだ。
特に那由はもうどこか違う世界を夢見ているような表情。
いや、地球人ですけど!?
Hカップぐらい、普通にいると思うけどっ!?
「君たちは彼女に指一本触れないって言えるのかい!? あのマシュマロに触らないっていうのかい? 僕を責められるのは、あれを触りたくないと心の底から言える人間だけだっ!」
自信満々で香菜たちをなじる関ケ原先輩はしたり顔である。
聖人みたいなことをいいつつも、実際は煩悩丸出し。
それなのに、攻守が後退したとばかりに香菜も那由もどきりとした顔をしている。
「それにだ。君たちは大人のマシュマロテストっていうのを知ってるかい?」
「大人のマシュマロテスト?」
関ケ原先輩がこれを好機と見たのか、突然、頭のよさげなことを言い出す。
理論的なことを言って、二人を論破しようというのだろうか。
「マシュマロテストなら知っているけど。えっと、確か、自制心と成功の関係を測る心理学の実験でしょ?」
那由がマシュマロテストの概要を教えてくれる。
幼児の前にマシュマロを置いて、試験官は「もし十五分待てたら、さらに一個くれる」と伝える。
これを待てるか、待てないかで、その子が将来、成功するかの確率がわかるとか言うものらしい。
「でも、大人のマシュマロテストっていうのは知らないわね」
那由は首をかしげる。博識な彼女でも知らないらしい。
「ふふ、目の前にねね子のマシュマロを置くだろう? 十五分、何もしなければ、もう片方のマシュマロを頂けるとして、君たちはどうする? 僕は今すぐ頂く。その方が性交に近づくからだっ! つまり、据え膳食わぬは女の恥ってこと!」
関ケ原先輩は決まったとばかりに拳をぐっと握って見せる。
しかし、言っていることは最悪だった。成功と性交をかけているところとか、特に。
私、変質者に狙われてるって思っていいのでは。
「こ、これが大人のマシュマロテスト……!?」
「ひっかけ問題とは恐れ入るやん……」
あきれ顔の私とは異なり、二人は気圧された表情になっている。
まさか二人して、説得されたりなんかしないよね。
「さぁ、もう一度聞こう! あれに触りたいのか、触りたくないのか、どっち!?」
「わ、わ、私は純愛だしっ、そんなこと思ったりなんか、あれ、ひっひっ、ふー」
「う、うちは純愛やし、体もおいしそうなんて、そんなこと思ってない。あで?
おでの鼻から赤い涙が……」
先輩からのボールを華麗に打ち返すのかと思いきや、香菜も那由も鼻から血を流していた。
ひぃいいい、あんたたち、想像力、たくましすぎ。
そもそも、自分にだって胸があるんだし、興奮とかしないでほしい。
「ふふふ、答えは出たみたいだね。人間はみんなエロい! そして、僕はねね子君とエロいことがしたいから付き合いたい! そういうわけさ!」
「そういうわけか……」
「一理あるやん……」
詐術同然の「そういうわけさ」になぜか納得してしまう、香菜と那由。
あんたたち、そんなことで説得されるなぁああ!
この間まで純愛とか言って争ってたじゃん!
「ねね子君、わかったろ? 誰かを好きになるとき、その人の体を切り離すことができないんだよ。好きって言葉の中には何割か、体が好きって意味が入ってるんだ。僕は特別、体の割合が大きいってだけなんだよ!」
「わかる! お金も同じだもん!」
「那由が流された!?」
関ケ原先輩はなんだか真剣なムードで私を説得にかかる。
那由が変な合いの手をいれるけど、わかりたくない。
「僕は不器用な女だ。体が目的じゃないなんて言えない。体だってその人の一部だからね。体がなくっちゃ人間は生きられないんだから! 僕はねね子君が好きだ、特にそのムチッムチッと擬態語を発しそうな体が!」
「わかる、わかるぅっ! お金も同じだもんっ!」
「擬態語なんか発してないっつぅうの!」
キラキラの背景を作って、とんでも理論を展開する先輩。
ついこの間もそんなこと聞いた気がする。
デジャブかと思いたいが、那由はすでにあっち側に行ってしまった。
いや、やつは最初からあっち側だったか。
「ねね子、この二人、やばいよ! ……いざと言う時は私を守ってくれよな?」
香菜は私を守るように立ちふさがるっ、と思いきや、ここで乙女モードを発動。
ヤンキーぽいくせに、誰かを守るより、誰かに守られたい系の女子なのだった。
「ねね子、こっちにおいで。僕が君をミラクルワールドに招待してあげるよ」
「なぁにがミラクルワールドだっ! そもそも、あんた、経験がないっていうのに女同士でどうやるのか知ってるのかよっ!?」
怪しく手招きする先輩に香菜が啖呵を切る。
口だけは達者らしい。
恐怖ですくんでいる私よりは全然マシだけど。
「はぁ、やる? やるって何を?」
「そりゃあ、その。ええと」
「先輩、女子同士だとまずは……」
香菜の言葉に動きを止めた先輩に那由がすかさず耳打ちする。
早い話が女の子同士の交流についてだろう。
「ひぇえええ、あれをそうして、あぁするのかい!? そんな、そんなこと教えられたら、僕はもうお嫁に行けないじゃないかっ!」
先輩の顔がみるみる真っ赤になり、しまいには顔を抑えてどこかに走り去っていった。
あの人、初心かよ。
さすがはインターハイに出ただけはある、足が速い。
ふぅ、これでとりあえず、難局は乗り越えられたかな。
助けに来てくれた香菜と那由にはお礼を言っておかないと。
那由は一瞬、ダークサイドに寝返りそうだったけど。
「香菜、ありがとね。……って、香菜!?」
「……ねね子のねね子がねね子になるの?」
香菜はうわ言を言いながら口を半開きに空け、別の世界に旅立っていた。モデルにあるまじき顔である。
関ケ原先輩よりも遥かに初心だったらしく、脳のキャパシティーを超えたのだろう。
っていうか、あんたが先輩を煽ったんでしょうが。
私は修羅場が無事に収まったことに安堵の溜息を吐くのだった。
◇
「というわけで、ねね子、先輩も計画に加わったから」
「な、なんで受け入れてんの!?」
次の日、三人はいつの間にか結託していた。
つまり、私の恋人に関ケ原先輩も仲間に加わることになったのだ。
神様、なんなんですかこれは。
私、三人も彼女はいらないんですけどっ!
体重:マイナス1kg
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