第11話 新たなる恋の予感っ!? 違う、恋じゃない




「んふふー、今日もフラペチーノが美味しい」


 スタバの新作を片手に意気揚々と登校する私である。

 お弁当の一件以降、香菜と那由の二人は少しずつ仲良しになってきており、近いうちにおばあちゃんに会わせられそうだからだ。

 さくっと試練とやらを突破して、今の生温い生活を心置きなくエンジョイできるようにしなきゃならんのだ!


 今はもう6月。

 制服も夏服に切り替わり、そろそろ夏の予感がしてくる季節

 高校一年の夏は素敵なものにしたいと願う私なのであった。

 とりあえず、日本中のかき氷を食べて、パフェを食べて、バーベキューをしたい。


「あっ、あぶないっ!」


 そんな矢先。

 誰かの叫び声が聞こえてきた。


 その方向に振り向くと、猫がふらーっと車道に歩き出したのが見える。

 自動車の影はないとはいえ、これを見て見ぬふりするのはまずい!


 そう思った瞬間に私の体は動きだしていた。

 体育が得意なわけでもないけど、猫を放っておくわけにはいかない。

 

 私は車道に出ると、すぐさま猫をキャッチする。

 しかし、勢い余ってそのまま、ツツジの茂みに突っ込んでしまいそうになる。

 勢いをつけすぎたのだ。

 うわ、やば、これは痛いんじゃ!?


「あれ?」


 気が付けば、私の体は宙に浮いていた。

 まるで風にさらわれたかのような感覚。

 その数秒後、私は自分が誰かに抱えられている、お姫様抱っこされているのに気づいたのだった。

 

「大丈夫かい?」


「あ、はい。ありがとうございます……」


 私をお姫様抱っこから解放した彼女はにこっと笑う。

 それはショートカットの笑顔の素敵な女の子だった。


「あ、ありがとうございましたぁ!」


 そうこうするうちに猫の飼い主さんが走って来た。

 私の手元から、女の子は猫をひょいっと受け取ると、飼い主さんに渡す。

 彼女は放心状態でその様子を他人事のように見ていた。


「いえいえ、この子が助けてくれたんですよ」


「本当にありがとうございます!」


「ど、どういたしまして」


 飼い主さんはぺこぺこと頭を下げて、去っていった。

 誰かにお礼を言われるなんて久々すぎて、胸が熱くなる。


「かっこよかったよ! 勇敢じゃないか」


 私は彼女のことを知っていた。

 同じ学校の一年上の先輩、名前は関ヶ原せきがはら先輩って言ったはず。

 運動神経抜群で、中等部のころからの有名人だ。


「ありがとうございました! 先輩は命の恩人ですっ!」


「ふふ、君の勇気に応えたかっただけさ。じゃ、僕は行くね」


 私がペコペコ頭を下げるも、先輩はそれを軽くいなして校舎へと向かう。

 私を助けてくれたことなど何事でもなかったかのような振る舞いだ。

 はわぁ、すごいなぁ。

 あんなに爽やかで素敵な人もいたもんだと思う私なのであった。




「なんでお前がいるんだよ? この間、ねね子の誕生日を教えてやった恩はどうした? 私のことは香菜様って呼べよな」


「はぁ? あんただって私にクッキーの焼き方、聞いてきたじゃない。あんたこそ、私の腰ぎんちゃくになる準備はできたのかしら?」


 昼間っから爽やかさのかけらもなく修羅場る二人。

 仲良くなったと思ったのは気のせいだったらしい。

 あんたらは関ヶ原先輩の爪の垢を煎じて飲むぐらいしたらどうかと言いたくなる。


 そんな時だった。

 私の肩をとんとんと叩く人がいる。


「こんにちは、猫井澤君」


「せ、関ヶ原先輩?」


「君に用があってね」


「わ、私にですか!?」


 先輩は相変わらずの素敵な笑顔でにこっと微笑む。

 体育会系らしく小麦色に焼けた肌。

 走り幅跳びが得意で、昨年はインターハイにまで出場したとか。


「見て、関ケ原先輩!」


「かっこいい~!」

 

 学園の女子たちの人気の的でもあり、当然、クラスメイトたちの視線も熱いのなんの。

 有名人だものなぁ。

 性格も丁寧で大人びてるし、あの二人とは大違いだ。


「ここじゃ他の人の視線もあるし、お昼休みに部室棟の裏に来てくれないかな?」


「は、はい……」


 しかも、意味深な呼び出し、である。

 確かに彼女が教室に入るなり、空気は熱っぽいものに変わった。

 そんな中で先輩と話すのは、私もちょっと気後れしてしまう。

 

「てめぇ、表に出ろ! いい加減、白黒つけてやる!」


「いいわ、邪悪な幼馴染を退治してあげるわ!」


「今日はジェンガで勝負だからな!」


「望むところよ、三本勝負だからね!」


 ジェンガ……ならいいか。

 平和的に修羅場る二人を置いて、私は教室の外に出るのだった。





「ふぅー」


 お手洗いでメイクを直してから部室棟の裏に向かう。

 別に何と言うこともないのだが、一応、相手はうちの学園の有名人だ。

 外見だけでも、びしっとしておきたい。


 関ケ原こむぎ、私の一つ上の先輩。

 運動神経抜群でショートカットのよく似合う女の子。

 目鼻立ちもすっきりしていて、腰はきゅっと細くて、お尻は持ち上がっている。

 女の子のファンも多いというが、本人はスポーツの成績のことなど鼻にもかけず、頼りがいのある性格だとか。

 しかも、名家の生まれで、なかなかのお嬢様だと聞いている。

 50メートル走るだけで死にそうになる私からすれば、完璧超人である。

 そんな人が私に何の用だろうか。

 お、お友達になれたら素敵だなって思うけれど。



「猫井澤君っ、単刀直入に言おうじゃないか! 僕と付き合ってほしい! 僕は君のことが好きなんだっ!」


「は、はぃいいいい!?」


 部室棟の裏。

 6月初旬特有の中途半端で気だるい空気。

 それでも、関ヶ原先輩はすっきりさっぱりと告白をしてきた。

 先日の那由は恥ずかしがっていたけれど、先輩はすごく快活に言い放つ。


「い、いやぁ、お気持ちは嬉しいんですけど、そのぉ、私、女の子相手ですとそのぉ……」


 まっすぐ告白してきた先輩には悪いけれど、私はお断りの言葉を口にする。

 なぜかって、そりゃあ、私には彼女がいるのだ。

 期限付きではあるけど、二人も!

 しかも、相手は現役モデルの香菜とめちゃくちゃかわいい那由なのだ。

 いくら関ケ原先輩が魅力的だからと言っても、この状態でさらにもう一人の女の子と付き合える方が普通じゃない。

 どう考えても、学園の女子全員を敵に回しそう。


「ふむ? そうなのかな? 君は御花畑君や金ヶ森君と付き合っているって聞いたのだが」


「はぃいいい、ど、どこでそれを!?」


 ここで恐るべき事態が発覚する。

 なんと私が彼女たちと付き合っているということが知られているということだ。

 関ケ原先輩は二年生だし、直接的な接点はない。

 それなのに、知れ渡るとはこれいかに。

 いったい、誰がそんな噂を流したんだろうか。


「いや、御花畑君と金ヶ森君が君を巡って大声で口ケンカしてたじゃないか。廊下で君の正妻はどっちなんだとか言って」


「あんの、ばかども……」


 あの二人が噂の出どころだった。

 いや、噂なんかで済ませるものではない。

 正妻なんて表現をすると、完全に事実と認めたようなものだ。


「君にあの二人と別れて欲しいとは言わない。人の恋愛にちょっかいをだすことほど無粋なことはないからね!」


「は、はぁ」


「そこでだ、僕も君たちの間に入れてもらえないかな? 今日、僕は君と出会って、運命を感じたんだよ、君をもっと近くに感じたいんだ」


 関ケ原先輩はとにかく積極的だった。

 なにが「そこでだ」なのかわからないけど、わからないなりに情熱を理解してしまう。

 私がこんな(女子に)モテてていいのかしら。

 先輩はうちの学校のヒーローで、ファンだってたくさんいるだろうし。

 このままじゃ私、嫉妬の渦に巻き込まれちゃうじゃん。困るなぁ。


「て、照れますよぉ、私、そんなに魅力とかないし」


 女の子には興味はないが、褒められると素直に嬉しい。

 先輩みたいにすごい人からの評価ともなると、尚更。

 うへへ、私って実はそんなに人を惹きつける何かを持っていたんだろうか。


「いや、ねね子くん、君は魅力的だよ? 僕にとって君は理想的だ」


 先輩の瞳は情熱に溢れていた。

 ここまで熱烈にアプローチされると、コロッといってしまいかねないぐらいに。

 しかし、先輩の感じる魅力は私の思っていたものとは大分、異なっていた。


「僕は今朝、君を助けた時に思ったんだ。君のそのまるでプリンのような太もも。そして、想像以上にボリュームのあるお尻。まさにドスケベJKの鏡」


「ど、どすけ!? なんの鏡なんですかそれ!?」


「そして、何より、何よりだ! 身長の割に大きな胸。垂れることなく、この世界でワガママさを貫きたいという不屈の意志を持った傲慢な胸! 僕は思った。君の乳、尻、太もも、その全部に埋もれてみたいって」


「あ、あのぉ、好きとかって言うのは何だったんですか?」

 

「ふふ、わかるだろう? 僕は君が好きだっ! 君のドスケベボディが、特にっ!」


「まさか直球で体目的宣言!?」


 ツッコミを入れたものの、二の句が継げずに口をパクパクさせる私。

 そう、彼女は私の体を狙っていたのだ、体だけが狙いだったのだ。ひぃいい。

 私は胸は人よりちょっと大きい方だと思うが、ドスケベボディだなんてオッサンみたいな語彙で表現されるのは最悪である。

 もっとこう体以外に惹かれたとかっていうのはないのだろうか。そのぉ、ええと、顔とか、性格とか。

 私って体以外にいい点ってないの!?


「安心したまえ、顔もそれなりにかわいいじゃないか。僕にとって顔なんて体のおまけみたいなもんだけど、押しに弱そうないい顔をしてる。ちょっと押せばすぐに転びそうだ」


「そ、そんなの困ります、私、そういうのじゃないしっ! そもそも、それ褒めてるんですか!?」


「大丈夫。私も相応に体を鍛えている。スクワットは数百回できるし、君を満足させられるだろう」


 なんにも大丈夫じゃない。

 ツッコミどころは満載。

 それにもかかわらず、彼女の迫力に私は壁際にまで追い詰められていた。

 先輩は壁にどんっと手をつく。

 ひぃいい、生まれて初めての壁ドン。正統派。


「どうだい、ねね子君、僕のものにならないかい?」


 普段の爽やかな関ケ原先輩じゃ想像もつかないような、意地悪な微笑み。

 か、かっこいい……けど、この人、危険だ!

 どうすんのよ、私!?


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