第10話 偽装彼女の手作りお弁当対決!




「いよっしゃあぁあ! 今日のお昼ご飯は学食って決めてたんだよねぇ! ランチの為に私は生きてるぅっ! 久しぶりにコロッケのA定食食べる!」


 午前中の終業のベルが鳴り、私はがたんと席を立つ。

 今日は朝からお腹がすいてピンチだったのだ。

 最近はオートミールダイエットが流行っているとか言うので真似してみたら、全然足りないでやんの。

 しょうがないのでバナナ一房を食べたりしたものの、やはり口寂しい。

 やはり育ち盛りには肉が必要なのだ。

 コロッケが肉かって? いいんだよ、そんな細かいことは。


「ねね子、盛り上がってるところ悪いけど、ちょっと待ってて? メイク直してくるから」


「えー、やだよぉ。お腹と背中がくっつきそうなんだけど」


「だーめ、いい子にしてな」


 私がいてもたってもいられないという状況なのに、香菜はまさかのお預けを喰らわす。

 あんにゃろう、私とメイク直しのどっちが大事なのよ。

 そもそも、前回は那由との言い争いでうやむやになってしまったのだが、彼女は私のことを本気で……好きらしい。

 それは、困る、困るのだ。

 幼馴染で親友だと思っていたのに、これからの関係がぎくしゃくする予感しかない。

 いや、別に香菜は美人だし、嫌だとかはないけど、同性だし……。

 顔がかぁっと熱くなるのを感じる。

 どうしよ、私、恋愛経験とかないし、誰かに好かれたの初めてだし。

 

「ねね子さん! ご飯食べよっ!」


 悶々と香菜のことを待っていると、よく見知った女の子が現れる。

 そう、那由である。

 正式名称、金ヶ森那由。香菜が正統派美人なら、この子は正統派美少女。

 大きな目に小さな顔。

 華奢な体つきはまるで人形のようだ。

 少しだけ尖った八重歯が可愛すぎる。

 外見だけは推せるんだよなぁ。

 まぁ、今ではお金目当てで私と付き合おうってしていることがバレてるんだけど。


「今日はねね子さん、ウーバー頼まなそうだなーって思ってぇ、お弁当作って来ちゃった! 私の手料理なんですけどぉ」


 そう言うと彼女は香菜の椅子に座って、お弁当の入ったバッグを机に置く。

 なんてこった、私は彼女を誤解していたことに気づく。

 そう、金ヶ森那由はすごくいい子だったのである!


 私は自分に手料理をご馳走してくれる人を絶対善だと思っているのだ。

 だって誰かに料理を作ってあげるってすごいことでしょ?

 猫井澤ねね子は食べ物のご恩を知る、義理堅い女なのである。


「嬉しいよ! すごーい、お料理できるんだね!」


「えへへー、お口に合うかわからないけどぉー、はいどうぞ!」


 那由は照れた表情で私の分のお弁当を机に置く。

 それはとてもとても小さな、いわゆる女子専用のお弁当箱である。

 どう考えてもおかずもご飯も少なそうだ。


 今日はコロッケ定食にコロッケを三倍にトッピングして、サラダと豚汁を食べようと思っていたのだ。

 果たしてこれで午後の授業は足りるのだろうかと不安になる。

 下手すりゃ昼休みの間に腹が減る。


「う、うわぁ、嬉しいなぁ! ありがとう!」


 せっかくの手料理を作ってきてくれたのにガッカリした顔は見せられない。

 私は自分の中のとびきりの笑顔で喜んでみせる。


「うふふ、私、結構、食べる方だから―、お弁当大きくて、ちょっと恥ずかしいかもぉ」


 那由は上機嫌でお弁当を広げていく。

 美味しそうなサンドイッチに具たくさんなサラダである。

 惜しむらくはその量だ。

 彼女は知らないのだろう。

 自分は全然、「結構、食べる方」ではないということを。

 私を含めて、食べるのが大好きな女子は自分のことをそんな風には呼ばない。

 つまり、自称『よく食べる女』などというものは高が知れているのだ。


「すごいねぇ、美味しそうだね」


 量は心もとないが、とても丁寧に作られたお弁当であることはすぐわかる。

 これはこれでありがたく頂こうってわけである。

 据え膳食わぬは女の恥って言うし! 意味は知らんけど!


「……ねね子、どうしてこいつがいるんだ?」


 頂きますをしてさぁ頂こうとお箸を構えたタイミングでのことだ。

 ぞくりと背筋が凍るような声がする。


 振り返ると香菜がいた。

 ゴゴゴゴゴゴゴと効果音みたいなのを響かせて私の後ろで仁王立ちしていた。

 いったい、誰がその音をたてているのか。


「那由がお弁当作ってくれたんだ。お料理得意なんだって」


 ここで怯えたりする私ではない。

 ご飯を前にした私は無敵なのだ。

 香菜であろうと、私を止めることはできまい。


「えへへ、私、弟とか妹にご飯をいつも作ってるし、飲食系のバイトもしてるから慣れてるっていうのかなー。純粋に誰かに食べてもらうのが好きって言うのもあるしぃ」


 那由は想像以上にいいスマイルである。

 課金されてもおかしくないぐらいの完璧なテレ顔。

 この子、本当は素直で良い子なのでは?


「まぁいいじゃん。香菜も一緒に食べようよ? ウーバー頼んであげるよ」


 ケンカはこれで終了と行きたい私は三人でご飯を食べることを提案。

 友だちどうしでランチするのは、楽しいものだよね。

 那由だっていつまでも香菜とケンカしていたくはないだろうし。ここは一つ、このねね子ちゃんが仲を取り持ってあげようじゃないか。


「悪いね、香菜、この机は二人用なんだ」


 那由は満面の笑みで性格の悪さ大統領みたいなことを言い出す。

 あまりにもテンプレなセリフだったので、私は思わず吹き出してしまう。

 

「はぁ? そもそも、私の机なんだけど!」


 那由の煽りによって香菜の怒りに火が付いた。

 うぁやべぇ。

 

「あんた、バカぁ? この机は学校の備品でしょ? いつからあんたのものになったの? あんたは教室の隅っこで食べれば?」


「金ヶ森、あんまり調子くれてっとデザイナーズチェアみたいにするぞ?」


 挑発する那由の前で香菜はぽきぽきと指を鳴らす。

 ひぃいい、やばい、なんだかよくわかんない例えだけど、体が曲がっちゃいけない方向に曲がって脚の数が異様に増えてそう。

 香菜よ、現役モデルが乱暴なことしていいのか。


「ケンカしちゃダメ! 香菜も一緒の方が楽しいよ! 香菜は私の席に座ろっ! あ、りかちゃん、この椅子、使っていい? ありがとー」


 爆発寸前のきな臭い空気を換えるべく、私は慌てて隣の席のりかちゃんから椅子を借りる。


「ねね子の椅子……ならいいけど……うへへ、温かい……ねね子の体温」


「あんた、変態の素質あるわよ?」


「羨ましくても譲ってやんねーよ?」


「うわ、本物ほんもんやわ、こいつ。ひく」


 私の椅子に座った香菜は機嫌を直したようだ。

 まだ那由とは小競り合いをしてるけど、お腹が空いてきた私はもうそれどころではない。

 早く食べたい。


「あれ? 香菜、どうしたのそのバッグ?」


「あ、いや、その、ねね子、いつもウーバーだと栄養偏るかなって思って、今日は私がお弁当を作って来たって言うか……」


 香菜は少しだけ頬を赤らめて、もじもじし始める。

 相変わらず、時折見せる乙女な素振りはすごくかわいい。


 それにしても嬉しいハプニングだ。

 那由の持ってきてくれたお弁当はかなり小さかった。

 正直あれで足りるとは思えなかった。

 香菜の弁当がどの程度かわからないけど、サラダ主体のものじゃないことだけは祈っておきたい。


「えー、残念。ねね子さんは私のお弁当食べるんだからっ! ねね子さんの胃袋にはあんたのお弁当の入る隙間はないんじゃないかなー? ねー?」


 那由がいかにも性格の悪い女子代表みたいなことを言い出す。

 うひゃあ、悪い顔。

 それなのに、かわいいのがマジで反則。

 私が同じようなことをすると、絶対に醜く歪む自信がある。


「ん? それって、ねね子の弁当なのか?」


「そうだけど?」


「あははははっ、それがねね子の弁当? あー、おかしい、久々に笑ったわ! お前、ねね子のこと何もわかってないんだな。これだから、ニワカは」


 一方の香菜は那由が作ってくれた、お弁当を見てお腹を抱えて笑い始める。


「な、何がっ!? ねね子さんはこういうのが好きなんですっ! おいしそうっていってくれたしっ!」


 お弁当を笑われた那由はカチンときたらしい。

 彼女は椅子を勢いよく立ち上がって、ぐるるるっと獰猛な虎のようにうなり声をあげる。


「やれやれ、お前に本物のねね子弁当って言うのを教えてやるよ」


「ほ、本物のねね子弁当やて!?」


 香菜はブレザーを脱ぐと、突然、腕まくりをして往年のグルメアニメみたいなことを言い出す。

 私、知ってるんだけど、このシーン!

 この間、Youtubeで見たから脳内再生がはかどる、はかどる。

 那由もびっくりした様子で声をあげるのだが、関西弁のリアクションがこれまた絶妙だ。

 あんたたち、わざとやってるわけじゃないよね?

 お腹が猛烈に減って来たし、私はさっさと食べ始めたいんだけど。


「これがねね子弁当だ、とくとご覧あれ!」


 そう言うと香菜は机の上にごとりと大きなお弁当箱を置いた。

 金属製の銀色に輝くボディは、いかにも男の子っぽい飾り気のないデザインである。

 がばりと蓋を外すと、唐揚げに卵焼き、サラダにウインナー、そして、ご飯。

 ご飯は弁当箱の半分を占めており、おそらく二合はある。うわぁ、最高だ、これ。


 唯一の欠点はご飯にピンクのハートマークが飾られて、海苔でLOVEと書かれていることである。

 一昔以上前のセンスに驚愕の色を隠せない……。 

 いくらレトロが流行っているとはいえ、これは……うわぁ。

 

「な、なんなのよ!? こんな量、インターハイ目指してる柔道部の男しか食べれないやつじゃん! 女子がこんなの食べたら胃袋が破裂するでしょ? 三人で食べても多すぎるし、あんた、バカなんじゃないの?」


 総重量1キロ近いお弁当箱を出した香菜を那由は困惑の顔で見つめる。

 一方の香菜は「ま、五分もすれば決着はつく」などと余裕しゃくしゃく。


「香菜、那由、小競り合いはもうそこら辺にして! 食べるよ?」


 最大の当事者である私は我慢の限界を迎えていた。

 このままじゃ、地獄の断末魔みたいなお腹の虫の声を教室中にとどろかせることになる。

 私だって花のJKである。さすがにそれは恥ずかしい。

 『おなか鳴り太郎』とか『おなかバズーカ』とか変なあだ名がついたら困る。


「う……、わかったよ」


「ねね子さんは私のだけ食べればいいですからねっ!」


 三人そろって頂きますをする。

 私に限っては二回目である。

 

 香菜たちが言い争っていたのは数分間だったのかもしれない。

 しかし、その数分間が私の空腹に拍車をかけた。

 我慢ならない、本当に。低血糖で死にそう。


「まずは那由のからっ!」


 那由の妖精さん専用かなと思えるほど小さいお弁当に手を伸ばす。

 サンドイッチをむんずと掴むとぽぽいと口に放り込み、一口で平らげる。

 隠し味のマスタードがすごくお洒落で美味しい。

 お次は、サラダをさらに一口で食べ終わる。

 ノンオイルのにんじんドレッシングはいいお味でございます!


「香菜のも頂きまぁす!」


 口の渇きをお茶で潤したら、次は今日の本命。

 香菜の作ったでっかいお弁当である。

 ジューシーな唐揚げは塩こうじで味付けしているらしく、塩気が最高。

 ウインナーの触感も楽しく、ご飯が進む、進む!

 このピンクのやつも甘くていいアクセント!

 あははははっ、今、私は生きている!


「な、なんやて!? うちのを二口で食べ終わってんやん!?」


「ふふっ、こうなったねね子は誰にも止められねぇんだよ、全てを喰いつくすまではな」


「す、全てを……!?」


「あぁ、私たちはとんでもないものを解き放っちまったようだな……」


「ば、ばけものだったんだ……」


 ぱくぱくむしゃむしゃと食べていると、外野から余計な会話が聞こえてくる。

 もっとも食事中は喋らず、食べることだけに集中したい私は無視を決め込む。

 卵焼きの甘さがたらまらんっ!

 何より、ご飯、ご飯、ご飯!!


「うひー、ごちそうさまでした! いやぁ、香菜も那由もお料理上手だねぇ。さいっこーだったよ! ありがとう!」


 ものの数分で完食である。

 私はすっからかんになったお弁当箱の蓋をはめて、二人に返却する。


「ど、どういたしまして……」


「すごいやん……」


 唖然とした顔の二人。

 それもそのはず、二人はまだ食べ始めてもいなかった。

 ちょっとぉ、食べるのを見られるのって恥ずかしいじゃん。羞恥だよ。


「今日はうちの完敗やわ……」


「ま、お前も思い知っただろ、猫井澤ねね子の恐ろしさってやつを」


 二人の間にはなんだかケンカが終わった不良のように友情みたいなものが芽生えていた。

 めでたしめでたし?


【本日のお嬢様の体重】


+500g



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