第9話 偽装彼女が偽装彼女(候補)と修羅場る



「ほーらな、化けの皮が簡単に剥がれたじゃん。ねね子、あぁいうのに騙されんなよ? お前、かわいいんだし、これからはもっと増えるからな?」


 呆気にとられている私を見て、香菜が勝ち誇った顔をして私の頭をくしゃくしゃとする。

 お世辞でもかわいいと言ってもらえるのは嬉しい。嬉しいが、なんていうかちょっとムズムズする。

 それにしても、那由を完封するとは恐るべき女である。


 いや、そういう問題じゃない。

 私んち、破産しそうなんですけど!?

 お金ないってどういうことだろ。

 明日から一日の食費を千円以内に収めなきゃなんないとか?

 そんなの絶対にムリだよ!

 登校前のスタバだけで消える!


「あぁ、それは嘘。増収増益だってニュースになってたし。そもそも、ねね子のおばあさん、青山・麻布界隈の地主じゃん。お前んちが潰れたら普通にニュースになるんじゃね?」


「そ、そっかー。簡単には破産しないか。って、香菜、ひどいよ!? だましたわけ!?」


 不安で押しつぶされそうになったのだが、全ては香菜の手のひらの上で転がされていたのだった。

 「人を騙すには味方から」なんていうが、酷い嘘をつきやがる、この女は。

 一瞬、路頭に迷う様子をリアルに想像しちゃったじゃん!

 明日から道端に段ボール箱置いて、「拾ってください」ってやるのかと危惧していたっていうのに。


「ま、ねね子、何かあったら私が養ってやるから。私、モデルの稼ぎもあるし……」


 香菜は私の頭をぽんぽんとして、めちゃくちゃかっこいいことを言う。

 しかし、どうも恥ずかしかったのか、顔が真っ赤だ。

 せっかくなら、そう言うセリフはさらっと言って欲しいなぁ。


「ありがと。香菜はやっぱり頼りになるね」


 お礼の意味も込めて、香菜の腕に絡みつく。

 犬がじゃれ合うみたいな感覚のスキンシップだ。別に深い意味はない。

 少しだけ胸がドキドキとするが、こいつのついた嘘のせいだ。そういうのじゃない。


「おはなぁばぁたぁけぇえええ、あんた、うちを騙したな! ねね子さんの実家、超、儲かってるやん! そもそも隠れ財閥の猫井澤家が破産なんかするか! 許さへんで、ぼけぇええ!」


 しばらくすると怒涛の勢いで、那由が返ってきた。

 右手にはスマホを持っていて、どうやら香菜の情報がガセであることに気づいたらしい。

 もんのすごい剣幕で怒鳴りつけるも、関西弁が強すぎて、正直、都内育ちの私には漫才の人みたいに聞こえてしまう。

 目をかっと見開いた憤怒の表情で声のトーンまで変わっている。

 さっきまでのあの完璧美少女はどこにいったのか。


「あ、ねね子お嬢様っ、さっきのは冗談ですやん! うち、一生、ついていきますんでっ! えへへ~、お嬢様のためなら火の中、水の中! とりま、ジャムパン、買うてきましょうか!」


 彼女は私に向き直ると、ちょっと卑屈な笑顔で「てへへ」と笑う。

 化けの皮が剝がれて信用が地に落ちた今となっては何もかもがむなしい。

 そもそも、私は僅差でクリームパン派なのである。

 ジャムパンも好きなのだが、今、この瞬間はクリームパンなんだよなぁ。

 

「邪悪な守銭奴は消えろ! 財産目当てのクズはねね子に近づくな!」


 リベンジに現れた那由に香菜は冷たい言葉を投げかける。

 言いすぎな気もするけど、こればかりはフォローできない。

 普通のメンタルなら泣いちゃうか、逃げ出すと思う。


「誰が守銭奴やて!? ほんなら言わしてもらうけどなぁ」


 勝利宣言をした香菜に対して、那由はびしっと指を突きつける。


「そもそも、この世界で生活する以上、人とお金って切り離して考えられないやろ! その人の持ち物だって、その人の一部! それを切り離して純愛だとか言ってる方がおかしいわ。小鳥と歌い、舞踊を踊るだけが純愛とちゃうわ! うち、なんか間違ったこと言うてます?」


 しかし、那由のメンタルは鬼だった。

 なんだかすごい論理を早口でまくしたてる。


「顔が好きだって言うのも、人を好きな理由になるし、お金持ちだっていうのも、その人を好きな理由になるやん。それに私はねね子さんが何かを食べてる顔が大好きだし! 私は全部をひっくるめて、ねね子さんがやっぱり好きっ! やっぱすっきゃねん!」


 詭弁のようにも聞こえるが、その言葉にはなかなかの説得力がある気もする。

 確かに、その人の持ち物も全部含めて好きって言うのは、一途なのかもしれない。


「だいたい、あんただって人間の心がない行為をしてって聞いてるでぇっ!」


「はぁ? なにそれ?」


「あんた、バレンタインでチョコ百個以上もらったのに、誰一人にもお返しをしてないそうじゃないの! どうせねね子さんにも貢ぐだけ貢がせて、飽きたらポイなんでしょ!」


「そ、それは向こうが勝手にくれるだけで……」


「はいはい、相手は必死に勇気を振り絞ってチョコを渡してるのに、あんたはどーせ、一口も食べてないんでしょ? 誰のチョコが一番おいしかったのか覚えてる? 覚えてないよね? 反論できるんなら、してみぃや! ほぉら、どうした。ろくでなしの卑怯者が、おぉん?」


「ぐむむ……」


 もはや香菜のコールド勝ちかと思いきや、那由がまさかの反撃。

 議題は前回のバレンタインデーに移る。

 香菜の人気はものすごく、中等部のみんなどころか、校外の人からもたくさんチョコをもらっていた。

 そして、香菜がチョコレートを一口も食べていないのも図星なのだった。


 じゃあ、どうしたのかって?

 香菜のチョコレートは私の胃袋に流れてきたのだ。

 いや、これは別に私の卑しさが原因ではない。

 香菜が消費できないで困っているのは気の毒だし、捨てるのはよくないよね、チョコレートちゃんにも失礼だよねーというわけで、私がぜんぶ頂いたという次第なのである。

 いわば、エコであり、慈悲である。

 一つ足りないことがあったとすれば、私が香菜にホワイトデーのお返しを用意すべきだったことだろう。

 

 この話題は私にとっても地雷なので、おいそれと踏み込むわけにはいかない。

 私はただただ引きつった笑みを頬に張り付かせるだけだった。


「ほーらみてください、この人、人間として大切なものが欠けてるんですよっ! どうせ、ねね子さんのこと好きでもないし、適当に体をもてあそんで、飽きたらすぐにポイです! 甘い言葉で夜中に呼び出して、ガサツにやるだけやったら「もう帰っていいよ」とか言ってタバコをすぱーですよ。この角度ですぱーです!」


 那由はさらに香菜に畳みかける。

 クズ男の解像度がやけに高いのはなぜなのか。


「結論が出ましたよね! 私のが純愛! 全部ひっくるめて純な愛! 120%、愛情です!」


 チェックメイトとばかり、那由は香菜をびしっと指さす。

 さっきまでKO寸前だったのに、なんてしぶとい女なのだろうか。すごい粘り強さ。

 香菜の対応次第では、あちらの逆転勝利になりかねない。


「ほら、何か言うてみぃや?」


「ぐぬぬぬ」


 香菜はうなり声をあげて、那由を睨みつける。

 頭に血が上った状態だし、取っ組み合いのケンカにならなきゃいいけど。


「私だって、ねね子のことを思ってるし! 子供のころの約束を、守ってもらうって決めてんだよぉっ!」


 香菜の顔は真っ赤になって抗議をする。

 ケンカが始まるんじゃないかとひやひやしていたが、突拍子もないことを言い出す。


「え、えーと、子供のころの約束?」


 当然、わけがわからない。

 彼女とは幼稚舎からの友達だけど、何か約束したっけ。


「あ、あぅ、ねね子、私のこと、お嫁さんにしてくれるって言ったじゃん? 花嫁にしてくれるって」


「……あれのこと!?」


「あれってプロポーズだよね?」


 私の脳裏に懐かしい記憶が蘇る。

 「お嫁さんになりたい、ねね子ちゃんの」と言う私に香菜、そして、「いいよー!」と笑う私。

 あの頃の私にとってウェディングドレスに身を包んだ花嫁さんは、「可愛い人」ぐらいのイメージでしかなかったのだ。

 香菜にプロポーズした覚えは一切ない。あるわけない。


 香菜は目を潤ませて、やたらともじもじしている。

 彼女の乙女心に触れた私はそのかわいさに失礼ながら困惑する。


 いや、待てよ?


「いや、そもそもだけど、私と香菜が付き合うのってフリじゃなかったの?」


 そうなのである。

 私と香菜のお互いに恋愛感情がないからこそ、私たちの関係は成立するものなのだ。

 フリじゃなければ、なんて言うかすごくいびつな関係になってしまう。


「そ、それは……」


 香菜の顔がみるみる赤くなり、しまいには耳たぶまで真っ赤になる。

 どうやらあちらさんは本気……だったようですね。


「あらあらぁ、御花畑さぁん、本当の気持ちを隠して、ねね子さんに近づこうとしたのはあなたも同じなのでわぁ? いや、全部を白状したうちよりもさらに質が悪いんとちゃいます? ストーカー気質なんちゃう? うわぁ、こわっ、きっしょ。ひくわぁ。ありえへんわぁ」


 私が背中から撃ってしまったせいで、香菜はほとんど瀕死状態。

 その好機を見逃すはずもなく、那由はトドメの一撃に入る。

 じわじわと相手をなぶるスタイルは巨大なアナコンダが獲物を締め付けて殺す時のよう。

 この人、性格、よくないことは確かだよね。

 お顔がいいからなおさら怖い。


「べ、別にねね子のことを大事だって思っててもいいじゃん! 出だしはどうであれ付きあったら私の気持ちに気づくかもだし! 私のがずっと昔からの純愛だしっ! ばーか! ばーか!」


 対する香菜はというと、顔を真っ赤にして怒り始める。

 それもヤンキーみたいな怖い怒り方ではない。

 むしろ、漫画のヒロインみたいなかわいい怒り方なのだ。

 

 十年以上の付き合いなのに、こんな香菜を見たことないぞ。

 あんたすごい球を隠し持ってたんだね。

 

「はぁああ? あんた何、かわいい感じ出してくるのよ! それ、うちのキャラとかぶってるやん! ぶりっ子アピールとか、ほんま、腹立つわぁ」


 素でかわいい動きをする香菜に激しいツッコミ。

 今となっては両者の立ち位置が入れ替わっているわけで、那由のことをただただ素直に「かわいい人」とは見ることができないけど。


「あんたは所詮、頼りになる親友ポジでしょうが! ねね子さんと私の結婚式でスピーチをして、引き出物のバウムクーヘンを泣きながら食べときゃいいのよっ!」


「うるさい! 隅っこで吠えてろ! お前なんか、もてない男相手にオタサーの姫でもやってればいいんだよ、ばーか!」


「そういうのはもう卒業したの! 高校からはもっと上を目指すことに決めたんだから!」


 顔の良い二人は語彙豊かにお互いをディスり合う。

 

 バウムクーヘン食べたいなぁ。

 よっし、今日はクラブハリエに直行だ。

 二人の醜い争いを前にして、現実に興味を失いつつある私がいた。


「バカって言った! バカっていう方がバカっていうの知らんの?」


「うっさい、ばーか! はーげ!」


「高一の女子捕まえて、誰がはげとるか、このボケェ!」


 美少女二人による小学生みたいな口喧嘩。

 私はふぅっと息を吐いて、その場からそそくさと立ち去ることにした。

 バカがうつるなんて言うと怒られるかもしれないけど、不毛すぎる争いなのだ。

 「私を巡ってケンカはやめて!」みたいなのにも憧れるけど、この二人じゃない。

 

 よし、今日はメンタルも下がったし、バウムクーヘンをホールで食べるよっ!



「……ねね子、そういうわけで、こいつも加わったから。不本意だけど」


「ふふ、私たち、仲直りしたのっ! よろしくね! こいつ呼ばわりすんな!」


 次の日、二人は不戦協定を結んだと伝えてくる。

 香菜も金ヶ森さんも、どっちも引きつった顔をして、肘でけん制し合っていた。

 どう見ても修羅場に発展しそうな勢い。いや、もう修羅場なのでは。


「ってことは、那由も私の?」


「彼女ですっ! 大事にしてくださいねっ!」


 キラキラの笑顔の那由とため息をつく香菜。

 すなわち、私には彼女が二人できたのだった。

 な、なんで仲直りしてんの。


 い、いらない。

 正直、偽装彼女なんか二人もいらない。一人で十分。


 しかも、二人とも偽装じゃなくてマジっぽいんだけど。

 どうすんのよ、これ!?



 本日の体重:+300g


________________________


一言あとがき:那由の性格が悪すぎて引かれてないか不安。(自分的には大好きなんですが)


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