第8話 偽装カノジョのおかわりは罪でしょうか? 罪ですね。



「香菜、今日はちょっと静かな所で食べよっか」


 そういうわけで次の日のランチタイムである。

 私は香菜に金ヶ森さんのことを話すべく、人気の少ない場所を提案した。

 付き合っているのはフリとはいえ、まだまだ大っぴらにそういったことを話せる自信がないのだ。


「いいよ! ねね子から誘ってくるって珍しいじゃん」


 ランチに誘われたからか、香菜はすこぶる機嫌が良かった。

 モデルの写真でも見せたことのないような笑顔だ。

 ぱっと見クールなのに、話すと気さくという恐ろしいギャップ。

 人気者なのも頷ける話である。


 人っ子一人いない日陰にあるベンチに移動して、ふぅっと息を吐く。

 さぁ、切り出すぞ。

 香菜が許してくれますように!


「あ、あのさぁ、香菜、えーと、1年C組の金ヶ森さんって子が、私に告白してきて、その、私たちの計画に混ざりたいって言うんだけど、そのぉ、……い、いいかな? すごく真面目で一途な女の子で、香菜もきっと気に入ると思うんだけど」


 話を少々端折りすぎかもしれないが、私は大体のことを香菜に伝える。

 あんまり詳しく話すとボロが出る気もしてるし。


「ダメ。他の女でもダメだけど、あの女だけはダメ。あいつ、邪悪な女だよ? 絶対にダメ、ねね子は私だけのものだし、あくまでもフリだけど、だけど、私だけがあ恋人っていうか!」


「うぉ、なんでそこまで早口に」


「いいから、あいつはダメ! 却下!」


 まさかの全否定だった。 

 さっきまでぽわぁああとしていた香菜の顔つきは険しいものになっていた。

 それにしても、香菜と金ヶ森さんって知り合いなんだろうか。

 お互い嫌い合ってるっぽいし、こりゃあ絶対に偽装恋人のおかわりは無理だ。

 うーん、金ヶ森さんにはどうやって断ろうか。


「ねーねーこさんっ!」


 私はびくりとしてしまう。

 微妙な空気が私と香菜の間に流れそうになった頃合いに、金ヶ森さん本人がやってきたのだ。

 ぷらぷらと揺れる萌え袖の制服の着こなしはすごくかわいい。


「たはは、金ヶ森さん、奇遇だねぇ……」


 今一番、顔を合わせたくない人物の到来である。

 結構、目立たない場所に座ってたと思うんだけど、どうやって見つけたんだろう。


「あ、御花畑おはなばたけさんもいるじゃないですか! うふふ、もう話してくれました? 私とねね子さんの秘密の関係について!」


「ひ、秘密の!?」


 私の隣に座って来た彼女は何やら怪しげな方向に話をもっていこうとする。

 それにしても、私のこと、ねね子さんって呼んでるような。

 まぁ、そっちのが慣れてるし、いいんだけど。


「……ねね子、秘密の関係って何?」


「ひぃ」


 まるで地獄に通じる穴から聞こえてくるような、どすの効いた声が聞こえてくる。

 その声の主は香菜。

 今を時めく現役モデルの女の子である。

 スマホの中では笑顔を振りまく女の子のはずなのだが、今は修羅である。怖い。


「ひぃ、ええと、その、ナンダロウネェ」


 当然、しどろもどろになる私。

 背筋に冷たい汗が走っていく。


「やだなぁ、私とねね子さんが、正式にお付き合いをするって話ですよっ! 浮気しそうな御花畑さんは当てにならないって、ねね子さん、言ってたじゃないですかっ! 誰かさんに裏切られるよりも、一途な私を選ぼうかなぁって」


「い、言ってない!」


 今までと全く同じ可愛い声でとんでもないことを言い出す金ヶ森さん。

 あんたにはオブラートに包んで話すとか、そういうのないのか。

 いや、そもそも、正式にお付き合いするだなんて決まってない。

 あくまでも恋人のふりをするってだけで。

 彼女は事態を自分の都合のいいように解釈するタイプなのかもしれない。


「おい、私が浮気しそうだって何の話だ? そもそも、なんでお前が出てくるんだよ、金ヶ森?」


「えー、やだ、こわーい。御花畑さん、怒ってるのぉ? ストレスは美容の天敵だよぉ?」


 ぎろりと睨みつける香菜。

 かわいい笑顔でそれをいなす金ヶ森さん。

 私を挟んで、二人のバトルが開始されようとしていた。

 龍と虎の戦いのような、熾烈を極めるバトルが。

 ちなみに香菜の額には血管が浮き出ており、金ヶ森さんの目は笑ってない。

 二人とも怖い。

 明らかに空気がひんやりしていくのがわかる。


「御花畑さんってさぁ、そもそも、義理でねね子さんと付き合ってるんでしょ? 」


「……そうだけど、別にお前に関係ないだろ?」


「ざぁんねん、私は本気だから! ねね子さんのことが、本気で好きだもん。義理の人なんかあてにならないし、退場してくれて全然、いいんだけど?」


 金ヶ森さんはくすっと笑って、私の腕に絡みついてきた。

 ふわっとヘアミストの香り。

 華奢な体つきながら、やっぱり女の子だ。

 腕から柔らかな感触が伝わってきて、私はどきりとしてしまう。

 わ、私、こんなかわいい子にもてていいのかしら。

 後から知ったことだけど、金ヶ森さんは高一の女子の間ではすごく有名人なのだそうだ。

 ザ・美少女ってだけではなく、成績も優秀なのだとか。

 そんなキラキラ女子に本気で好きだとか言われると、すごくむずむずする。顔が赤くなりそう。


「……私のねね子に馴れ馴れしくすんなよ」


「うわぉ!?」


 香菜はぐいっと私の肩を持つと、金ヶ森さんから私を引き剝がす。

 かなり強い力でびっくり。


「金ヶ森、お前、風の噂じゃバイトで忙しいって聞いてるんだけど。どうせ、ねね子に飯でもたかろうっていうんだろ? 外部生でたまにいるんだよな、世間知らずのお嬢様に取り入ろうっていうやつが」


 香菜の瞳がぎらりと光る。

 それはまさに肉食獣の瞳。

 元の顔が整っているから、かなり怖い。


 そして、彼女の口から出てきたのは意外過ぎる言葉だった。

 飯でもたかる?

 私に?


 ちなみに外部生っていうのは、中等部までは別の学校にいた人たちのこと。

 うちの学校はほとんどが持ち上がりで家庭環境は同じような人が多いのだけど、外部生には色んな背景の人がいるって話を聞いたことがある。

 その中にはお嬢さまにおもねって、取り巻きみたいになる人もいるのだとか。


「はぁあああ、たかるですって!? なにそれ、人を守銭奴みたいに!」


 言いがかりみたいなことを言われて、金ヶ森さんは怒り心頭だ。

 彼女が怒るのも無理はない。

 同級生に財産目当てで近づくなんてことをする高校生がいるとは思えない。

 そういうのは年老いた大富豪に近づくセクシー美女と相場が決まっているわけで。


「学校に毎日ウーバーイーツを呼んでる甘ちゃんヘタレ女子とお近づきになろうとか、そんなこと微塵も考えてないからっ! 私は純愛だし!」


「考えてんじゃん」


「ぐぅっ!?」


 金ヶ森さんは想像以上に素直な人で、本当の狙いがわかってしまった。

 しかし、甘ちゃんヘタレ女子って私のこと……だよね?


「ち、違うんですっ! 違うんです、私は純愛ですよっ! ねね子さんのことが大好きって気持ちに嘘はありません! ねね子さんのおうちが偶然、たまたま、裕福だっただけです! たとえ、ねね子さんが落ちぶれても、私が支えてあげます! 私、料理も家事も得意だし!」


 金ヶ森さんは拳をぎゅっと握って香菜に猛抗議をする。

 その言葉の重さはまさに純愛。

 彼女の瞳は涙で潤み、私への愛情の深さを物語っていた。

 そんなに熱い言葉でまくし立てられると、こっちまでぽぉっとしてしまう。

 ひへへ、私ってモテることあるんだぁ。女の子相手だけど。


「金ヶ森さん、私のこと、そこまで…」


那由なゆって呼んでください。ねね子さん!」


 感動で泣きそうな私の手を金ヶ森さん、いや、那由なゆは優しく握ってくれる。

 今日イチ、キラキラした笑顔に、まるで白魚のような指(生まれて初めて使った表現)の感触は反則である。

 こんなに気立ての良い女子に惚れられるなんて、私の人生捨てたもんじゃなかった。

 こっからエンドロールが流れたりしないよね、大丈夫だよね。

 

 そんな風に私が那由ワールドに流されそうになっていた時のこと。

 香菜はふぅっと溜息をついて話し始めた。


「とかなんとか言って、金ヶ森、お前、ねね子の家が破産しそうなの知らないんだろ? 今朝の新聞に出てたけど、アメリカの事業で多額の損失を抱えてるんだとよ? 借金数十億らしいぞ?」


「んな!?」


「ま!?」


 香菜の衝撃の言葉に私と那由は絶句してしまう。

 私の家がそんなにやばい状況だなんて、全く知らなかった。

 両親と一緒にアメリカに行った妹は大丈夫なんだろうか。

 いや、心配すべきは私のこれからじゃん!

 那由が支えてくれるって言うから、少しは安心だけど。


「ほ、ほんまなんそれ!? うわぁ、えぐいわそれ。いやぁ、ねね子さん、やっぱそのぉ、うち、今回の話はやめとくかなぁ。ねね子さんは上流階級で、うちなんか庶民やし、身分不相応やし、破産寸前とかきっついし! ほな、さいなら!」


「純愛どこいった!?」


 那由は笑顔のまま、ゆっくりと後ろに後ずさっていく。

 恐ろしく美しい手のひら返しであり、彼女の本性を垣間見た気がした。

 そう、彼女の猛烈なアプローチは純愛でもなんでもなかったのだ。

 リアルで私にご飯をたかろうとしていたのだ。


 それにしても、彼女、関西の人だったんだろうか。

 わざとらしいぐらいにコテコテである。

 あぁ、なんだか大阪のイカ焼きが食べたくなってきた。

 去りゆく金ヶ森さんの後姿を眺めながら、私のお腹はぐぅと音を鳴らした。


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