第7話 那由とねね子とA定食
私の名前は金ヶ森那由。
高校一年生で都内のお嬢様学校に通っている。
私の家はシングルマザーだ。
母は朝から晩まで働いているけど、決して裕福ではない。
高校は特待生制度を利用して、典型的なお嬢様学校の授業料を免除してもらうことができた。
制服はかわいいし、周りの子も性格が良い。
充実した高校生活の予感がする。
だけど、私は劣等感で一杯だった。
家が貧乏だってことがバレることが怖かったのだ。
女子というのは群れで行動することが多い。
トイレも、ランチも、仲の良い友達といつも一緒だ。
だけど、今の私にとって、それはすごく抵抗のある風習だった。
特に、お弁当の中身を見られるのが恥ずかしいのだ。
私のそれは基本的に昨夜の夕食の残り物。
全然派手じゃないものばかりで、おかずの分け合いなんてできそうにない。
努力と根性で外見を取り繕うことはできても、お弁当の中身は違う。お金がかかるのだ。
「那由ちゃん、ご飯食べよ―よ」
「ごめーん、委員会の仕事が忙しくて昼も行かなきゃなんだ」
そんなわけで私は割と忙しめの委員会に所属して、ランチから逃れていた。
もちろん、委員会の仕事が毎日あるなんてことはない。
ほとんどの場合、ランチの時間は一人で過ごしていた。
校庭の隅っこで、茶色いおかずをつつく。
生活水準に合わせた高校にすればよかった。後悔の念が募る。
だけど、今さら高校を変えることはできないし、授業料はほとんどタダなんだから。
「うっそ……」
ある日、私はお弁当を家に忘れてしまった。
取りに帰りたかったけど、そんなことはできない。
お昼を抜いて我慢しようかと思ったが、午後に小テストが控えている。
集中力不足で成績を落とすわけにはいかない。
苦渋の決断であるが、その日は学食で済ますことにした。
少ないお小遣いからの支出だ。かなり痛い。
特にバイトをしていない頃は、本当にお金が貴重で仕方なかった。
私は一番値段の安いA定食を選んだ。
迷うことなく、即断即決だった。
だって、安いんだもの。350円。
それでも、もったいないなぁと思いながら、ため息混じりに券売機のボタンを押した。
順番待ちの行列に並んでいると、他の生徒の会話が聞こえる。
「A定食ってさぁ、コロッケじゃん。あんなの頼む人いるの?」
「うわ、350円だって! 安すぎじゃん! 今時パンも買えないよ」
ぐっと胸が痛くなった。
僻みとか妬みだってわかっているけど、それでも反論したかった。
たまたま金持ちの家に生まれたあんたに何がわかるんだ。
A定食で悪いんか、このアホって。
だけど、もちろん、そんな空気の読めないことはできないし、関西弁も出せない。
怒りというのは七秒もあれば消えていく。
素知らぬふりをしていれば、心の中の嵐だってなくなるはず。
行列に並んで「A定食で」って言うのは少し恥ずかしいけど。
「ねね子、お前、今日もA定食かよ?」
「ふふふ、最高なんだよ。A定食のコロッケ!」
振り返ると、そこにはひときわ目立つ女子を発見する。
私はその子を知っていた。
猫井澤ねね子、この学園でも大分、お金持ちの女の子だ。
ちょっと垂れた目と鼻にかかる声が特徴的な子。
顔もかわいい部類だとは思うが、特徴的なのは彼女の体型だ。
胸がすごく大きいのだ。
私と同じ制服を着ているはずなのに、どどんと前に突き出している。
私みたいなスレンダー体型の女からすれば、近寄るだけで劣等感を刺激してくる。
神様はどうしてお金持ちで、顔もかわいくて、胸も大きい女を作ったのだろうか。
うちなんか家も貧しくて、胸も貧しいんやで。やかましいわ、ほんま。
「ねね子、たまには野菜食べなよ」
「コロッケって、ジャガイモでしょ? 野菜じゃん?」
その隣にいるのは、御花畑香菜というこれまた学園の有名人だ。
現役のモデルだということは聞いていたが、手脚が長くてすらっとしている。
気の強そうな顔をしていて、いかにも性格がきつそうだ。
私は身長が低い方だし、この女にも近寄りたくない。
自己嫌悪に陥りそうなので、さっさとどこかに行ってほしいんだけど。
それなのに。
「えへへ~、今日はA定食祭りだよっ!」
猫井澤ねね子がテーブルの上に置いたものは、とても意外なものだった。
それは私の頼んだ、A定食。
コロッケ三個とキャベツにご飯とみそ汁、ついでにお新香というシンプルな定食。
350円なんていう値段のそれを彼女が食べるなんてと私は驚いてしまう。
いや、コロッケを増量しているから正確にはA定食とは呼べないものだと思うけど。
「食堂のコロッケはねぇ、おばちゃんが一つ一つ作ってるから、ばりっとしてて、じゅわっとしてて美味しいのよ、うわっ、最高! ほらぁ、香菜も食べてよ!」
「う、うん……。あ、まじでうまいじゃん! ねね子は隠れた逸品を探すのが上手だよな」
「ふはは! 将来はフードライターになるのが夢だからねっ!」
しかも、である。
彼女はそれを満面の笑みで食べるのだ。
食レポも堂に入っていて、こちらまでお腹が空いてくる。
友人の御花畑香菜もそれを一口食べると、目を輝かせていた。
「わ、私、今日、A定食にする!」
「私も、猫井澤さんと同じのにする!」
彼女たちに感化されて、周りの生徒たちもA定食を頼み始める。
私の後ろに行列ができてしまうありさまだ。
おかげで私は自信をもって、A定食を頼むことができた。
猫井澤ねね子は私のことなど気づいているはずもないだろうけど、私はこっそり感謝する。
「猫井澤、ねね子、か……」
それから私は猫井澤ねね子に興味を持つようになった。
何より、私は彼女が食べる様子をもう一度見てみたいと思うようになったのだ。
幸せそうに口を開いて、「おいひぃ」と言いながら飲み込む様に胸が痛くなる。
彼女に自分の作ったものを食べてもらったら、どんな気分なんだろう。
胸がドキドキした。
これが恋なのかなって思った。
いや、恋じゃなくてもいい。
彼女に私の料理も食べてもらいたい。
喜んで食べる様子を眺めていたい。そう思った。
それに、彼女の実家はお金持ちらしいし、お近づきになれば私もセレブな世界を垣間見えるかもしれない。
自分でも嫌になるが、私はちょっとだけキラキラの世界に憧れがあったのだ。
そんな時、私は目にしたのだ。
あの御花畑香菜がねね子さんと手をつないで下校するのを。
ねね子さんは恥ずかしそうな顔をしていたが、御花畑のあのクソボケはすごく嬉しそうな顔をしていた。
それはまさに恋する女の瞳だった。
「先手を打たれた!? あんの、クソモデルのガキめ、人に見せびらかすとはええ度胸やんか!」
このままじゃ負ける。
そう悟った私は彼女に告白することにした。
今まで何度も告白されることはあったけど、生まれて初めての告白。
それがまさか女子相手だなんて笑ってしまうけど。
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