第6話 偽装彼女が増えそうなんですけど、これ喜んでいいのかな?
「あ、あのね、私、今、香菜と付き合ってる感じだから難しいかな、ごめんね」
私は彼女の告白を真っ正面から断ることにした。
彼女の気持ちはきっと本物だし、まっすぐだとは思う。
だけど、彼女のことを知りもしないのに付き合うって決めてしまうのはすごく失礼だ。
「は、御花畑さんと付き合ってる!? あの性悪女と!? 私が先に好きだったのに!?」
金ヶ森さんはひときわ声を高くして、泣きそうな顔で抗議してくる。
確実に香菜の悪口を言っているんだけど、二人に因縁でもあるのだろうか。
それにしても、私の方が先に好きだったとか言われても困る。
「ま、まさか、ねね子さん、あの女ともうやっちゃったんですか? これってNTRってやつ? うっそぉ」
「へ? ね、ねとられ?」
空気が変わった。
事実、空は曇り始め、不穏な風が吹き始めている。
数分前までの金ヶ森さんはかわいいオーラを出していたのに、今では何だかどす黒い瘴気のようなものを発している気がする。
ひぃいい、私の人生がサスペンス方向に舵を切り始めている。
いや、そもそも、すごく下品な質問をされている気がするぞ。
「や、やる!? そんなのないない! ありえないからっ!」
「じゃあ、香菜さんとキスはしたんですか?」
「してない!」
「する予定は?」
「しない!」
金ヶ森さんのあまりの剣幕に香菜と付き合っているという「設定」を忘れてしまい、全面否定してしまう。
私は別に女の子が好きとかではないのだ。
香菜が手助けしてくれるから乗っただけでしかない。
触りたいとか、キスしたいとか、それ以上とか、思ったことないっ!
大体、それ以上って何だ、親友を使って想像するんじゃない。
「……じゃあ、まだ大丈夫ですねっ! ぜんぜん、セーフですっ! ふふふ、私、恋人がいる人はむしろ得意なんでっ! 昔からカップルクラッシャーって呼ばれてるんです」
金ヶ森さんの表情が一気に明るくなる。
それに呼応しているのか、雲の晴れ間からお日様が顔を出す。
この人、天気を操る能力者とかなの!?
それにしても、投げ込まれるワードが大概不穏である。なんだカップルクラッシャーって。
ホラー映画の冒頭でいちゃつくカップルを退場させる無慈悲な化け物とかだろうか?
「ねね子さん、お言葉ですけど、御花畑さんだけはやめといた方がいいですよっ! あの人、ファンクラブみたいなダサいのもあるし、女の子はよりどりみどりですよ。もてあそばれてポイです! 気づいた時には気力も体力も限界になってますよ?」
「い、いやぁ、それはどうかなぁ、幼馴染だし……」
金ヶ森さんは香菜についての悪評を私に吹き込み始めた。
言いたいことはわかる。
モテる人間と付き合うっていうのにはリスクがあるってことも。
とはいえ、私と香菜は幼馴染で親友なのである。
香菜はそんなに悪い人間ではない、私を裏切ったりはしない……はず。
そもそも、香菜が誰かとお付き合いをしているって話すら聞いたことがないのだ。
モデル業に支障が出るから秘密にしているだけかもしれないけど。
「ねね子さん、甘いですよ! 幼馴染なんていうのに胡坐をかいてると、すぐにかっさらわれてしまうものです! 事実、負けヒロインの9割は幼馴染なんですからっ!」
「おぉう、そうなんすか」
金ヶ森さんは私にびしっと指を差し出し、熱弁をふるう。
負けヒロインのくだりにはすごく同意できるけど、それって漫画やアニメの話では。
「いいですか、御花畑さんはモデルで、手足長いし、男はおろか女の子にもモテモテの肉食獣! あんなの勝ちまくり、もてまくりですわ。札束の入った風呂で両腕に女の子を抱いているやつです! 絶対、あの人、浮気する、断言してもええで! あれは、浮気界の宝石箱や!」
怒涛の勢いでまくし立てられる香菜への猛烈なディス。
札束風呂や宝石箱の下りはよくわかんないけど、言いたいことはわかる。
香菜は確かに目立つし、モテるのだ。
もしかしたら、おばあちゃんの試練までに「飽きた」と言われて、乗り換えられてしまうかもしれない。
ギリギリのタイミングでポイされたら、私の快適な人生は終わってしまう。
うぅうう、どうしよう。
「その点、ご安心ください! 私は一途です! 猫井澤さん好みの女の子になれますし! 今、OKされると皮むきピーラーもついてきますよ! お願いします、一週間のお試し期間だけでもいいのでっ!」
金ヶ森さんはひしっと私の手を握って、その大きな瞳をうるうるさせる。
皮むきピーラーはともかく、心が弱っている時にこれはかなりキツイ。
期限付きのお試し恋人だなんて、最高の提案。
ころっとYESと言ってしまいそうになる。
浮気しそうな(?)香菜をとるか、それとも一途な金ヶ森さんをとるか。
これは非常に大きな問題だ。
頭の中がぐらんぐらんと揺れるが、そもそも私は彼女に言わなければならないことがある。
「あ、あのぉ、怒らないで聞いてくれる?」
「もっちろんです! 私がねね子さんに感情を荒げることなんて絶対にありえませんから!」
「わ、私、別に女の子が好きとかってわけじゃなくて。その、香菜と付き合っているって言うのも、あくまでフリなんだよねぇ、お互いに好きとかそういう恋愛感情はなくて」
私はふぅーっと息を吐いて、本当のことを話すことにした。
金ヶ森さんは傷つくかもしれないけど、まだ知り合ったばかりだし、傷は浅いと思うし。
「え……、それじゃ二人は愛のない快楽だけを求めるセック、いや、愛のない関係ってことですか? キスはしてないけど、することはするっていうただれた関係の」
「今なんつった、あんた!? いや、えーと、まぁ、あくまでも友達の関係ってことで、一切、そういうのはしないの!」
金ヶ森さんの口から聞こえてはならない言葉が聞こえた気がするけど、ここはスルーだ。
私は生々しいのに弱いのである。
「ええとね、かいつまんで話すと、うちの家の事情でどうしても恋人役が必要ってわけで期限付きでやってもらっていて……」
私はこれまでの経緯を彼女に伝える。
正直、気が進むものではない。
実の祖母を騙すようなやり口なのだから。
金ヶ森さんもびっくりして、きっと私のことを嫌いになるだろう。
あくまでも恋愛対象として私のことを見ているわけだし。
かわいい子に引かれてしまうのは悲しいけど、変に引き延ばすのはよくない。
「……いいじゃないですか! 私も猫井澤さんの計画に協力させてください! 私、二号でもいいですから! どうせすぐにあの高慢ちきな女の化けの皮が剝がれるんで!」
「まじすか!?」
軽蔑されると思ったが、金ヶ森さんはむしろ乗り気である。
目をらんらんとさせて、ややこしい関係に足を踏み入れようとする。
この子、第一印象と違いすぎてない? 本当に同じ人?
「ねね子さん、何事にも保険が肝心ですよっ! 保険無くして資本主義は発展しないのですからっ!」
彼女はそう言って私の手をぎゅっと握ってくる。
小さな手はすごくすごくかわいかった。
「じゃ、じゃあ、明日、香菜にも話してみるから、この件は保留で!」
このまま押し切られるのもよくないと判断した私は、いったん、家に持ち帰ることにした。
いくら女子校にいるとはいえ、同性の恋人が二人もいるっていうのはかなりのアウトローだと思うし。
でも香菜はいろいろと忙しいし、金ヶ森さんが空き時間をフォローしてくれるのなら、むしろOKしてくれるかもしれない。
でもでも、金ヶ森さんは香菜のことを嫌ってるみたいだし、会わせるのは危険かも?
疑問の連続に頭から湯気をあげながら、私は帰宅する。
途中でミスドによったんだけど、カフェラテとドーナツ三つしか食べられなかった。
やっぱり悩み事があると食が細くなってしまうよね。夕飯はしっかり食べたけど。
……明日、香菜になんて報告しよう。
【今日の体重】
マイナス800g。
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