第5話 ねぇ、聞いて! 生まれて初めて、告白されたんですけど?
「今日はモデルの仕事あるから、先に行くね」
放課後。
香菜は仕事があるらしく、ぱたぱたと帰り支度をする。
背が高い癖にどことなく小動物っぽい動きである。美人は三日で飽きると言うが、そんなことはない。見てて飽きない。
「ねね子、いい子にしてなよ?」
「ふぇ!?」
彼女は私の鼻をちょんと押すと、そのまま教室から出て行った。
その笑顔と動きのかっこよさにやられてしまう私。
なんというスパダリぶりであろうか。
あれじゃあ、校内にファンがたくさんいるっていうのも頷ける。
そして、これこそが私の今の一番の懸念事項なのである。
放課後に金ヶ森
おそらく、いや、確実に金ヶ森さんは香菜に憧れている。
だから、香菜と妙に親し気な私のことが気に食わないのだ。
『幼馴染だからっていい気になってんじゃないわよ! あんたみたいな
こんな感じで釘を刺されるのではないだろうか。
こちらの出方が悪ければ、ボコられる可能性さえもある。
ふーむ、困ったぞ、どうしようか。
私の口から恋人同士だと言うのはちょっとおこがましいよなぁ。
あくまでも付き合ってるフリでしかないのだし。
悶々と考えながら、指定された場所に向かう私なのであった。
お願いだから、香菜ファンの子がぞろぞろ出てきて、袋叩きにされませんように!
「あっ、猫井澤さんっ! 来てくれて、ありがとう!」
校舎裏にはすでに金ヶ森さんは来ていた。
すなわち、私は彼女を待たせてしまったということである。
しまった、おばあちゃん直伝の108の人たらし法の一つ、「相手よりも早く待ち合わせ場所に着け!」ができなかった。
「す、す、すいませんっ! 袋叩きだけはっ、勘弁してくださいっ!」
こうなったらしゃーない、先手必勝とばかりに私は彼女に土下座をする。
とにかく先に敗北した方が楽だ。
フルボッコにされるのとかまじで勘弁。
「そんなことしないよっ? ほら、頭を上げてよぉ。猫井澤さん、おもしろーい!」
金ヶ森さんはケラケラ笑って私を立たせてくれる。
おまけにスカートについた埃まではらってくれる。優しい。
「あ、ありがとうございます」
間近で見る金ヶ森さんはすごく華奢だった。
骨が細い感じで、女の子のなりたい女の子というか。
陶器のようにきれいな肌で、フリルの付いた甘々の服装が似合いそうだ。
いかにも育ちのいいお嬢様って感じである。
まぁ、うちの学校、基本的にはお嬢さまが多いんだけどね。
あのギャルちゃんずもお嬢さまなのだろう、ひょっとしたら。
「で、えーと、私に用って言うのは……」
恐る恐る用件を尋ねる。
あんまりポジティブなことじゃないんだろうなーって思いながら。
「あのさ、猫井澤さんって、御花畑さんと付き合ってるの?」
「ぬぁ!?」
単刀直入に爆弾みたいなのが飛んできた。
虚を突かれた私は変な声をあげて顔をを引きつらせる。
ひぇぇえ、どうしよう。
ここら辺、香菜としっかり話し合っておけばよかった。
付き合ってないって言うのも変だよなぁ。
でも、つき合っているフリをしてる関係でしかないわけで。
「え、えーと、そのぉ、まぁ、色々とあってぇ、いや、なんでそんなこと思われるのかなぁなんて、たはは」
ヘタレな私ははぐらかす方向で勝負することにした。
「付き合ってるけど、文句ある?」みたいに強気で聞き返せるほどメンタルは強くない。
だって、付き合ってないんだし。
そう、実際の話、私たちは付き合ってないんだ!
打算まみれの関係でしかない!
いや、こういうと、なんだかドロドロしてそうだけど、そんなことないよ。
「んー、昨日、猫井澤さん、御花畑さんと手をつないでたし、今日はあーんってしてるのを見ちゃったから……」
「ぬ゛ぉわっ!?」
再びかわいくない唸り声をあげる私。
いかんいかん、こう見えても15歳の花のJKなんだよ。
なんでこんなオッサンリアクションが出てくるのか。
金ヶ森さんみたいな超絶美少女の前で変な反応してたら、オッサンJKとして迫害される可能性すら出てきた。
うぅう、どうしよ。
彼女は私たちの犯行現場(?)をはっきりと目撃してしまったようだ。
ん? この人、見てたって言った?
や、やっぱり、この人、香菜の熱狂的なファンだよ、絶対!
ストーカーみたいに香菜とその周りにいる虫(ここで言えば私)を監視してるんだ。
こ、これ、殴られる流れっすよね!?
お腹を殴られたら食欲に差し障るので、できたらお尻とかにしてほしい。
「ご、ごめんなさいっ! 別に猫井澤さんのことをのぞき見したってわけじゃなくて、そのぉ、偶然、見ただけでぇ。ほら、猫井澤さん、目立つから!」
私の顔に困惑の色が浮かんだのに気づいたのか、金ヶ森さんは恐縮しきりという表情。
殴られるかと思ったら弁解が始まった。
しかし、腑に落ちない。
なにゆえ私を見ていたのか、私など香菜の前では路傍の石に過ぎないというのに。
「見てたのは香菜、じゃなくて? 私?」
そう、彼女は確かに言ったのだ。
私のことを見ていたって。
聞き間違いかと思って、敢えて尋ねてみる。
「あんな高飛車女のことなんか見てないですっ! 私は猫井澤さんだけを見てたんですよぉっ!」
「おぉう……まじすか」
突然の言葉に気圧されてしまう私。
香菜に対して、失礼なことを口走った気がするけど敢えて無視しようじゃないか。
「本当です! 猫井澤さんがいると、ついつい見ちゃうっていうか」
「えっと、それは……」
金ヶ森さんの頬が熱を帯びて赤くなっているのがわかる。一目でわかる、かわいいやつ。
その一方、私はバカみたいに口をぽかんと開けるだけだ。
なんなんだ、これ。
何が起きようとしてるんだ。
混迷を極める空気。
うぅむ、想像してない展開だぞ。
「あのっ、猫井澤さんが、今、誰とも付き合ってないんならっ、私と付き合ってくれませんか! 私、猫井澤さんが、いえ、ねね子さんが好きなんですっ! ねね子さん、一筋なんですっ!」
泣きそうな顔の金ヶ森さんから伝えられたのは、告白だった。
私にとって生まれて初めての。
友達としての「好き」じゃないってことはすぐにわかった。
そもそも、私が彼女と話したのはこれが初めてなのだし、友達にすらなっていない。
その状態で告白をしてくるなんて、すごく勇気があるんだな、この子。
「返事を、返事を聞かせてください、お願いします!」
「は、はぁ」
どうしよ、これ。
この事態を私はどう切り抜ければいいんだろうか。
私が香菜と付き合っているのはあくまでフリであって、私自身は誰かと付き合うことに興味はないのだ。
男の子にすら関心がないのに、女の子にはもっと関心がない。
新装開店したラーメン屋さんやコンビニの新作おにぎりの方がよっぽど興味がある。
色気より食い気を擬人化したのが私なのだ、たぶん。
とはいえ、金ヶ森さんは誠心誠意を込めて告白してくれた。
細い肩がぶるぶると震えていて、小さな体で勇気を振り絞ってくれたのは痛いほどわかる。
彼女に期待させるような返事をすることだけは絶対に避けなければならない。
曖昧な返事をして傷つけるのは絶対にやっちゃダメだ。
心を鬼にして、自分の気持ちを伝えなければ。
私はつばをごくりと飲み込む。
そして、金ヶ森さんに自分の気持ちを伝えるのだった。
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