第4話 彼女(偽装)とキャッキャウフフしてたら、波乱の予感
「んひひ、幸せよのぉ」
今日は朝から気分がよかった。
香菜ならきっと大丈夫だ。そう確信できたからだ。
あまりの機嫌の良さに調子に乗った私は朝マックのビッグブレックファストデラックスを食べた。パンケーキにエッグマフィンまでついてくる夢の朝食。
もちろん、お供はコーラのLサイズ一択。
朝からコーラを飲める背徳感、これたまんねっすわ。
マックシェイクも飲めたら、もっと最高なんだけどね。
両親と住んでいる時には考えることもできなかった食事の内容であり、絶対、この生活を手放すものかと心に刻む。
「香菜、おっはよー」
最高の朝食をとった私は浮かれながら教室に滑りこんだのだった。
「おはよ。ねね子は朝から元気だなー」
香菜は朝に弱いタイプだから、ちょっとぼんやりした印象。
目つきも悪くなっている。
「まぁねぇ! 朝マックしたからねぇ!」
何が嬉しいってわけではないが、親指を立ててしまう私。
カロリーがどれだけあるのか知らないけど、朝から幸せになれるマックって素敵!
テンションの高い私とは対照的に香菜はいまだぬぼーっとした表情。
途中、彼女は何かに気づいたかのように私の顔をじっと眺めていた。
ぬふふ、私のかわいさがやっとわかったのかしら?
「……ハッシュドポテト、ついてるよ? まったく子どもなんだから」
香菜はそういうと私の頬に手を伸ばし、朝食の食べかすを指先でつまむ。
うっわぁああ、恥ずかしい。
教室に来るまでの間、ずっと頬っぺたについてたってことでしょ?
「……味、わかんないわ」
「な?」
しかも、である。
香菜はその食べかすをぺろりとなめて飲み込んだ。
ま、ま、マジすか。
そういうイケメンの動き、漫画でしか見たことないんですけどっ!
なんていうか、ママにもそんなことされたことないのにっ!
あまりにも恥ずかしくて顔が一気に熱くなってくる。
「ふぁ、眠い……」
一方の香菜はそのまま机に突っ伏して眠ってしまう。
これでは今の行為を問いただすこともできない。
おーい、今のなんなんすか、香菜さん!?
眠ってしまった香菜を揺すってみるも返事はない。こいつ、なんなん。
「ねね子さんと香菜ちゃんって仲いいよねー」
「そうそう、ねね子さんだけは香菜ちゃんと素で話せててすごいなーって思う!」
寝入ってしまった香菜の前で考えていると、隣に座るクラスメイトから声をかけられる。
確かに、香菜はモデルで、私は一般人である。
香菜の手足は長いし、まつ毛も長い、いいにおいもする。
気後れしてしまうって人もいるかもしれないよね。
「まぁ、幼馴染だからねー。腐れ縁っていうか。それに、香菜って思ったよりも天然で面白い所あるんだよー」
「へー、意外! 香菜ちゃんってクールビューティだし、そういうイメージなかった! 逆に憧れるかも!」
「わかるわかる! ギャップ萌えだよねー」
私の軽い暴露などものともせず、二人は香菜を称え始める。
なぁるほど、この二人、香菜のファンってやつなのだろう。
確かに、香菜の人気はものすごいからなぁ。
いや、ちょっと待てよ。
そんな大人気女子とつき合っているフリをするっていうのは、どうなんだろうか?
香菜のファンの女の子に怒られやしないだろうか?
いやいや、あくまでもフリだ。
2カ月先の試練が終わったら、すぐさま解消すればいい。
私たち、別に好きで付き合っているわけじゃないんだからねっ!
クラスメイトの二人はきゃいきゃい言いながら、また別の場所へと去っていった。
そろそろ朝のクラスルームが始まるタイミングだからだろう。
にもかかわらず、香菜はまだ突っ伏していた。
モデルのお仕事も忙しいみたいだし、疲れているのかもしれない。
朝のクラスルームが始まるまではゆっくり寝てればいいさ。
私は彼女の髪をなでる。
すごく、つやつや、さらさらしていた。
まさに全身が高級な商品って感じの女である。
肌も髪も体型も丁寧に丁寧にケアをしているんだろうな。
すごいよ、あんた。尊敬する。
今度、シャンプーとコンディショナーに何を使ってるか聞いてみよう。
え、普通の人と同じだよぉ? ドラッグストアで売ってるやつだよ?
そんなことを言われた日にゃあ、さらなる衝撃に打ちひしがれるわけだが。
美人は何をしても美人であり、そうじゃないのは以下略だって。
「トイレっ! メイク直してくるっ!」
私が髪の毛を撫で始めて5秒後、彼女はがばりと立ち上がると教室から出て行った。
起きていたことにびっくりした私は「ひぎゃぁっ」とかわいくない声をあげてしまうのだった。
当然、周りの子も不思議そうに私の顔を覗き込むわけで。
香菜、どうしてくれんの、この空気。
◇
「ねね子、ちゃんと野菜も食べないとダメだよ?」
「食べてるもん、ポテトとかー」
人生で一番好きなのは朝食だが、同率一位は昼食である。
今日の私のお食事はTボーンステーキ定食だった。
もちろん、Uberさんに運んでもらった。ありがとうございます。
ガツンとした肉に舌鼓を打っていると、一緒に食べていた香菜がママみたいなことを言う。
私は野菜が別に嫌いってわけではないのだ。
朝にスムージーを取り寄せて飲んだりもしている。
しかし、成長期というものなのか、やはり食べたくなるのはお肉にご飯なのである!
特に昼ご飯と言うものは午後への活力を養うタイミングなわけで、絶対にタンパク質をとらなきゃって筋トレの人も言ってた、Youtubeで。
「はいはい、御託はいいけど、あんまり食べ過ぎると太るからね? ちゃんと自己管理しなよ?」
「ぐぅううっ、わ、わかってるもん!」
「本当にわかってる? 脇腹、触ってもいい?」
「だ、ダメッ! そういうのセクハラだからね?」
香菜が痛い所をついてきた。
実を言うと、この私、中学時代までは何を食べても太らなかったのだ。
糖質だろうが、脂質だろうが、とにかくガバガバ食べられた。
だから、私はてっきり「食べても太らない」という選ばれし体質なのだと思っていた。
しかし、高校入学後、食生活がUber頼みになった私はひしひしと感じていた。
体重が、増えているかも、と。
脇腹が、ふよっとしてるかも、と。
このままじゃ私、球体になってしまうのではないだろうか。
いくら色気より食い気と言えども、それはそれでやばい。
ぐぅうう、どうすりゃいいのよ。
そもそも、日本の食べ物がおいしすぎるのが悪い!
パイから魚の頭が飛び出してるやつが主食の世界に行ったら、私だって痩せるはず。
結論。
私が太るのは私のせいじゃない。日本が悪いっ!
「そんなこと言ってないで、とりあえず、ちゃんと栄養考えなよ? ねね子の肌はきれいだけど、あぐらかいてちゃダメだからね?」
「はーい、了解しました」
香菜の方をみれば、彼女はサラダの上に薄切りにしたチキンが載っているものをランチにしているようだ。
おともにおにぎりを三つぐらい食べるのかなと思いきや、意識高そうな茶色いパンである。ちょっと酸っぱいやつ。
正直、それで足りるのかわからないが、いかにもモデルっぽい食事。
インスタで「#今日のランチ #これでお腹いっぱい #サラダチキンLOVE」とかハッシュタグがついてそうなやつである。
つまり、私の食生活の天敵みたいな食事内容。
「あんた、それで足りるの?」
「普通に足りるよー? チキンも美味しいし」
香菜はきょとんとした表情で返事をする。
さも、当然でしょって感じが、なんだろう、なんかムカつく。
ここで私は良いことを思いついた。
自分が節制するのは難しいが、相手を堕落させるのは簡単であると!
自分が高い位置に行くのができないなら、相手を低い位置に持ってくればいいのだ!
「香菜、あーん!」
私は端でステーキの一片をつまむと、香菜の前に差し出す。
肉汁たっぷりの脂肪たっぷりである。
カロリーはおっそろしいことになっているに違いない。
にへへ、香菜よ、お前も
「せ、積極的すぎない? ま、まぁ、恋人になったんだしいっか……」
香菜の顔が一気に赤くなる。
ここで私は思い出す。
そういや、香菜とは恋人同士のフリをしていたんだと。
これって私から甘々エピソードをぶちこんだ形になってない?
うっわ、はっず……。
「いいから、食べな! ほぉら、和牛ちゃんだよぉ? 神戸の生まれだよ?」
引っ込みのつかなくなった私はステーキをつまんだ箸をさらに口元へと押しやる。
別に友達同士でも「あーん」なんて普通にやるし!
「……美味しい」
香菜はまるでキスをするかのように少しだけ目を閉じて、ぱくりと食べた。
か、かわいい。
こんなリアクションをされるとキュンキュンするのはなぜだろうか。
顔の良さって言うのは性別をこえて人を魅了するものなのか。
「わはは、香菜も高カロリー食に目覚めるがいい!」
気恥ずかしくなった私はわざと声を張り上げる。
このむわっとした微妙な空気を払しょくしなければ、なんかもう「わぁああ」ってなると思ったのだ。すみません、語彙力が崩壊しました。
「今日のステーキは一段と美味しい!」
その後、私は香菜をちらりと見ることもせず、がつがつと残りの食事を平らげるのだった。
香菜の女の子ムーブは心臓に悪いからやめて欲しいなぁ。
◇
「あのぉ、猫井澤さん、ちょっといいですかぁ?」
「はぇ?」
そんなこんなで昼食を終えて、後は惰眠をむさぼろうかというタイミングでのこと。
私に声をかける人物がいる。
振り返ると、すごく可憐な女の子が立っていた。
背が低くて、細くて、目が大きくて、顔が小さくて、声がかわいい。
あれぇ、世の中を呪いたくなる女の子が現れたぞ。
「私、一年C組の
金ヶ森さんは少しだけはにかみながら自己紹介をしてくれる。
嫌味になりがちなハーフツインの髪形も似合っていて、ザ・女の子!って感じの女子である。
庇護欲をそそりそうに潤んだ瞳は、いかにも『彼女にしたい女の子』って感じだろうか。
小悪魔系のちょっとだけ猫っぽい顔。
私みたいなタヌキっぽいモブとは大違いのヒロイン顔である。
クラスメイトたちも、口々に「金ヶ森さんだぁ」「顔ちっさ」「今日もかわいい」などと色めきだつ。まるでこの学校のアイドルみたいだ。
えっと、そんな美少女が私に何の用だろうか。
「あのぉ、ねね子さんに相談したいことがあってぇ、放課後、校舎裏に来てもらえませんかぁ?」
「は、はぁ……まぁ、いいけど」
「ありがとうございますっ! それじゃ、絶対来てくださいね!」
彼女のかわいさに圧倒され、私は要領の得ない返事をしてしまう。
イエスと解釈したらしく、彼女は嬉しそうに笑うと私の手をぎゅっと握って、教室からいなくなってしまった。
彼女にぴったりな、甘い香りだけを残して。
何だったんだ、今の?
そして、あんなかわいい子が私に何の用があるんだろうか?
「ん? ねね子、寝てないなんて珍しいじゃん」
あれこれ考えていると、香菜が昼休みのメイク直しから戻って来た。
どこにメイクを直す要素があったのかわからないが、抜群にキレイなのは事実。
さっきの金ヶ森さんといい、香菜といい、天はどうして差別をするのだろうか。
私だってもっと脚長くて顔が小さくて、太りにくい体質だったら……!
「今から寝るの!」
ネガティブ方向に思考が落ちていきそうだったので、私はとりあえず寝ることにした。
寝る子は育つっていうし、果報は寝て待てって言うし!
でもでも、神様、これ以上、私の体が育つのはナシの方向で!
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