第3話 親友が偽装彼女にジョブチェンジした件



「できるわけないじゃん……」


 ポジティブシンキングには限界がある。

 その日の放課後、私は現実の厳しさに気づき、恐れおののいていた。

 あと二カ月で彼氏を作るなんてムリである

 しかも、おばあちゃんのお眼鏡にかなう男の子。

 たぶんきっと、笑うと白い歯のキラキラ光る男子のはずである。

 そんなのできるわけない。私は何を勘違いしていたんだ。

 

 あぁ、天からかわいい男の子がゆっくり落ちてこないかなぁ。

 そしたら私はふわっと抱きかかえて、こう言うのだ。


『うふふ、君って人間だったんだね。ひょっとすると天使じゃないかって心配してたんだ』


 気分は件のアニメ映画のワンシーンである。

 腕力に自信がないから地面に落とすとは思うけど。


「ねね子、あっちの世界にいってるだろ? なにか悩んでることがあんのか?」


 非現実的な妄想にふけっていると、香菜が心配そうな顔で覗き込んでくる。

 さすがは幼馴染、私の心の機微がわかるらしい。

 この子は気遣いの出来る、いい女なのである。


「香菜ぁあああ!」


「ひ、ちょっと、なに!?」


 人の優しさに触れ、私は思わず香菜に抱きついてしまうのだった。

 香菜はびっくりしてたけど、話を聞いてくれるとのこと。優しい。



「……というわけで、2カ月以内に恋人を作って、何か成し遂げないといけないの! じゃないと、私、あの家から追い出される!」


 そんなこんなで香菜に事情を説明する。

 クラスメイトのいなくなった、がらんどうの教室で。


「試練ねぇ。ねね子のおばあさん、厳しそうだったもんな。まぁ、お前、高校に入ってからずーっとたるんでるもん」


「うっそぉ!? 香菜にまでバレてるの?」


「いや、普通にバレるだろ。朝からエッグマフィン片手に登校するやつ、お前ぐらいだぞ」


 香菜とはずーっと小さいころからの付き合いである。

 中等部の時は家に遊びに来たこともあるし、私の家の事情もそれとなく心得ているようだ。

 それにしても、驚いたのが私の気の緩みっぷりに気づかれていたことだ。

 ひょっとして、体型の変化にも感づかれているのでは。


「で、どうすんの? 恋人、作れそうなの?」

 

「無理でしょ! 私、恋人なんかできたことないし! てか、さっきギャルの子たちが言うには一回や二回やっても恋人じゃないらしいし……」


 私は錯乱気味だったのだろうか、今朝聞いた情報をぺらぺらとまくし立てる。

 そう、あの恐るべし情報である。

 すると、香菜は目をかっと開いて、椅子から立ち上がった。

 

「ねね子、今の本当!? ま、ま、ま、まさか、もう誰かとやったの? 体を許したの!? どこの誰に!? そいつころ


「ひぃいいいい!?」


 彼女は私の肩をががっと掴む。

 目の白目部分が増えて、すごい剣幕である。

 まるで親の仇でも見つけた時のような表情。


「や、やるわけないじゃん! 又聞きした話だし。そんな勇気もないし、ムリムリだよ」

 

 もちろん、あくまでたとえ話であることを強調する。

 そういう世界は私の遥か彼方にあるなーなんて思いながら。


「そっかぁ、よかったぁ。もぉ、びっくりさせないでよ、そういうの心臓にわるいんだからさぁ。死ぬかと思った、いや、殺すかと思った」


 香菜はふぅーっと息を吐く。

 あまりにも取り乱したからか、きちんと決まっている彼女の髪が崩れてしまった。

 こんなに騒ぎ立てるのはクールな香菜にしては珍しい気がする。

 

「いい? 恋人ができそうになったら、私に言いなよ? 私がしっかりヤキを入れ、いや、えーっと見定めてあげるから」


「はぁ、えーと、ヤキ……?」


 不穏なことを言ったような気もするが、スルーする私。

 実はこの子、中学の時にはかなり尖っていたのである。

 今でも女子の一部には怖がられていて、敵には回せない女ナンバーワンなのだ。

 まぁ、幼馴染の私にとっては軽いジョークだってわかってるけど。


「よぉし、それじゃあ、香菜様がねね子に協力してあげようじゃないの!」


「ほほぉ、協力! 恩に切ります! 香菜様、ありゃしゃーっす!」

 

 やはり、持つべきものは友達だよね。

 おそらくはモデル仲間や事務所の知り合いからイケメン君を引っ張ってくれるに違いない。

 まぁ、実際につき合ってなくても、フリでもいいのだ。

 おばあちゃんを上手く丸め込めれば、それで。

  

「わ、私がねね子とつき合ってやる!」


「は? へ? 何それ? 香菜が?」


 しかし、香菜から出てきたのは身長185センチ越えのイケメンモデルの話でもなく、笑顔がキュートなマッシュルームヘアのバンドマンの話でもなかった。

 香菜自身が私の恋人になる!?

 どういうことっすか!?


「まぁ、ほら、えーと、何ていうの? あくまでもフリだから! それに今は令和だし、女同士でも別にいいじゃん! あ、愛があれば?」


 香菜にしては珍しく長台詞を早口でのたまう。

 頬を赤らめているのはちょっと恥ずかしいからだろうか。

 そりゃあ、愛なんて言葉を口にするだけでも恥ずかしいのはよくわかる。


「愛があればって、別にフリだから愛はないのでは……?」


「いいのっ! 私、モデルやってて自分で稼いでるし! 頼りがいがある方だと思うけど? 自分で言うのもなんだけど、結構な優良物件だよ、私」

 

「おぉう……」


 いつもはクールにしてるくせに、今日はやたらとぐいぐい来る。

 私のことを本気で心配しているらしい。

 そりゃそうだよね、私たち、幼馴染で親友同士だし。

 困った時には助け合いの心が発揮されるってものだよね。


「ねね子は親友だし、一肌脱ぎたいんだよ」


 香菜の瞳を覗き込めばわかる。友情だよ、これは。

 カノジョなりの友情の表しかたなんだ。

 そう思うと私の胸の中は熱い思いがこみ上げてくる。

 香菜がこんなに友達思いのハートを持ってるなんて知らなかった。

 幼馴染で親友であることは確かなのだが、どっちかと言うと、私の劣等感をナチュラルにえぐってくる存在だと思ってたから。

 何ていうか、美人な子の隣にはなぜか「そんなにかわいくない子」がいつもいるパターンというか、引き立て役というか。うぅう、自分で言ってて不憫になってきた。


 しかし、香菜は違ったのだ。

 彼女は私のことをしっかりと思いやってくれていた。

 嬉しい。嬉しすぎるじゃないか!


「それじゃ、えーっと、香菜にお願いしてみようかなっ! 香菜、ありがとっ! 大好き!」


「ひ、ひぇ、気が早いっば! いや、えーと、その、べ、別にあんたのためだけじゃないしっ! いや、その、えーと、よろしく……」


 感激のあまり香菜に抱き着くと、なんだか一昔前のツンデレみたいなことを言い出す。

 くふふ、可愛いやつめ。

 彼女は私よりも身長が10センチ近く高くて大人っぽいくせに、結構、純情なところがあるのだ。


「私の恋人かぁ、くかぁー、照れるぅ。初めての恋人! このこの!」

 

「ちょっと、そういうのは学校じゃダメッ!」


 私が彼女の細い脇腹を攻撃しようとすると、ひらりとかわされてしまう。

 ちぃっ、細い脇腹をくすぐって大笑いさせてやろうと思ったのに。


 それにしても、学校じゃダメって何なのよ。

 現役モデルがバカ笑いするのは禁じられているとでもいうのかい。

 いや、可能性あるかもね。変な顔で笑ってたら、盗撮されてSNSに上げられるとか。


『昨日、モデルのxiāngcài(※香菜のモデル名)がバカ笑いしてたんだけど、だっさ』


 なんて、つぶやかれたら私の責任になってしまう。


「それじゃ、ねね子、帰るよ! 今日、私、オフだし、表参道に行くのつき合ってよ」


「いいね。それじゃ私のおすすめのクレープリーに連れて行ってあげよう! そこのクレープがすっごく美味しいの! 私、こないだ三種類、食べたんだけどすごいの!」


「……あんたの胃袋どうなってんの?」


「別に普通でしょ? 食前・食中・食後だよ?」


「薬の服用?」


「あ、それ以外にもガレットも一つ食べたけど、美味しいのなんのって」


 とまぁ、こんな感じで私たちは教室を後にすることにした。

 いつも通りの放課後の、いつも通りの友だちとの会話。

 一つ違うのは、私と香菜はつき合っているフリをしているということ。

 

「ねね子、手、出して」


「へ? 手?」


 教室を出たところで、香菜が意外なことを言ってくる。

 私の手に飴ちゃんでも置いてくれるというのだろうか。


 そう思ってたら、なんと彼女は私の手をぎゅっと握ってきた。

 しかも、指と指ががっちり噛み合った、恋人つなぎである。

 正直、こんな手のつなぎ方、親とだってした覚えはない。


「ちょ、ちょ、ちょ、香菜!? これって!?」


 当然、うろたえる私。

 そりゃあ、女の子どうしで手をつなぐことなんて普通のことだ。

 だけど、だけど、だけど、なんかちょっと違う気がするのだ、これは。

 香菜の手は少しだけ熱を持っていて、それが私の体を侵食してくるというか。


「これからはちゃんと恋人のフリをしなきゃダメなんだろ? じゃないと、お前のおばあちゃんにすぐにばれちゃうだろうし」


 香菜はおどけた調子でくすっと笑う。

 なるほど、的を射ているアイデアではある。

 よくそこまで考えているなぁ。素直に感心してしまうよ。


 確かにうちのおばあちゃんなら、探偵をやとってクラスメイトに聞き込みぐらいさせるだろう。

 急ごしらえの恋人を連れてきても、一笑に付されて終わりだろう。


「じゃ、行くよ」


「はいはい! それじゃあ、香菜、こういうのはどう?」


 香菜の智謀に恐れいった私は、それを使って彼女をからかうことにした。

 彼女の腕に思い切り抱きついてやったのだ。

 しかも、あからさまに胸を押し付けてやった。

 にはは、女子同士だし、胸がぐにってなっても気にならないもんね。

 ちなみに高校に入ってから私の胸は無駄に育っている。

 Eぐらいで止まってくれればいいのに、膨らむ膨らむ。かなり嫌なんだが。


「にゃははぁあああ!? ちょっと、ちょぉっと、ねね子、そんな、そんなはしたないことしちゃダメっ! いや、ダメじゃないけどっ、物事には順序っていうのがあって! そりゃ確かに令和だけど、令和だけど、こっちの心臓がもたないからっ!」


「な、なんなんすか、そのリアクション!?」


 今日の香菜はやたらと早口で、やたらとリアクションが大きい。

 今までだったら、普通に軽ーくスルーするっていう感じなのに。


「えへへー、香菜の弱点見つけたぜっ!」


 学年一の美人さんをからかうことに快感を見出した私は、表参道でもぐいぐいおしつけてやったのだ。

 香菜はそのたびに尻尾を踏まれた猫みたいなリアクションをする。

 あはは、美人な子を驚かせるのって楽しい。

 いつもの香菜とのギャップを思うさま堪能してやったのだった。


 ちなみにクレープリーではクレープ3枚とガレットを3枚食べた。

 美味しかったぁ!



 本日の体重:プラス500g





挿話:ねね子と香菜とモデルの仕事


「それじゃね!」


 ねね子をマンションまで送り届けると、私はふぅっと息を吐く。

 今の私はきっと幸せなんだ、と思う。

 なんせ、偽装とはいえ、ねね子と恋人同士になったのだから。


 ねね子とは幼稚園の頃からの付き合いだ。

 ずっと一緒だったし、そばにいるのが当たり前のことだと思っていた。



 いつからこんな気持ちを抱えていたのか分からないけど、それを自覚するようになったのにはきっかけがある。

 それは私が中学二年生の頃。

 私はモデルの仕事にあこがれていたのだが、親にすごく反対された。

 私の母もモデルをしているのだが、そんな根性は私にはないというのだ。

 いわく、モデルというのは負けん気が強く、タフで、他人を蹴落としてでも仕事をとってくるガッツがなきゃ務まらないとのこと。

 その頃の私は気が弱くて、押しに弱かった。

 友だちの前で自分の意見を言うのにも、緊張してしまうようなタイプで。

 根本的に向いていないって全否定してくる、親の言うことも分かってはいた、頭の中では。

 だけど、その物言いがあんまりにも高圧的だったので、私はちょっとだけグレてしまった。

 親と口を利かず、ただただ自分の殻に閉じこもった。

 学校もさぼり気味になったし、授業を真面目に受ける気力もなくなってしまった。

 

 モデルなんて不安定なものに挑戦するよりも、もっと堅実なことに、自分に向いていそうなことに取り組めばいいんだろうか。

 出口の見つからない自問自答。

 今から思えば、いかにも中学生っぽい青臭いものだったけれど、どうしていいかわからなかったのだ。


「かっこいいじゃん! 香菜だったらできるよ!」

 

 そんな時、ねね子は無邪気に私を応援してくれたのだ。

 何か根拠があったわけじゃないのは分かっている。

 だけど、キラキラした目でそう言ってくれるのが嬉しくて。

 彼女の言葉を胸に、親を説得して、オーディションを受けることができたのだ。



 オーディションに合格したことを、ねね子に伝えると「あんたは私の自慢の親友だよ」と喜んでくれた。

 目には涙さえ浮かべて、自分のこと以上に喜んでくれているのがわかった。

 その様子を見て私は分かったのだ。

 私の本当の気持ちに。

 親友ってだけじゃ満足していないっていう自分の気持ちに。



 私が自分の気持ちを隠して、彼女と恋人同士でいられるのは一か月ぐらいの間だけ。

 卑怯だっていう自覚はある。

 だけど、その間だけでいいから、夢を見させてほしい。

 一か月たったら、私たちは普通の親友同士に戻れると思う。きっと。



 ごめんね、ねね子。

 だけど、ねね子がピンチの時には私が助けてあげたいんだ。

 今度は私の番だよ。


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