第40話

 高校2年の9〜12月と言えば学校行事が目白押しである。


 修学旅行に体育祭、文化祭もこの時期である。


 我が市が洞学院も9月に修学旅行、10月に体育祭、11月に文化祭がある。来年は受験を控えていることから純粋に学校行事を楽しめるのは今年までだと思っていたのだが、先輩たちを見ているとそうでもなさそうだ。


「お願いとぅまくん。心ちゃんを少しだけ貸して欲しいの」


 パンと胸の前で手を合わせてあざとくお願いと言う雨宮先輩。自然の摂理と言うか重量の法則と言うべきか、パンと音の鳴る手の奥では「ぷるん」と他の音が鳴っているような気がした。


「あの、先輩? 頼み事があるなら俺じゃなくて直接、心に頼むべきじゃないですか?」


「わかってるわよぉ? でもとぅまくんの許可があれば交渉の成功率がぐんっと上がるでしょ?」


 これはわざとやっているのか? ぐんって言葉と同時に手を挙げる先輩からはまたも「ぷるん」という音が聞こえる。


「にしても準備が早いですね。もう文化祭の準備ですか?」


「ん〜? 正確に言えば去年の文化祭の後から案自体はあったのよぉ。ほらぁ、今年は受験生だから早めに準備しておこうと思ってぇ。心ちゃんにも話しはしていたんだけど自主引退しちゃったでしょお? だから去年の案がうやむやになっちゃいそうなのよぉ」


 先輩のお願いと言うのは文化祭にサッカー部でたこ焼きカフェをやるから心にも手伝ってもらえないかと言うものだ。


「難しいと思いますよ? そもそも心はもう部外者ですよね? 他の部員がどう思うかわからないし」


「その点なら大丈夫よ? みんなから同意はもらってるわょ? 同じようにももちゃんにもお願いしようと———」

「ごめんなさい」


 突然の謝罪に声の主を探すと、俺のすぐ隣に森島がピタっとくっつくように立っていた。


「こんにちは先輩。途中から聞いてましたけど私はNGです。ましてや心先輩と一緒なんてあり得ません!」


 どさくさに紛れて腕を絡めようとする森島から距離をとると、その隙間を埋めるように柔らかい物体が飛び込んできた。


「うん、ももちゃん近いよ? 斗真くんはわたしの婚約者だって言わなかったっけ?」


「心?」


 しっかりと俺の左腕をホールドしながらも森島から距離をとるようにグイグイと身体を押し付けてくる。


「ふんっ、先輩が勝手に言ってるだけじゃないですか? わたしはとーまくんから恋人になったとしか聞いてません。どっちにしたってまだ結婚できるわけじゃないし、私にもワンチャンがないわけじゃありません! 未来はまだ未定なんですからね〜!」


 そう言いながら廊下を走っていく森島。すでに堅牢な砦を築いている心相手にワンチャンとかないと思うぞ? 俺自身も森島にはかわいい後輩と言う認識しかないし。


 俺と心が恋人同士になった後、森島にはバイト終わりの帰り道で話をした。最初は驚いた様子だったが、一旦話を呑み込むと思いがけない宣言をしてきた。


「とーまくん。ずっと前から大好きです。正直、こうなるだろうなって思っていたから仕方ないなって気持ちはあります」


「でも! それはそれ、これはこれ。私はこの気持ちをあきらめるつもりはないから! だから変に距離を取ったりしたら『とーまくんに襲われた』って噂流すからね!」


 そう脅しながら走って逃げて行った。


 森島が俺のことを好きだったなんて思いもよらなかったから脅し文句よりもそっちの方が衝撃が大きかった。


 それ以来、森島は会えば積極的に絡んでくるのだが、別れ際はこうやって走って逃げて行くのが定番になっている。


「あ〜、ももちゃんに逃げられちゃったぁ」


 ガクンと項垂れる雨宮先輩が次の獲物を狙い澄ますように心に目を向ける。


「心ちゃん。去年話していた猫耳メイドたこ焼きカフェの件なんだけど、来月に採寸するから詳しい日程が決まったらまたお知らせするね」


 普段おっとりとしている雨宮先輩らしからぬ早業で自分の言いたいことだけを言い、返事を待たずに逃げて行った。


「そんなに慌てなくても……」


 呆れるように呟きながらスマホを取り出すと『やりません』と一言だけメッセージを送ってにっこりと俺に微笑みかける心。


「文化祭デート、楽しみだね」


 波乱しかないだろうな、と思いながらも「そうだね」と答えた。

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