第36話

「よう、斗真。ちょっといいか?」


 精気を吸い取られたかのように干からびていた蒼眞に回復傾向が見られた放課後。


 当番の朱莉のマークを逃れたらしく、声をかけられた。


「おう。俺も話したいことがある」


 本当は心と恋人同士になって一番に話をしたいと思っていたのだが、俺には心が蒼眞にはローテ彼女が常に付いていたので中々話す機会がなかった。


 蒼眞に連れてこられたのはサッカー部のクラブハウスの裏。


「ここなら誰もこないだろう」


「……まあな。俺だってできればきたくない」


 辺りは伸び切った雑草が生い茂り、小さな虫が所々で飛び回っている。


「仕方ないだろ。じゃないとあいつらに捕獲されちまう」


 ぶるぶると身を震わせながら両手でしっかりと我が身を抱いている。


「その割には随分とお楽しみらしいけど?」


 蒼眞のわざとらしい態度にからかい半分でツッコミを入れるとものすごい勢いで両肩を掴まれた。


「いいか斗真! 物事には適度ってもんがあるんだ。許容範囲を越えたものはお楽しみとは言わない」


「ああ、そう」


 勢いに押されて曖昧な返事しかできないが、あいつらいったい蒼眞に何してるんだ?


「……ちなみになんだけど、そんなにすごいのか?」


 まあ、下世話な話になってしまうが、ぶっちゃけ興味はある。


「ああ、あいつらの名誉のためにも詳しくは話せないが、ああいうことになると人が変わるっていうか、本性が現れるっていうか」


「へぇ、その様子や聞いた話だとあいつらかなり激しいらしいからな。まさか蒼眞の方がおとなしいなんてな」

 

「一概には言えないけど、翠には勝てない。逆に舞青は初心で奥手だ、俗に言うマグロってやつだな。朱莉は技巧派と言うか理論派と言うか、あまりムードは求めない———」

「待て待て。結局詳しく話そうとしてるじゃないか」


「はっ! しまった。愚痴れる相手がいなかったからつい!」


 頭を抱えながら天を仰ぐ。


「まあ、愚痴くらいならいつでも聞いてやるぞ?」


「そうか? やっぱり持つべきものは親友———って、そうじゃない! 今日は俺の話じゃなくてお前の話を聞きにきたんだ」


 ガッと両肩を掴まれガクガクと揺すられる。


「お前、心と付き合ってるんだって? どういうことだよ! お前、初恋拗らせてるって言ってたじゃないか! だから心はないって!」


 心はないなんて言ったか? と思ったがまあ今はいいか。


「その初恋の相手が心だったんだよ」


「……へっ?」


 ポカンと口を開けて固まるなよ。


「昔と名前が違うって言うか、コーチが読み方を間違えてたらしくってそれが浸透してたんだよ。心も当時言い出せなかったらしくって。心としては俺に気づいて欲しかったらしくて待ってたんだと。で、この前昔の写真を見て気づいたって訳」


「今更すぎないか? 写真見る機会なんて今までにいくらでもあっただろ?」


「ウチの親、再会してから心にお願いされて隠してたんだよ。だから心が初恋の子って気づけなくって。この前、コーチの家で昔の写真見せてもらって気づけたんだよ」


 難しい顔をしている蒼眞。


「再会って高校入ってからだろ? それにお前の親と心って知り合いなのか?」


 なるほど。蒼眞にしては頭が回ってるみたいだ。


「そうか。話しことなかったかな? 家の兄貴と心のお姉さんの愛莉さん、結婚してるんだ」


 朱莉も知ってるんだけど蒼眞には話してなかったんだな。


「は? え? 愛莉ちゃん? ってことは斗真と心は義理の兄妹なのか?」


 力任せに肩をゆすってくるから首が痛い。


「いや、違うから。ちなみに再会したのは中学の頃だな。心は兄貴と愛莉さんが付き合ってた頃から俺の情報を仕入れていたらしい」


「まじかよ! 筋金入りじゃねぇか!」


 筋金入りと言うか、聞く人によれば結構重いって感じかもな。


「誰が重いのかな?」


 頭上から聞き慣れた声がし、蒼眞と2人で見上げるとクラブハウスの2階の窓から心がじっとこちらを見ていた。


「心⁈ いつからいたの?」


 窓って開いてたか? 途中で開けば音で気づくはずだし。


「翠が激しいってとこ? ああ湊くん。あまり外でそういうこと言っちゃだめだよ?」


「ああ、悪い」


「謝る相手は私じゃないし、本人たちから自慢されて知ってるけどね? ね、とぅくん?」


 ね? ってなんだよ? なんかプレッシャーかけられてる?


「ちなみに心はなんでここに?」


「まだ自分の荷物が残ってたから。もう片付け終わったから一緒に帰ろ? 帰りにドラッグストア寄ってく?」


 窓枠で頬杖つきながら妖艶な笑みを浮かべる彼女。


「ど、どらっぐすとあ?」


 この話の流れで?


「最近のドラッグストアは食材も豊富だからね。なんか焦ってるみたいだけど何を想像したねかな?」


 そりゃ食材だって思ってたよ?


「とぅくんの想像してるものはもう用意してあるから安心してね?」

 

 彼女はそう言うが、心の用意したものをそのまま使用しても大丈夫なのだろうか? 


 いざと言う時用のものは自分で用意しようと密かに決意した。

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